ルシアン・ネイハム「シャドー81」を読んで(B777さんより寄稿)

※当原稿は、2010年1月3日に配信した、武田一男さんの「航空小説の楽しみ」に対する、B777さんからのレスポンスです。
「航空小説の楽しみ」には、誰でもがたのしめる航空小説の素敵なエッセンスがたくさん詰まっていますので、よろしければこちらも併せてご覧ください!

シャドー81 (ハヤカワ文庫NV)
「シャドー81」ルシアン ネイハム,中野 圭二訳

・軍隊が出て来る、それも大概がアメリカ軍。
・最新鋭の戦闘機やミサイルが旅客機を損傷または爆破する。(実際に存在するかは不明)
・「神の名の下」や「世界平和」という偽りの戯言で攻撃を始める。
・本のキャッチコピーで、「パニック」「スリル」「アクション」の3つが入る。

 突然ではあるが、航空小説は大概こんな感じで描かれているであろう。云っておくが、航空小説を茶化しているのではない。特にパニックものは、危機感を持てない現代の日本にとっては、良い刺激を与えるものである。航空小説を読み出したのは、ここ最近なので偉そうに云えないが、紹介されてスカッ!と読めたのが航空ファンの必読書「シャドー81」である。「シャドー81」の素晴らしいところは、他の航空小説と違って誰も殺さない。それと爆発などで機体が損傷して負傷者や死傷者が出る、所謂、血みどろの話は一切ない。そう言う類いの話は好きではないので、最近読んだ本で云えば「霧のソレア」や「超音速漂流」は、好きになれない。

 ちなみに「霧のソレア」はスリル感はあまり感じられないが、B747-200Bの操縦系統の描写が細かくテクニカルな面に於いては素晴らしい。舞台となるB747-200Bはクラシック・ジャンボと云われる機種であるが、本の中ではFMS(Flight Management System)が搭載されている。読んでいておかしい…と思いつつも、知り合いに聞くとクラシック・ジャンボにはFMSが搭載されたことはないとのこと。テクニカルな面をご存知な方は一読されては如何だろうか。また小説の中と云えども日本の自衛隊は素晴らしいと感じた作品でもあった。最後は全てが無かったかのように揉み消された政治的な部分で物語が終わるのが、如何にも日米同盟の真髄を見たかのような感があった。

 「超音速漂流」はパニック航空小説だが、ホラー小説を読んでいるかのように思えて、
描写が非常にリアル感を醸し出している。ストラトン797という音速旅客機なのだが、ジャンボ機とコンコルドを足して二で割った感じの旅客機である。高度62000フィートで航行中に、アメリカの戦闘機が発射したミサイルが本来の標的を外して、ストラトンの胴体を突き抜け、それによって機体内の気圧が急激に減圧され乗客は酸欠による脳損傷を起こしゾンビ化する。そこで意識を回復した一人の客室乗務員がゾンビ化した乗客の青年に鉄の棒で殴り殺され、同じく一人の乗客がゾンビ化しつつある家族と共に、貫通した胴体から身を投げる。読んでいてその光景を浮かべると、さながらホラー映画である。ハッキリ云って読後感は満たされなかった。

 話を戻すが、「シャドー81」では誰も傷害されていないし、ましてや誰も殺されていない。最初から最後までスリルを味わえる小説であることは間違いない。パニックという面はそれほど感じられない。アクション面はスリル面と合い間っているので感じられないが、スリル同様最後までアクション感はある。

 本書はベトナム戦争を舞台にした軍人としてのプライドと誇りを掛けた男達の話である。アメリカ空軍のグランド少将が極秘裏に開発された垂直離着陸TX75Eのパイロットとして北ベトナムを攻撃し、任務完了間近、行方不明に・・・そしてエンコ中将指揮の下、捜査を始めるが発見されない。それより数週間前、アメリカのミステリ作家デントナーが大型船と小型船を香港で購入し、南シナ海のパラセル諸島の小島に到着し小型船で香港に引き返す。ほぼ同時に行方不明として捜索対象となっていたグランド少将は、北ベトナム攻撃中に味方を巻いてTX75Eを強奪したのである。そして大型船が停泊している小島に向かい、戦闘機を船に乗せて一路、北米大陸へ向かう。数日後には到着し戦闘機でその場を立ち去ることに。時を同じくしてロサンゼルス国際空港を出発したパシフィック・グローバル航空のB747が離陸後、グラント少将が操縦するTX75EがB747の後尾に付き、パイロットにハイジャックを宣言する。

