航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」最終回

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航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」

奄美大島へ着陸

東亜国内航空鹿児島空港支店運航課

「まだ、着陸していないのか?」早川所長が時計を見ながらいらいらした調子で尋ねた。
「着陸すれば、奄美から連絡がある筈です」心配しているのはこの部屋にいる運航課員全員なんですよ、と言い返したい気持を押さえて松田運航課長が応えた。
「いいから、こっちから連絡してみろよ」
「ですが、彼等も567と569の着陸を控えて多忙なときですよ」
「いいから、電話しろよ。そしてその電話を切らずにつないだままにしておけよ」
 所長の剣幕に運航課員のひとりが電話で奄美大島支店を呼んだ。
「こちら鹿児島です。567は? …え!…はい、わかりました。忙しいときにおそれいりますが、電話は切らないで着陸までつないだままにお願いします」
 電話が終わると運航課員が現在の状況を説明する。
「今、ちょっと(コックピットは)忙しい時期だと思います」
ー まだ、着陸決定をしていないのですか?
「ええ。今から着陸体制に入っていきますので、それで(風の具合が)悪かったら、もう一度上がって(ゴーアラウンドして)、(滑走路の)状態が良ければ、もう一回、トライをしますが、悪ければそのまま、(鹿児島に)返ってくると思います」
 現在14時05分。

