航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」第2回

[title_taifuhikou]
航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」

YSー11奄美大島行き567便 出発

東亜国内航空鹿児島支店運航課

 現在午後12時10分。運航課では567便の大井千明機長と小山政則副操縦士、それとディスパッチャーの山本が、嵐の奄美大島へ飛行するためのブリーフィングを始めていた。大井機長が長身を折り曲げるようにしてテーブルの上に置かれた天候データーに目を通している。
 データによれば台風は奄美大島の南にあって北上を続けているが、予定コースよりかなり東にそれた様子なので、その分、状況は好転しているのかもしれないと思いながら、大井機長はディスパッチャーに尋ねた。
「いや…」と、若い機長の希望的な観測を打ち崩すように山本ディスパッチャーは、ボールペンを指で遊ばせながら首を傾げた。
「良くなりつつあるというよりも、むしろ台風が北へ進むと風としてはゆっくり西に回りますよね」
 奄美大島着陸には西風は危険な風である。ランウエイは02方向と200度方向、すなはちほぼ南北へ走る滑走路が一本あるだけなので、南から来る台風が島の洋上を北へ進めばランウエイ上では西風、すなはち危険な横風となる。
「まあ、急激には回らないでしょうが…、良くなる状況ではないことは確かですね。風が西側になればね」
「そうですか…」大井機長は天候データだけでは推し量れない風の勢いに内心驚きを感じながら、「それで奄美のディスパッチ(運航課員)からの報告は受けたのですか?」
「ええ。データとしては(風の方向は)340度ぐらいで、27、8(ノット)の風が5分に一回くらい、20ノットを越える風はかなり頻繁に出ると報告を受けています。そしてときたま、一分くらい風がストーンと落ちるらしいのですよ。だからタイミングがよければ(着陸可能)と現地は言っていますが…」
 山本ディスパッチャーは改めて机の上に広げたデータ資料の中から強い風が吹いているところを指差して強調した。そして「実際にこの風が吹いているということ?」と困惑気味な表情を見せる大井機長にたたみかけるようにつけ加える。
「ええ。吹いています…。覚悟せねばならんでしょうね」
 しかし、早川所長が言うように、島に帰りたいという乗客のことは勿論のこと、欠乏しているであろう生鮮食料品や医療品など離島の現況を考えて、一刻も早く飛行機を飛ばせたいという離島パイロットの強い気持が、大井機長を突き動かす。
「しかし、どうですか、今の状況より風は強くはならないのでしょう?」
 機長の気持は山本ディスパッチャーにも理解出来るし、所詮同じ気持ちであった。たしかに、鹿児島を離陸すれば奄美大島までは約80分のフライトなので、到着する頃には今の台風の動きからその中心は島の洋上を通過しているだろう。理論的には現時点よりも風は落ちる筈である。だが、台風の複雑な風の動きはデータだけでは推し量れないことも長年の経験からわかっていた。
「あとは、(風の)ダイレクション(方位)だけの問題ですね」と再び駄目を押すように問い返す機長に、
「ええ、まあ、そうですがね…しかし」と、少し考え込みながら山本デスパッチャーは否定的な見解を言下に匂わせた。そして、
「機長。那覇でも330度(北北西)から、今朝と同じような風が吹いていますよ」と今回の台風は台風一過の青空とはいかなくて通過したあともまだ乱風が残っていることを伝えた。
 飛行機を飛ばせる、飛ばせないは機長とディスパッチヤーの合意によるが、最終結論は機長の判断に委ねられている。
 数十名の乗客と乗員の生命が懸る機長の判断をより正確なものにするためにも、場合によっては重箱の角をつつくような意地悪とさえ思える情報も提示して運航の安全を期すのもディスパッチャーの仕事である。そのことは大井機長も熟知していた。
 機長という職務は常に新たなる局面に対峙して判断、決断の連続であるが、民間航空の場合、安全運航という使命のためには臆病とすら自ら思えるくらいに慎重な判断にならざるをえないのが普通である。スピードが速い、システム化された大型ジェット旅客機の運航の場合は、とくにそうで、その結果として便を欠航させる場合も多々生じることは止む得ない。
 だが、一般の旅客運航に比べて、利用者のより身近なところで生活に結び付いている離島運航の場合は欠航の意味が多少異なる。
 欠航は即、離島住民に多大な影響を与えるのだ。
 とくに今日のような台風の時はなおさらで、離島運航は”多少の困難が予測されても運航すること”も機長の使命のひとつであった。 熟慮の末、途中で鹿児島に戻ることになるかもしれないが、大井機長は飛ぶことを選んだ。
「どうですか。燃料を積んでリターン条件でいきましょうか?」

