航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第3回 ハーレクイン機の出発

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ランプアウト

 管制承認を受領するとコックピットの雰囲気はがらりと変った。
 緊張感が生まれてクルーの無駄口がなくなる。彼らが体内に持っているパイロットとしてのアドレナリンが表面に現われて操縦室に充満するからだろうか。
「オーケー。オール ドア クローズド」とネイヤーが飛行機のすべてのドアが閉じられていることを確認すると、
リクエスト プッシュ バック」(プッシュバックの許可を管制官へリクエストしてください)と三宅機長はすぐプッシュバックの許可をえる交信をダウニングに命じた。
 プッシュバックとは、乗客の搭乗が終わり、出発に際してすべての用意が完了しているエンジン始動前の飛行機を、機首に接続した車両(トーイング・カー)で搭乗口から地上走行が始まるタクシーウエイに押出すことで、このときが飛行機の「出発時刻」となる。
 ダウニングがマイクのスイッチをオンにして関西空港の地上での航空機を管理するグランド・コントロール(関西地上管制)にプッシュバックの許可を得る交信を開始した。

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★「最後の飛行」挿入04

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カンサイ グランド。ハーレクイン8673 イズ レディ フォア プッシュバック、エンジンスタート フロム スポットナンバー ワン
(関西グランドコントロールへ。こちらハーレクイン8673便です。プッシュバックとエンジン始動の準備完了。現在、スポット1にいます)
ハーレクイン8673。プッシュバック アプルーブ ランウエイ24
(ハーレクイン8673便へ。プッシュバックを許可します。使用滑走路は24です)
 その交信を確認して、三宅機長はインターホンで自社の地上整備員を呼んだ。飛行機の真下に待機している整備員とコックピットは有線のインターホンで結ばれている。
グランド。コックピット。クリアー プッシュバック ランウエイ24
(コックピットから地上整備へ。滑走路24へプッシュバックの許可が出ました)
コックピット。グランド。リリース パーキングブレーキ」(了解。パーキングブレーキをはずして下さい)と地上整備がコックピットに呼び掛けパーキングブレーキが外された。
「リリース パーキングブレーキ OK 30」と機長が時間を確認する。午後六時三十分。いよいよ出発(ランプアウト)である。
 スピーカーからサンフランシスコへ向かうユナイテッド航空のB747ー400が一足先にタクシーに移る様子が聞こえている
ユナイテッド810 タクシー タンゴ・ワン パパ・スリー
(ユナイテッド810便へ。T1(タンゴ・ワン)、P3(パパ・スリー)を通って地上走行してください)

ハーレクイン最後の国際線フライト

 コックピットに宮島チーフパーサーが入ってきて、三宅機長にボーディングが完了した客室の最終報告をする。今日の乗客はプレミアムクラスが36名と幼児1名。エコノミークラスが170名と幼児3名で合計210名である。
 地上では機首に接続されたトーイング・カーがDC-10の大きな機体を押して、ハーレクイン8673便はゆっくりとスポットを離れた。
 今まで飛行機と搭乗口をつないでいたブリッジが収容され、その向こうに空港ビルの明かりが影になって遠退いてゆく。
「09・30ですね(標準時間の9時30分の意味。日本時間で午後六時三十分)」とメイヤーが時計を見て出発時刻を再確認した。
 その声も耳に入らぬ様子で、三宅機長はゲートと夜の空港ビルに視線を投げていた。
 もう、二度とハーレクインのDC-10でこの空港を出発することもないだろうという想いが彼の胸に満ちる。一瞬、三宅機長の横顔に深い淋しみが過った。
 もし三宅機長が日本エアシステムで定年を迎えていたとしたら、ラストフライトはもっと別の、個人的な感傷であったのかもしれない。しかし今の彼の胸中には個人としてのパイロットの感傷よりも、ハーレクインエアの運航責任者としての感慨が先にたっていた。
 日本エアシステムの国際線業務は1985年に始まった。だが順調に伸びていた業績も不況の波でブレーキがかかり、ハワイ、シンガポール定期便運航の休止を余儀なくされてしまう。以来、日本エアシステムは中国や韓国の定期路線以外の国際線展開をチャーター便運航に切り替えて、1997年1月。チャーターフライトを軸にしたハーレクインエアーを設立した。

 三宅機長は新会社に運航責任者(取締役)として入社し常に先陣を切った。
 チャーター便専用のエアラインとして世界の空を飛ぶ苦労は並大抵ではない。不定期な国際チャーターフライトは、定期便では考えられない数々の諸問題に遭遇する。
 とくにハーレクインエアの場合、ヨーロッパやオーストラリア、カナダなど日本エアシステムの国際線が路線を持っていなかった場所へのフライトには、飛行計画を作成するデーターなども路線を持つ他社から借りなければならない状態であった。
 しかも国際線の場合は飛行データー以外にも例えば、外国の上空を通過するだけでも事前に許可が必要になるし、前もって通過料金も支払わなければならない。
(一説では、日本からヨーロッパへシベリア上空を通過する場合のロシアへ支払う上空通過料金は、定期便週一便で一年間52週で約100万USドルといわれるほど高価である) それらの外国との折衝も骨の折れる仕事であった。かってKLMオランダ航空のチャーター便がシベリア上空にさしかかったとき、ロシア上空通過の認可が不備だったために、乗客を乗せたまま成田空港へ引き返した例もあるという。

