機長席第2回 羽田新東京国際空港

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▼飛行前のクルー・ブリーフィング
JASカウンター

 羽田新東京国際空港。週末を控えた金曜日の午後。
 天井までおよそ二十メートルの吹き抜けがある羽田空港ターミナルビルの二階の広大な出発ロビーは、東京の表玄関にふさわしい活気と旅情が渦巻いていた。
 日本エアシステムのチェッキング・エリアはロビーの南側部分にあり、およそ百メートルもある長いカウンターの列が連なっている。そのカウンターはこれから全国各地へ飛ぶ乗客で溢れていた。北海道へ向かうスキー客の二人づれ。長崎のハウステンボスへ旅たつ年配の観光グループ。春の北陸路を楽しむ中年の夫婦。そして福岡や大坂へ出張するサラリーマンの姿…。 14時00分。札幌行きボーイング777、115便の搭乗手続きが始まった。

 その頃、吹き抜けロビーを囲むように建っている空港ビル、その五階の日本エアシステムの運航部ディスパッチルームには、115便に乗務する機長や副操縦士のコックピット・クルーとキャビンク・ルーと呼ばれる客室乗務員たちが集まっていた。

 空港ロビーが華やいだ旅の舞台とすれば、ディスパッチルームは舞台裏で旅を支えるスタッフの仕事場のひとつである。
 ビルの一角を占めるこの部屋は、運航管理に従事するデスパッチャーやそのスタッフが、衛星から送られてくる気象情報や全国の空港から送信された空港情報をファイルしたり、これから出発するパイロットたちに飛行計画を説明したり、飛行中の自社航空機に無線で飛行情報を送ったりするなど、いつもながら多忙を見せている。
 ディスパッチャー、と呼ばれる運航管理者は、影のパイロットと言われ飛行機の運航には欠かせない職種で、一口で言えば飛行プランの立案を仕事とする人達である。
 プロペラ旅客機の時代には、パイロット自身が飛行前に天候情報収集やフライト・ルートの選択、搭載燃料の量計算などを行い、飛行プランを作成してフライトしていたが、飛行機の大型化にともない、実際に空を飛ぶパイロットと地上で飛行プランを作るディスパッチャーとが分離したのである。
 現在はディスパッチャーもパイロットと同様に国家試験を受けてライセンスを取得しなければならない職種となっている。
 ディスパッチルームは運航管理にたずさわる人たちが仕事をするエリアと、これから出発するパイロットやキャビン・クルーが集まるエリアに分かれていて、その間をカウンターで仕切られている。

 コックピット・クルーはフライト前にこの部屋に来て、飛行に関する色々な情報を入手しているディスパッチャーと飛行計画について協議するのが飛行の最初の手順であった。
 今日の115便に乗務する機長の森田寛は、クルーが集合する時間(ショーアップ)である午後二時の少し前にディスパッチルームに姿を見せた。
 部屋の中の顔見知りの機長や副操縦士たちに挨拶をしながら、機長は側壁の大きなボードに所狭しとピンでとめられた数十枚の気象情報を詳細にチェックを始めた。少し白髪が混じりかけた40代後半の端正なその風貌、そして誠実な人柄はクルーの間で信頼が厚かった。彼は航空大学を卒業後、エアシステムに入社。YS-11、DC-9、A300-600の機長乗務をえて最新のジェット旅客機、ボーイング777の機長になって三年目になる。飛行時間14600時間。飛行教官も勤めるエアシステム最前線の実力派のキャプテンであった。
 すでにディスパッチャーから今日のフライトの資料と情報を入手している副操縦士の木村喜代隆が、ノースバウンドと表示されたブリーフィングカウンターの前で森田機長を出迎えた。

 40代の半ば、精悍な風貌の木村は航空自衛隊を退職後エアシステムに入社し、MD-81の副操縦士から777の副操縦士になったパイロットである。
 カウンターの上には、ディスパッチャーが用意した飛行プランや天候データーが並べられている。森田機長はディスパッチャーに軽く挨拶を送ると今日のフライトの打合せにのぞんだ。
 この飛行プランのブリーフィングでは、より安全性、定時性、快適性、経済性のあらゆる諸条件を検討してディスパッチャーが作成した飛行プランを、コックピットクルーが詳細に検討することと、航空法などに定められている「機長の出発前の確認事項」を漏れなくチェックするのが目的であった。
115便、114便と321便だね」と、まず森田機長がスケジュールを確認する。

