YS-11コックピット・ドキュメント「雨中航路」第6回

[title_uchukouro]
航空ドキュメンタリー YS-11コックピット「雨中航路」

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

 現在、浜松上空。
「(方位)272(度)」YS-11はわずかに右旋回して河和に向かった。機長が浜松上空通過のレポートを管制官に伝える。
「トーキョー・コントロール キンキョリ9175 チェック ハママツ 10000 コウワ…」(東京コントロールへ。日本近距離航空9175便です。浜松を通過しました。高度1万フィートです)
「キンキョリ9175 ラジャ」(了解しました)
「まだ入ってますね、カンパニー(無線)が」VHF無線の3チャンネルに入れておいた羽田空港の近距離航空運航部とのカンパニー無線が浜松を過ぎてもまだ聞こえている。
「これから河和に向かいます。河和まで29マイルですね。ちょっと予定より1,2分遅れていますね」と副操縦士が確認して窓から外を見る。
「ずっと、今日は雲の中ですね」言わずもがなであるが、こんな梅雨前線の中を操縦していささか、疲れを感じていた。そして大阪への進入方式を確認した。河和からは大阪への進入航路になるので機長と交代できるかもしれない。それにしても、疲れた、と思った。
「河和からヤマト・アライバルですね」
「(方位)249度」
「じゃあ、河和まで(操縦を)やって下さいね。河和から交代しますからね」
 大阪・伊丹空港に進入を始める辺りで操縦桿を引き継ぐことを副操縦士に伝えた。まもなく操縦から解放されることにホットして副操縦士は愚痴を言う。
「オーパイ(オート・パイロット)が付いてないと、こういう時大変ですね」
「そうね」
「三宅(島)・大島ぐらいだったら良いですけど…」
「オーパイ ついてないのですか?」、の問いに機長は、
「ついてないです、ここについてないと駄目なんですけどね」
「この飛行機だけなんですよ、他のは全部ついてるんですけどね」
 このYSにはオート・パイロットが装備されていない。雲の中を、雨が降りしきる中をマニュアル(手動)で飛行している。雲に入ると飛行機は上下左右に揺れる。それを如何にして揺れを抑制出来るかが、マニュアル操縦するパイロットの腕の見せ所である。しかし疲れる。
 空を飛んでいる時に相手にするのは、気まぐれな風と天候である。オート・パイロットが装備されていない機体であれば、パイロットは急変する天候と風による機体の飛行状況を体で感じる。つまり計器にそれらの動きが出て来てから動作をすれば遅いのである。そんな状況の中、飛行姿勢を維持しなければならないのは並大抵なことではない。操縦桿を握る両手、ラダーを踏み込む両足、状況を目視する両目、それらを判断する脳と、全神経をそれらに集中させなければならない。そういう意味ではオートパイロットが装備されていないYSは、パイロットの技量を磨ける飛行機であり、人間的な飛行機であろう。
「そうね。YAMATまで(操縦を)やってもらおうかな」機長は伊丹空港に下降する最初の地点YAMAT・POINTまで副操縦士に操縦桿を握ることを伝えた。離陸、上昇、そして下降、着陸は機長が操縦桿を握るということだ。
「はい」と答えながら、副操縦士はこりをほぐすように肩を上下させ、首を大きく回した。まだまだつづく泥濘ぞ、である。現在、渥美半島上空。相変わらず雨の中を飛行して下界はみえない。
「だんだん、(天気が)悪くなって来ましたね」 レーダーを見ながら副操縦士が言った。
「まぁ、それ程でもないから…まだ、明るいからね」 機長はレーダーの中の緑色の雲を指さして答える。
「雨がひどいですね」レーダースクリーンに映る雨の影を見て副操縦士がため息をついた。こんな時、手動での巡航が大変なんですよ、と心の中で愚痴っているようにも見えた。
「雨なんです、今レーダー上に出てるのが雨なんです」
「雨が、ずーっと続いていきますからね」機長がレーダーの距離範囲を伸ばしてニャニャ笑う。コーパイは苦労してなんぼなんだよ、と言わんばかりだ。それにしても見渡すばかり雲、雲だ。
 突然、厚い雨雲につっこんで窓の外が少し暗くなった。
「(コックピット内が)少し寒くないかね…ちょっと(温度を)上げてくれる」