567便コックピット

 右旋回が終わると灰色の海の向こうに雲の切れ間から北へ伸びた滑走路がぼんやりと見えた。
「ランウエイ・インサイトだね」(滑走路確認)
 滑走路を視認したことを小山副操縦士がすぐ無線で奄美レディオに伝えた。
「トーアドメス567。ランウエイ インサイト」
「ギヤ・ダウン!(車輪下げ)」
 風とエンジン音の中で大井機長の声が響く。油圧の音が響いて車輪が降り始めるとさらに風の抵抗が強くなった。突風が機体を駈けぬける。
 風は今、330度方向から吹いていた。大井機長は機首方向を風に合わせて567便を斜めにしながら下降を続けた。
 横風着陸の場合、機軸と滑走路方向に角度をとって進入する。567の場合は機首方向330度、進入方向は020度でおよそ50度の編流修正角度を持っている。この操作をクラビング(CRABBING)という。文字通り、蟹の横ばいである。
 そして横風に対抗しながら斜めに進入し、接地直前に機首を滑走路に正対させるのだ。この操作をデクラブという。
 この横風着陸は航空機の機種によってどれだけの横風に耐えうるか限界値が違うが、ジェット旅客機と違って機重が軽く、進入スピードも遅いYS-11の場合はその操作が非常に難しい。しかもオートパイロットが無い567便はなおさらである。
 大井機長は吹き付ける風にこの葉のように翻弄される機体を全力で操って下降を続けた。
「コンタクトはストレート・インで」
 小山副操縦士が無線で奄美レディオを呼び掛けた。
「トーアドメス567。ベースレグ ナウ」
(こちら東亜国内航空567便です。これから最終進入です)
「ラジャ。ベースレッグ。トーアドメス567。クリア トウ ランド ウインド 340ディグリー アット23ノット レポート 3マイル フロム ランウエイ ファイナル」
(最終進入、了解。東亜国内航空567へ着陸を許可します。現在、滑走路上の風は340度方位から23ノット。最終進入時、滑走路の3マイル手前を通過するときは報告して下さい)
「ラジャ。チェック 3マイル」
(了解、3マイル手前で報告します)
「デイトリム セット」
 上下、左右に激しく揺れつづけるコックピットでは着陸の最終計器点検が始まった。
 そのとき、コックピットの裂風とエンジンの騒音を突き破るようにスピーカーが鳴った。
「トーアドメス アマミ。一方送信(返事を必要としない送信)です」奄美大島の東亜国内航空運航課からのカンパニー無線である。
「ちょっと風が強くなった状況です。だいたい330度方向から22(ノット)のステディ・ウインド(一定方向からの風)のようにとれます。それと(突風は)28ノット。お気をつけて下さい!」
 一般的には着陸前、運航課員は飛行機からの要請で滑走路などの状況を無線で伝えるのが普通であるが、このときは運航課が自発的に567便を呼んだ。それだけ滑走路上の状態が急激に悪化していたのだ。
 激しく揺れるコックピットの中でクルーは最終の計器チェックに忙殺されていた。再び、地上の運航課員のボイスがたたみかけるようにスピーカーから聞こえた。
「567.こちら奄美です…」
 あらんかぎりの力で機体を操りながら、大井機長は副操縦士に指示した。
「了解、と言ってくれ」
「はい」と答えながらもクルーにはその時間がなかった。すぐに着陸前のファイナル計器点検を続行する。
「アンチ・アイス」
「オン」
 ……計器点検の最中も気流は悪くなる一方だった。
 何時、着陸を断念してその場を離脱してもおかしくない嵐の中で大井機長はYS-11を操っていた。
 DCー10の名機長だったハーレクイン・エアーの三宅機長は、「昔、僕はYSを操縦しているとき、どんな嵐の中でもYSを落す(墜落させる)という気がしなかったね。ともかく自信があった」と言う。大井機長も同じ気持だったと後で述懐するが、その自信は訓練されたパイロットとしてもさることながら、YS-11に関してはパイロット一人一人がまるで整備マンのように機体構造を熟知していたからだともいう。
 第ニ次大戦の頃、アフリカの僻地をDCー3で飛んでいたイギリス人のパイロットが或る日砂漠に不時着させたダコタ(DCー3)を見ながら、「大丈夫だよ。俺だったらドライバー一本あれば、こいつを元通り飛ばしてみせるよ」と言い放つその自信と同じように。
「レディオにウインド・インフォメーションを貰おう」
 下降の打合せ通り、スレッシュールド通過時で20ノット以上の風があればゴーアラウンドする。そのためにも滑走路の瞬時の風の情報を管制官に知らせてもらう必要があった。
 小山副操縦士が奄美レディオを呼ぶとすぐにインフォメーションが入ってきた。
「アマミレディオ。トーアドメス567。ファイナルアプローチ ウインド・インフォメーション コール プリーズ」
(奄美レディオへ。こちら東亜国内航空567便です。最終進入に入りますので、滑走路上の風の状況を知らせて下さい。お願いします)
 管制官はウインド・インフォメーション コールが依頼されると、風の方位、速度が変化するごとに逐一、航空機に知らせることになっている。
「アマミ ラジャ。ランウエイ020 ウインド 340ディグリー 12ノット」
340度方位から12ノットの風。一瞬風が弱まった。風が弱い息に入ったのだ。
「330 アット 19」(330度から19ノット)
 YS-11は海から再び陸地に入った。突風で右に流される。
「320 アット 26ノット」
 又風が強くなった。機体が激しく上下に揺れる。
 タッチダウンまであと3マイル(約4・8キロ)。管制官が着陸の許可を出した。
「567.ランウエイ クリアー ウインド 330 22ノット」(567便へ。滑走路はクリアーです。330度から22ノット)
 大井機長が横目で滑走路を確認した。機首と滑走路の角度は依然として約50度の開きがある。567便は斜めの姿勢のまま進入を続ける。
 急激な乱気流で再び機首がはね上がった。渾身の力で立て直す大井機長。そして呟いた。
「これは…ちょいと無理かな?」

東亜国内航空鹿児島支店運航課

 567便の着陸の様子は逐一、つないだままの電話で奄美大島から報告されていた。
「ちょっと、きびしいって。見ていてもハラハラするそうです。充分気をつけてやって(着陸して)欲しいって・・」
 運航課員は祈るように言った。

567便コックピット

 耳を圧する風とエンジンの騒音。ウインド・インフォメーションを告げる管制官の声がとぎれとぎれに聞こえる。
「330 アット 14」
 330度と風の方位は変わらないが、風速は14ノットに落ちた。小山副操縦士は最終の計器点検を確認して報告した。
「350 アット 15」
 風は15ノットと若干落ちたが、350度と横にまわった。
 奄美大島の場合は横風のリミットが16ノットに制限されている。限界ぎりぎりである。
「110ノット!」
 小山副操縦士が大声で進入スピードを告げた。
「340 アット 15ノット」
 再び、風が落ちた。そして少しづつ正面にまわり始めた。
「スレッシューホールド!」
 着地直前、高度50フィート(約15メートル)通過。大井機長が機首を正面に向けた。それに合わせるように風が正面に来る。
「010 アット 15 」
 010度、ほぼ真正面から15ノットの風。着陸は今だ。滑走路がうしろに飛ぶ。
 567便YS-11は滑るように奄美大島空港の滑走路に着陸した。