 今日、森田機長とそのクルーの乗務スケジュールは、15時丁度に羽田空港から115便で札幌千歳空港に飛び、折り返し17時15分千歳発の114便で羽田に戻る。そして羽田発19時35分の321便で福岡空港までのフライトし、今夜は福岡のホテルでスティする予定であった。
 便名こそ違うが同じ飛行機で飛ぶ。今日乗務する飛行機は最新鋭のボーイング777-200。機番JA8977。エアシステムが1997年導入した初号機である。
シップは予定通りに到着していますか?
 航空機には船に由来する用語が多い。森田機長に限らず、航空関係者は飛行機をシップと呼ぶ。飛行機の側のことをシップサイドといい、搭乗するときに使うブリッジも船に乗船するときと同じでボーディングブリッジと呼ぶ。
はい。千歳から予定通りに到着していますので問題ありません
 木村副操縦士が答えた。今朝、この最新のボーイング777は、別のクルーで羽田を発ち札幌を往復してすでに羽田空港の搭乗ゲートに到着していた。
スポット(駐機場所のこと)は2番だね」と機長。
はい」と頷いて。副操縦士が最新の天候情報の資料を機長の前に広げる。
天候ですけども
北日本は大旨良好だな…」機長はカウンターに広げられた数枚の天候情報を指でたどりながら言った。
低気の谷の接近で南西の風が強まり、エンルートのスカイはクリアーだね。これを見るとジェット気流の軸が北上して、キャット(晴天乱気流)によるタービュランス(揺れ)の予報があるね。関東の北から東北方面か…ユーズコウションだな

 乱気流を起こす原因はいろいろあるが、一般的には積乱雲である。見た目には美しく、夏の風物詩にもなる入道雲こと積乱雲も、その周辺は上昇、下降が渦巻く激しい気流の乱れがある。それはときとして航空機を破損させたり、墜落の原因にもなっている。
 しかし積乱雲は昼間は目視出来るし、夜でもレーダーで捕捉可能なので避けて飛行することができるが、問題は目にみえない、そしてレーダーでも探知できない晴天乱気流だった。とくにジェット気流の周辺では時速200ノット以上の高速で吹く風がある場所と低速の風が吹くところがあり、その境目では晴天乱気流が起こりやすく、運航上危険な存在となっている。
 その晴天乱気流をクリア・エアー・タービランス。略してキャットと呼び、その存在の可能性が事前にパイロットに知らされるのだ。
 森田機長は天候図から今日の飛行プランに目を移した。
えー、高めの高度か。飛行プランでは39以上25以下をリコメンドしているね
 飛行プランでは3万9000フィート以上か2万5000フィート以下の高度が気流が安定しているのでその高度での飛行をディスパッチャーは薦めていた。
 続いて機長は札幌に続いて福岡の天気情報も確認する。
福岡の方は一時的に強い雨だね。福岡空港は予定される滑走路が南西だから、天気が崩れてもILSが使えるね
 ILS(インスツルメント ランディング システム)とは、計器着陸方式のことで滑走路の端に設置されている着陸誘導装置から、着陸する飛行機に向かって発射されている電波(ローカライザー)があり、進入機はその電波の誘導でランディングをする着陸方法である。主として天候が悪い状態で使用されている。今日の福岡空港も天候データーを見るかぎりではランディングの場合もILSの誘導が考えられた。
はい。もう、西の方は低気圧圏内に入っていましてハイクラウド(高曇り)です。福岡ではこの時間帯はもう雨が振り始めています。しかし関東から東日本、東北については運航時間帯は良好ですね

