航空小説の楽しみ

「航空救難隊」ジョン・ボール

航空救難隊
 航空小説を読む場合、むろん内容で選ぶことが最も多い。一方、その小説に登場する航空機の好みで書籍を購入する場合も多々ある。好きな飛行機が活躍する小説であれば、ストーリーはともあれまずは読んでみようとつい買ってしまう。そうして読んだ航空小説はかなり多い。たとえば僕が好きな航空機のひとつにDC-3ダコタがある。ダコタが最もよく描かれている小説は、前述のように英国冒険小説の雄、ギャビン・ライアルの「THE WRONG SIDE OF THE SKY ちがった空」(松谷健二訳 ハヤカワミステリー文庫)だが、この小説を機にギャビン・ライアルのファンになり彼の航空冒険小説を一気に読んでしまった。それは僕の航空小説との出逢いでもあった。 

 今回、ご紹介する「航空救難隊」(村上博基訳 ハヤカワ文庫NV115)も登場する飛行機が好きで読んだ一冊である。なぜならその主役となる飛行機がロッキードの名機「コンステレーション」だったからだ。
 コンステレーションに関しては読者の皆さんの方が詳しくご存知なのでその説明は省略するが、ハワード・ヒューズの生涯を描いた映画「アビエーター」の中でその雄姿をかいま見たのは実に楽しかった。コンピュータグラフィックで造られた映像とはいうものの、空港にずらりと並ぶ赤と白で塗装されたTWAコンステレーションの機影は壮観であった。そしてロッキードの社長がヒューズの格納庫を訪れて新しい旅客機の模型を見せるシーンもいい。ヒューズはひとめ見て新型旅客機を気に入って「まるでイルカみたいだ」といって名前を尋ねる。コンステレーション(星座の意味)だと答えるロッキードの社長にその場で最初に製造される40機を買う約束をする。そのあとヒューズの宿敵であったパンナムの設立者ホアン・トリップがコンステレーションの購入をきめるシーンなどもあり、この映画はアメリカ航空界の歴史の一端を描いて興味深かった。それと最近、BSで石原裕次郎さんの「世界を賭ける恋」という映画を見た。主人公の建築家がヨーロッパへ旅立つシーンでコンステレーションが登場する。4発エンジンが煙りをあげて始動するコンステレーションのうしろには昔の羽田空港が完璧なカラー映像で写っている。この映画はSASとのタイアップで撮影されたので、ヨーロッパへの機内映像やコペンハーゲンなどの空港の昔の映像がふんだんに見ることが出来る。昔の日活映画は航空映像の貴重な宝庫だと思う。

 さて、私ごとで恐縮だが、僕は旅客機の音を、とくにコックピットの音を録音し始めて約40年になる。本職が音楽ディレクターだったこともあり好きな航空機の音を録音するのに技術的かつ録音機材の調達等には問題がなかったが、録音したい航空機の所在を探すことは骨が折れた。当時、どうしても録音したい航空機は3つあって、その内のひとつ、コンコルドはロンドン-ワシントン間を飛行する英国航空の操縦室に乗せてもらって録音を済ませていたので、あとのふたつの航空機を探していた。そのふたつこそコンステレーションとDC-3であった。日本航空のカーゴ便のコックピットを録音する仕事があってニューヨークに行ったとき、ケネディ空港のJALカーゴのマネージャーからコンステレーションがメキシコ航空の貨物便で飛んでいるらしいという話を聞いた。丁度その時期、ニューヨークではテニスの全米オープンが開催されていたのでテニスフリークでもある僕としては全米オープンをみて過ごすか、コンステレーションを追っかけるか迷ったが、結局、コンステレーションが勝って希望に胸ふくらませてその足でメキシコシティに行った。それ以前にもアラスカでコンステレーションを探して不発に終わった苦い経験があるので今度こそはという期待があったのだ。しかしその期待もメキシコ航空のカーゴ担当者の言で無惨にも打ち砕かれてしまう。一年前までメキシコ航空の関連子会社が貨物便で使っていたが、その飛行機はすでに売却されており、今、南米のどこかで不定期では飛んでいるらしいがくわしく調べないと所在はわからないということであった。結局、雲をつかむような話なのでそのときも断腸の想いであきらめざるをえなかった。そして現在までコンステレーションを録音する機会に恵まれてはいない。コンステレーションは僕にとっては見果てぬ夢であるようだ。しかしメキシコの旅はけっして悪い旅ではなかった。ニューヨーク、ワシントン・スクエアーの近所にあったアンティークショップでTWA当時のコンステレーションのステッカーとエールフランスのコンステレーション・ステッカーを見つけたこと、そしてメキシコの帰り道にハワイで島めぐりの貨物便で飛んでいたダグラスDC-3のコックピットに乗せてもらい心ゆくまでダコタの音が録音出来たことなど想いである取材旅行になった。