大井機長へのインタビュー

― キャプテン。着陸できるかどうかは現場(奄美大島)の天候次第ですか?
「今、地上にある(鹿児島支店で入手可能な)データで見た限りでは(着陸可能か否かは)五分五分です。一応、(奄美大島は)特殊空港ですので、横風成分が16ノットまでなら降りれますが、今、その限界ぎりぎりにあるんですよ。それで(奄美大島上空に)到着した時点で(横風が)限界内にあれば進入を開始するし、限界以上であれば上空でホールド(待機)するなり、明らかに着陸の可能性がなければ(鹿児島に)引き返すということです」
 567便の運航が決まると、東亜国内航空の鹿児島支店は俄かに慌ただしくなった。
 航空局に奄美大島への飛行プランが提出され、コックピット・クルーは客室乗務員とブリーフィングを行い、整備員は燃料を搭載、グランドスタッフは搭乗手続きを開始する準備に入った。

東亜国内航空567便YSー11コックピット

 12時40分。567便のエンジンが始動した。
 567便に使用されるYSー11の機体番号はJA8804。製造番号は2081であった。
 YSー11は全部で182機が製造された。製造された順にそれぞれ2000番台の製造番号がつけられている。
 初号機は2001。最終号機は2182。すなはち567便YSー11は81番目に製造された機体である。
 機名は「たかちほ」。初飛行は1968年の9月16日。YSー11が旅客機として実働を始めて約6年後の機体である(初号機が初飛行したのが1962年8月30日。最終号機の初飛行は1973年4月11日)。
 この機体は初飛行のあと、ブラジルのクルゼイロ航空に納入されて南米の空を約8年飛んだ。その後1977年8月4日に東亜国内航空が購入して「たかちほ」と名前を変えて今日まで約4年間、日本の空に就航させている。
 ちなみに、この機は鹿児島ー奄美大島を飛び、すぐ、与論島を往復、奄美大島から鹿児島に戻ると大阪へ飛行することになっている。YSー11は酷使に耐える機体の頑丈さも取り得のひとつであった。
 2081号機、567便の力強いエンジン音が嵐の鹿児島空港に響き渡った。
 大井機長はエンジンを始動させながら右席に座る小山副操縦士に声をかけた。コックピットの前方には不吉な気持にさせる灰色の雲が見える。一瞬、強い風が機体を揺すった。
「(普段の低気圧)前線のときはね、今日ぐらいの風だったら、そんなに気にならないけど、台風と名前がつくとなんだか嫌な気分だね」
「ええ…」と頷きながら、小山副操縦士は先ほどから胃のあたりが軽く締め付けられるような気がしていた。恐怖という意識はないが、これから約1時間半の台風飛行を前にして、身が引き締まるこの気持は明らかにいつものフライトとは異なっている。きっと機長も同じなのだろう、と思いながら、気を紛らわすように窓の外に視線を移した。
 いつもは青い空と濃い緑で色鮮やかな鹿児島空港の風景が、今日は灰色のベールに深く包まれている。
 少し先のゲートには風にさらされた自社機のDCー9が見え、コックピットのスピーカーからは、そのDCー9が管制塔と交わすフライトプランの交信が聞こえていた。
「トーアドメス546。クリア トウ スタート オオサカ。プロポージング 270」
(東亜国内航空546便です。エンジン始動をします。(ディスティネーションは)大阪。(飛行高度は)27000フィートを希望) 
 かん高く迫り上がるターボプロップのエンジン音が安定すると両翼のエンジンが始動を完了した。YSー11は競技を前にしたアスリートのように機体中に活力を漲ぎらせ始めた。
 大井機長が励ますような仕草で副操縦士の肩を軽く叩く。そして半分は自分自身にも言い聞かせるように呟くのだった。
「それほど、心配することはないんじゃない…」

