沈まぬ太陽の翼たち

正直、今回この飛行機たちをネタにしようか悩みましたが、飛行機の入ったダンボール箱を整理していると箱から出てきたのは、まさしくあの映画で何度となく出てきた飛行機たち。今だからこそ既に過ぎ去ったこの塗装のモデルたちを出すには良いタイミングではないかと思ったのです。第7回目は、あの会社を支えた屋台骨ともいえる初代塗装のジェット機たちを紹介したいと思います。
日本航空ダイキャスト

あの映画とはもちろん「沈まぬ太陽」のことだが、主人公である恩地氏の海外勤務はパキスタンのカラチから始まり、その後テヘラン・ナイロビへ路線開設のため海外勤務が続く。更なる航空路線拡大を成し遂げるために、会社の黎明期から黄金期への橋渡しとなったジェット機で比較的短命だったと言えるのが、このコンベアCV880-22Mと呼ばれるジェット機だ。
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1961年から就航し、マッハ0.89という他のジェット旅客機と比べても早い「韋駄天ジェット」と呼ばれるほどであった。だが元々軍用機のジェットエンジンを改造して装備したため燃費も悪く、黒煙を吐きながら爆音を轟かしていく離陸は羽田空港でも極めて目立つ存在であった。その後度重なるエンジン関係のトラブルに悩まされ、主翼の安定性能の低さが露呈し改良を重ねながらも、次期大型旅客機ジャンボ導入で下取りのため1970年には残った全機が売却された。主に東南アジア線や南周り欧州路線へ導入された。韋駄天ジェットらしい武勇伝としてこんな話がある。まだ航空管制も今ほど厳しくなかった1960年頃、ANAは羽田ー千歳線を1時間50分以下で飛ぶ当時の最新鋭英国製ターボプロップ機ビッカース・バイカウントを投入し、先に出発したはずの日航のダグラス製レシプロ機を軽々と追い抜いていくことが多かったという。そんな屈辱を晴らすためにCV880のデビューが急遽羽田〜千歳線へ導入された。そのため1961年に国内線において初めてジェット旅客機が就航したのも、実はこのCV880だったりする。映画での登場シーンは特にないと思われるが、この会社において忘れてはならない飛行機のひとつである。
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テレビなどで「よど号」の映像が出てくるが、その飛行機がボーイング727-100である。日本の国内線ジェット化の立役者であり、3発エンジンで流線型のボディとその操縦性能はまさしくスポーツカーとパイロットたちが言わしめたほど。スポーツカーと呼ばれる理由としてANAのボーイング727で樹立したと言われる羽田〜伊丹間を何とたったの26分で飛ぶという記録が残っているからだろう。高度成長期1964年夏に就航し、主に羽田から伊丹・福岡・千歳と言った国内幹線を飛んでいた。勿論ANAとの国内線の競争は激化し、挙句の果てには政府から両社とも国内線就航機種を727へ統一するように指導が入ったほどだ。その後ボーイング727-100は2機のみ1987年まで残り、地方発の国際チャーター便やハバロフスク線に就航していた。なおANAではさらに胴体延長型のボーイング727-200も導入され1990年4月末まで国内線を飛び続けた。映画では実機CGの登場はないが、恩地氏がテヘランの支店開設時のシーンで展示されていた飛行機モデルにボーイング727-100の姿がある。
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「空飛ぶ貴婦人」と呼ばれた4発エンジン機DC-8-61こそ、この会社にとって一番の屋台骨であったのは間違いないだろう。なにせジャンボ機が就航するまでは234席と最大の旅客機であり、航空需要が急増していた当時の国内幹線や東南アジア線においては、救世主と言っても過言ではないだろう。
1960年夏にDC-8-32型であるJA8001富士号を受領、同時に日本初のジェット旅客機就航となった。その後はエンジンの更新や胴体の伸縮を繰り返して様々な機種が生まれ、この会社では改造機を含め32,33,53,55,55F,61,62,62AFと8種類の異なるDC-8を60機近く使用していた。この機数は導入機数が100機を越えるジャンボ機に次いで多く世界一周路線を含めて、今日の就航路線の骨組みも形成されたと言ってもいい。機内も西陣織の生地が使われた豪華なファーストクラスの座席、窓に障子を施し、畳に模したカーペットが敷かれ、有名な前田青邨画伯作の絵が飾られた豪華なラウンジはまさしく社運を賭けたジェット機だったことが伺える。映画でもこのDC-8は存在感が大きく、支店内などで展示された飛行機モデルやCGによる実機の離陸シーンなど随所に出てくることが多い。

各モデルの詳細は、3機ともメーカーはエアロクラシックス社で縮尺は1/400。塗装はそれぞれ初代塗装のものである。コンベアCV880-22MはシップナンバーがJA8028でこの機体には「桔梗」など花の名前が付けられていた。ボーイング727-100はシップナンバーがJA8308でこの機体には「木野」と日本の有名な川の名前が付けられた。河川名が名付けられた例では、前出のよど号(JA8315)が有名である。DC-8-61はシップナンバーがJA8039でこの機体には「筑波」と観光地や山などの名前が付けられているが、後期受領分の機体にはその名前が省略されているものも存在する。