 機長は空港の風の状態に目を向ける。
東京羽田は20ノットか。まだ(動きは)ゆっくりなんだね。高気圧の流れの中の風だからね。北 の方は南西、西南西の風。でも福岡は結構強いのがあるんだ
そうですね。南風注意が出ていますね。長崎あたりも強い風を予測しています。北の方は(千歳)問題がありませんが
 次に木村副操縦士はジェット気流の情報が記入された上層風チャートを機長の前に置いた。日本上空を西から東へ吹き抜ける強いジェット気流は飛行に多大な影響を及ぼす。時には風が時速200ノット、約375キロを越える速さで吹く場合もある。
それからジェット(気流)ですが
まだ、それほど強くはないんだな。100ノット弱…。西日本は120ノットは出しているね。風向が北西でちょっと変わってくるのか?
 機長は高高度のジェット気流の流れを指さしながら副操縦士に尋ねた。
ええ、そして北へ行くにしたがって徐々に弱まってきています。他の飛行機からの揺れのレポートは出ていません
 航空会社では自社の飛行機が飛行したルート上の天候、とくに乱気流に遭遇し、飛行機が揺れた場合には逐次報告することが義務づけられている。
 木村副操縦士は30分前にディスパッチ・ルームへ来て、ディスパッチャーから詳細に今日の天気の状況を聞きだしていた。
ジェット気流は夜にはもう少し北上しますね。それで東北方面でキャット予想が出ています
24から30。34から38あたりだな」機長は頷きながら副操縦士を見た。
 2万4000フィートから3万フィートの間と3万4000フィートと3万8000フィートの間では乱気流が予測され、天気図には予想される乱気流の部分がピンク色のマーカーで囲ってあった。
だから、この上の高度(乱気流が予測される3万9000フィート以上の高度)を飛行するのが無難ですね
お客さんは少ないでしょう?」機長は札幌までの乗客数を尋ねた。
お客様は、ええ。千歳往復については少ないですね
 今日の搭乗予定の乗客数は、夜の福岡へ向かう321便は363名でほぼ満席状態であるが、札幌と羽田の往復は、101名(115便)と170名(114便)となっていた。
それでは高々度の飛行には問題ないね」と機長が言った。乗客が少ないと当然飛行機の重量(機重)が軽くなるので高い高度まで上昇できるのだ。
はい。4万1000フィートまで上がれます
 4万1000フィートに上がると、そこは大気が安定している成層圏である。揺れは少ない。木村副操縦士が微笑んだ。
 安全の為には当然のことだが、コックピット・クルーは可能なかぎり乱気流を避け、飛行機を揺らさないことに全神経を注ぐ。少しでも乗客に不安を感じさせない、そして快適に目的地まで旅を楽しんでもらうことが、旅客機クルーの最大の義務でありサービスであると考えているからだ。
 唯、高度が4万1000フィートを超えると、機長か副操縦士のどちらかが常時、酸素マスクを装着することが義務づけられているので、4万1000フィートまでの高度を設定するのが普通であった。

