航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」第8回

[title_taifuhikou]
航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」

嵐の中のアプローチ

「ラジャ。567。チェック オーバー アマミ」と小山副操縦士が管制官に答えた。
(567便。了解しました。奄美空港上空で報告します)
 今日の奄美大島へのアプローチは島の北から入り、機首を南に向けて島の北部を横断して一端、空港上空を飛び抜け南の海上に出て、再び、右旋回でUターンをして機首を北に向け直して滑走路020へ着陸する。チェック オーバー アマミとは、空港上空を通過するとき管制官へレポートするということである。
「サーキットブレーキはオールOKです」と小山副操縦士。
 頷いて、大井機長は再度、着陸を断念する風の限界スピードを確認した。
「(風の方向が)330度あるからさ、20ノットまでだな」
「はい。20ノットまでです」
 ランウエイが020度なので、風の方位330度ということは進入方向の50度左前方、すなはち、時計方位の10時方向から横風気味に吹くことになる。
「プラス10でギリギリだからさ。スレッシュールドを通過するとき、大きい声で(進入スピードが)何ノットか言ってくれ。それからさ。リミットを(風が20ノットを)オーバーしたときは、オーバーと叫んでくれ」
 スレッシュールドとは着陸寸前の高度50フィート(約15メートル)のことで、その地点を失速速度の1・3倍以上の進入速度で通過することが規定されている。
 今日の場合、風の方向を考えてスレッシュールド通過時に20ノット以上の風が吹いていれば、着陸を断念してゴーアラウンド(着陸やりなおし)することになるのだ。
「そして…」と大井機長は着陸時の打合せを続けた。
「ゴー・アラウンドは、(エンジン出力を)マックス・パワーにしてフラップは15(度)」
 それから、大井機長は小山副操縦士を振り向いてにっこりと笑った。
「あわてないでいいからね。その他のコールアイタム(着陸時に二人のパイロットが相互に声で確認する事項)はカンパニー・スタンダード(通常の会社規定)だ」
 そして二人は雲に閉ざされた薄暗いコックピットの中で、下降(ディセント)計器点検を始めた。
「サーキット・ブレーカー」
「チェックド」
「フェルシステム」
「チェック&オート」
「アンチ・スキッド」
「オン」
「キャビン・プレッシャー」
「セット」
「プロップ・シンクロ」
「オフ」
「ランディング データ ブリーフィング」
「えー、チェック&コンプリート」
 計器点検が終わる頃、雨雲を抜けた。現在高度6000フィート。 周囲が幾分明るさを増して、雲の切れ間から奄美大島が見え始めた。
 日頃は緑豊かな美しい島が南の蒼い海に浮かぶが、今日は灰色の霧の中にまるで不吉な亡霊のようにかすんで沈む。
 風で機体が左に大きく流された。
 眼下の海は無数の白波が蛇のウロコのように縞をなして幾重にも広がっている。
 風は高度を下げるにつれて強く吹いているようだった。大井機長は海面を眺めて言った。
「ファイナルは、さ。コンテニュー ウインド インフォメーションを貰おうな」
(ファイナル・アプローチのときは、連続して風のインフォメーションを貰おうな)
 一般の着陸の場合は管制官が着陸許可を出すときに、滑走路上の風の強さと方向を飛行機に知らせるだけであるが、今日のように風が強い場合は最終進入から接地するまで、管制官に滑走路上の風の変化を連続的にコールしてもらうことが出来る。
 奄美大島の最北にある笠利崎の半島が足下に迫った。
 暗い灰色のシートを広げるように急速に低い雨雲が島の南部を覆い始める。島の上空ではもっと風が強くなることが予測された。
「ADF NO2アプローチだからね」大井機長は今日の奄美大島への進入方式を確認した。
 ADFNO2進入方式はハイステーション(空港上空)を2000フィート以下で通過し、機首方向170度で南の海へ出て、高度を下げながら右旋回、機首を010方向にして滑走路020へ進入するのだ。
「よし、カンパニーへ風の状況を聞いてくれ」
 大井機長は奄美大島の東亜国内航空運航課に無線で連絡するように指示した。
 もし、島を離脱するならこれ以上高度を下げたくない。この嵐の中では出来るだけリスクが多いゴーアラウンドは避けたいのだ。
 再び機体が激しく左右に振れる。小山副操縦士が背中にかかるハーネス式のシートベルトをきつく締め直してマイクをつかんだ。
「トーアドメス アマミ 567 風の状況は如何ですか?」
 奄美大島空港の一室で、固唾を呑んで567便の進入を見守る運航課員の不安気な声が、すぐにスピーカーから流れた。
「はい。先程から(風のインディケーターを)見ておりますと、やはり(風の)センターは330方向からの14、5ノットのステディ・ウインドになります。だいたい弱いときで10ノットから12ノット。そのときの方向が310度前後、20ノットから45、6ノットのときは340度方向を出しております。丁度、今は弱い域に入っている状況です。どうぞ」
「了解」と大井機長。
 機が薄い雲の流れに入った。すぐ激しいレインシャワーが窓をたたく。奄美大島の民家が眼下で雨に霞んだ。
「タイミング良さそうだね」
 たしかに今は滑走路上の風の状態はいい。だが、着陸時に風の弱い息にあたる何の保証もない。願わくば、今の状態が着陸まで続いてくれることを祈るのみだった。
 前方に雲の間から奄美大島の空港が視野に入る。現在、高度2000フィート。
「トーアドメス アマミ こちら569。どうぞ」
 10分遅れて飛行している569便が奄美大島の運航課を呼ぶ無線が聞こえる。
「はい。トーアドメス569。トーアドメス・アマミです」
「こんにちは。569の着予定は14時25分。オペレーションはノーマルです。14時のウエザーがありましたらお願いします」
 569便が下降を開始するにあたって着陸データを作成するために最新の奄美大島の天気情報をリクエストしているのであった。
「プラップ10」(フラップを10度に下げて下さい)
 進入体制に入った。強風の中でフラップを下げると翼が風を捕まえて揚力が強くなる分、制御が難しくなる。
 機体が急激に上に浮き、突風が激しく機体を揺った。YS-11の両翼がまるで鳥のようにばたばたと羽ためいている。
 大井機長は額に汗をにじませて全力で激しく揺れる機体を押さえ込んだ。
 すぐ下に奄美大島空港の滑走路が、流れる霧の灰色のベールにつつまれて長い帯びのように横たわっている。
 567便は滑走路上空(ハイステーション)を高度1700フィートで横切って一端、海へ出るのである。
「このまま、ハイステーションを出ますからね」
 567が海へ機首を向けると風の音がエンジンの音に混じって豪々と響き始めた。

