アエロフロートIL-62Mで飛ぶシベリア航路<後編>

自分なりに調べた情報を速報として発信することが増えて嬉しく思います。まあもっともフィリピン航空777-300ERが予定どおり成田へやってくるかどうかはドキドキものですが(笑)。先週発信の第12回目アエロフロートIL-86で飛ぶシベリア航路<前編>をまだご覧でない方はこちらも併せてお楽しみ下さい!
第13回目は一時帰国で搭乗したアエロフロートのお話<後編>です。

モスクワの空港内で撮影された画像をネットで探してみた。私がフライトを乗り継いだシェレメーチエヴォ2と呼ばれるターミナルも、14年あまり経った今も殆ど変わっていない事に驚いてしまった。当時の空港の様子を撮影する事も出来なかったがそのサイトを見ていると狭い通路や寒々としたプラスチックの椅子など、徐々に当時の記憶が蘇ってくるから不思議である。もっとも先月から新ターミナルのシェレメーチエヴォ3が出来て、去年はアクセス鉄道も開通したのでやっと欧州並みの空港機能が確保されたようだ。

アエロフロートIL-62M

「SU587便東京行き搭乗開始します!」例のロシア訛りの英語アナウンスが流れる。搭乗するのは旧ソビエト時代に作られた長距離旅客機であるイリューシンIL-62MでシップナンバーはRA-86520。通路が一本のみのナローボディと呼ばれる胴体は短距離路線のボーイング737ぐらいしか縁がない。それを思うとこの機体がこれから9時間を越える長距離を飛ぶのが信じられなかった。あとで調べるとまだ作られて10年程度の機体でだった。当時のフライト記録を見ると定刻が20時05分、実際に駐機場を離れたのが20時40分になっていたから35分遅れ。滑走路を離れたのが更に20分後の21時ちょうどだった。

例の東京行き第1便目のエアバス機が満席だったらしく、このSU587便は定員132席に対して何とたったの35名!はじめは指定された座席に座っていたけど、スチュワーデスよりも保安要員と呼ぶほうが相応しい彼女たちが「今日は空いてるから好きな座席へ移ってね!」と機内で叫ぶ。おかげでそれぞれの乗客が窓側で横3席を独占出来て肘掛けを跳ね上げて横になれるからみんな大喜び。当時各社で流行っていたFクラスのスリーパーシートを文字ってエコノミースリーパーと呼んだものである。乗客の客層も前便のロンドン〜モスクワ線は欧米系やロシア人が多かったが、モスクワ〜東京線は私のような日本人学生が殆どで、割と女性のバックパッカーも見かけた。

IL-86と同じエンジンを装備しているIL-62Mも乗客数が通常より少ないせいか、4発のソロビヨフエンジンが爆音を響かせながらも軽やかに凍て付いた滑走路を離陸していく。アエロフロートの離着陸時は窓のシェードを閉めてくれという話もよく聞いたが、このフライトでは特に何も言われず、好きなだけ空港の風景を眺める事が出来た。窓からはオレンジ色の街灯がポツポツと見え、暖房の煙が立ち昇る社会主義時代の遺産ともいえるコンクリートの大きなアパートがたくさん並ぶ。案外アエロフロートや空港関係者の社宅だったりして。

ギャレーからは食事の準備が進んでいるらしくいい匂いがする。メインディッシュは選択の余地がなく、ロシア風カツレツのみだった。でも今まで食べた各社の機内食と比べても美味しくて驚いた。さっきと同じだが赤ワインを少しずつ呑みながら、窓に目をやると月明かりが翼に反射していい感じだ。時折真っ黒な大地にポツポツながらも小さな明かりを灯した集落が見える。あんな寒い土地ではどんな人たちが生活しているのか気になってしまう。

実は食事を終えた後、担当のスチュワーデスに操縦席の見学とフライトレコードをパイロットへ渡して貰えるようにお願いしておいた。程なくして消灯の時間で暗くなった頃に、スチュワーデスから操縦席の見学をどうぞと声を掛けられる。なかなか気が利いていいなと思った瞬間であった。写真撮影は不可だったが、ロシア機のコックピットは初めてなのでドキドキものだ。スチュワーデスに案内されてコックピットに入れてもらうと航空機関士が出迎えてくれた。貰ったサインには機長が2名、航空機関士、通信士、航法士が各1名で5名分が記入されていた。5人全員が交代なしで9時間飛びっぱなしというから驚きであった。青緑色のパネルはIL-86と同じようにメカの塊といった感じで興味深い。

航空機関士がFEパネルの座席に座らせてくれて、ジェプセンのチャートを使ってフライトルートを説明してくれた。私はいつも彼らへの定番おみやげで自分が撮影した搭乗する飛行機の写真をあげることにしている。ロンドンで撮影したロシア政府のIL-62Mを5枚プレゼントだと言って差し出すと彼らは大喜びしてくれた。割と自分の操縦している飛行機の写真って持っていないのか殆どのパイロットは喜んで貰ってくれるから嬉しい。

そのうちの一人の機長が、「この写真は君が撮ったの?」と英語で聞いてくる。そうだと返事すると意外な答えが戻ってくる。「それなら自分のサインを後ろに書いた方がいいね」と言われる。5枚とも日本語と英文でサインを書き込むと、なぜか「日本語でHappy New Yearはどう言うんだ?」と聞かれる。あけましておめでとうと言う事を教えると、紙に書いてほしいと言われる。ローマ字で書いてあげると発音の仕方を聞かれて、私がゆっくり話してみると、彼らも上手に真似するから面白い。多分新年に日本へ飛ぶだろうから航空管制官や地上職員向けにネタとして仕入れているのだろうと思うと日本人として嬉しい。