567便客室

 大井機長が客室にエンジン始動が完了した旨を知らせると、キャビンアテンダントはすぐにボーディング・アナウンスを始めた。
「皆様、お待たせ致しました。本日もTDA東亜国内航空をご利用頂きましてまことに有難うございます」
 今日の客室には城悦子、新原由美子のふたりの客室乗務員が搭乗していた。
 いつも奄美大島便に乗務しているふたりには、満席の機内に顔見知りの客が多かった。
 この567便は数日欠航した後の初便なので、いつもよりは機内持ち込みの手荷物が多かったが、ほとんどの乗客はYSー11に乗り慣れていて、自分でテキパキと手荷物を荷棚に整理し、余分なものは足元の座席の下に詰め込んで、客室乗務員として手助けすることもほとんどなかった。
 最前列に座っている中年の女性客の座席の下から、スーパーマーケットのビニール袋に入れたダイコンの葉と牛肉のつつみが覗いているのを頬えましく思いながら、客室乗務員はアナウンスを続けた。
「本日は台風22号の影響により奄美大島上空は大変、風が強く、上空に参りまして着陸不可能な場合は鹿児島空港に引き返すことも予想されています…」
 何とかこの乗客達を無事、奄美大島に降ろすことができますように、と祈るような気持ちで客室乗務員は再びマイクに向かうのだった。