 YSは頑丈に製作された為、機体重量が重く、その割に馬力がそれ程ない、夏のコックピットは暑い、冬は股引を履かなければならない程の寒さ、雨が降れば機内に入り込んで、電気系統が濡れて誤作動を起こしたり、部品を錆び付かせるなど、色々と酷評に晒された。然し、この「じゃじゃ馬」を誰も見放さなかった。初の国産旅客機なだけに、立派に育てようと航空関係者だけではなく多くの人々が一生懸命になり、その愛着は桁外れであった。 その結果、30年の長期に亘って日本を始め世界中を飛び回った。YSは他機にはない”親しみ”と、それ以上に”味”があった。
 名古屋空港から離発着する他の日本近距離航空のカンパニー無線と上空を飛行している全日空300便が東京コントロールと交信している。
「ワイパーは全然、必要ないですね」フロントガラスに雨が滝のように流れて全く視界がきかない。なぜ、こんなときワイパーを使わないのかという質問に機長が答える。
「これで、スピードで飛んでると一緒なんですよ」
「スピードが遅くなってから、使いますけどね」
 大粒の雨が叩きつける中、YSは順調に飛行を続けている。
視界が全くない上に、雨が降っている中で、且つオートパイロットが装備されていないYSは、地上から発せられるVORの電波を頼りに確実に飛行ルート上を飛んでいる。YSに限らず旅客機には車と同様、正面の窓にワイパーが装備されているが、地上走行や離着陸時以外に使うことはない。上昇中や巡航中は、もの凄い速度で飛んでいるので、雨が窓に当たっても後方に吹き飛んでしまう。
 雨が当たる音とプロペラ音で他機との交信が聞き取り難い。
「トーキョー・コントロール ジャパンエア120 グッドアフタヌーン クライミング トゥ190 フォア リービング ワン ツー タウザンド オーバー」(東京コントロール管制へ。こちらは日本航空120便です。1万9000フィートに向けて、現在1万2000フィートを通過中です)
「ジャパンエア120 トーキョー・コントロール スクォーク アイデン」(日本航空120便。了解しました。貴機を認識しています)
この近距離航空9175便と同じように羽田を16:00に出発し、伊丹へ向かう日本航空120便、B747SRの交信が入ってきた。
「ずっと大阪まで雨じゃないですか」 うんざりしながら、副操縦士が、又、首のこりをほぐすように首を左右にまわした。
「ずっと雨ですね」 機長は又、笑ってとぼける。そしてウエザーレーダーの説明を始めた。
「これが現在30マイルなんです。」
「これが10マイルずつ、これやると80マイル…これが180マイル」
「雨やエコーの解析は30マイルなんです。ここの中が真っ黒になるんですね」
 レーダー・アンテナは機首部分レドームの中に取り付けられており、上下15度の範囲で作動する。画面は中央ペデステルのレバー関係の前に設置している。ウエザー・レーダーはスイッチを入れれば作動する訳ではなく、中央ペデステル後方の機長側にレーダー関連のスイッチが配置されていて、左のツマミをスタンバイ位置にして、ウォームアップを行なう。レーダーは3段階に切り替えられ、最大180マイル先の雲の状態を捉えることが出来るが、密度の薄い雲は反応しない。
「ジャパンエア120 レーダー コンタクト 30マイル ウエスト…」(日本航空120便へ。レーダーで捕捉しています。西30マイル先…)
「ジャパンエア120 ラジャ リクエスト クライム トゥ 230」(了解しました。2万3000フィートへの上昇を要求します)
「ジャパンエア120 ラジャ クライム アンド メインテイン フライト レベル 230」(日本航空120便へ。了解しました。2万3000フィートまでの上昇を許可します)
「120 ラジャ サンキュー コンティニュー クライム 230」(ありがとうございます。2万3000フィートまで上昇します)
「オールニッポン776 ディセンド アンド メインテイン 150…」(全日空776便へ。1万5000フィートまで下降して下さい…)
「オールニッポン776 ディセンド 150…」
「オールニッポン776 アファーマティブ」(その通りです)
 雨が叩きつけ、小刻みに揺れることでコックピット内は雨の激しい音で交信が聴き取り難い。窓の外は飛沫が上がってまるで潜水艦のようである。
「すごい雨ですね…アイシングがまだないですね。今ちょうど、プラス2℃ぐらいですから」
 雨が降れば気温が下がるのでエンジンが凍りつく可能性がある。これだけの豪雨の中を飛行しているが、高度が低いのが幸いして外気温はまだ摂氏2℃なので、そこまでには至っていないようだ。