次は天気の現況ですけども」と、データーを拾い出して副操縦士は言葉を続けた。
東京羽田空港は170度方向から20ノットの風が吹いているということで、現在の使用滑走路は16を使っています
千歳も南風で17(180度方向から17ノット)、天気良好で気温8度だね」森田機長も札幌千歳空港の風のデーターを見て言った。
 航空用語では方位を示すのに数字を使う。00、又は、360度が北。南は反対の180度になる。東は90度。そして西が270度だ。羽田も千歳も170度方向の風だから、ほぼ南風ということになる。
 滑走路も同様に数字の方位で示される。例えば羽田空港の場合、滑走路は16と34。04と22の二方向にある。
 滑走路16とは160度方向に、すなはち南南東方向に向かって離着陸する場合を意味し、滑走路34とは、同じ滑走路を反対側に向かって離着陸する場合、すなはち340度方向(北北西)に使用する場合をいう。
 一本の滑走路が離着陸する方向によって滑走路16になり、滑走路34と呼ばれるのである。滑走路04は40度方向(ほぼ北北東)に、滑走路22は220度方向(ほぼ南南西)に向かって離着陸する滑走路だ。どの滑走路を使うかは風の方向によって決まる。飛行機の離着陸はいつも風に向かって行われるからだ。今日は滑走路16を使っているのは、風が170度方向から吹く南風だからであった。木村副操縦士がブリーフィングを続ける。
帯広も風が弱くて晴れですね。それからまだ名古屋も晴れ。大阪もハイ・クラウド(高曇り)ですね。福岡あたりはもう雨が降っていますので
モデレイト・レイン、4キロか。長崎は?」と機長が福岡の天気情報を見ながら言った。
はい。長崎も降っています
九州は全域雨だね」森田機長は背筋を伸ばしながら尋ねた。
フォーキャスト(天気予報)は?
東京は南寄りの風でこのまま持続ですが、ハイ・クラウド(高い雲)が増えてくるのが予想されています
ちょっと風が強くなって…200度から20ノットか。今、ランウェイ(滑走路)は16だが、離陸するときには滑走路22に変わる可能性もあるね
ええ、そうですね
 森田機長は札幌から戻るときの代替空港(オルタネイト)、もし何等かの理由で羽田空港に着陸出来ない場合、代わに着陸する空港として成田空港を予定していたので、成田空港の風の状態もチェックして言った。
成田はOKだな。千歳は?…風は変わらず、やはり強いね
 これから向かう千歳空港の天気は良好で12、3ノットの風だったが、ときどき滑走路に吹く35ノット前後の強い突風が森田機長の心配の種ではあった。
 航空用語では速さの表示は、船と同様にキロ表示でなくノット表示である。高さは原則として(ロシア、中国などはメートルを使用)メートルでなくフィート。距離はマイル(正確には船と同じでノーチカルマイル)表示である。
 35ノットの風というのはメートル換算で時速約65キロの速さで吹く風で、秒速に直すとおよそ18メートルの強風であった。
やはり突風は強いですね。35ノット!」と副操縦士も改めて強風のデーターに驚きの表情を見せた。
 森田機長と木村副操縦士が見ている千歳空港のデーターは次の様なものであった。

 RJCC 090312 14012K 9999 SCT030 SCT080
 TEMPO 0312 20025G35KT

 RJCCは、千歳空港を表わす記号。ちなみに羽田空港はRJTT。
 090312は、9日の03時から12時までの間の予報という意味。これは標準時間なので日本時間では9日の午後12時から午後9時までの間では、14012K、すなはち140度方向(およそ南南東)から12ノットの風が吹くだろうと予測している。
 9999は、10キロ以上の視程があり、SCT030 SCT080は、3000フィートと8000フィートに少しの量(スキャターSCT)の雲がある。
 TEMPOはテンポラリーの意味で、時々、0312(3時から12時標準時、日本時間午後12時から午後9時)の間には、20025G35KT、すなはち200度方向から25ノットの風も予想されるが、G。これはガスト。すなはち、突風が35KT(35ノット)吹くことがあるというデーターであった。
 機長は再び高高度の風のデーターに目を移した。
クロスセクションのチャート(ジェット気流上層風のチャート)では、トロポ(トロポポーズの略。成層圏と対流圏の境目のこと)が3万7000フィートぐらいか。ちょっと低くなっても3万5000フィートだね。飛行機の上昇中は2万5000フィート前後にちょっと乱気流があって、あとはトロポ近辺にもあるね…。降下中はとくになしか。やはり上を越して行く方が(乱気流が予測される3万7000フィートの上の高度で飛ぶ方が)良いよね
 航空機が飛行する大気は対流圏と成層圏である。
 季節や地域によっても多少変わるが、対流圏とは、普通、我々が生活している地上から約1万1000メートル上空までくらいの大気をいう。すなはち高度約3万7000フィートから下の大気である。
 成層圏は高度3万700フィート、約1万1000メートルより上から、約18万3000フィート、約5万5000メートルくらいまでの大気をいう。
 前述したように成層圏に入ると大気が安定しているが、対流圏の上部、とくに成層圏と対流圏の境目は非常に気流が不安定でジェット気流もこの付近を吹いており、飛行機は大きく流されたり揺れたりすることもある。この境目をトロポポーズといい、パイロットは可能なかぎりトロポポーズを避けて飛行するのである。
 今日の天候データーでも、森田機長が言うように3万5000フィート前後から3万7000フィートくらいの高度にかけてトロポポーズがあるので、飛行プランでは4万1000フィート(約1万2300メートル)を飛行することがディスパッチャーから薦められていた。
そうですね」と木村副操縦士も頷いて白い歯を見せて笑った。
 高高度を飛行出来るのもボーイング777の魅力のひとつであった。この最新鋭機は、MD-90やA300という従来の飛行機では特別な条件でもないかぎり上昇できない4万フィート前後の高度を乗客を乗せて比較的楽々と飛ぶことが可能なのである。
福岡行きは?」森田機長が321便の飛行計画書を手元に寄せながら尋ねた。
福岡へはプランでは3万9000フィートを飛ぶ予定になっていますが。トップ(雲の最も高い部分)が3万7、8000で夜には少しは(雲の高さが)下がるとは思うんですが、3万9000フィートで上を飛行するのが無難ですね
 機長は副操縦士の説明に頷きながら、「風も100ノットだからな(ジェット気流の風速)」と了承するのであった。
 そのあとブリーフィングはノータム、空港の状況などの航空情報(ノータム)に進んだ。 最後に森田機長はデスパッチャーから提案された飛行プランを了承し機長のサインしてブリーフィングを終えた。
いいですね。帯広を代替空港に、燃料3万7000ポンドを搭載。飛行高度は4万1000フィートだ。羽田2番スポットからRNAVルートで千歳まで飛び、千歳のスポット16番。よし、行きも帰りもこの飛行プラン通りでいいね
 森田機長はディスパッチャーが立案した飛行プランを了承して頷いた。
はい。了解しました」と木村副操縦士は、次に客室乗務員とのブリーフィングをするために、すでにディスパッチルームに集まっているキャビン・クルーに合図を送った。