滅多に映画を観に行くことはない私ですが、珍しくこの映画は観に行きました。感想は忠実に小説の内容が表現され映像が加えられ、更に現実味が帯びた映画に出来上がった様に思います。キャスティングに救われた感もあるとはいえ、キャビンクルーや整備士の制服、小道具までこだわりを持って気を使っているのが感じられるほどで、当時使われた搭乗券のフォーマットなどの時代考証が極めて正確な点は感心しました。特にこれから航空会社など旅客運輸関係等の仕事へ就きたいと思っている方には一度観ておいた方が良いと私は思います。如何に安全第一であるべきかが嫌ほど実感出来ると思いますので…。

沈まぬ太陽はフィクションとはいえ、極めて忠実に過去の出来事を表現した映画で、その会社は法的措置も辞さないという声すら出ている…。しかしながらそれは余りにも失うものが大きいのではないだろうか。表現の自由を侵害することを意味し、世の中の趨勢の認識を乱暴に無視するからだ。この映画をもっと肯定的に捉え、あまり国へ迷惑をかけない方法で新たな船出をして欲しいと私は思う。

では次回もお楽しみに…。

Mattari

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    • B777
    • 2009年 11月4日 1:59pm

    昔の飛行機は見た記憶どころか、その世代ではないので勉強になります。
    B727は競争を抑える為に国が機種統一を図ったと、一概には言えないでしょうけど、その当時のJALはANAに押されていたのでしょうかね?国営企業なんて、そんなもんでしょうね。
    映画を見に行かないと・・・

    • Akio
    • 2009年 11月4日 6:16pm

    これらの、機体を見ると
    羽田の黄金時代を連想するのは、僕だけでしょうか?
    昔の機体も、いいですね。。。

    • Airman
    • 2009年 11月4日 8:59pm

    これは凄い!
    鳥肌が立つくらい、感動しました。
    ”古き良き時代”っていう言葉を連想します。
    DC-8-61、大好きでした。
    羽田-千歳で何回か搭乗し、1度はフライト中のコックピットにもお邪魔したことがあります。
    羽田空港を離陸するDC-8の姿は本当にきれいでしたね。
    この塗装のJALは残念ながら実際に見たことが無いのが残念です。
    でも、こうして今日、見ることができた。
    うれしいです!!
    特に1枚目の写真、度肝を抜かれました。
    ありがとうございます!

    • Mattari
    • 2009年 11月4日 10:55pm

    ☆B777さん
    私もこの初代塗装を見た事なく鶴丸塗装を知る程度。
    当時のANAは正規発注の受領までの繋ぎ用に727を米国から
    リースしておりJALより早めに手に入れて
    先手を打っていたのは有名なお話ですね。
    親方日の丸へ勝つためANAは昔から新機種導入に
    積極的でしたからね。
    ☆Akioさん
    この塗装をAkioさんの世代で知っているのは驚きです。
    私も実物は一切見たことがなく、全て資料写真のみで
    知る程度です。やはりDC-8や727と呼ばれる飛行機たちは
    まさに高度成長時代の象徴ですから、私もこれらの飛行機を
    海外で見かけると嬉しい気分になりますね。
    ☆Airmanさん
    お褒め頂きありがとうございます。
    この3機たちを見て絶対この構図で表紙の一枚を
    作ろうと考えていたのですが、遊び心でセピア色にしたら
    割といい感じになったので、こうなったんです。
    DC-8は初海外旅行した直後にDC-8の引退を知って
    乗る機会もなく残念でしたが、やはり一度は鶴丸のDC-8を
    見たかったです。下手な写真ですが喜んで貰えて
    嬉しく思います。

    • 007
    • 2009年 11月5日 5:26pm

    拍手! 類のない航空エッセイ、これ最後にまとめて本にすべきです。それから、JALの初代塗装のDC-8がサンフランシスコ上空を飛行している、それはそれは古い空撮(併走する飛行機の窓から16ミリで撮影したモノクロでむろんJALのアーカイブライブラリーにも絶対ない貴重映像)を今度、Airmanさんのブログで公開しますのでぜひ、見て下さい。

    • Mattari
    • 2009年 11月5日 7:43pm

    ☆007さん
    お褒め頂きありがとうございます。
    本にするほどの内容でもないですし、記事で
    集めた情報も調べると割と出てくる内容が殆どなので
    恥ずかしい限りであります。過去手記の執筆と飛行機の
    写真を提供したことありますが、なかなか難しいものだと
    思ったものですね
    何とあの初代のDC-8の空撮映像をお持ちなんですか?
    DC-8-32の富士号や日光号、箱根号などですか?
    JALのアーカイブにもないものとは楽しみに
    しております。

    • 007
    • 2009年 11月5日 8:01pm

    たしかに記事は情報の伝達ですが、行間にあなたの人柄と知性が出る。それが読者を暖かくしてほっとさせるのです。とても良いコラムだと思います。

    • Mattari
    • 2009年 11月5日 9:20pm

    ☆007さん
    私にはあまりにも勿体無い言葉で
    とても嬉しく思います。
    今まで7回記事を更新して来ましたが
    もっと多くの方々に読んで頂けるように
    精進したいと思いますのでこれからも
    宜しくお願い申し上げます。

    • 竜子
    • 2009年 11月6日 3:14am

    007さんに、すべてにおいて同感です。
    こんなスピードで向上してゆくMattariさんにビックリしています。

    • Mattari
    • 2009年 11月6日 3:26pm

    ☆竜子さん
    いえいえ、まだまだ足りない物が多くて
    お役に立てていないとは思います。今まででも
    こんなに褒められたことはないので
    とても嬉しいです。

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