「あと、河和まで7マイルですね、河和から(方位)256度、アウトバウンド。それから信太(シノダ)の(方位)276度にインターセプトです」
「はい」信太は大阪の和泉市の信太山にある航空標識である。
 ウエイポイントの河和まで、もう少しである。そこから伊丹空港に向かうルートの概略とフライトプランを副操縦士は再度確認した。
「クリアランスリミットはヤマト・ポイントです」 羽田を離陸する際に管制に貰った飛行終点は大阪に進入を始めるヤマトまでである。その先伊丹までは再度、大阪のアプローチ管制からクリアランスを貰わなければならないのだ。
 雨が激しくなった。「福岡も大雨が凄いらしいですね」と機長の家がある福岡の話を始めた。無線からは名古屋から長崎へ向かう全日空機の交信が聞こえている。
「オールニッポン372 レーダー サービス ターミネイテッド スクォーク 0200…」(全日空372便へ。レーダー補足の限界です。貴機の認識番号は0200です…)
「ラジャ オールニッポン372」(了解しました)
 今、河和上空を通過した。
「(方位)256(度)」
 河和を通過したので機首を256度に左旋回し、紀伊半島の大台ヶ原上空から大阪・伊丹空港への進入経路であるヤマト・ポイントに向かう。
「キンキョリ9175 パッシング コウワ 10000 オーバー」(日本近距離航空9175便です。河和を通過しました。1万フィートです)
「キンキョリ9175 ラジャ」と、管制官は応答し、YSは一路ヤマト・ポイントに向かう。
「えーと…53分、いいとこだね」
「40ノットぐらい、吹いてるんじゃないですかね、ジャスト・オン・タイムですね」
 凡そ河和を予定時刻に通過し、伊勢湾上空に差し掛かった。現在高度は1万フィート。
「オールニッポン776 レーダー サービス ターミネイテッド コンタクト オオサカ アプローチ」(全日空776便へ。レーダー捕捉の限界です。以後は大阪アプローチに交信して下さい)
大阪から千歳へ向かうB747SRである。
「776 ラジャ スイッチング」
 管制エリアが変わる度に、「コンタクト〜」と言う場合と、「スイッチ トゥ」または「スイッチング」と表現する場合がある。交信内容は同じだが、パイロット毎に表現が変わるのは面白い。
「256」と方位を副操縦士が確認し、「256度だから」と機長も確認する。副操縦士は「ライトサイド・クリアー」と右の窓から外を確認し灰色一色で何も見えない雲の中をゆっくりと左旋回を始めた。
しばらくするとレーダー・スクリーンの緑色の雲影に小さな空間が見え始めた。
「穴が開いてるんですかね…そうじゃないですかね」
「ここがちょっと、空いてるとこなんだ」 機長が雲影を指さす。そこだけが緑色が幾分薄くなってきている。
「あ、そうですか…あんまり良くないですね」
「もう、まもなく空くと思うよ」 まもなく雲から出ると長年の勘で機長が予測した。そして、もう、雲はうんざりだ、というような顔をしている副操縦士に笑いかけた。
2に切り替えて、(信太VOR/DMEの)276度、チェックして」
「はい」浜松に入っていたADF2を信太に切り替える。大阪の信太にあるVOR/DMEは、大阪・伊丹空港に進入する経路(ヤマト・アライバル)のウエイポイントであるYAMATの延長線上にある地上誘導施設である。
「福岡の空港もすぐに水が出たんじゃないですか」
「空港そのものが排水が悪いからね。あそこに水が溜まるんですよね。もう洪水だったよ。」
「バスなんか使えなかったんじゃないですか」
「バス、使うしかないんだよね。お客さん、歩いて行く訳にいかんしね」
 以前として雨が機体を叩きつけ、プロペラ音と重なって、パイロットの声も自然と大きくなる。
「トリマー、ちょっと絞りますか」
「もうこれ以上、絞れない」
 今、黒い雨雲を抜けた。
「大阪のATIS、入りますかね」
「まもなく、入るでしょ」
「入れてみますか、ATISは128.6(メガヘルツ)です。」
 大阪・伊丹空港の現況を聞く為、機長は周波数を合わせた。ATISとはAutomatic Terminal Information Serviceの頭文字を取ったもので、空港近辺の気象や滑走路の使用状況を知らせる自動放送である。気象は刻一刻と変わり、それによって使用滑走路が変わる場合があるので、その度に新しいATISが放送される。放送の最後にアルファベットが付される。着陸する飛行機はどのATISを聞いたかを管制官に報告をしなければならない。
