Good Speed Always 1【武田一男さんからの寄稿】

「ラマダン・フライト」

エールフランスのエアバスがスペイン上空からジブラルタル海峡を越えると風景が一変しました。眼下はそれまで続いていたイベリア半島の田園地帯が突如として荒涼とした肌色の砂漠の山野に変わり、それは右手に広がる濃紺の南太平洋まで延々と続いています。空と海と褐色の大地が織りなす壮大な北アフリカの風景、がそこにありました。

こんなパノラマを享受できるのは、パリ・オルリー空港を離陸し、アフリカ、モロッコのカサブランカ空港まで飛ぶこのエアバスのコックピットを録音するために操縦室に乗せてもらった役得だと思いました。

エアバスは北アフリカに入ると、海と砂、紺色と褐色を二分するモロッコの海岸線にそってケニトラ、ラバトの街を飛び越えカサブランカに近づくにつれて次第に高度を下げてゆきます。5000フィートぐらいから白いもやが出始めました。太平洋から吹く海風が砂漠の熱気に暖められ水蒸気となってもやが発生するのです。3000フィートを過ぎると完全に視界が閉ざされて、まるで雲中飛行をしている有様でした。飛行高度や方位は目の前にある計器を見れば分かりましたが、イベリア半島最南端のマラガまで英語で交信していたコックピットクルーも元フランス領のモロッコに引き継がれると管制交信をフランス語に変えたので、このとき僕は着陸方法やランウエイの状況などの情報がまったく理解できずにいました。ただわずか分かるのは、エールフランス機の前を飛んでカサブランカに着陸しようとしているサウジアラビア機318便が管制と交わすアラビアなまりの英語交信を傍受して、このエアバスもサウジアラビア機同様に滑走路17レフトにビジュアルアプローチをするのだろうということぐらいでした。もやの中からルフトハンザ381便に滑走路35ライトへ向かえという管制の英語の指示が聞こえました。

九月の強い日差しが容赦なく降り注ぎ、白いもやのあちこちで水滴が光り、まるで空中にダイヤモンドの粒を蒔いたようにキラキラ輝いています。2000フィートを過ぎるとギヤダウン、1500フィートで機長は自動操縦を手動に変えました。そのとき、フランス語でクリア ツウ ランドと思える管制指示とサウジアラビア318便が着陸してスポットへ向かう英語の交信が聞こえました。だが、その交信は途中からアラビア語にかわり怒鳴り合うように喋っています。一瞬、アラビア語の中に英語がまじり、すぐアラビア語に戻って交信が続きました。高度が600フィートを過ぎると突然、白いもやが消えて砂漠の太陽にぎらぎら照らされたランウエイが二本見えました。左のランウエイの末端に飛行機が斜めになって停まり、右のランウエイからは着陸体制に入ったエールフランス機に向かってまっすぐに一機のシェット旅客機が離陸するのが目に入りました。

そのときの機長の動作は素早かった。僕が呆然としている間にフルパワーに上げた出力で45度に迫る角度の右急旋回をすでに始めていました。その傾きで僕の左側を飛び抜けたであろう旅客機(ルフトハンザ 381便)の姿は見ることができなかったのですが、僕の右側、副操縦士の横の窓を見て僕の全身が凍り付いたのです。

窓いっぱいに見えたのは羊の群れでした。その群れが窓の中で左右に分かれて走り出したのです。このときの高度はわずか150メートル。僕は右側の主翼が羊がわかれたその真ん中の地面を切り裂くのだろう、と瞬間、観念しました。脚を出したまま高度150メートル上空で急旋回する大型旅客機の姿。下から見ていた羊飼いたちもきっと度肝をぬかれたでしょうね。だが、僕の予測とは違ってエアバスは徐々に高度を上げ始めました。そのとき耳をろうするエンジンの音の中にトランペットの美しい音色が聞こえたのです。僕の耳は無意識のうちに騒音を選り分けて必死に音楽を探していました。そして次第に硬直していた背中の筋肉がゆるむのがわかりました。あとで聴いた話ですが、このときフライトエンジニアが客室で流れている音楽を操縦室に流したのだそうです。「あのとき、俺たちに必要だったのはリラックスして自分を取り戻すことだった」。後にその音楽が「マホガニーのテーマ」という曲だったことが分かったのですがこの曲はその後ネスカフェのCMで使われて有名になり、僕はそのCMを見るたびに「左右に分かれて走る羊の姿」を思い起こしてぞっとしたものです。

エアバスはそのあと2000フィートまで上昇し右旋回しランウエイ17ライトに無事着陸しましたが、地上走行中に今度はモロッコ軍のハーキュリーズと誘導路で正面衝突しそうになり、ハーキュリーズが待避路に入って事なく終わるというシーンもありました。

