カプリ島の青野洞窟がやばいのなんの!

カプリ島へ行った。カプリ島は「青の洞窟」があることで有名。しかしこの時期の「青の洞窟」入場率は10%以下、昨対比6%(ガイド談)とのことなので、ほぼ入洞は無理に違いない。ダメなときはカプリ島の散策と、そのぶんポンペイ観光が長くなるので、そっちに期待だな。
いずれにしても入洞できるかどうかは、カプリ島までフェリーに乗って行かなければ分からない。さらに、カプリ島からでる船に乗って、青の洞窟の前まで行かなければ分からない。そこでもしOKならさらに小さな小舟に乗って入洞、つまり3つの船を乗り継ぐ、という算段。そこまで行って入れない、コレ、けっこうな時間のロスだよ…おい。
カプリ島までは問題なく到着。そこから…5〜60人乗りの船に乗って岸壁へ。これにも乗れた。そして…岸壁の前には何艘かの小舟。
目の前の船の出入り口から、船頭さんの私を呼ぶ声が。そして…。

乗れたっ! 片足を乗せただけで今にも沈没してしまいそうな、矢切の渡しの何分の1かのサイズの小さな小舟。4人が限界だ。あまりに揺れるのが怖くて両手でしかっかり船のふちを持っていたが、船頭さんに手を中に入れろとしかられる。
そもそも青の洞窟は期待していなかったこともあって、「青の洞窟って何?」「沖縄にもあるじゃん!」ってな具合で、この船がどこへ行くのか、どこの方向へ向かっていくのか、まるで見当もつかなかったし興味も持たなかったけれど、いやはやビックリ。

舟なんか通れそうにない、50cmくらいのちょっと大きなおむすびの穴に向かって付き進んでゆく。50cmにも満たない、というと語弊がありそうだけど、本当の話。母はその穴が30cmもないほどだという。とにかく見た目にはサッカーボールくらいの大きさにしか見えなくって、波がひいたときだけ、幅1mくらいに穴が広がるんだ。まさか、だよ。ようやく意味を理解できた私はとにもかくにも急いで必死に体を寝そべらせる。

穴の直前で船頭さんが波のタイミングを計りだした。んで「いーち、にーの、さーーーーん」の呼吸で、鎖を引っ張ってなかに小舟を押し込むんだ。その瞬間船頭さんも忍者のような素早さで体を舟の中に仰向けに寝そべらせる。アクロバティックだよ。
慌ただしさと恐怖とでその瞬間は何が起ったかまるで分からなかった。目の前をかするような岸壁が顔をさすって血みどろになりそうで、顔面を手で覆いたかったけれど手を顔に持ってくる余地すら起こさせなかったんだ。だってね、中型船から小舟に乗ったの、私たちが一番最初だったんだもん。要領もわかんないけど、どこに洞窟があるのかすらわかんなかった。

で、私と叔母と両親の「ギヤァァァーーー!」の大きな悲鳴が一斉に鳴り響いたのが、真っ暗な洞窟の中。興奮冷めやらぬ中、顔を上げるとそこは静寂の海…ではなく船頭さんのオーソレミオののど自慢が鳴り響く青い海。これが幻想的でですね、青よりも深い、エメラルドよりも輝く緑。「エェェェェェェェー!」と雄叫びを上げてしまいました。
一気に疲れが吹っ飛んだ。
「青の洞窟」がこんなにスリリングさを伴うものとはいささかビックリ。
チップの”増額”をねだられた。船頭さんいわく「のどを披露したでしょ!」。でもさ、洞窟でなんて誰が歌ってもよく聞こえるんだよ…。その証拠に私も歌った。
難しいよね、どうしても。日本人の心を持つものとしては、このチップの増額要求。本当はこんなアクロバティックな技で船頭されて、確かに増額したいわ、と心は揺らいだんだけど、何せポッケにお金を1枚しか入れてこなかったんだ…(手荷物不可)。

カプリ島
青の洞窟

ただ、海外へ出るとお金の価値に不安を覚える。物乞いとかね。イスラムの国では現地の人は普通に「分け与える」感覚でお金を渡していた。日本で物乞いにお金を渡すなんてことは「その人のためにならない」で速攻却下だけども。さも貧しそうな子供がらみの物乞いだとか…お遍路さんに寄付するのと何が違うのかってさ。考えちゃう。

ポンペイの遺跡はもちろん興味深いものが多いな。全冊読破とはいかないけれど、塩野七生さんのローマの話がですね、とても面白くって。「ローマ人の物語」シリーズも良いのですが、「ローマから日本が見える」といったエッセイも面白いー。
ポンペイとヴェスヴィオ火山

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
  1. コメント 0

  1. トラックバック 0