「高度一万メートルの再会」(武田一男)

「高度一万メートルの再会」

 個人的な話で恐縮ですが、僕にとって今年の5月は懐かしい友や珍しいひとに逢うことが出来るラッキーな月のようです。
以前、アップル・ハウスという学生のフォークグループのレコーディング・ディレクターをする機会に恵まれました。優秀なグループで当時、権威のあった「東京音楽祭」に入賞するなど学生グループでは群をぬいた人達でした。3人編成のグループですが、僕が彼等を好きになったのはエレキに走る若い人が多い中で、徹底してアコースティックにこだわるとても繊細な響きを持っていたグループだったからです。
 何枚かのレコードをリリースしどれもオリコンのベスト10に入る作品を彼等は作ったのですが、大学を卒業するとグループを解散し彼等はそれぞれ自分の道を進んだのです。レコード関係者の多大な賛辞をうけながらもプロの道を進むことなく、最初にきめた通り、惜しげもなく自分の道に向かう彼等のいさぎよさも僕は好きでした。

 それから30年以上、彼等と会っていません。唯、15年前にそのグループで作曲を担当していた平川君(そのときは土木建築の設計をしていました)が脳腫瘍のために亡くなったときにお葬式で会っただけで、昨日までお互いに多忙にまぎれて音信が途絶えていました。 ところが、メンバーのひとりでボーカルを担当していた百塚君がこの「週刊飛行機ダイスキ」のブログを見て、編集者の竜子さんに連絡をとり、僕の家に訪ねてきてくれました。それはブログが取り持つ30年来の再会でした。

 実は僕も彼等に会いたくて半年ほど前に彼等が作った「高度一万メートル」という曲を、このブログのテーマソングとして使ってもらい、アップルハウスのメンバーの誰かが聴いてくれたら、このブログに連絡があるだろう、と編集者の竜子さんにお願いしてオンエアーしてもらっていたのですが、やっと念願がかなって、このブログを見て百塚君が連絡をくれたというわけです。唯、百塚君との再会は嬉しかったのですが、彼は同時につらい知らせも持ってきました。一年半ほど前に、メンバーで作詞をしていた渡辺君が脳溢血で倒れ、現在、病院でリハビリをしているというのです。渡辺君はちょっとシニカルでしたが、その裏に溢れるような人間愛を持った人で、病気になる前はコピーライターとして活躍していたそうです。作曲の平川君と作詞の渡辺君が今、音楽作品を作っていたらきっとヒットメーカーになっていただろうと思います。そのくらいセンスある人達です。一日も早く病魔に勝って復帰してもらいたいと祈っています。渡辺君の復帰を願って、竜子さんにお願いして再度、「高度一万メートル」をフル画面で流してもらうことにしました。彼等の暖かい歌を聴いてあげて下さい。

 百塚君は六本木で創立50年という老舗のやきとり店をお父様から受け継いで二代目のオーナーとして頑張っています。土地柄、有名人も沢山来るお店ですが、百塚君のポリシーとして廉価でリーゾナブルなプライスで”日本一の味” のやきとりをサーブしているのだそうです。皆様もぜひ、六本木に行くことがあったら、百塚君の「アコースティックなこだわりある、やきとり」をぜひ味わって下さい。お店は「味の店 八ちゃん」。六本木の交差点を溜池に向かってくだった左側で通りに面しています。電話番号は03- 3583-6459。飛行機のブログで見たよ、と言って頂ければ彼は喜んでサービスしてくれると思いますよ。

 話は変わりますが、桃田素晶さんをご存じですか? このブログでYSコックピット・ドキュメンタリー「雨中航路」を書いている人です。僕の録音した音をベースに書かれたドキュメンタリーですが、唯、音を聴くだけよりはるかに現実感があって面白く、僕も毎週楽しみにしているコンテンツです。そんな仕事を一緒にしている彼と、実は僕は会ったことがないのです。メールでは長い歳月やりとりして、旧知の間柄のように感じていますが、まだ、一度も本人とは会ったことがない。インターネットというものは不思議な人間関係を作るものなのですね。その桃田素晶さんが在住している大阪から所用で東京に行くので5月27日にお会いしたいというメールを頂きました。桃田さんといい、百塚君といい、僕にとって楽しい出逢いがつづく5月です。
 とりとめのない私事でおつきあい願ったこと感謝します。

武田一男

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  1. こんにちは。
    ブログによる世界の広がりって素晴らしいですね。
    私もこの「飛行機ダイスキ」のお陰で素晴らしい皆様と
    知り合うことが出来ました。”ネット”というと一線を引いて考えられがちですが、実社会と同じように出会いや、つながりがしっかりと存在する社会なのですね。
    うれしいものです。

    • Siera
    • 2010年 5月10日 2:31pm

    いいですねー。
    こういう温かい繋がりができるって、とても素晴らしい。
    武田さんの思いやりのある気持ちが伝わってきます。
    ネットの弊害を伝えるニュースばかり耳に入ってくると、暗い気持ちになってしまいますが、イヤイヤ捨てたもんじゃない。こういうつながりができること、素晴らしいと思います。
    竜子さんも、とりあげてくれてありがとう。
    今後も楽しみにしています。

    • 竜子
    • 2010年 5月10日 5:55pm

    ■Airmanさん
    年齢や職業、住んでいる地域…、いろんな要因で実社会だと接点のない人たちばかりですね。
    飛行機が好き、ということ自体ももしかしたら強い引き合わせがあるのかもしれませんね。
    ■Sieraさん
    コメントどうもありがとうございます。
    マスコミは、ネットの弊害ばかり伝えてずるいですよね! こういうミニコミ化は、本当はいいことがとても多いと思います。

    • panther. Tosi
    • 2014年 6月30日 2:47pm

    高校の頃、オールナイト日本で、聴いて大好きになった、高度一万m。数十年ぶりに聴く事が出来ました。ありがとう。航空大学を滑って、今は、空を見るのが好きな地を這うおじさんです。

      • 竜子
      • 2014年 7月4日 10:20am

      panther. Tosiさん

      はじめまして。
      コメントをくださり、どうもありがとうございます。
      オールナイトニッポンで流れていたんですね。
      そういったお話を伺えて、叙情感がいっそう増しました。

      私も空を見るのが好きです。

  2. 武田さん初めまして
    平川とは高校大学でずっと一緒でした
    私柔道部でロックバンドでドラムを叩いていました

    厳しい部活で 私も柔道一直線でしたから 時代も時代で 平川も凄い音楽好きとは思っていなかったのでしょう

    大学も土木科で一緒で デビューした話を聞き高度1万メートルのレコードは貰いました

    当時私は演奏好きで 歌謡などには興味なく オリコンも知りませんでした
    あいつ結構やっていたんですね! ビックリ

    私は30位までは仕事 ボディビル スキーのかたわらドラムを叩いていましたが 結婚を機にやめ たまにギターを弾いて歌う生活になりました

    ところがある事を機会にまた音楽がやりたくなり 1人でできるあまり興味のなかった歌作りを始めました

    そのうちふと平川を思い出し レコードを聞いて あの時「ボージャンゴのパクリじゃねーか?」平川が「大丈夫なんだよ」と言っていたのを思い出していました

    最近Facebookの作曲 歌何とかに 平川の曲を載せようと探したら これを発見
    つい書いてしまいました

    Websiteと書いてあったので YouTubeの自分の1曲を貼り付けました
    御容赦!

    あいつも こうやって人から思われて幸せですね!
    失礼しました

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