東亜国内航空鹿児島支店運航課

 電話のベルが響いた。さきほど運航課員が祈るような気持で電話を終えるとき、思わず、受話器を置いてしまっていたのだった。
 全員に緊張が走る。
「え! あ、そうですか! はい。わかりました。どうもありがとうございました」そして運航課員はしっかりと受話器をかけて、早川所長に報告した。
「着きました。567、奄美到着です!」
 早川所長はほっとして無性に熱いコーヒーが飲みたくなった。それは松田も同じだろうと思いながら、「俺の部屋でうまいコーヒーでもどうだ」と運航課長の肩を拳固でつついて立ち上がった。

 YS-11の伝説的な名パイロットとして知られる浜園広幸機長が、離島運航に携わる航空マンの気持を熱く語った。

「私はまあ、無理はしていませんけど、フライトしていてですね。少なくとも可能性があれば挑戦します。これは飛ぶため、運ぶためもとは別に、離島の人がいかに航空路を大事にしているか分かるからです。(離島では)船以外は飛行機しかありませんから。だから少しでも可能性があれば、これに応えなければと思っています。このときの(無事、着陸したときの)島の人の表情は、言葉では言い表せませんね。ほんとうにジーンときますよ。…言葉にはなりませんね。

▼奄美大島進入図
奄美大島進入図

▼奄美大島地図
奄美大島上空地図

武田一男

【特別付録】このドキュメンタリーは航空サウンドでも楽しめます。
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航空ドキュメンタリー YS-11「台風飛行」/全9回
録音&解説:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「台風飛行」の文章、または付録の音源に収録している音楽、音声の一切は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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    • 兒玉和秀
    • 2010年 3月1日 5:03pm

    こんにちは 始めまして
    以前から、このサイトを楽しみに拝見させて頂いております。「台風飛行」の鹿児島運航課は当時私が勤務していた部署で出演している声の持ち主も昔の仲間です。私の声も有る様で懐かしく聞かせて頂きました。YS11も退役してしまいましたが、この声の持ち主のほとんどが(当時の若手だった一人が東京で現役)定年退職となり、私も福岡で昨年九月に定年退職となりました。なかなか飛行機からから離れる事が出来ず趣味の写真で撮るため福岡空港周辺へ出かける生活を過ごしています。「機長席」や「ヒマラヤ飛行」の乗務員も知っている乗務員です。実録、本当に懐かしく聞かせて頂きました。ありがとうございます。ドキュメントの内一件だけ気付い事があります。「台風飛行」の最初の頃、大井機長にブリーフィングしている運航管理者は「佐藤」では無く「山本」です。訂正は無理かと思いますが・・ 最後に「武田一男」さんとHP管理者が今後もご活躍続けられる事を期待致しております。そしてこのHPがいつまでも楽しく続く事を願っております。 福岡市南区 兒玉和秀 

    • 武田一男
    • 2010年 3月1日 6:16pm

    児玉様 コメントありがとうございます。びっくりしました。そしてとても嬉しかった。あのころのTDA鹿児島支店は"飛行機野郎"が生き生きとして活躍されていましたね。僕もたくさんの想い出を頂きました。もし、さしつかえなければ、ブログの管理人竜子さんまで連絡先をお送り頂ければ、この作品のCDをお送りしたいと思います。児玉さんのお声が録音されているなら、なおさらです。今後ともよろしくお願いします。有り難う御座いました。

    • 竜子
    • 2010年 3月2日 11:11am

    ■兒玉様
    コメント、どうもありがとうございます。このブログの管理をしている竜子です。
    武田一男さんの作品を通して、当時描かれた人たちが今日のようにいらしていただけるのを、心待ちにしていました。とても嬉しくコメントを拝見いたしました。
    大井機長にブリーフィングしている運航管理者さまのお名前、山本様だったこと、本日修正いたします。
    また、私からメールを差し上げますので、よろしくお願いいたします。

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