シンガポール航空ボーイング747-300

登場当時はテクノジャンボの愛称で華々しくデビューしたANAの国際線仕様ボーイング747-400も引退間近!?なんて話が先週の記事で出ていますね。そういえばACARSでデータを紐解いてみると去年の冬ダイヤ辺りからヨーロッパ線へ貼り付けだったはずのボーイング747-400が、成田〜香港線にも往復しているデータを見つけました。今のところ毎週土曜日発着のNH909/910便が該当するようです。ANAのサイトでスーパーエコ割運賃を使えば1泊2日でも組めるほど近いですから、週末は香港島の夜景でも眺めにANAの国際線仕様ボーイング747-400を体験してみては如何でしょうか?チケットはANAのスーパーエコ割のページから検索出来ます。

さて前置きが長くなりましたが、第19回目は台北の街で月と星に救われる!? お話です。

ダイキャスト:シンガポール航空ボーイング747-300

ボーイング747-200BのJT9Dエンジンも静かとは言えないが、既に円熟味を帯びたエンジンサウンドを奏でながら機内では短い路線なのに機内食をクルーが配っている。窓からは既に台湾の海岸線に沿って町の明かりが見え、きれいな星空が広がる。当時のシンガポール航空では香港〜台北線は週2便程度と少なく、他社との競争も激しい路線だけに暖かい食事を出すのは必須だったのだろう。当時はまだ私も英語が殆ど解らず、さっきクルーが片言の日本語でメインディッシュの内容を説明してくれた。何ともありがたい瞬間でもある。

食事が済ませると、あっという間にクルーがトレーを回収に来た。1時間足らずの短距離路線であれだけのサービスをこなすのは今を思えば驚くことで、今なら良くて軽食のボックスミールかドリンクサービスで済ませてしまうだろう。まだ90年代は空の旅もわりとエコノミークラスでも豊かさがあったに思う。ほどなくしてシートベルトサインが点灯し窓からは二本の滑走路が平行に見え、その間に旅客ターミナルが鎮座するのが台北中正国際空港である。数年ほど前に政治色を薄めるのが狙いなのか、現在は地元の桃園の地名を取って台北桃園国際空港と呼ばれている。

ランウェイ05Lへアプローチし、予定より2時間ほど遅れて、初めて台湾の地に降り立つ。さすが南国だからか1月なのに香港よりは少し暖かい感じがする。ビザは取っていても入国拒否をされる事もあるなんて旅仲間から言われていたからドキドキしたものだ。でもそんな心配なく入国審査官は慣れた表情ですぐ国花の梅のマークが入った中華民国のスタンプを押す。その後税関でフィルムの持込制限もあったのでボンドと呼ばれる保税の手続きをして撮影済みの約30本入りのフィルムを預けて貰う。税関の列に居た目の前のおばちゃんが大きなカバンの開封をさせられており、何とマイルドセブンが約100個近くバラで入っているのが見えて驚いた。密輸だったらしく、そのおばちゃんは別室へ連れて行かれるのが見えた。私は赤いパスポートを見せたら何も見ずに行っていいと係官に言われて到着ロビーへ。ここでもホテルとタクシーの客引きに囲まれるが、既に慣れて適当にあしらうと台湾銀行で蒋介石の肖像が書かれた台湾元のお札へ両替を済ませる。その後アメリカのグレイハウンドバスと似た空港バスに乗り台北駅近くまで高速道路をかっ飛ばす。

既に夜の23時過ぎていて予約すら入れていないが、太原路にある太原大飯店という地元の安ホテルを探す。だが夜になると道もわかりにくくなり、簡単な地図では方向感覚すら失わせるものがあるようだ。結局約20分近く歩いて道に迷ってしまったが遠くに明かりの付いたお店が見えた! なんと日本で見かける月と星のロゴであるファミリーマートではないか! 今は薄い緑と水色の看板であるが、当時はそんな可愛らしいロゴだったファミリーマートも台湾では全家便利店と書かれていた。

お店の中はほとんどど日本と変わらず、違うとすれば商品の内容が違う点だろうか。弁当類は殆どないが、肉まんらしきものがあったので幾つか買う。眼鏡を掛けた店長らしき人に太原大飯店の位置を聞いてみる。そのホテルの位置は来た道と逆の方向だということがわかった。その店長は親切にも、このお店の場所と目的地のホテルまでの地図も書いてくれて、お店の入口まで私を見送ってくれた。昔は日本が統治していた事を思うと日本人に対して親日的なのは何とも嬉しいものだ。

