航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第5回 最後のテイクオフ

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関西国際空港タワー管制

 年間離発着回数が15万回近い日本の玄関、関西国際空港の夜はラッシュ時間を迎え、離着陸機で混雑していた。しかし、関西空港のランウェイは一本しかない。離陸と着陸は同じ滑走路で行われる。その滑走路へ離着陸する航空機をタワー管制の女性管制官がひとりでコントロールしている。

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★「最後の飛行」挿入09

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ジャパンエアー792 イクスペクト ランディング クリアランス オン ショートファイナル。ウィ ハブ ディパーチャー MD-80
(日本航空702便へ。ショートファイナルで着陸許可をする予定です。滑走路には出発するMD-80機がいます)
ジャパンエア702 カンサイタワー イクスペクト ランディング クリアランス オン ショートファイナル
 管制官が再び、香港から18時55分に着陸予定の日本航空機にクリアランスの交信をした。進入機にたいして一本しかない滑走路の使用状況を送り、その確認も管制官にとっては必要なのであった。
ラジャー 702」と答える日本航空の交信を聞きながら、三宅機長は滑走路上空を見上げた。暮れゆく空の中で旋回しながら進入する航空機の着陸灯が弧を描いて見える。そんな夜の空港の風景は過去、何度も見慣れたパイロットの風景のひとつであった。が、今夜は少し違っていた。パイロットの見る風景というより、ひとりの人間としての感傷的な、視線で色彩感に満ちた空港の風景をしみじみと見ている自分に気が付いて思わず、機長は苦笑していた。
エアシステム525 タキシー イン トゥ ポジション アンド ホールド ランウェイ24」(日本エアシステム525便へ。滑走路24の離陸位置へタキシングして待機して下さい)
ジャパンエア702 ターニングベース」(日本航空702便です。現在ターニングベースです)
 最終着陸体制の日本航空機が管制官に現在位置を知らせた。
 ハーレクイン機も滑走路24に向かっている。
 ハーレクイン機の後には日本航空のハワイ行き臨時便1092便が並び、前方には日本エアシステム525便が滑走路上に、上空から日本航空702便が最終の進入体制に入り、沖縄発の関西空港行き全日空496便が今、滑走路24に着陸した。
 管制官は到着したばかりの全日空ボーイング767に着陸後の指示をする。
オールニッポン496 ターン ライト ロメオ4 コンタクト グランド121.6」(全日空496便へ。滑走路から右へ曲がり、誘導路のR4に進んで下さい。以後はグランドコントロール121.6に交信して下さい)
  ハーレクイン機も滑走路に近づいた。ダウニング副操縦士役がマイクを取って管制官を呼んだ。
カンサイタワー。ハーレクイン8673 イズ レディ フォー ディパチャー
(関西空港タワー管制へ。こちらハーレクイン8673便です。離陸用意完了しています)「ハーレクイン8673。カンサイタワー ホールド ショート オブ ランウェイ
(ハーレクイン8673便へ。関西タワーです。滑走路末端で待機して下さい)
 そして管制官は福岡に向かう日本エアシステムMD-80機に離陸の許可を出した。
エアシステム525。ウィンド 330 アット 16 クリアー フォー テイクオフ ランウェイ24
(日本エアシステム525便へ滑走路24から離陸を許可します。風(滑走路上の)は330度から16ノットです)
エアシステム525。クリア フォー テイクオフ
(日本エアシステム525便、離陸します)
 続いて管制官は最終進入をしている香港からの日本航空702便に着陸の許可を与えた。
ジャパンエア702 クリア トゥ ランド ランウェイ24 ウィンド 320 アット 13」(日本航空702便へ。滑走路24への着陸を許可します。現在、風は(滑走路上の)320度から13ノットです)
 滑走路24の上に離着陸する飛行機が管制官の手によってあざやかにコントロールされてゆく。次に管制官は轟音を残して大阪湾の夜空に向かって離陸した日本エアシステム525便へ移管の指示をする。
エアシステム525。コンタクト カンサイディパーチャー119.2
(日本エアシステム525便へ。以後は関西ディパーチャー管制119.2メガヘルツへ連絡して下さい)
 MD-80が飛び去った滑走路24にすぐ、日本航空702便香港発のDC-10が着陸してきた。ハーレクイン機のすぐ前を通過して着陸する日本航空702便を見ながら、
「DC-10だな」と三宅機長が呟いた。
 日本航空のDC-10は、ー40タイプでハーレクイン機とは少しタイプが違うが、ハーレクインのDC-10が日本の空を去ったあとは、DC-10は日本航空の使用機のみになってしまう。三宅機長としてみれば感慨深いものがあったのだろう。
ハーレクイン8673。タクシー イン トゥ ポジション アンド ホールド ランウェイ24」(ハーレクイン8673便へ。滑走路24の末端に入って下さい)
 管制官がハーレクイン機を滑走路に入る許可を与えた。
 いよいよ三宅機長の現役最後の離陸が始まる。