567便コックピット

 コックピットではエンジン・スタートを終えたクルーが管制塔に滑走路までのタクシー(地上走行)の許可を求めていた。
「カゴシマグランド。トーアドメス567。リクエスト タクシー」(鹿児島空港地上管制へ。こちらは東亜国内航空567便です。タクシーの許可を願います)
「トーアドメス567。クリア タクシー ランウエイ34」
(東亜国内航空567便へ。滑走路34へのタクシーを許可します) 12時55分。大井機長はスロットルを押してエンジン・パワーを上げると567便は強風を受けながら、ゆっくりとスポットを離れた。
 風の為にプロペラの音が普段より遠退いて響いたり、すぐ耳元で聞こえたりしながら風に波打っている。
 ランウエイに向う誘導路の上には他機の影はなく、上空の灰色の空を海鳥が群れをなして北風に流されて海の方向に飛んでゆくのが見えた。
「本日は台風22号の影響により奄美地方は風が大変強く、上空に参りまして着陸不可能な場合は鹿児島空港へ引き返すことも予想されております。あらかじめご承知おきくださいませ。尚、天候調査の為、皆様のご出発が1時間10分ほど遅れていますことをお詫び申し上げます…」
 アナウンスが終わる頃、567便はランウエイ34の端に着いた。「テイクオフ・チェックリスト!」
 離陸の計器点検が始まった。
「テイクオフ ノティフィケーション」
「ノティファイ」
「ピート ヒーター」
「ノー ユース」
「フュエル ヒーター」
「オフ」
「グランド クーリングファン アンド スピィル バルブ」
「オフ アンド マニュアル」
「W・M・システム」
「オン」
「トランスポンダー アンド DME」
「オン」
「ガスト ロック」
「スタンバイ」
 離陸時の計器点検が完了し、「クリア フォア テイクオフ」と離陸許可を確認すると、大井機長はYSー11を誘導路の端に入れた。
 滑走路は雨に濡れて、ランウエイの向側にある数束の刈り残された草が強い風になびいている。
「ウエットローリング テイクオフ コール 80 V1 VR V2 チェック エンジンインストルメント。ガストロック オフ アンド フリー」
(ウェットローリングのテイクオフをします。V1 V2時にはスピードをコールして下さい。エンジン計器の確認とガストロックはオフにして下さい)
 小山副操縦士が復誦し、ガストロックをオフにする。
 大井機長は一度体内から息を吐き出し、眼前に連なる灰色の滑走路を眺めた。
 「レッツ ゴー」
 大井機長はスルットル・レバーをテイクオフの位置に上げ、ブレーキを外した。
 機体がゆっくりと弧を描き、機首がランウエイ方向に向く。そして轟音をあげて雨で光る滑走路を走りだした。
「フライトポジション、ライトアウト、プレッシャーUP、エンジン、ノーマル」計器類をチエックする小山副操縦士の声が響く。
 風の音とエンジン音がビリビリと機体を振動させた。
「80ノット」(スピード80ノット)
「ユー ハブ」
「アイ ハブ」
「V1 VR」
 大井機長は操縦悍を引いて機首をあげる。機体が風を捕まえて浮いた。
「ギヤ・アップ!」(車輪上げ!)
 12時58分。台風の奄美大島に向けて、567便VSー11が鹿児島空港を離陸した。
 鹿児島上空は台風の余波で生じた雨雲が広く覆って、567便は離陸するとすぐその雲の中に入った。
 ゆっくりと右旋回が始まる。
 灰色の雲の切れ端がプロペラにからまって引きちぎられた綿のように後方へ乱れ飛んだ。
「ディパーチャー コンタクト」
(鹿児島空港出発管制に連絡して下さい)
 今後は管制エリアが離陸を担当する鹿児島タワーコントロールから鹿児島レーダー管制へ移管する。
「カゴシマ・レーダー トーアドメス567 エアボン」
(鹿児島空港レーダー管制へ。東亜国内航空567便は離陸完了しました)
 右旋回を完了して大井機長は機首を南に向けた。両手から伝わってくる力強い機体の感触、心地良いエンジンの響き。身体に馴染んだ計器類…。視界が少し開けて、黒い雨雲の切れ間から灰色に沈む鹿児島湾が見え隠れしてくる。
「クライム トウ 7000 リポート アット 7000」
(7000フィートまで上昇して到達次第に報告して下さい)
 管制官の指示に親指を立てて大井機長が了解した旨、副操縦士に伝え、小山副操縦士は管制官にその交信を復誦する。そしてふたりは上昇時の計器点検(クライムチェックリスト)を始めた。
「クライム チェツク プリーズ」と大井機長。
「はい。ギヤ・レバー&ライト」と小山副操縦士。
「アップ&アウト」
「フラップ」
「アップ&ニュートラル」
「クライム パワー」
「セット」
 …次々と15項目のチェックリストが読み上げられ、計器が確認されていく。
 二つ三つの低い雨雲の塊を抜けると、又少し視界が良くなって、前方に桜島の姿が霧に霞んで見えた。
 567便は鹿児島湾を左に見ながら鹿児島市上空から薩摩半島にそって南下するコースを取る。鹿児島から奄美大島までおよそ1時間17分の飛行である。
「クライム・チェツク コンプリート。着は14時15分です」
 計器点検を終えた小山副操縦士が、奄美大島空港への到着予定時刻を知らせた。
 午後2時15分着予定は、567便の定刻スケジュールから1時間15分遅れて奄美大島に着陸することになる。
 離陸の手順を終えて、クルーがほっと一息ついたそのとき、眼前に見える桜島が突然、噴火を始めた。

つづく

武田一男

【特別付録】このドキュメンタリーは航空サウンドでも楽しめます。
※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」/全9回
録音&解説:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「台風飛行」の文章、または付録の音源に収録している音楽、音声の一切は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
[ad_taifuhikou]

    • まるのともだち
    • 2010年 1月12日 10:34am

    続きをさっそく読ませて頂きました。おもしろいですね。スリルがある。付録のサウンドが昔のラジオドラマみたいで楽しかった。武田さんのナレーションがアナウンサーのように上手ではないところが、臨場感を出している。これからも楽しみにしています。

    • 竜子
    • 2010年 1月12日 11:30pm

    ■まるのともだちさん
    コメントありがとうございます!
    アナウンサーのように上手ではない
    …私の方からは、ノーコメントです(笑)

  1. トラックバック 0