 アメリカの威信を掛けた戦争であると同時に、最新鋭の戦闘機TX75Eの開発中止が決まり、その責任者であるアメリカ空軍大将が中止によってプライドと誇りを傷付けられ恨みを晴らすべく、若手パイロットである大尉を取り込んでジャンボ機をハイジャックする。ハイジャックと言えば、犯人が機内に乗り込んで乗客を人質にして銃を振り回し、挙句の果てに射殺するというストーリーを想像させるが、本書は全く違ったハイジャックを行なう。TX75Eを操縦する大尉がジャンボ機の背後にピッタリとつけて、且つ同じところを旋回させる。そしてハイジャックされているという恐怖心を煽る為に、ジャンボ機を太平洋上の低い高度で飛行させ、後方を飛行しているTX75Eからミサイルをジャンボ機の前方の海面に打ち込む。戦闘機の姿は見えないが、逆に見えないだけに精神的に追い込み、恐怖心をより増幅させる方法としては抜群である。この作戦の首謀者である大将は、アメリカ本土で着々と遂行していく。さすが軍人と頷けるものである。ここであまり詳細に亘って書いては、未だ読まれていない方に申し訳ないので省略する。

 TX75Eは架空の戦闘機であり垂直離着陸機である。当初ハリヤーに似ている戦闘機と思ったが、大尉がジャンボ機に向かって飛行する時に、コックピットに食料品を積み込むシーンがある。それだけの物を積み込む程のスペースがあるとは思えず、頭の中で思いついたのがステルス爆撃機であった。しかしそれでは大型船に載せられない。航行中にアメリカ海軍に怪しまれるだけである。実際に大尉が油断してかアメリカの戦艦が近付いて来て、怪しまれるシーンがあるが結局それをやり過すことになる。粗雑なイメージだが、ステルスとラプターを足して二で割って、そこにハリヤーを少し掛けた感じと云えば云いのだろうか。

 登場人物も非常に面白い。大尉の自己中心的な価値観、作戦首謀者である大将の物静かだが気高いプライド。云うに及ばず、どちらも一匹狼だが何故か合い間見える感じに違和感を覚える。大尉が大将に唆されたのか分からないが、促されて作戦の実行部隊として遂行するのだが、パイロットとしての腕が良いのは承知のことだが、やはり軍人である。指示や命令に絶対服従で確実にこなして行く様は、流石と頷く。大将は身分を逸脱せず冷静沈着で粛々と実行に移し、完璧なアリバイを作っていく。そして驚きの格好をするのだが、最初は「誰?」と思わせ、軽く読み流す感じだったのだが、後で後悔した。そして作戦を順調に遂行して行くのだが、最後辺りで大尉がベトナムで捕虜になるという作戦変更を言われる。当然大尉は騙されたと思い反発するのだが、大将が懇々と説明し挙句の果てには上官としての命令により、泣く泣く承諾し捕らわれることになる。そして大尉は釈放され、アメリカ国民の英雄として賞賛され、作戦が完結する。

 どちらが善で、どちらが悪かは読み手によって変わるだろうが、私はどちらでもない。どちらも正義の名の下で行なわれている。戦闘機を略奪しハイジャックするのが正義なのかと言われれば、決して正義では無い。平和と自由を脅かす存在である以上、アメリカ政府は決して黙殺する訳がない。大佐から言わせれば、平和と自由と秩序を守る為に戦闘機を開発したが、様々な事情で中止を判断した政府に憤りがあったのだろうし、何よりアメリカ軍人として自らの力を世界に誇示、いや鼓舞する為には不可欠と考え、それがアメリカの為と思ったのだろう。軍人としての絶対的な規律を無視し、その力を利用して反旗を翻した。これは絶対許されることではない。しかし、国を守ると言う意識が政治家と違い現場にいる軍人の方がはるかに強い。上官の命令は絶対であるが、その上官である政府の命令に従わず、立場を利用して作戦を遂行させるその気概に、私は不思議と納得してしまった。

 何度も言うが、この作戦は一切人を殺傷していない。人を傷つけず恨みを晴らした。私はそれに感動した。軍事という脅威を振りかざしはしたが、天晴れとはこういうことを言うのだろう。善悪は抜きにして素直に読めば、本書は最高に面白い。因みに私は仕事が終われば喫茶店で黙々と読み耽り時計を見れば午後9時…。慌てて家に帰れば嫁さんに角と牙が生えていたことが幾度もあった。

B777

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    • 007
    • 2010年 5月7日 7:56pm

    気骨ある書評、面白かったです。次ぎはジャック・ヒギンズの「鷲は舞い降りた」をお読みになると良いですよ。気骨ある最高の冒険小説であなたにぴったりです。

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