約10分ほどすると古ぼけたネオンの宿が見えて、それが太原大飯店であった。フロントは二階にあるらしく登っていくと日本語を話すオーナーと思われるおばちゃんが居た。私が日本人とわかったのか日本語で話しかけられて驚いたが、2日ほど空いているか聞いてみると1泊500元(約2500円)の部屋ならあるよと言うので、すぐ部屋を見せて貰う。部屋もセミダブルのベッドにバスとトイレ付きでだったので即決した。まあ既に日付も変わりつつあるからもう動きたくないというのもあったが、香港の安宿より安くて広い部屋に泊まれたのは何ともありがたい。布団も丸めるような台湾式の畳み方で置いてあって珍しく、現地の紅白歌合戦みたいな歌番組を見ながら寝てしまう。

翌朝、新生公園と呼ばれる場所を地図見ながら目指す。途中バスに乗って公園らしき場所が見えたので降りると、台北松山空港の滑走路の端っこに面していて、ちょうど遠東航空のボーイング737が降りてくるのが見えてきた。遠めには世界十大ホテルのひとつにも選ばれた中国様式の建物が特徴的な円山大飯店が見える。93年当時はまだ台湾新幹線もなく、もっぱら高雄まで飛ぶフライトが多く大半がボーイング737-200やMD-82、BAe146、ATR-42/72といった小型機が中心だった。日本でもはなかなか見ることが出来ない飛行機が降りてくるのも新鮮であり、ほんの3時間ほど公園に居ただけだが結構な数の飛行機を見ることが出来た。近くではなぜか子供用のプールに水を入れて錦鯉の展示即売!?が大掛かりにやっていて、賑やかだったのがとても記憶に残っている。

ダイキャスト:シンガポール航空ボーイング747-300

遠くからひときわ、空気も震わす大きな爆音が聞こえてきたから、また遠東航空のボーイング737-200かと思ったら、なんと台湾空軍のボーイング727! それも初期型の-100と呼ばれるタイプだ。今回の旅行ではバンコクで見たロイヤルネパール航空のボーイング727-100が現役で飛んでいたのも驚きだったが、まさか台湾空軍のボーイング727-100も撮れるとは思っていなかったのでフィルムもかなり消費してしまった。まあ夕暮れ時でシャッターも手ぶれギリギリだったが、黒煙を吐きながらの着陸は見応えもあった。

翌日の午後にはホテルをチェックアウトして、台北中正国際空港へ再び空港バスで到着していた。とうとう半月にも渡る旅行も成田行きのSQ988便に乗ったら終わり。機種はボーイング747-300でボーイング747-400の開発ベースとなった機体でもある。シップナンバーはリース機になったのか何故かアメリカ籍のN120KFだった。塗装はボーイング747-400と同じ新塗装に変わっており、この機体のニックネームであるビッグトップのロゴも小さめの物になっている。機内はあまりボーイング747-400に乗った時と変わりないが、座席の感覚が若干狭めだった。ちょうど週末の日曜日だけにツアー客が多くて、ほぼ満席。自分が座った座席はリクライニングボタンを押さなくても自然と少しずつ後ろに倒れてしまう(笑)

機内食は日本線だからか、茶そばが添えられているので乾燥した機内ではいつもより美味しく感じる。シルバークリスと呼ばれる機内誌も日本語版がセットされており、久々に見る日本語の雑誌に見入ってしまう。その後日本の新聞も機内で読んだが何とも海外へ出ると活字中毒になるなんて話も本当なんだなと実感出来たものだ。機体のエンジン音が低くなったなと思うと降下が始まり、窓の風景からランウェイ34へ向かっているのがわかる。横目にジェット燃料のタンクが見えてくると軽いショックとともに強いリバースが掛かって、すぐに誘導路へ入ると無数の誘導灯が星のように煌くのが見え、長い旅が終わったんだなと実感する。

今回のモデルはシンガポール航空ボーイング747-300であります。メーカーはドラゴンモデルで縮尺は1/400。シップナンバーはN123KJで塗装は初代受領時の旧塗装をモデル化しています。前回の記事で登場したボーイング747-200Bの後継機種として開発された機体であります。アッパーデッキと呼ばれる二階席を延長していることからSUD(Streched Upper Deck)やEUD(Extended Upper Deck)と呼ばれ二階席のみで最大69席の座席が設置出来ました。KLMオランダ航空やスイス航空みたいにボーイング747-200Bから-300へ改造された機体もありましたが、ボーイング747-400の開発が決まったため81機が作られたのみに留まりました。