奄美大島ランディング

東亜国内航空鹿児島運航課

「おい。奄美大島から何か言ってきたか?」
 早川所長が運航課に入ってくるなり、大声で尋ねた。数人の運航課員が落ち着かない様子で机のまわりを立ち動いている。
「奄美大島から連絡はありません。まだ着陸していません。多分、現在、アプローチ中ですよ」
 567便が無事着陸したかどうかを知るには奄美大島運航課から直接、電話で聞く以外に方法はない。
 松田課長が身体をずらせて、所長のためにソファーの空間を明けた。所長はそれを無視して隣の机から椅子をひっぱり出して、電話の側に後向きに座った。そして我慢の限界にきている子供のように両足で交互に床を踏み鳴らす。
「静かにして下さいよ、所長」たまりかねて松田が大声で怒鳴った。こんなとき、待つ身はつらい。過去、台風のたびに数え切れないほど経験していることだったが、いつもいたたまれない気持に追い込まれる。
 そのとき電話のベルが鳴った。一斉に全員の視線が黒い電話に集まる。担当の運航課員がすぐ受話器を掴んだ。
「オーバー・ステーション? ああ、ターニング インバウンド。ああ、ちょっと(風が)強いですね。はい。そうですか。風の息としてはどんな感じですか?…・はい。わかりました。じゃまた、トライしたら教えて下さい」
 受話器を置いて運航課員が現在の567便の状況を説明する。
「今、ちょっと風が強くなっているみたいですね。今、オーバー・ステーションといいまして滑走路の近くに無線標識があるんですが、そこをヒット(通過)して、もう一回(海へ)出ていって(海から滑走路に)入ってくるところをやっていますから」