▼キャビンクルーとコックピットクルーのブリーフィング
ディスパッチャー

 コックピット・クルーが飛行機へ搭乗する前に行う打合せは、すでに終えた飛行プランのブリーフィングと、これから始めるキャビン・クルーとの打合せのふたつがある。
 このブリーフィングでは、主にコックピット・クルーが客室を担当するキャビン・クルーにこれからのフライトの状況を伝達するのが目的であった。
 キャビン・クルーが機長と副操縦士を取り囲むようにディスパッチルームのカウンター前のスペースに集っている。
 華やいだ雰囲気の中で、木村副操縦士が満面に笑みを浮かべながら話を始めた。
お待たせしました。115便から321便で運航しますね。シップはB777の機番JA8977機を使用します。羽田空港のスポットは2番。前便(搭乗機)はすでに(羽田空港ゲート2番に)到着しております
 八名のキャビン・クルーが小声でハイ、ハイと返事をする姿を前にして副操縦士の声が上ずり気味に響いている。
大きなスクワーク(飛行機の故障)は聞いておりませんので、予定通り飛行機を使用できます
 ブリーフィングには、今日初めて顔を合わせるクルーもいるので、まず各々の名前と客室での受け持ちセクションの紹介から始まった。
キャプテンは森田機長で、FO(ファースト・オフィサー)木村です。パーサーが関谷さん。フォアード・センターが吉野さん。4R、丸井さん。3Lが羽戸さん。それから3Rが泉川さん。2Lが井口さん。2Rが山田さん。4Lが黒木さんですね。お願いします」 キャビン・クルーは、4Rや3Lというように客室では担当する区域が決まっている。一息すって副操縦士はブリーフィングを続けた。
ええーと、お天気ですけども、東日本、北日本についてはまだ高気圧に覆われております。高い雲が出てきましたが運航時間帯は問題ありません。晴れベースで推移します
 天候を含め、このブリーフィングで伝えられる内容は、機内でのアナウンスや乗客から質問を受けた際に答えるデーターにもなるので、キャビン・クルーは真剣にメモを取りながら副操縦士の話に聞き入っていた。
西の方はですね。東支那海から低気圧が近づいてきております。この時間帯はもう福岡では雨が降っております。徐々に大阪、名古屋と悪くなってくる状態ですね。関東の方は今日のところは影響がありません。福岡の方も視程がおちてもビロー(着陸できないほどの天候状態)になることはないと予想されていますので、予定通りの運航になると思います
 コックピット・クルーと同様にキャビン・クルーも、これから羽田、千歳の往復と羽田から福岡へのフライトに乗務するので、札幌から福岡までのルート上の天候情報はすべて必要であった。
 とくに飛行機の揺れにかかわる情報は客室サービスには欠かせない情報であった。それによって飲物や軽食のサービスの仕方も変わる。キャビン・クルーたちは真剣に耳をそばだてた。

