国際空港としてにぎわっていた羽田空港

最近竜子のブログがアツイ!と少しでもコメントをチェックしてらっしゃる方がいらしたら嬉しいです。
なんちゃって。

じつは、先日紹介した本の著者さんである、武田一男さんからコメントをいただいたりきました。
武田さんは、航空サウンドの第一人者であり、興味深いお話が生で聞けるなんて、竜子は幸せです。
みなさまにもおすそわけの気持ちを込めて、こちらに掲載しなおします。

 ブログを拝見していると羽田空港がお好きなんですね。僕も羽田にはいろいろな想い出があります。

 古い話をひとつ。たぶん、あなたがお生まれになる前か、幼少の頃と思いますが、その頃の羽田空港国際線ロビーは華やかでした。福岡へ帰る母を送って空港へ行くたびに国際線ロビーに立ち寄ってその華やかさを羨望の想いで眺めていたものです。

 当時は一部の人達だけが海外へ行ける時代で一般人には海外旅行なんてほど遠い存在でしたから、国際線ロビーには美しく着飾った送迎の人並みであふれ、それらの人達が広いロビーにいくつもの輪を作って、その中心に花束を抱いた旅行者がまるで新婚旅行に旅発つ新夫婦のように希望に満ちあふれた満面の笑顔をみせて立っていました。その様子は一流ホテルの結婚披露宴のロビーをそのまま羽田空港に移したかのようでした。

 やがてロビーにチャイムが流れます。「パンアメリカン航空、香港経由、世界一周便にご搭乗のお客様は出国手続きをお済ませの上、5番ゲートにお進み下さい」。それを聴くと周囲から一斉に起こる万歳の声・・・。それを眺めながら、俺もいつかきっと飛行機で外国に行ってやるぞ、とハングリーな気持ちを燃やしたものです。

 国際線ロビーの帰りに屋上の送迎デッキによく立ち寄りました。昔は送迎デッキでは独特のアナウンスがあったのです。ランディングライトを照らしてDC- 8が着陸します。「ただいま日本航空1便がサンフランシスコから到着いたしました。お客様は8番ゲートからお出になります」。そのアナウンスにどんなに旅情を感じたことか・・。その頃僕は学校を卒業してレコード会社に勤め駆け出しの音楽ディレクターをしていたので、ある日、ステラボックス(磁気テープのレコーダー)を国際線ロビーと送迎デッキに持ち込み、それらのアナウンスを録音して時々再生してはハングリー精神を燃やしていました。

 それから10年近く経って、羽田空港が開港50年を迎え、その記念式典の招待客にプレゼントする記念品用のレコードを作ることになり、そのディレクターを担当することになったのです。当初は音楽を中心にする企画でしたが、当時の空港長に10年前に僕が録音したアナウンスを聴いてもらい、レコードの内容を音楽にするより、羽田空港の航空音だけでまとめるプランを進言しました。そしてその案が通り、「羽田インターナショナルエアポート」というレコードが完成したのです。今、それを聴くと構成に稚拙さが残り赤面しますが、唯、作品に「勢い」がありました。演出する僕に思い入れがあったのですね。話は変わりますが、あなたがご指摘されたように僕の著作の中で「ラストフライト」は最も構成が悪い、そう僕も思います。でも、「機長席」や「台風飛行」に比べて勢いがあるとも僕は感じています。「ラストフライト」は他の作品より僕の思い入れが強いからでしょうね。飛行機を録音し始めて40年近くになりますが、その間にはいろんなエピソードがありました。それらをもし差し支えなかったら、今後もとはどき、あなたのブログに寄稿させて下さい。このブログが僕ら飛行機大好きの人間の中で「楽しめるもの」にぜひなって欲しいとおもいますから。

武田一男

【武田一男さんプロフィール】映像ディレクター・音楽ディレクター・航空サウンドディレクター。
著作には「機長席」(朝日ソノラマ)、「台風飛行」(朝日ソノラマ)、「ラストフライト」(愛育社)などの航空ドキュメンタリーの著作をはじめ、雲の写真集「成層圏飛行」などがある。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
  1. コメント 0

  1. トラックバック 0