 ハーレクインエアも1998年6月にワールドカップフランス大会へ乗客を運ぶために、初めてシベリア経由でヨーロッパにチャーター便を飛行させたとき、フインランド上空に差しかかると、突然、フィンランドから上空通過を拒否されたことがあった。
 飛行認可の確認が取れるまで、やむなくロシアのサンクトペテルブルク上空で待機させられて許可確認を待つという定期便路線を持つ航空会社では考えられないことも起きた。
 三宅機長にとって今日のフライトは、愛情を注ぎ、手塩にかけて創りあげたハーレクインエア国際線運航業務への悲しい別れであると共に、充分に育てた確信があっても未来に向かって旅立つ我が子を手放す親の不安と惜念にも似た気持もあり、それらが複雑に重なり合った心境だったろう。
「09・30ですね」出発時間の確認を繰り返すネイヤー航空機関士の声に、三宅機長はふと我れに帰った。
「え!?・・ああ・・」そして感傷的になっている自分に苦笑しながら、
「OK。アロハ!」と明い表情に戻り、クルーにエンジン始動前の計器点検(ビフォア スタート チェックリスト)を命じるのだった。
 関西グランド・コントロールから、全航空機へ空港の気圧が30・01メガヘルツに変わったことが知らされる。すぐ高度計の気圧目盛を30・01に合わせて三宅機長がコールした。

エンジン始動

ビフォアー スタート チェックリスト」(エンジン始動前の計器点検を始めます)
 点検が始まると機体についている赤いビーコンライト(衝突防止燈)が点滅を始めた。

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★「最後の飛行」挿入05

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★「最後の飛行」挿入06

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ビフォースタートチェックリスト
 エンジン始動前の計器点検が終わる頃、トーイング・カーに押されて飛行機は誘導路入り口に近づいていた。
 次はいよいよエンジン始動である。機長は地上整備にエンジン始動をインターホンで告げた。
グランド。コックピット。エンジンスタート 3、2、1
(地上整備へ。こちらコックピットです。エンジンを始動します。NO.3、NO.2、NO.1エンジンの順でまわします)
 DC-10は主翼に二つ、尾翼に一つのエンジンを持つ三発機である。機首正面から見て右がNO.3、左がNO.1、尾翼についたエンジンをNO.2と呼ぶ。
 三宅機長は凛とした声で第三エンジンのスタートを指示した。
NO.3 スタート」機長がスタータースイッチを入れる。
バルブ オープン」スターターバルブが開いて補助エンジン(APU)で圧縮された高圧空気が流入してエンジンローター(回転軸)が低い唸りを発して回り始める。ダウニングが確認してコールアウトする。
 スピーカーからユナイテッド810便へ管制官が離陸順位が三番目で、日本エアシステムMD-90の後を滑走路に向かうように指示する交信が流れている。
N2」エンジンのN2ローター(回転軸)比率ゲージの上昇を確認して機長がコールした。
フュエル オン・・・。フュエルフロー(燃料流入)」
 続いて機長は燃料レバーをONにしてエンジンに燃料を注入するとエンジンが轟音を立てて回り始めた。
ライド アップ 660」始動と共にエンジン排気ガス温度(EGT)が上がり、燃料流入量が660lb/hを指示していることを確認して機長とダウニングが報告する。
N1」N1ローター(回転軸)が上昇して機長がコールする。そしてN2の比率がエンジンのローター最大回転数の45%に達して再び機長がコールした。
45(%)
バルブ クローズド」ダウニングがスターターバルブを閉じた。
 クルーは計器を確認しながら、次々にエンジンを始動させる。
 力強いエンジン音が響き、飛行機全体に生命が宿ったように躍動感がみなぎった。
 スピーカーからはグランド・コントロールが地上走行を始めたユナイテッド航空810便に、続いてエアシステム525便へプッシュバックの指示。そして再びユナイテッド810便にディパーチャーコントロール(出発管制)118.2へ周波数を変える移管交信が聞こえている。
 ハーレクイン機は三つのエンジン始動を完了させるとトーイング・カーに押されたままで誘導路入り口についた。
グランド。コックピット。エンジンスタート コンプリーテッド」(地上整備へ。エンジン始動は完了しました)
ラジャー スタンバイ・・。コックピット。グランド。セット パーキングブレーキ
 三宅機長が地上整備にエンジン始動が完了したことを伝え、整備員の要請で再びパーキング・ブレーキをセットし、スタビライザー(水平安定板)を離陸に合わせて4.6の位置にする指示をした。

つづく

武田一男

航空ドキュメンタリー「最後の飛行」
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「最後の飛行」収録している音声、音源は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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    • 竜子
    • 2010年 6月25日 1:40pm

    ■竜子

    エンジン始動部分で、音声をひとつ追加いたしました。公開後になり申し訳ありません。

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