しかしアッパーデッキが延長されたお陰で空気抵抗が減って航続距離も増え、当時の高性能な低燃費エンジンであるプラット&ホイットニー社のJT9D-7R4G2の組み合わせはシンガポール航空に新たな歴史を加えたと言っても過言ではありません。シンガポール航空のドル箱路線であるシンガポール〜ロンドン線の直行化を達成した記念すべき機体でもあり、往路は向かい風の関係で従来ながらのドバイ経由で運航されたものの、復路は直行化を果たしています。

さて、このシンガポール航空ボーイング747-300のモデルに関していうと選択の余地がなく、このモデルのリリースしかないという寂しさ! 私が搭乗した新塗装仕様の機材が出ても良いと思うんですが、結局ドラゴンモデルの生産が始まった当時は既にボーイング747-400の就航全盛期と重なっており、必然的にボーイング747-400のリリースが増えてしまったわけです。もちろんドラゴンモデルはボーイング747-300のモデルもかなりの数をリリースした方なんですが、作られていないモデルも割と残っているのでもったいない! シンガポール航空の場合-300コンビと呼ばれる貨客混合型も運航されていたのでバリエーションも増やせるんですけど、色々とコストの面を考えるとなかなか難しいんでしょうね。

長いこと、こんな私の旅行記をお読み頂きありがとうございました。退屈させてしまったことをお許し下さいませ。
私が言いたいのは今は不況が原因でもあるんですが、海外旅行へ行く若い子が減ったということ…。若い感性を海外の刺激で満たすこともインターネットで事足りるからということも大きいかな。でも百聞は一見にしかず! やっぱり自分の目で確かめて体験することには何事にも敵わないということ! それに一ヶ月とか長い休みを利用して旅行する事なんて社会人になってからではなかなか出来ないもの。私にとってこの貧乏旅行が旅行をする上で一番多くの旅行経験を積ませてくれた原点でもあったから。借金してでも若い時の貧乏旅行の経験って一生の宝になると思うんだけどどうかな?

今度からほぼ通常営業に戻る?と思いますので、来週もお楽しみに!

Mattari

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    • B777
    • 2010年 2月11日 10:03am

    楽しく拝見させて頂きました。
    そして、有難う御座いました。
    日本を出て異文化を肌で感じることで、何かに目覚め、新たな道が開ける可能性を十分に秘めていることを思わせる、非常に意義にある旅行記だったと思います。
    私のように、オッサンになって結婚して子供がいると、海外なんて行くに行けませんし、飛行機がスキになったのも、つい数年前なので、このようなお話を聞くと、モノ凄く後悔します。籠らずに出ないといけませんね。
    好奇心と冒険心を持って、外に飛び出しましょう!
    ”大志を抱けっ!”

  1. 「BIG TOP」と書かれたシンガポール航空のB747、懐かしいです。
    そして驚いたのはBoeing727-100!
    うれしいですね!
    ここで出会えるなんて。
    Boeing727。。。大好きでした。
    ありがとうございます!

    • Mattari
    • 2010年 2月11日 8:50pm

    B777さん
    コメントいつもありがとうございます。
    お子さんがいらっしゃるならグアムは
    どうですか?値段も手頃でコンチネンタル航空も
    関空に復活就航したのでお勧めですよ。
    今からでも遅くないと思います、はい!
    Airmanさん
    BIGTOPのロゴも初代のは遠目から見ても目立ちましたね。
    この727のスライドも小さく写っていたのをトリミングしたので
    ちょっと画質が悪いですが、懐かしさのあまりにスキャン
    しちゃいました。この727の画像を飛行機大辞典に使って
    欲しいのですが如何でしょうか?

    • Mattari
    • 2010年 2月11日 9:04pm

    一部訂正がございます!
    ファミリーマートのロゴマークなんですが
    なんと月と星ではなく、太陽と星なんだそうです。
    まだお店の入り口に太陽と星のロゴマークが
    残っているようなので今度お店へ行った時
    確認してみます。

  2. Mattariさん、
    是非!B727の写真、航空大辞典に掲載させてください。
    うれしいです!
    よろしくお願いいたします。

    • Mattari
    • 2010年 2月14日 12:18am

    Airmanさん
    かなり前にB727の写真を提供すると言って
    ノビノビになっていたので申し訳ないです。
    のちほどメールで添付して送りますので
    ちょっとお待ち下さい。

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