YS-11コックピット・ドキュメント「雨中航路」第4回

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航空ドキュメンタリー YS-11コックピット「雨中航路」

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横田アプローチ管制へ

 東京ディパーチャー管制からアメリカ軍が管轄・管制する横田アプローチ管制へ交信するよう、指示が来た。
「キンキョリ9175 コンタクト ヨコタ・アプローチ 118.3」(日本近距離航空9175便へ。横田アプローチ管制118.3メガヘルツで交信して下さい)
「キンキョリ9175 ラジャ コンタクト ヨコタ 118.3」(横田アプローチ管制118.3メガヘルツで交信します。)
「118.3ですね」
「はい」
 副操縦士が横田アプローチの周波数を合わせた。
「ヨコタ・アプローチ ディス イズ キンキョリ9175 パッシング 7000 オーバー」(横田アプローチ管制へ。こちら日本近距離航空9175便です。7000フィートを通過しました。)
「キンキョリ9175 ヨコタ・アプローチ ヨコタ アルティメーター2993クライム アンド メインテイン 10000 ターン ライト プロシード ダイレクト ヨコスカ」(日本近距離空港9175便へ。こちら横田アプローチ管制です。気圧は2993インチです。1万フィートまで上昇して、右旋回して横須賀まで直接飛行して下さい。)
無線からアメリカ人管制官の声が呼びかけた。
「キンキョリ9175 ラジャ 2993 ライト ターン プロシード ダイレクト ヨコスカ」(了解しました。気圧は2993インチ。右旋回して横須賀に直接飛行します。)
羽田空港を離陸して178度の方向へ浦賀に向かい、そこから機首を西へ向けて飛行承認の際に指示があった横須賀を経由する許可が出た。
「キンキョリ9175 アファーマティブ オールソー クライム アンド メインテイン 10000」(日本近距離空港9175便へ。その通りです。1万フィートまで上昇して下さい。)
「9175 ラジャ クライミング トゥ 9000…コレクション 12000」(了解しました。9000フィート…訂正します。1万2000フィートまで上昇します)
「キンキョリ9175 ネガティブ クライム アンド メインテイン 10000」(日本近距離空港9175便へ。違います。1万フィートです。)
「キンキョリ9175 ラジャ クライミング トゥ 10000」(了解しました。1万フィートに上昇します)
 ここで横田基地について触れておく。戦時中、旧帝国陸軍の多摩飛行場が建設され、航空機の試験場として運用されていた。戦後アメリカ軍が接収し、拡張が行なわれ現在に至っている。滑走路は3350メートルの1本で、基地の主な任務は極東地域に於ける米軍の物資などの輸送の中継基地として機能させており本州最大の米軍基地である。基地でありながら戦闘部隊は配属されていない。過去、ベトナム戦争で戦死したアメリカ兵の死体がこの横田に運ばれたと言われている。また物資輸送の基地であるので、アメリカの航空貨物会社の飛行機が飛来することもある。
 また、この近辺の空域を横田空域といい、北は新潟から南は伊豆半島近辺まで跨る、本州を縦断する空域である。民間の航空機はこの空域を避けて飛行することを余儀なくされている。この空域がなければ高速道路に例えると、両側5車線が両側1車線ずつになる為、ニアミスを起こし易いと言った人もいるが、その通りかも知れない。徐々にではあるが空域の一部が返還されてきているが、全面撤廃という訳にはいかないようである。YS-11の限界巡航高度が2万フィートまでなので、横田空域を通過せざるを得ない。
 YS-11のあとを離陸した全日空広島行き767が横田アプローチに入ってきた。
「じゃあ、(ADF1を横須賀に入れて下さい。」
機長が横須賀のVORを確認するためにADF1を横須賀の周波数に、そして次ぎの通過点である浜松の周波数にADF2を合わせる合わせるように指示する。
「はい」
「ADFをヨコスカ…(ADF2の方を浜松に入れて下さい」
「はい」
「ヨコスカIDオーケーです」
「はい、了解」
 YS-11にはADF(Automatic Direction Finder:自動方向探索機)が搭載されている。ADFではNDB(Non-Directional Beacon:HF帯〜VHF帯の電波で誘導する無線標識)が発信する電波を捉え、各操縦席の前方にあるADF表示器を見ながら、目的ポイントまで飛行できる。あくまで方向を探知するだけで操縦はパイロット自らが行なわなければならない。
 軍用機との交信につづいて横田アプローチと全日空677便広島ゆき767との交信が聞こえる。677便はYS-11の北側を高度12000フィートで飛んでおり高度24000フィートへ上昇するよう指示を受けている。
「1000 ビフォア」
 予定飛行高度10000フィートの1000フィート手前を通過した。
「DC チェック ノーマルです」
「了解」
「DC ノーマル」
「低いね…」 今まで雲と雲の狭い空間を飛行していたが、暗くて低い雲が眼前に立ちはだかった。
「そうですね」
「ちょうど、ビトウィーンで行くから」
「エンジン アンチェイス 入れときますか」