 さて、余談が長くなったのでこのあたりで航空小説に戻ろう。コンステレーションが活躍する「航空救難隊」の作家はアメリカのジョン・ボールである。ミステリー愛読者ならご存知のごとく、ジョン・ボールはヴァージル・チップスという黒人警官が主人公の社会派警察ミステリー「夜の熱気の中で」を発表、その作品でアメリカの権威ある文学賞MWA最優秀処女長編賞を受賞し、それがシドニー・ボアチエ主演で映画化されアカデミー賞を受賞して(映画のタイトルは「夜の大捜査線」)有名になった作家である。作家になる前、彼はミルウォーキー工科大学を卒業後空軍に入隊、パイロットとして従軍し、後に指導教官をするまでに航空機に精通する。その経験がミステリー小説以外に「航空救難隊」(村上博基訳 ハヤカワ文庫NV115)と「最後の飛行」(沢川 進訳 ハヤカワノヴェルス)の2冊の航空小説の傑作を生んだ。

 ジョン・ボールの航空小説の作風は実に淡々としてドキュメンタリータッチの地味な筆運びである。飛行機に積まれた時限爆弾もなければテロリストもいない。それどころか悪意ある人間も一切登場しない。訳者の沢川氏の表現を借りれば「勧善懲悪などを通り越して勧善勧善といった趣」の善意の小説である。おそらく今の出版業界の作品査定ならば真っ先にボツにされるであろうと思われる作品だ。

 ところが、ところがである。「飛行機をよく知る読者」には彼の単調とも言える展開の中に冷や汗が出るようなサスペンスや恐怖を感じとることが出来るのだ。たとえば「航空救難隊」では単発小型機しか操縦経験がないパイロット二人が病人や避難民を乗せた大型4発旅客機コンステレーションを操縦するはめになる。しかもその飛行機は昇降舵が故障して修正舵(トリムタブ)だけで操縦しなければならないという条件下に物語を設定している。この設定はもし小型機のライセンスを持った読者が読めばまさに手に汗握る究極のサスペンスであろう。憶測すればジョン・ボールの作品には自作のミステリーシリーズは別としても、航空小説に関しては「わかってくれる人だけが読んでくれればいい」という良い意味の開き直りや個人的な楽しみという趣さえ感じられる。それがジョン・ボールの航空小説なのである。さて、「最後の飛行」は後日に譲るとして彼の航空小説の処女作「航空救難隊」を紹介しよう。