567便コックピット

 567便は奄美大島を横断して南側の海上に出た。予想したように追い風が強くなり飛行機が小刻みに揺れる。
「アウトバウンド170度」と機長。高度1700フィート、機首方向170度。
 小山副操縦士がマイクをとって奄美大島空港レディオにハイステーションの通過を知らせる。
「アマミレディオ。トーアドメス567。ADF NO2アプローチ」
(奄美レディオへ。こちらは東亜国内航空567です。これからADF NO2方式でアプローチします)
「567、ラジャ。ウインド 340ディグリー 16ノット。リポート ターニング インバウンド」
(567便了解。現在の風は340度から16ノットです。旋回し終わって最終進入に移ったら報告して下さい)
 風は横風であるがまだ弱い息のままである。この状態があと5分続けばと思いながら小山副操縦士は交信を終えた。
「フラップ20」と大井機長。
 復誦しながら副操縦士は下げ翼の位置を20度にした。油圧でフラップが下がる振動が風の音に混じって機体に伝わってくる。
 アプローチの計器点検が始まった。
「アプローチ・チェックリスト」
「シートベルト&ノースモーキング」
「オン」
「フュエル ブースターポンプ」
「ボース オン」
「フュエル ヒーター」
「オン」
「ギャレバー」
「ニュートラル」
「バイパス レバー」
「ノーマル」
「ハイドロ プレス&QTY」
「チェツクド」
「フュエル トリマー」
「ハーフ セット」
「レディオ アルティメイター」
「セット」
「アプローチ チェツク イズ コンプリーテッド」
 進入時の計器点検が終わると、567便はUターンポイントに近づいた。右旋回を始める地点は空港から南に約10マイル(約16キロ)の海上である。
 眼前には灰色の太平洋。その水平線は黒く厚い雲に閉ざされ、眼下の海は白波が沸き立っている。
「インバウンドはライト・ターンで010だね」(最終進入は右旋回して進入方向は010度だね)
 大井機長が確認した。
「はい。(高度)1200フィートです」と小山副操縦士。そして右側の空に機影がないことを目視して、
「ライト・サイド・クリアー」と機長に伝えた。
 大井機長は567便をゆっくりと右旋回させる。
 右に旋回を始めると、今まで真うしろから吹いていた風が次第に正面にまわって豪々とした風音とともに機体が上下に揺れ始めた。
 高度1200フィート、約360メートル、右に傾いた主翼が泡立つ水面を切り裂くように思えるほど海がすぐ近くに見える。
 突風が果断無く吹きつけて右へ右へと流される飛行機を、大井機長は全力で正面の進入コース010方位に向けた。オートパイロットの装置がない567便YSは、離陸から巡航、そして着陸まですべてマニュアル操作である。その操縦は滅法体力を使う。とくにこの嵐の中では。
「やっぱり2000フィートあたりから気流が悪いね」ぶるぶると振るえる操縦悍を握り締めながら大井機長が言った。
「山の陰に入りますからね」
 奄美大島空港は島の北にあり、空港のすぐ横(北)に大刈山という181メートルの山がある。その山を越えて吹く北風が乱流を起こす原因のひとつになり、奄美大島は着陸が難しい空港に指定されている。
 高度が下がるにつれて山の影響が現われて、再び機体が激しく上下し始めた。

つづく

武田一男

【特別付録】このドキュメンタリーは航空サウンドでも楽しめます。
※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」/全9回
録音&解説:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「台風飛行」の文章、または付録の音源に収録している音楽、音声の一切は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
[ad_taifuhikou]

  1. コメント 0

  1. トラックバック 0