【ヒマラヤ飛行_補足】中国からカトマンズまでの国境について

「ヒマラヤ飛行」のルート、中国からカトマンズ空港までは、紛争が多く国境がとても複雑になっていて、交信がやっかいなので、分かる範囲で補足を。
修正、その他ありましたら教えてください。

インド、アジア諸国は、1800年前中頃まで東インド会社に支配されていた(香辛料や茶葉、綿花などの貿易とその植民活動を目的として設立された西欧の独占的特許会社。イギリスが1600年、オランダが1602年、フランスが1604年設立)。
ビルマ(現ミャンマー)はイギリス領インドへの侵略に対するイギリスとの3度の戦争(英緬戦争)に敗れ、ビルマの半分がイギリス領インドに併合されることになる。
一方、イギリス東インド会社に支配されていたインドでは、1857年にインド大反乱(セポイの反乱)を起こし、1877年にイギリス領インド帝国となる。
1947年にはパキスタンがイギリス領インド帝国から独立することになり、インド連邦、スリランカの3国に分離。パキスタンは3回の印パ戦争を経て、1971年には、東パキスタンがバングラデシュとして分離独立することになる。

また、ヒマラヤ山脈のあるネパール、インド、中国、ブータンのあたりはほぼ全域が高山地帯で、国境も曖昧だったため、その国境をめぐって1959年頃から1962年には大規模な軍事衝突に発展。主にカシミールとその東部地域、ブータンの東側で激しい戦闘をし、中国が成功を収めるも、解釈をめぐってはいまだに緊張状態が続いている。この紛争をきっかけに、インドは核開発をするようにもなる。また、中ソ対立の影響で、ソビエト連邦がインドを支援し、印パ戦争では中国がパキスタン側にまわるなど、大国の対立も色濃く残っている。(竜子)

▼参考 イギリス領インドの地図
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e6/British_india.png

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
  1. コメント 0

  1. トラックバック 0