 まず主役として登場する航空機は前述のごとくコニーの愛称で呼ばれるあのロッキードの大型旅客機、コンステレーションだ。それもTWAのコニーを中古で購入したという設定である。そして場所はカリブ海とフロリダ、しかも大型ハリケーンが発生した最悪の天候の下の出来事である。こう書けばお決まりの航空冒険小説のようだがそうではない。ゴムボートで漂流している二人の遭難者を捜索する途中、嵐を避けて航空救難隊CAPの複座式単発小型機がカリブ海の小島、トレス・サントス島に着陸する。その島には1500メートルの滑走路がある小さな空港があり、普段はその空港をベースに零細な航空会社が古いコンステレーションとDCー3を使ってカーゴ便を運航しているのだが、CAPの小型機が着陸したとき航空会社の全員は昇降舵が故障したコンステレーションをやむなく空港ターミナルの横に係留し、DCー3でフロリダに待避したあとであった。無人となった空港へ島に住む神父が急性盲腸炎の若い男と全身火傷をおった8才の女の子をつれて来る。そして急病のふたりを一刻も早くフロリダの病院へ運ぶよう航空救難隊のパイロットに依頼する。パイロットは小型機が着陸した際に突風を受けプロペラの一部が破損し今の状態ではとても嵐の中をフロリダまでは飛べないことを神父に話すが、神父はコンステレーション機を指さして、この飛行機でフロリダまで飛んでくれという。4発エンジン機の操縦資格がない若い操縦士、シルベスター大尉と副操縦士兼航空エンジニアのチャン中尉は言下に断るが、結局、神父に押し切られた形で急病人に加えてハリケーンから逃げる島民76名を乗せてサントス島を飛び立つ決心をする。「バイオリンの才能はあるが経験のない初心者がオーケストラを相手にコンチェルトを弾こうとするに似ている」(本文183頁)という状況の中でこの若い二人のパイロットの決断を無謀だと決めつけるのは簡単だが、単発の小型機に慣熟している若い操縦士たちが一度は大型機を操縦してみたいと思うあこがれ、挑戦心、野望などのパイロットの気持ちを著者は心憎いばかりに描ききる。そしてコンステレーション機が滑走路を加速し操縦桿を引き起こす段階で初めて二人のパイロットは昇降舵の故障に気がつく。滑走路末端まであと150メートル。副操縦士チャン中尉のとっさの反射神経が昇降修正舵を引き上げ車輪が海面をなめるような低い角度ではあるがなんとか離陸に成功する。それから機首方向を北に取り高度8000フィートで一路フロリダのマイアミに向かう。途中、乱気流に捕まりながらもトリムタブだけで乗り切る二人のパイロットが次第に大型機に慣れて操縦に自信を持つようになる心理過程も航空機を知り尽くしたジョン・ボールらしい筆の冴えで読者を納得させる。コンステレーション機がバハマ諸島のナッソー近くまでくると若いパイロットたちはマイアミ管制に連絡を入れる。操縦資格はむろん計器飛行の資格もない若いパイロットふたりが操縦する大型機が病人と避難民を乗せて有視界飛行でマイアミに向かっているという情報は民間航空、空軍関係者の間を駆けめぐりマイアミは大騒ぎとなる。それでなくてもハリケーンを避けるためカリブ海各地からありとあらゆる航空機が殺到して管制パニック寸前のマイアミである。

 小説はここから後半に入りサスペンスあふれるクライマックスを迎える。コンステレーション機を熟知した空軍のパイロット、アッシェン・ブレンナー少佐が小型練習機Tー33に乗り込み無線で遭難機を誘導しながらマイアミ郊外にあるホームステッド空軍基地に着陸させるまでの描写は詳細を究め、まるでコンステレーション機の操縦マニュアルを読んでいる気分にさせる。だてにジョン・ボールが空軍で指導教官をやっていたわけではないことが納得出来るシーンの連続だ。そして著者が最後に用意するのは空の男たちの強い契りとヒューマニズムだ。そのラストがすがすがしく、熱く、読後感を素晴らしいものにしている。読み終わったあと読者の耳元で「どうだ。面白かっただろう?」と囁くジョン・ボールの声が聞こえてくるような航空小説である。

 余談だが、世界的なベストセラー作家として名高いアーサー・ヘイリーの処女作「O-8滑走路」(清水政二訳 ハヤカワ文庫NV56)も「航空救難隊」と同じ設定で展開する航空小説なので併読されることをおすすめする。機内食の中毒で意識がない機長と副操縦士に代わって13年前にスピットファイアーに乗っていたが今はセールスマンをしているというひとりの男性乗客が、やはり4発の大型旅客機をカナダのバンクーバー空港に着陸させるまでを描いた小説で、その着陸誘導をカナダ横断航空のトレリベーン機長が管制無線で誘導するというストーリー。ふたつの小説の違いはジョン・ボールが技術的描写に徹するのに比べてアーサー・ヘイリーは読者に視覚的表現で訴えることだろう。そもそもこの小説はアーサー・ヘイリーが映画の脚本用として書いたものを友人のJ・キャッスルがノベライズして完成したものといわれている。しかしこの友人こそ、のちに航空小説のベストセラー作家となるトマス・ブロックそのひとである。アーサー・ヘイリーはその後、航空小説の傑作「大空港」を書くが、この「O-8滑走路」とあわせて映画「エアポート」シリーズが公開されることになった記念すべき作品でもある。

武田一男

O-8滑走路

査察機長 (新潮文庫)
「査察機長」内田 幹樹

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)
「沈まぬ太陽」山崎 豊子

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