「エンジン アンチェイス オン」エンジンの防氷装置を入れた。
 機長は巡航高度に達すると同時にスムーズに機体を水平姿勢に操作した。この時の巡航出力は1420回転で、TGTを770℃にセットする。
 巡航に入り機体が安定した後、機長と副操縦士は各種点検を行なった。プロップ関係のライトが全て消灯しているか、電源は指定電圧で正常に作動しているか、その他の諸計器が正常に作動しているかを確認する。上空の気温が低いとエンジンが凍りつくことがある。副操縦士はそれを防ぐ為に防氷装置のスイッチを入れる。
 横田基地のATCが雲の中の飛行機の位置を知らせるトラフィック・インフォメーションの交信が続く。現在、横須賀上空を通過。高度1万フィートでYS-11は巡航に入った。
「エンジン・データを一応、取っておいて下さい」
「はい、スタビライズしてから」
「そうですね」
「一応、大阪のウェザー、貰っときましょうか」
「ええ、そうですね」
 巡航に入り必要な点検が終わり、機長は悪天候なので念の為にエンジンの回転数などのデータをカンパニー無線で取るよう副操縦士に指示した。
 西日本全域に亘り梅雨前線が張り出し、出発前のブリーフィングの時に見た大阪の天候状況がどうなっているか心配だった。
「近距離東京、近距離9175、16時、大阪ウェザー 入っていましたらお願いします」
「了解しました」
「ATC お願いします」
「あと浜松まで…98マイルです」浜松まで98マイルの位置を飛行している。
 操縦は機長、管制との交信は副操縦士が行なっているが、カンパニー交信を行なう場合は管制との交信を機長が行う。
「9175、東京」
「はい、どうぞ」
「16時、大阪、200度の3ノット、視程は10キロ以上。モデレート・シャワー 1CU 1500、3CU 3500、6SC 5000、25度、2988、リマークとしてモデレイト・タービュランス、インクラウド1万フィート、オーバー大津、YS-11というリマークが入っております。」
「はい、了解しました。有難う御座いました。」
 16時現在の大阪・伊丹空港の天候状況は、風が200度の方向から3ノット、視程は10キロ以上、小雨で気温は25度、気圧は2988インチと着陸するには問題はない。1500フィートと3500フィート辺りに垂直の積雲、5000フィート辺りに低い層積雲がある。追加事項として他機のYS-11からの情報だと、1万フィートの雲の中で乱気流が滋賀県大津上空で観測された旨の情報が伝えられた。機長はディスパッチでの状況よりも少し良くなったと、胸を撫で下ろした。
「少し天候が良くなったね。多分、大阪はCB(悪天候)が通過したんだね」
 YS-11は伊豆半島に向かって西へ機首を向け雨雲の間を飛び続けている。
「ユー ハブ」
「アイ ハブ」
 副操縦士はカンパニー無線での交信を終え、機長と操縦を交代した。ATCは機長が行なう。
「大津上空で1万(フィート)でモデレイト・タービュランス、リマーク入ってましたね」
「うん…1万フィートね」
 カンパニー無線での情報を互いに確認し合った。周辺の天候を把握しておくこともパイロットして重要なことである。
 軽い乱気流に飛び込み、機体がガタガタとは揺れ始めた。
「富士山の後流ですかね」
「多分、そうだと思うけどね」
 富士山からの流れてくる気流なのだろうとパイロットは推測した。
 日本一の富士山の景観は素晴らしいが、パイロットにとっては近付きたくない所である。この気流は山岳地帯で発生する特有の乱気流で、山岳波と言う。その気流が相模湾にまで流れてきているのだろう。1966年に英国海外航空のボーイング707型機が、この状況を知らなかったのか、空中分解したことがある。その日は雲一つない天候であった為、機長は乗客に富士山を近くで見せようと思い、富士山に近づいたのではと憶測を呼んだ。それ以来、天気の良い日には富士山に近付くことはないと言う。
「ブロー・アウト 読んでくれない?」
「ブロー・アウト、左が7.2、右が4.5です」
「4.5、了解」
「えー、188ノット」
「189ノット」 左右の速度計の調整確認である。
「キンキョリ9175 コンタクト トーキョー 120.5」(日本近距離航空9175便へ。東京コントロール管制120.5メガヘルツへ交信して下さい)
「ラジャ 120.5」(了解しました)
 横田アプローチ管制から東京コントロール管制の関東西セクターに移管された。YS-11はウェイポイントの浜松に向かって西へと飛行している。

つづく

桃田素晶・武田一男

<おことわり>本作は1985年当時の音源を使用し当時の模様をお届けしておりますが、文中で使用している図は、当時のものと異なります。特に伊丹空港のチャート図などは、当時のものを使用しておらず、スポットまでのルートに違いが生じていますが、参考に必要と考え、そのまま掲載しております。

航空ドキュメンタリー YS-11コックピット「雨中航路」/全10回
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「雨中航路」収録している音声、音源のすべては武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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