カサブランカ空港のレストランで機長が話してくれたところによると、「ランウエイ17レフトに着陸したサウジアラビア318便が何故か誘導路の入り口で止まってしまったので管制官がエールフランス機に17ライトへの着陸を変更するように指示してきた。そして滑走路の反対側35ライトに誘導していたルフトハンザ381便に離陸許可を与えたのだ。多分そのとき我々の着陸を17ライトに変更したことを管制官は一瞬忘れたのだろう、そして318便と381便という便名も紛らわしかったであろうし、ランウエイが微風だったこともあり、本来なら17ライトで離陸させるルフトハンザ機を北向きに離陸させサービスをしたつもりだったのだろう」と。「しかし本当の原因は今日がラマダンの月だったからだ」と言い切りました。「ラマダンの月」。聡明な竜子さんはご存じとおもいますが、蛇足ながら説明しますと、ラマダンの月はイスラム教ビジュラ暦の第九の月でイスラム教徒はその一ヶ月間、毎日、日の出から日没まで飲食を断つのです。「カサブランカ空港の管制官もサウジアラビア機のクルーもハーキュリーズに乗っていたモロッコ兵もすべて断食をして眠かったのだろう}と機長は言ってこう付け加えました。「ラマダンの月は彼らは夜遅くまで昼間とれなかった飲食をして過ごす。だから、我々、ヨーロッパのクルーはこの時期にアラブ圏に飛ぶフライトを”ラマダン・フライト”と呼び、決して油断しない。管制官の指示さえ頭ごなしには信用しないように心がけている」

僕は東京に戻ってこの話をまだ当時健在だった母にしました。「あなたは私に似て運が強いのですね」とほっとしたように笑い「私も飛行機で九死に一生を得たことがありますよ」と母は自分の体験を語り始めました。

つづく

武田一男

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    • まったり
    • 2008年 7月13日 11:17pm

    武田様
    いつも興味深いお話頂きありがとうございます。
    うーん、ラマダンの時期は航空管制も危険が伴うんですね・・・
    あのラマダンの厳しさは唾すら飲んではいけないという
    話を聞いたこともありますから無理もないと思います。
    私が唯一乗ったJDのA300B4は機歴を調べたら元エールフランスに
    居た、F-BVGS機でしたので案外関係があるかも知れませんね。
    FEの方が機転を利かせて機内の音楽を流すところも流石だなと
    思ったもんです。落ち着いたベテランのFEだからこそ
    出来る事なんだと思ったものです。
    羊の群れが近くに見えるというほどですから操縦室の緊迫感が
    文面から伝わって来ました。

    • 武田一男
    • 2008年 7月14日 1:04pm

    まったりさんへ
    A300-B4です。でも、すごいな。先日のB2といい今日のB4といい、まったりさんの知識に脱帽。
    FEは40代で知的なフランス人でした。勤務以外は美術大学に通って絵をかいているそうです。ルフトハンザの取材で会ったFEは顔中髭だらけでその中に澄んだ瞳が印象的でしたが、彼は勤務以外は大学で講師をして宇宙物理学を教えているとか。
    ヨーロッパのエアラインにはFEの専門のひとが多かったですね。いわゆるセカンドオフィサーではなくて。
    それからまったりさんに教えて欲しいことがあります。僕は日本エアシステムという航空会社がとても好きだったのですが、何故、JALと合併しそして消滅したのでしょうか?
    僕の知人にも日本エアシステムがなくなったことを悲しく思っているひとがたくさんいます。ぜひ、まったりさんのご意見を聞かせて下さい。  武田一男

    • まったり
    • 2008年 7月14日 5:32pm

    武田様
    いえいえ、時代がいつ頃かわからなかったんですが
    オルリーから離陸したと書いてたので多分A300B4を使ってたと
    思っただけで、知識も雑誌で得た程度ですから恥ずかしい限り
    であります。
    海外のFEは飛行機に乗るばかりでなく、絵を描いたり
    大学講師をやってらっしゃる方も居るんですね。日本では
    あまりないでしょうから、羨ましいですよね。FEだけの
    専門職も海外では普通に多いのも納得です。
    うーん、難しい質問ですね。実言うと私も間接的なんですが
    その両社の某社に勤務してた事もありました。見た感じ
    両社の整備士同士も考え方が違うのか仲が良いという話は
    聞いた事ないですし、キャビンクルーでもJALのクルーと
    JASのクルー同士で飛ぶ事も772程度しかなかったよう
    ですし・・。ANAに対抗するつもりだったんでしょうけど
    JASの良いサービスマインドを生かすことなく消えた様に
    思えます。まあ合併して上手く行った例もあまりないし
    エールフランスとKLMみたいにお互いのブランドを生かす形で
    実行するのがいいのかも知れないと私は思えます。
    近々ユナイテッドとコンチネンタルの合併話が出ていますが
    どうなるか気になりますね。

    • 竜子
    • 2008年 7月15日 1:50am

    うーん。ほんと。まったりさんて知識が豊富ですね。
    なんていうか、むっつりと飛行機に愛情を注いできた貫禄を感じます(褒め言葉です)。
    武田さんの質問、難しいですね…。なんでだろう? いいといわれるものほどなくなっちゃうし、いいと思われるからこそ残念。ん〜、難しい。考えちゃいますね…。

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