エンルート(飛行ルート)ですけども、関東の北から東北にかけましてジェット気流が通っております。で、その近辺で今のところ揺れが予想されていますね。でも、弱いコトコトした揺れですからサービスには問題ないと思います。西の方はトップ(雲の頂上)が、3万7800(フィート)ということで、東京を上がりまして西の方に行きますと徐々に雲が高くなってくるという状態で、一部トップがクルーズ中に触れるので、そのときは強めの揺れが予想されております。福岡へのお客様は多いのですが、エンルートが長いですからサービスは充分出来ると思います。そんなところですね
 ここで一息いれて副操縦士は天候情報(ウエザー)を伝えた。
ウエザーからいきますね。東京が170度から風が20ノット。高曇りの気温15度。千歳は180度、17ノット。晴れの8度。115便の飛行データーは高度4万1000フィート。千歳空港までの飛行時間は1時間21分。飛行時速850キロ。お客様は101名。オルタネート(代替空港)は帯広です。千歳は16番スポット。
 戻りの114便は高度3万9000フィート。羽田空港までの飛行時間は1時間9分。飛行時速920キロ。搭乗客は170名。オルタネートは成田空港。東京に帰ってきますと2番スポットです。
 それから321便は高度3万9000フィート。福岡までの飛行時間は1時間39分。飛行時速700キロ。搭乗客は363名。オルタネート(代替空港)は関西空港です。
 福岡空港、最後は7番スポット。特殊なパッセンジャー(病人やVIP、犯罪者の護送などの特別な乗客)や危険物(危険搭載貨物)は聞いておりません。ハイジャック・コードはフェイズ・ワン(特別なハイジャックの警報はなく、普通コード)です。機内アナウンスは上昇中にキャプテンがします。コックピットの出入りはコックピットドアのノックを二回お願いします。その他気がついたことがあれば早めに報告してください

 最後に挨拶をお願いします、と木村副操縦士は森田機長にブリーフィングの締めを促した。キャビン・クルー全員の視線が森田機長に集まる。機長は優しい微笑みを見せて話始めた。
はい。えーと。所々揺れがありますけども、なるべくシートベルトサインはオフにしますので注意してサービス業務をやってください。主にサービスは巡航中してください。あとはシートベルト点灯時の保安業務は禁止はしません。もし天候などの状況が変わってとくに(保安業務はせずに至急に)シートに座って欲しいときは前から言います。福岡空港への最後のランディングのときはそうなると思います。あとはいいですね
 森田機長はゆっくりと客室乗務員の一人一人をみながら言った。
混成チームですですね。東京と福岡の…
 キャビン・クルーが頷く。今日の8名の客室乗務員は東京ベースに勤務するクルーと福岡ベースのクルーの混成チームであった。
福岡のひとは?」森田機長が尋ねると関谷チーフパーサーを含め5名のキャビン・クルーが手をあげた。
5名です
5名。東京3名。仲良くやりましょう
 最後に機長が挨拶をすると、クルー全員の緊張もとれて和気あいあいの雰囲気が生まれた。14時20分。機長をはじめクルー全員はデスパッチルームをあとにして2番搭乗ゲートに向かった。

武田一男

JAS BOEING777 Cockpit「機長席」/全11回
羽田〜新千歳 フライトドキュメント
録音:武田一男/解説:武田一男・桃田素晶 ©Director’s House

【著作について】「機長席」の文章、及び音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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    • Akio
    • 2009年 9月23日 8:19pm

    航空無線はいつでも聞けますが
    こういうのは、新鮮でおもしろいです。
    と、言うよりも
    パイロットではないと聞けませんね。

    • B777
    • 2009年 9月23日 11:45pm

    最初からボリュームとインパクトが…すごい…

    • 竜子
    • 2009年 9月25日 12:54pm

    ■Akioさん
    ブログでこういうことができるというのは凄いですよね。「人」が感じられて良いと思いませんか?
    ■B777さん
    圧巻のボリュームで初回(一応第2回)を飾っていただきました。いよいよ始まったなぁ、という感じですね。

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