航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」第7回

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航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」

離島の緊急フライト

 日頃は”乗り合いバス”のような離島運航も、離島住民の緊急医療には欠かせない使命がある。長年、離島に飛ぶYS-11は空の緊急車の役目を果たしてきた。早川所長は次のように語る。

早川所長インタビュー

「例えば離島方面は(本土に比べて)医療体制が遅れています。離島の人たちが重い病気で手術をしなければならないというとき、(病人を)鹿児島や沖縄まで飛行機で移動させなければならないなどは、離島運航やローカル(運航)の大きな特色であります。私たちは一年間に150回あるいは200回も患者輸送をします。それは本土では考えられないことです。(患者)を担架のまま(飛行機の)座席に結び運びます。場合によっては医者同行で酸素吸入をしながら患者を運ぶことも一週間に2回くらいあります」

東亜国内航空の客室乗務員も次のように話す。
― 離島で病気の人を運ぶことがありますか?
「はい。それはしょっちゅうですね。離島で交通事故にあって(患者を都市の)大きな病院に移さなければならないときなど、急遽YSのうしろの座席に担架をセットして運んだというケースや医師同行で点滴をしながら運ぶなど多々ありますね。離島には小さな病院しかないので・・・」
 大井機長もそんな緊急輸送の経験が沢山あるという。この奄美大島へ567便で飛行する一週間ほど前にも緊急フライトがあったばかりであった。
 それは奄美大島の木工所に勤める男性が、誤って機械で親指を切り落した。その男性を急遽、手術のために鹿児島まで運んだフライトである。
 そのときの様子を奄美大島の東亜国内航空の運航課員と大井機長は次のように語っている。
 運航課員「木工所で(指を)切断したんです」
 大井機長「奄美では手術が出来ないから、(患者を)鹿児島の市民病院まで運ぶというので、(奄美大島空港から鹿児島空港へ飛ぶ)最終便に乗せたのです。(指を切断した状態なので)時間的に余裕がないのです。なぜなら(切断された)指が(手に)くっつかなくなってしまうから、気を使いました」
 運航課員「そうですね。(指を切断してから)24時間以内に縫いあわせの手術をすればOKということだったので。それでね。大井機長。翌日、(無事手術が成功したので) そのときのパイロットの方々に何とお礼を言えば良いのかと、身内の方から、わざわざ、お電話がありましたよ」 
大井機長「いや。(それは)嬉しいですね。いやー、(その後、患者さんが)どうだったかと思ってね。(切断された指は)新しければ、新しい程(時間が経過しなければしない程)くっつきやすいでしょうからね」
 運航課員「はい。(あのとき、患者の)奥さんが切断された指を冷凍してナイロン袋に入れましてね。それで(患者に同行して)持って行かれましたからね」
 そのとき、血にまみれた夫の切断した親指を、氷を詰めたビニール袋の中に入れて傷ついた夫に寄り添い、最終便の後部座席に座っていた奥さんの姿が忘れられないと、運航課員は話すのだった。
 大井機長も手術に間にあわせるために、可能な限り飛ばしましたよ、と当時を回想する。

