Chapter25 インド上空 再び交信混乱

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インドに入るとヒマラヤが近くなり山容が非常に鮮明になってきた。
 横に長く連なる山脈に夕日が輝き、飛行高度10,000メートルから眺めると、ヒマラヤは視線と同じ高さに広がる雲海のように聳え、それが淡いオレンジ色の炎を上げて燃え盛っているように見える。空には一片の雲もなく深い紺色だ。

エベレストはちょっとわからないですね
 先ほどから熱心に数多いヒマラヤの頂きの中からエベレストを探していた仙波機長がしぶしぶと計器類に目を移した。いよいよ、カトマンズへの下降(ディセント)が始まるのだ。
 現在、エアシステム8517便はモンダ(MONDA)に近づいていた。
今、ATC(管制エリア)はカルカッタだな…
 着陸時の操縦を担当する牧機長が副操縦士役をする仙波機長に確認した。
はい。(次は)リポート モンダ(MONDA)です
モンダになったらリクエスト ディセント(下降の許可要請)…まだ、(少し先で)いいかな」と牧機長。
もし、(管制官から交信が)きたら、降りると言いますか
降ります

 フライトプランではMONDAの次のウエイポイント、イプラス(IPLAS)の14マイル先が下降開始予定地点になっている。イプラスはモンダの10マイル先で、まだ、30マイル弱、クルージングが残っている。時間にして17、8分先だ。
 今はまず、カルカッタ管制官にディセントの許可をもらうのが先決であった。

皆様にご案内いたします。まもなくいたしますと次第に高度を下げて参ります。ベルト着用のサインが点灯しましてからはお手洗いのご使用をお控えいただきますので、ご了承下さい。日本とカトマンズの間には3時間15分の時差がございます。さきほど昆明の時間にお合わせのお客様は只今の時刻を2時間15分お戻し頂きましてカトマンズの時間にお合わせ下さい。只今、カトマンズの時間は午後4時10分でございます。この飛行機のカトマンズ・トリブバン空港到着は定刻より5分ほど遅れまして4時55分を予定しております
 キャビン・アナウンスが流れている頃、コックピットではカルカッタ管制とのコンタクトに腐心していた。いままで明瞭に入っていたカルカッタ管制との交信が出来なくなったのだ。
カトマンズ・コントロール エアシステム8517 デパーテッド モンダ レベル350」(カトマンズ・コントロールへ。こちらエアシステム8517です。現在、モンダ上空を過ぎました、高度35,000フィートで飛行中です)
ジス イズ エアシステム8517 デパーテッド モンダ 350
(こちらはエアシステム8517便です。モンダを通過しました。高度35,000フィートです)
 仙波機長は4回目のコールを無線に乗せた。それにしても、このフライトは管制コミュニケーションに振り回され通しで、しかも最後までそれが続いている。
ちょっとやってみましょうか」と牧機長が交代して無線機のマイクを取った。
カルカッタ JASエアシステム8517 ゴー ア ヘッド
(カルカッタ管制へ。日本エアシステム8517です。応答ねがいます)
……」カルカッタは沈黙したままだ。
JAS8517 ディパーテッド モンダ 1024 エスティメイティング コレクション メンテイニング 350 エスティメイテング ロメオ 1043 リクエスト ディセント
(日本エアシステム8517です。モンダを10時24分に通過。到着予定、訂正、高度35,000フィートで飛行中、ロメオ到着予定は10時43分の予定です。下降の許可をお願いします)
……

 依然と応答がない。降下開始の予定まであと10分強しか時間がなかった。前方にはヒマラヤの高嶺がますます、大きく高く聳えて、今では山の襞を肉眼ではっきりと確認出来るほど近づいテイた。
 ネパールはすぐそこと言っても、現在はまだインドを飛行中である。しかも降下地点はインドの領域にある。管制コミュニケーションの原則からいっても、まず、カルカッタの管制官に降下の許可を貰い、それからカトマンズ管制に引き継がれるのが正当なのである。
 とくにこのインドとカトマンズ管制エリアはTWOーWAY COMMUNICATIONでカルカッタ管制の指示を得ながらカトマンズ管制と同時に交信するという特殊な管制エリアなのである。
 どうしてもカルカッタと連絡をしたい。
 しかし、刻々と迫る下降地点を前に仙波機長はもうひとつの無線機で先にカトマンズを呼ぶことを考えた。
 普段はやらないことであるが今の状態では背に腹は返られない。
 なにしろ、山に囲まれたカトマンズ盆地の底にある空港への下降は、飛び越えなければならない周囲の山の高さに応じて、刻々と飛行高度を変えて進入するという他に類例が少ない危険なアプローチになる。それだけに出来るだけ早く下降の許可をもらってテクニカルな面は無論のこと、万全な心の準備を整えて難しいディセントにのぞみたいのだ。

よし。こちらはこれで(もう一つの無線機で)やりますから」と仙波機長は牧機長の許可を求めた。
はい。私がこっち(カルカッタ管制)をやるから、そちら(カトマンズ管制)をやって下さい
 牧機長はVHF1で引き続きカルカッタを、仙波機長はVHF2をカトマンズ管制に周波数を合わせて、ふたりでカルカッタとカトマンズを同時に呼び始めた。

武田一男

A300-600コックピット「ヒマラヤ飛行」/全31回
The Voice Recording of The Airbus A300-600 Cockpit
福岡〜昆明〜カトマンズ フライトドキュメント/録音&解説 武田一男/©Director’s House

【著作について】「ヒマラヤ飛行」の文章、及び音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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