空のイージーリスニング

今日はJET STREAMのテーマソングを聞きながら羽田へ向かいました。他にも入ってるのですが題名が分かりません。「イージーリスニング」、特別好きなわけでも、嫌いなわけでもありません。空つながりです。ただ、どういうわけだかこないだから、この空のイージーリスニングを聞きっぱなしなんですが、どうも気になってしまうのです。ポロポロいうピアノの音色とかバイオリンの糸を引くような音色とか、なにか知ってるようで、知らないような、始めてじゃないようで始めてのような…。

昔、…バブルがやってくる前、とにかく私が幼稚園生や小学校低学年の頃って、日曜日になれば日本橋や銀座のデパートへ行って歩行者天国を歩いて、フルーツパーラーでお茶をして帰ってくる、というちょっと買い物に行くだけの「おでかけ」がちょっとしたイベントだったように思う。日本橋や銀座だのって、地方差はあるかもしれないけれど、とりあえず「よそゆき着」と「普段着」というものがあって、日曜日に出掛けるときはちゃんと「よそゆき着」というのに着替えて出掛けていた。近所の仕立て屋さんに仕立ててもらったり、デパートで買った既製品がまた「よそゆき着」となって、厚手のタイツなんかにおでかけ靴をはいて出掛けてた。当時はデパートやお食事どころへ行けば和服姿のご夫人が多くいたし、積み木とかのちょっとした子供のおもちゃもデパートの名前が入ったものを持ってる人がいたりして、今よりもデパートがデパート然としていたように思う。
空港や飛行機に特別な思い入れが芽生えたのもこの頃。ワクワクしながら空港へ行くときも、おでかけ着で不二家でペコちゃんサンデーなんかを食べれるのが、凄く楽しかった。

この当時って「応接間」がある家も多かった気がします。その応接間にはソファやカップボードと並んで百科事典なんかが、インテリアのように置いてあって、かろうじてシャンデリア? みたいのがあったりした。カップボードに並んでるカップは持ち手だの足だのがデコレーションされてたり、両親とも飲めないのに、なぜかブランデーとグラスが置いてあったり、タパコの空き箱で作った傘とか、船の模型だとか、ギラギラしたゴルフのカップ(トロフィー?)だとか、こけしだとか、琉球人形だのがしっちゃかめっちゃかにガラス戸に並べられてたりして、何度も逆輸入を繰り返したアールヌーヴォとアールデコとジャポニズムが同時にやって来ちゃって、サイケデリックもキュビズムも一緒くたで、ある意味シュールレアリズムな空間だった。今思えば、センスの欠片もない悪趣味な空間なのだけれど、どこの家も似たようなもんだったと思う。サスペンスドラマや大映ドラマだってそんなノリの家が出てきてたしね。

で、特別音楽を愛でるような家庭ではなかったけれど、応接間にはレコードプレイヤーがあって、幼い私は触らせてもらえなかったのだけれど、時折映画音楽や流行りの音楽だのを流したりするのが、その頃のいわゆる中流家庭だったんじゃないかって思う。
あるとき、家に新しいレコードプレイヤーがやって来た。立て置きで、アンプだのなんだの、名前は分からないけれど装置が何箱もあるやつ。どかの輸入のやつかなんかで、ひねるのもボタンもいちいちアルファベットで記されていて、Powerボタンを押すと緑や赤だののライトがホワッとついて、それがまるでコックピットのようにメカぽくって、きれいな光を放つんだよね。しかもコードはついてたのだけれど、リモコンっていうのまでついちゃって。それまでのレコードプレイヤーは木目調ので、黒っぽいプラスチックの蓋をパカッと手で開けて、針も手動で乗せるタイプのものだったのだけれど、新しく来たのは、つや消しシルバーのボディに黒のスピーカー。おまけに、ボタンひとつで自動で針が移動する。まだぜんぜん小さかったのだけれど、そのプレイヤを凄く気に入ってしまい、操作手順の番号シールを貼って、操作方法を覚えた。
それでよく聞いていたのが、リチャードクレイダーマンだ。母のものだったけれど、それが始めての私の愛聴版だ。雨の日に持ってこいの曲とかあってね。5、6歳のときにリチャード<クレーダー>マンとインプットされていて、実は<クレイダー>マン(Clayderman)」だということを、昨日知った。その上「リチャードクレーダー・マン」だと思い込んでいたが、リチャードさんだった、というのも昨日知った…というくらい、何年も思い起こすことなんかなかった。そして、その愛聴版を「イージーリスニング」っていうジャンルだってことも昨日分かった。「イージーリスニング」っていうジャンルを知らなかったわけではなくって、思い返すこともなかったから合致することもなかった…。

やがてバブルを迎えた頃にそのレコードプレイヤは針が飛んでしまい、私の部屋に来ることになったのだけれど、針を買おうと思って近所のヤンレイに行くと、4万円もするといわれ、輸入針だからなのかバブルだからなのかは知らないけれどその後一説には10万円(←これは確実にバブルにやられてたと思うけど)もするというので、カセットテープしか聞けず、そのうちただの光るオブジェと化し、そして存在も忘れ、そのうちにCDコンポを買ってリチャードクレイダーマンどころかめっきりレコードすら聞かなくなった。

中学生になった頃、住んでいた家も建て替えてバージョンアップされた。相も変わらずブランデーは並んで趣味が良いとはいえないリビングだけれど、応接間というのはなくなり、百科事典もこけしや船の模型の入った棚もカップボードもなくなった。
私はというと空港への単なるワクワク感から飛行機への具体的な興味へと変わったのだと思う。これはバブルの恩恵かもしれないけれど、私の目にも母の目にもしっかりと止まるように新聞にはアビエションスクールの広告が乗っていたりした。おまけにこの頃には送迎だのなんだので行ってた空港が私の旅行のゲートになっていた。もちろんワクワク感はめちゃくちゃあるのだけれど、幼い頃のそれとはちょっと違う。JET STREAMが入ってるこのCDのサウンドが、そんなことを思い起こさせ、なんだかわからないけれど、ぐわぁっと涙が出てきた。

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  1. カップボード、ありました家に。
    でも家ではそれをサイドボードと呼んでいました。
    なんだか子供心にそれは特別な存在で普段は狭い家にありながら触れる事もなく、でもでかくて存在感がありました。
    やはりウイスキー(サントリーとか)やワイングラス(サンキストと書いてあるやつ)が置いてあってそのグラスで正月やクリスマスなどにジュースを飲ませてもらった記憶があります。
    そう考えると今はやっぱり21世紀なんだなあと思います。
    カップボードって20世紀的(昭和)ですね。

    • 竜子
    • 2008年 12月22日 12:10am

    ■ConDoll
    どもども。サイドボードだ…思い出せなかった。サンキストと書いてある、というのに笑っちゃいましたが、確かに三ツ矢サイダーとか、いろいろあったね。私のお気に入りはスインググラス。コーラ専用だよ。
    「昭和的」というのに、納得。「JAL」は昭和的、「ANA」は平成的。

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