ハーレクイン8673便の出発方式(SID)と離陸データ

 前にも簡単に触れたがハーレクイン8673便が離陸するにあたっての、出発方式(SID)と離陸データをここて詳しく確認しておこう。

1 出発方式(SID、スタンダード インストゥルメント ディパーチャー)

 大阪湾に浮かぶ海上空港である関西空港は滑走路は一本しかない。今日の離陸は使用滑走路は24である。すなはち南南西へ機首を240度に向けて離陸する。
 離陸すると飛行機はトモ第二出発方式(TOMO TWO DEP)を指定されている。トモ第二出発方式で滑走路24を使用する場合は、次のような飛行コースとなる。

TOMO TWO DEP
 PWY24・・CLIMB VIA KNE Rー243 TO 13・5DME。
        TURN LEFT TO TME。
        CROSS TME AT OR ABOVE 4000ft。
 これは関西空港の滑走路24を離陸し、右旋回(といってもほぼストレート)してラジアル243度で13・5マイル飛び、TME(トモDME/VOR)に至る。トモVOR/DMEとは和歌山と淡路島の間にある紀淡海峡の友ケ島にあるVOR/DMEである。 但し高度制限(離陸騒音規制の為)があって、CROSS TME。すなはちトモDME/VORの上を通過するときは、AT OR ABOVE 4000ft。4000フィート、もしくはそれ以上の高度を取らなければならない。
 だが、例えばニューヨークやサンフランシスコ、ヨーロッパなどへダイレクトに飛行するB-747やDC-10などの長距離飛行の場合は、離陸重量が重いときや風の状態によっては離陸して13・5マイルの距離では4000フィートの高度がとれないこともある。その場合は、迂回して距離をかせぎTMEへ飛行する、キタン ワン デパーチャー(KITAN ONE DEP)というSIDも定められている。

(KITAN ONE DEP)
RWY24…TURN LIGHT CLIMB VIA KNE R-263
     TO KITAN、TURN LEFT AND PROCEED
     VIA TME R-354 TO TME
     CLOSS TME AT OR ABOVE 4000ft

 キタン ワン デパーチャーは滑走路24を離陸して右旋回し、ラジアル263度でキタンポイント(大阪湾上のポイント)まで迂回して飛び、高度をあげながら左旋回してラジアル354度(機首方向174度)でトモVOR/DME(TME)を高度4000フィート以上で通過する。

 今日のハーレクイン機のフライトはトモVOR/DMEから先は、串本を経由して(クシモト・トランジション)で太平洋へ飛行するSIDである。

(KUSHIMOTO TRANSISON)
     AFTER TME、PROCEED VIA TME R-174 TO GBE、
     THEN VIA GVE R-136 TO KEC、
     CLOSS GVE AT OR ABOVE 6000ft

 トモVOR/DME(TME)を過ぎると機首方向174度で紀伊半島の御坊にあるVOR/DME(GVE)まで23マイルを飛び、高度6000フィートで御坊を通過。左旋回して44マイル先の紀伊半島の南端、串本にあるVOR/DME(KEC)まで機首方向136度で飛行し、串本から太平洋に出るコースを飛ぶ。
 以上、トモ2ディパーチャー クシモトトランジションが今日のハーレクイン8673便の飛行コースなのである。

▼ハーレクイン8673便の飛行ルート
ハーレクイン8673便の飛行ルート

▼チャート図
チャート図

2 離陸データ

 ハーレクイン8673便の離陸に関するデータ、テイクオフ・データは次の通りである。

テイクオフデータ

T.O.WT……………離陸時の総重量(テイクオフ・ウエイト)は462000ポンド。
T.O.MAX…………109.7% マックステイクオフパワーは109.7%
T.O.FLX……………Ⅲ101.8% 性能上、可能であればフレキシブルパワーを使う。
        今日はフレキシブルパワー(FLX)の選択がⅢということ。
CLM CL…………99.1%  クライムパワーは99.1パーセントの出力。
FLAP………………15度 離陸時のフラップ角度
STAB………………4.6 離陸時のスタビライザーの位置
SAFTY PICH…14度 安全上昇角度
V1…………………146ノット(時速)離陸決心スピード
VR…………………154ノット(時速)ローテーションスピード
V2…………………163ノット(時速)離陸安全スピード。
        離陸して35フィート上昇した時のスピード
FLAP RET………178ノット(時速)フラップを収納したフラップゼロスピード
SLAT RET………224ノット(時速)スラットゼロのスピード
0/RET MAN………258ノット(時速)フラップを上げ、
        スラットをリトラクトした最小速度。

