Chapter24 バングラデシュ上空

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まもなく飛行機はインドからバングラデシュに入る。
さきほどから眼下に大きな河が見え始めた。ガンジス河とプラマプトラ河だ。
ガンジス河はヒマラヤ西の高地からインド北部の平原、ヒンドスタン平原を流れてヒンズー教の聖地ベナレスやパトナを抜け、カルカッタの北でバングラディシュに入る。そしてチベット高原に水源をもつプラマプトラ河とダッカの西で合流しベンガル湾にそそぐ。
このガンジス、プラマプトラのふたつの河は無数の支流を作り、それが幾重にも絡み合ってまるで編みの目のようになり、高度35,000フィートの上空から見ても機窓いっぱいにその広大なデルタ地帯が広がっている。

わー、凄い!
コックピットからの眺めは壮大であった。いろいろな風景を見慣れているベテラン・パイロットの仙波機長も思わず叫んだ。
今、河の無数の支流が午後の陽光を浴びて黄金色に帯をなして光り輝いている。
はい。AAT」と現在国境のポイントを通過したことを仙波機長が報告した。これから8517便はバングラデシュを飛行する。
ダッカ・コントロール エアシステム8517 ポジション AAT(アルファ アルファ タンゴ) 350
(ダッカ管制へ。こちらはエアシステム8517です。現在地はAAT。飛行高度は35,000フィートです)
ジャパンエアシステム8517 ラジャ レポート ラッシャイ(RAJ) メインテイン 350
(日本エアシステム8517へ。領解、RAJに着いたら報告して下さい。飛行高度は35,000フィートを維持して下さい)
ラッシャイ(RAJSHAHI)はバングラディシュの西の外れにあり、インド国境に近く、ダッカに次いでバングラデシュの航空の要路である。
エアシステム8517 メインティン 350 レポート ラッシャイ
現在、8517便は方位285度でA201航路を順調に飛行している。無線機から航空機と管制官の交信が絶え間無く続く。
このエリアはカルカッタ、ベナレス、パトナムなどインドの都市やカトマンズ、ダッカなど国際空港があるので、結構、トラフィックが多いのだ。
眼下には河の風景が続いている。ガンジス河の河口が見える。河は蜘蛛の巣のように四方に水の糸を張り巡らし、その無数の河の両岸に小さな水田が班点のように見渡すかぎり広がっている。

また、そのあたり全部が河ではないですか?」その風景を眺めながら、仙波機長がつぶやいた。
河のような河ではないような水郷地帯だなあ…。こんなに広いとは思わなかったな」牧機長も驚嘆を隠せない様子であった。バングラディッシュは世界最大のデルタ地帯であるだけに雨期には洪水に見舞われ、国土の3分の2が水に覆われたこともあるという。
ルフトハンザ8446 カルカッタ・コントロール
カルカッタまで南100マイルほどの距離なのでVHF電波が明快に入る。
コックピット・クルーは一息ついて客室に軽食と飲物を頼んだ。
おにぎりとウーロン茶とおしぼりを持ってきてもらえますか?

正面にヒマラヤが見え始めた。普通、山は飛行機から見れば下に見えるが、ヒマラヤは高度一万メートルを飛行する場合でも同じ高さに見える。まだ距離があるので水平線を覆う雲の群れの様にも思える。

JAS8517 カルカッタ・コントロール
ルフトハンザ航空につづいてカルカッタの管制官がエアシステム8517便を呼んだ。これからカルカッタ管制西セクターの圏内に入る。まもなくバングラディシュとインドの国境である通過点、デビドである。
カルカッタ・コントロール エアシステム8517 アプローチング テビド(TEBID)レベル 350
(カルカッタ・コントロールへ。こちらはエアシステム8517便。まもなくテビド上空です。現在、飛行高度35,000フィートで飛行中)
リクエスト エスティメイト ロメオ(ROMEO)
(ロメオの予定通過時間を教えて下さい)
カルカッタの管制官はインドのウエイポイントを飛び越えて一気にネパールのウエイポイント ロメオ(ROMEO)の到着時間を尋ねてきた。ロメオはカトマンズへの玄関口といえるウエイポイントでる。
エアシステム8517 エスティメイティング ロメオ 43 モンダ(MONDA) 25
(エアシステム8517便です。ロメオには08時43分 モンダには08時25分に到着予定です)
モンダ(MONDA)はロメオの手前にあるインド北部のウエイポイントである。
ラジャ メインテイン フライトレベル 350 リポート モンダ
(領解。高度35,000フィートで飛行し、モンダ通過時に報告して下さい)
エアシステム8517はビハール州の東で再びインドに入り、右旋回してネパールまでインド北部を飛行する。

現在地からカトマンズまでの飛行ルートを説明すると、飛行航路A201でバングラディシュのラッシャイ(RAJ)まで飛んだエアシステム8517は、ガンジス河流域を飛びまもなくテビド(TEBID)からインドに入る。そして方位295度でテビドから95マイル飛び、インド北のウエイポイント、モンダ(MONDA)に至る。
そしてモンダで右旋回し方位325度でカルカッタから伸びている航空路R581に入りネパールに向かう。ネパールの入り口がロメオでモンダから124マイルの地点である。

ディセント・プリパレーションをやりますから
お願いします。今、ウエザー(カトマンズの天候データ)を出します
ディセントまであと約30分。仙波機長は下降前の計器点検を始めた。さきほどエーカーズで送られてきたカトマンズの着陸データを牧機長がコンピューターからプリントアウトする。それを見ながら仙波機長が言った。
カトマンズは290度の6ノット…、カブ(CAB)OK (気温は)10度ですよ
10度?」(註:東京からのデータ送信ミス)
さっきは20数度でしたね」クンミン空港離陸の際に得たデータは26度であった。
それ本当にカトマンズ?
ええ、VNKT(カトマンズ空港の記号)です
でも、出掛けに(クンミン離陸のときに)たしか、26度と言ってたんだがね
そのときコックピットに入室してきたチーフパーサーも、え、10度?、と驚いたように目を丸くした。
おう、見えてきたね」仙波機長が感慨ぶかげに窓越しにヒマラヤを指差した。さきほどは水平線上の雲の群れのようだったヒマラヤは、今はクッキリとその姿を現し、ほぼ、飛行高度と同じ高さに聳えている。
最初にヒマラヤを自分の目で見るときは誰でも言い知れぬ感動を覚えるという。数多くの大自然の驚異を空の高みから眺めることに慣れている筈のコックピット・クルーもその例外ではなかった。

あれはエベレストですか? というチーフ・パーサーの質問に
エベレストがどれかちょっとわからないね。もう少し近づくと見えるのかもしれないけど」と仙波機長もヒマラヤから目が離せない様子であった。
旅路の終わりに機窓に広がる世界の最高峰を眺めることが出来るのは、このフライトの醍醐味には違いなかった。
マイ、サイド コンプリート
すばやく、計器点検を終えてクルーはカトマンズへの下降に再び、身を引き締めるのだった。なにしろ、カトマンズ空港は高地(標高1,400メートル)にあり、しかも周囲を高い山で囲まれた盆地の底にあるので世界でも指折りに着陸が難しい空港として知られている。
スピーカーからバングラデシュ航空ダッカ行の交信が流れている。エアシステム8517はインド北部のモンダに近づいていた。

武田一男

A300-600コックピット「ヒマラヤ飛行」/全31回
The Voice Recording of The Airbus A300-600 Cockpit
福岡〜昆明〜カトマンズ フライトドキュメント/録音&解説 武田一男/©Director’s House

【著作について】「ヒマラヤ飛行」の文章、及び音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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