そんな暖かな空の男たちの城を後にして、しばし下手なファーストクラスより快適な”エコノミースリーパー”で毛布に包まって休むことにする。ロシア製の飛行機の座席は背もたれが前に倒れるので前席に乗客がいない座席を倒し、足載せにして休んでいる乗客もいる。

アエロフロートIL-62M

あまり眠れなかったが、気がつくと窓から朝日が見える。こりゃエンジンに朝日が当たっていると思って空いてる座席から撮影すると思ったよりも赤く染まったジュラルミンのエンジンがいい感じに撮れて嬉しかった。凍て付いた大地から川がよく見える。後ほど地図帳で調べてみるとその地図と同じように川の形が見えるから面白いものだ。日本をいつからそういうのかわからないけど、「日出ずる国」とはうまく表現しているものだと思ったものである。

いい匂いがギャレーから流れてくると思えば朝食で今度は暖かいオムレツ。なぜか過去に学校で習ったコルホーズとソフホーズという言葉を思い出し、これも自国の畜産レベルを誇示するかのように美味い。ロシア定番の酸味ある黒パンがよく合うから不思議である。機内が乾燥しているからかミルクティーがとても美味い。

アエロフロートIL-62M

こんな山々が見えて青空が広がるようになると、そろそろハバロフスク上空に入ってシベリア大陸とはお別れである。程なくして日本海が見えてくるとすぐ新潟の上空へ入る。なんとも日本の上空へ入る瞬間はいつもながら不思議な気持ちになるものだ。日本も雪化粧している山が増えているが、ゴルフ場がよく見えてくるとやはり日本へ帰って来た気がする。高度がかなり下がってくるといつも5連打のチャイムが鳴り、成田空港着陸間近とシートベルトの装着を告げる英語のアナウンスが聞こえてくる。滑走路の向きを見ていると空港ホテルと貨物地区が見えてきているから、北側のランウェイ16からアプローチしているのがわかる。少し強めのショックの着陸は常に凍った滑走路を意識しているせいだろうか。定刻より約40分ほど遅れて成田空港へ到着。約9時間あまりのフライトは離れるには名残惜しいものを感じながら機を後にした。

この記事は1995年当時のアエロフロート機内の様子書いたものです。現在のアエロフロートはロシア製旅客機の割合を減らし、殆どが欧州製の最新鋭エアバスA330やA320などを使用しています。座席やサービスも更に快適なものへ変わっています。その後翌年1月に成田からモスクワ経由でロンドンへ戻る時に乗ったエアバスA310-300は欧州製がゆえ安全性は高いし静かでしたが、不思議と無味無臭な味気なさを感じました。やはりモスクワ〜東京間の5人のパイロットや5人のスチュワーデスたちと色々お話したり、小さな飛行機で乗客が少ないがゆえに余裕あるサービスを受けることが出来たのが大きいのかも知れません。

モデルメーカーはジェミニジェッツで1/400。シップナンバーはRA-86533。私が乗った時は尾翼がグレーに塗られてロシア国旗が見えていました。これもロシア籍へ変わった直後のIL-62Mがモデル化されています。IL-62Mは割りと根強いファンも多く、売切れになることが多いモデルです。運良く売れ残っているモデルがあれば買っておくのもいいと思います。一度空港で見かけると鈍重なワイドボディ機が幅を利かせている今時の空港においてはとても新鮮に映ることうけあいで、一目ぼれする航空ファンも多いんですよ。

では来週もお楽しみに…。

Mattari

    • B777
    • 2009年 12月16日 2:52pm

    現物のロシア機を見たことがないので、有り難い話です。
    2基のエンジンが連なってるのには、不思議な感じです。
    外側のエンジンがポロっ・・・と落ちそうでハラハラします。
    見事なイリューシン・ドキュメントです。
    頭が下がりますm(__)m
    こんな風に書けたらなぁ・・・

  1. 昔、よく成田で見かけたIL62。
    懐かしいです。
    着陸し、スポットに入ると、尾部の垂直尾翼の下から補助輪がスルスルって出てきて重たい尾部を支えるんですよね。
    エンジンが4つとも後ろについているんですからそりゃ重たくなりますよね。
    主翼も相当後ろよりについていて、飛行時の重心は取れているのでしょうけれども、地上での重心位置と車輪の位置関係はいかんともしがたいのか・・・。
    (車輪もそれなりに後方についているので、大丈夫かと思うのだが)

    • Mattari
    • 2009年 12月16日 10:12pm

    B777さん
    もう14年も前の話ですからロシア機に乗ろうにも
    乗りにくくなっていますね。新潟発の便でもTU-154Mが
    使われる事も減っていますから、ロシア機らしさを
    体感するのも難しくなりましたね。文面はまだまだです。
    修正しなきゃいけない部分が多くて竜子さんには
    迷惑ばかりかけてるんで。。
    Airmanさん
    私が成田で撮影してた頃はIL-62MとIL-76TDがよく飛んで
    来ていました。そういえばその尾部下の補助輪が
    出ているのは未だ見たことないんです。747のカーゴが
    よく尻餅防止に支柱を付けて、ノーズギア周辺は何か
    固定する紐がくくり付けてあったのは見たことあります。

  1. トラックバック 0