「ディス イズ オオサカ・インターナショナル・エアポート インフォメーション ビクター オオサカ 0800 130 トゥ 230 ディグリーズ 7ノット ビジビリティー 10 キロメーター 1…1500フィート 3…5000フィート 5…8000フィート テンプラチャー24 デューポイント21 QNH2987インチズ ユージング ランウエイ 32 ILS アプローチ インフォ オオサカ・アプローチ オア オオサカ・グランド イニシャル コンタクト ザッツ ユー ハブ レシーブド インフォメーション ビクター」
(大阪国際空港情報V、国際標準時 0800時現在です。風の方位は130度から230度の範囲で7ノット、視程は10キロメートル、1500・5000・8000フィートに雲があります。気温は24度、露点は21度、気圧は29.87インチ、使用滑走路は32のILSアプローチ、大阪進入管制または大阪地上管制へ空港情報Vを受信したことを通報して下さい)
「いい天気だね」機長は空港の状況に安堵したのか、少し笑顔を見せた。
「2987」気圧を復唱しセットした。
 管制官は飛行ルートや空港など、その地点の気圧を飛行機に伝える。気圧は飛行する上で非常に重要で、その気圧値によって高度計が示す高度の変調を修正するのに必要な大事な値である。管制官が間違って伝えたり、パイロットが聴き間違いをすればニアミスなどの惨事を招くこともある。もちろん他の事柄にも注意を払うが、気圧に関しては非常に神経を尖らせる。
「今日みたいに、本当にこんな風に飛んでると 腕が疲れちゃいますね」 副操縦士が右手を操縦桿からはなして手首を揺らして疲れを取る。
「そうだね」と機長、少しは同情気味に微笑んで副操縦士を見た。
 先程も触れたが、このYSにはオートパイロットが装備されていない。体で外の状況を瞬時に判断し操縦桿を操作するので、集中力が途絶えることがない。然しパイロットも人間なので疲れも出てくる。そんな中パイロットの2人は余裕とも言えるような笑顔である。
「このシートの改修は、まだやらないんですかね」
「やらないそうです」
「慣れちゃうと、そんな気にもなんないんですけどね、私なんてこればっかりずーっと乗ってますから」
「私は、これ好きなんだよ」
「私も好きなんですよ」
長年に亘って飛行しているとパイロット・シートも劣化してくる。そんなシートに長時間座っていると疲れて来るものだが、パイロットはこのYSのパイロット・シートに愛着を感じているみたいである。
「オールニッポン300 コンタクト トーキョー・コントロール 118.3」(全日空300便へ。以後は東京コントロール118.3メガヘルツに交信して下さい)
「ラジャ 119.3 グッディ」(了解しました。さよなら)
鳥取から羽田へ向かうYS-11が、9175便とすれ違うように東京コントロールへと抜けていった。
 エンジン音が雲を震わせ、プロペラが切れ間を見せない雲を掻き分け、そして雨を振り払うロールスロイス製ダートエンジンが、勢いよく回っている。現在、伊勢湾上空に入った。
「しばらく(雨雲から)出ますね。3分間ぐらい」
 レーダー上に映っていた雨雲の隙間が段々、近付いて来た。
「キンキョリ9175 コンタクト オオサカ・アプローチ 124.7」(日本近距離航空9175便へ。以後は大阪アプローチ124.7メガヘルツに交信して下さい)
「キンキョリ9175 ラジャ コンタクト オオサカ・アプローチ 124.7 サンキュ」機長は復唱し、大阪アプローチ124.7メガヘルツに合わせた。
いよいよ伊丹空港へのアプローチが始まる。依然として雲の中を飛行し、雨は降り続いている。

つづく

桃田素晶・武田一男

<おことわり>本作は1985年当時の音源を使用し当時の模様をお届けしておりますが、文中で使用している図は、当時のものと異なります。特に伊丹空港のチャート図などは、当時のものを使用しておらず、スポットまでのルートに違いが生じていますが、参考に必要と考え、そのまま掲載しております。

航空ドキュメンタリー YS-11コックピット「雨中航路」/全10回
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「雨中航路」収録している音声、音源のすべては武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
[ad_uchukouro]

  1. コメント 0

  1. トラックバック 0