奄美大島下降

 奄美大島に近づくにつれて空の様子は一変し、険悪になっていった。
 今まで続いていた灰色の雲は暗い雨雲に変わり、幾重にも層を作って牙を剥き出すように行く手に立ちはだかっている。
 雲の中から那覇コントロールの無線が奄美大島への下降許可を告げた。
「ラジャ。567。クリアー トウ アマミ レディオ ビーコン バイ プレゼント ポジション ディレクト アマミVOR ディレクト ディセント メインテイン3000 ナウ リービング12000」
(了解しました。567便。奄美ビーコンに沿って現在地からダイレクトに奄美大島VORに向かいます。直ちに高度12000フィートを離れて高度3000フィートまで下降開始します)
 管制官に567便が応答して、奄美大島への進入が開始された。「ラジャ。567。リポート リービング9000」
(こちら那覇コントロール、了解。567便へ。高度9000フィート通過時に報告して下さい)
 流れる暗雲が激しい雨を呼び、コックピットの窓を打つ。窓ガラスにはその雨が滝になって流れている。
 客室乗務員がコックピットに客室の準備が出来たことをインターホンで知らせてきた。小山副操縦士が応える。
「はい。どうも有難うございました。キャビンはOKです」
 大井機長は頷いて、9000フィート通過時には管制官に報告する旨、小山副操縦士に確認した。
「リポート リービング9000だからね」
 雲の中で機首が下がって567便は下降を始めた。コックピットの空気がピーンと張り詰める。
 客室ではキャビンアナウンスが流れた。
「当機はこれより次第に高度を下げて参ります。尚、高度降下に伴いまして気流の関係で揺れて参りますので、お座席のベルトをしっかりとお締め下さい。尚、途中ご気分の悪くなられたお客様はご遠慮なくお座席の前のポケットの白い袋をご使用下さい」
 さすがに乗り合いバスの中のように寛いでいた乗客も窓越しに険悪な雲を眺めて、身を引き締めるようにシートベルトを着けて椅子の背を立てる。先ほどから焼酎を呑んでいた中年の男性も、ビンを足元のバッグにしまって不安そうな表情になった。
 高度が10000フィートを切ると、再び厚い雨雲に入った。
 コックピットは夜のように暗くなり、小山副操縦士が計器類の照明を点灯した。オレンジ色のライトが灰色のコックピットの中ににじむように光る。
 一瞬、機体が激しく上下に揺れた。高度を下げるにつれて気流がますます悪くなる。
「キャビン・プレッシャー(客室の与圧)。セット。それから13時ウエザーでランディング・データーを作って下さい」
 機長の要請で小山副操縦士が、素早く13時の気象データを基準にして着陸に必要なデータを作成する。
「はい。風は340度から16ノット。ガスト28(ノット) QNは2950(ミリバール)です。エレベーションは59。OAP28度。デイトリムが75%。ランディング・ウエイトは5万1515(ポンド)、スレッシュールドが97(ノット)、99(ノット)フラップUPスピードが113(ノット)、ファイナルが124(ノット)です」
 機長は前方を見つめたまま言った。「プラス10でいくとディスタンス(着陸に必要な滑走路の距離)がどれだけになる?」
「トーアドメス567 QNHアマミ 2958」
 大井機長は管制官が気圧を間違えてレポートするのを聞きながら、「今、間違えているな。プラス10でディスタンスは?」と、再度、滑走路の距離を確かめた。
 最低16ノット、最悪の場合28ノット以上の強風が予測されるランディングには通常の進入スピードより速くしなければ、機体が風に流されてしまう。
 大井機長はプラス10ノット(着陸データ上の進入速度より10ノット速いスピード)で着陸するつもりだった。しかし、進入スピードが上がればそれだけ、使用する滑走路の距離が多く必要になる。
「トーアドメス567 QNHアマミ2950 アンド セイ ユア アルティテュード?」
(東亜国内航空567便へ。奄美空港の気圧は29・50インチです。現在の高度を知らせて下さい)
 管制官は再度、気圧を訂正した。飛行機の気圧高度計は滑走路上の気圧を基準としてセットすることで、正確な現在気圧が必要なのだ。
「トーアドメス567。リービング9400」
(東亜国内航空567便です。現在高度9400フィートで降下中です)
「ラジャ。567 クリアー フォー アプローチ トウ アマミエアポート コンタクト タワー アマミ・レジオ」
(了解しました。そのまま奄美大島空港への進入を許可します。以後は空港タワー・コントロールの奄美レジオとコンタクトして下さい)
 飛行高度が10000フィート前後まではACC那覇コントロールの管轄であるが、それ以下は空港管制が担当する。
「ラジャー。クリアー フォー アプローチ アンド コンタクトトウ アマミ・レジオ」
 副操縦士が交信を復誦して、無線周波数をアマミ・レジオ118・1に合わせた。
 567便は雨雲を抜けるとすぐ又、黒い雲の層に突っ込んだ。激しい上昇気流につかまり機体がふわりと持ち上がって、すぐに高速エレベーターに乗っているようにスーッと下がる。パチパチと激しい音がしてフロントガラスを小さな氷の粒が打った。
「1200ギリギリだな」
 左右に揺れる飛行機を操りながら大井機長が言った。プラス10のスピードで進入すると、計算では滑走路の距離は1200メートルぎりぎりまで使うことになる。奄美大島空港の滑走路は1200メートルであった。
「先にアマミ・レディオにコンタクトしておこう」
 今度は突風で機体がぎしぎしと軋んだ。小山副操縦士が奄美大島空港を呼ぶ。
「アマミ・レディオ。トーアドメス567。パッシング9000 エスティメート アマミ 1410 オーバー」
(奄美レデオ。こちら東亜国内航空567便です。現在高度9000フィートで進入中、奄美大島到着は14時10分の予定です)
「トーアドメス567。アマミ・レディオ。ランウエイ020 ウインド 330ディグリー 22ノット テンパラチャー28 QNH2950 レポート オーバー アマミ」
(東亜国内航空567便へ。こちら奄美レディオです。使用滑走路は020。風は330度方位から22ノット。気温28度。気圧は29・50インチです。奄美VOR上空に到着したら報告して下さい)
 雲中飛行の不安を和らげるように、暗雲を抜けて奄美レディオの無線のボイスが力強く響く。

つづく

武田一男

【特別付録】このドキュメンタリーは航空サウンドでも楽しめます。
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航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」/全9回
録音&解説:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「台風飛行」の文章、または付録の音源に収録している音楽、音声の一切は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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    • B777
    • 2010年 2月15日 1:35pm

    医療も進歩したと言えども、今でも、DHC8、MD81、SAABなどで急患の緊急搬送は行なわれているのでしょうか。
    飛行機の役目は、単にお客さんを運ぶのでは無く、このような緊急性を要する場合にも大いに活躍すると、改めてその重要性を感じます。
    島民にとってYSは、水道・電気よりも大事なライフラインの中核を成していることを感じます。

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