ハーレクイン8673便は滑走路24へ

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★「最後の飛行」挿入10

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 ハーレクイン8673便はランウェイライトが星空のように輝く滑走路24に入った。
ビフォーテイクオフ チェック」離陸前の最終点検を三宅機長が指示する。
OK」とネイヤー航空機関士がチェックリストの項目を素早く読み上げた。

▼DC-10チェックリスト

DC-10チェックリスト

 夜の滑走路に着陸したばかりの日本航空DC-10のテールライトが見える。その飛行機へ管制官が呼び掛けている。
「ジャパンエア702 ターンライト トゥ ロミオ6 アンド コンタクト カンサイグランド 121.6 グッディ」
(日本航空702便へ。左にまがって誘導路R6へ向かって下さい。以後の交信は関西グランド管制121.6へ)
 コックピットから空を見ると、僅か濃い青が残っていた空も今は闇色に染まり、その闇の中に黄色と赤のランウェイライトが数千メートルに渡り帯びのように連なっている。一瞬の静寂。
 三宅機長は高まる緊張感の中で、DC-10で最後の離陸となるであろう夜の滑走路を注視した。

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★「最後の飛行」挿入11

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ハーレクイン8673。ウィンド 330 アット 14 クリア フォー テイクオフ ランウェイ24
(ハーレクイン8673便へ。風は330度から14ノット。滑走路24から離陸を許可します)
 管制官の声が闇に浮かぶ管制塔からコックピットに届く。
クリアー フォー テイクオフ ランウェイ24 ハーレクイン8673
(ハーレクイン8673便です。滑走路24から離陸します)
 ダウニングも多分、日本で最後になるであろう離陸クリアランスの復誦の交信をマイクに乗せる。ネイヤーも最後の点検を力強くコールして気持を集中させた。
オーケー。テイクオフ」三宅機長がスロットルを45%N1まで進めて、
45」とエンジンが安定しているのを確かめるとブレーキを外す。そしてスロットルをテイクオフの位置まで押し上げる。
 DC-10の三つのエンジンが力強く轟音をあげ、機体がランウェイをすべるように加速し始めた。
 滑走路のライトが流れる赤い線となって足下に消えて行く。
 エアースピード計の指針が上がる。
 ノーズが切る風の音。
 高まるエンジン音。身体に加わる加重。
 ダウニングの声が響いた。「80ノット クランプ!
チェック」と機長。ラダーペダルを踏んでセンターラインを維持する。
V1
VR」ダウニングがエアースピードを読み上げる。154ノット通過。
 三宅機長は操縦桿を引いた。機体が風を捕まえて浮き上がると路面を拾うタイヤのノイズが消えて風の音が強まる。
V2」163ノット通過。
ギヤ アップ!」機長の凛とした声が響いた。ダウニングがギヤレバーをあげるとゴロゴロとくぐもった音がして車輪が機体に収納される。空気の抵抗が少なくなったDC-10は速度を増した。眼下は暗い夜の大阪湾が広がっている。
プッシュ IAS」機長はFGSのインジケータースピードをセットした。DC-10は闇の中を紀淡海峡に向かって上昇を続ける。
ハーレクイン8673。コンタクト カンサイディパーチャー119.2。グッデイ
(ハーレクイン8673へ。以後、交信は関西ディパーチャー・コントロール119.2メガヘルツへコンタクトして下さい。さようなら)
 女性管制官が最後の交信をした。
 離陸すると管制エリアがタワーコントロールからレーダー誘導をする関西ディパーチャーコントロールに引き継がれる。
ハーレクイン8673。ディパーチャー119.2。グッディ
(ハーレクイン8673です。ディパーチャー管制周波数119.2。了解。さようなら) 関西空港の管制レーダー室のモニターにレーダー認識番号6013のハーレクインDC-10が紀淡海峡へ向かう機影が映っているのだろう。
クライムパワー(上昇出力)」と三宅機長が指示をする。最後のDC-10は夜の大阪湾を力強く上昇していった。

つづく

武田一男

航空ドキュメンタリー「最後の飛行」
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「最後の飛行」収録している音声、音源は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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