航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第8回 最後のキャプテンアナウンス

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「ハーレクイン8673。 コンタクト トウキョウ133.6」
(ハーレクイン8673便へ。以後は東京コントロール133.6へ連絡して下さい)
 ハーレクイン機が東京コントロール関東東セクターへ、ハンドオフされた。
 現在、午後7時20分。高度を一万メートルに上げて次のウエイポイント・サンスに向かっている。

三宅機長

 三宅機長は操縦をダウニングにまかせてキャプテンアナウンスの準備を始めた。
 現役最後のフライトで行われる機長のアナウンスは、一種の引退セレモニーのひとつである。人生には死を目前する臨終というものがある。自分の死がまじかであることを知ったとき、人間は死の恐怖、不安や生への、やるせない未練にさいなまれる。それら一つ一つを、一日一日、苦労しながら自分の中に納得させる孤独な日々の連続の果てに臨終がある。
 ラストフライトはパイロットの臨終である。三宅機長はこの一ヶ月、ひとり黙念として臨終に際したパイロットの気持ちを自分なりに整理。納得してきた。理屈では当然、理解しているが、自分の口から、引退することを公然と口にしなければならない最後の機長アナウンス、まさにパイロットの遺言ともいえる最後のアナウンスを前にして。いささか。心は乱れた。
 到着時刻は知っていますよね。と尋ねるネイヤー航空機関士の声が機長はぼんやりとした現実感の中で聞こえた。
「あ・・、わかんない」機長として目的地の到着時間を忘れる筈はなかった。でも、今はすぐには思い出せなかった。現実がまだ遠くにある。
「6時33分です」とネイヤーの声は優しかった。最後の機長アナウンスを前にして航空機関士が自分を気遣ってくれているのが三宅機長はひしひしと感じられた。
「ローカルタイムの・・ホノルルタイム?」ネイヤーがゆっくりと答えた。
「ローカルタイム、はい。スケジュールは55分」
 三宅機長がメモをとりながらふたたびアナウンスの原稿の作成を始めた。その間に、操縦を担当しているダウニング副操縦士役が東京コントロール関東東セクターを呼んだ。
 この関東東セクターは房総半島の東側の太平洋空域をレーダーで管制している。成田空港から太平洋へ向かう航空機は成田デパーチャー・コントロールから直接この管制へ引き継がれる。
「トウキョウ。ハーレクイン8673。ウィ アー フライトレベル330」
「ハーレクイン8673。ラジャー。リクエスト メイソン エスティメイト」
(ハーレクイン8673。了解。次の通過点メイソン(MASON)の予定到着時刻を知らせて下さい)
 レーダーで捕捉しているとはいうものの、洋上飛行ではトラフィックが混んでいるとき、管制官は航路上の航空機の間隔をコントロールする必要があるためにその飛行機が向っているウエイポイントの通過予定時間(ETA)を尋ねる。
「1109」標準時11時09分(日本時間8時09分)と、すかさずネイヤーが機関士の小さな机の上に広げている飛行プランに目を通し、ダウニングにメイソン到着予定時間を教えた。
「ハーレクイン8673。エスティメイテング・・メイソン イズ 1108」
 飛行プランで予測しているより、現在吹いている追い風のジェット気流は強く、それを考慮してダウニングが飛行プランより一分早い到着時間を報告した。
「あ・・。デイトラインは?」と今度は三宅機長がアナウンス原稿に必要な日付変更線(インターナショナル・ディトライン)の通過時間をネイヤーに尋ねた。
「1350」とネイヤーが再び飛行プランを見て標準時で答える。
 航路上で航空機関士は操縦こそしないが、ふたりのパイロットの仕事を補佐する秘書みたいな役どころもする。”何でも知っているとても便利なフライトエンジニア”。これが三人クルーの利点のひとつでもある。
「350ね。ホノルル時間で?」
「え? はい。350です」(はい。午前3時50分です)
 太平洋を隔てた日本とアメリカ西海岸の間にある東経180度線は日付変更線で、ここを越えると日付が変わる。その時間を今日のフライトでは標準時間で1350。ホノルル時間で朝の3時50分を予定していた。
 飛行プランのナビゲーションログを見て頂きたい。

▼ナビゲーションログ
ナビゲーション・ログ

 WP(ウエイポイント)のNO16のコーディネートの欄にはN28 00。E180 00とある。すなはち、このポイントはN北緯28度00分、E(東経)180度00分でここが日付変更線である。
 予定到着時刻(ETO)は1350と記入されている。これは標準時間の13時50分、ホノルル時間の0350(AM3時50分)の意味。しかし実際に到着した時間(ATO)は、その横に並んで手書きで記入されているが1348、すなはち13時48分で予定より2分早く日付変更線を越えている。
 余談になるが、今後気象庁ではこれらの航空機からの気象報告を気象予測に導入する計画がある。朝日新聞の記事によれば高度、風の状態、気温などを自動的に観測し地上に送信する装置を搭載している航空機は日本航空で70機、全日空は96機、日本エアシステムには42機あり、そのデータをオンラインで気象庁に送ることが検討されているという。
 三宅機長はアナウンスをする前に機内電話で、客室の宮嶋チーフパーサーにアナウンスする旨を伝えた。コックピットクルーは乱気流に遭遇した場合など緊急なとき以外は、必ず客室の状態をパーサーに確かめてからアナウンスをする。くつろいでいる乗客を不必要に妨げたくないからだ。

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★「最後の飛行」挿入14

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「はい。機長からです。日本語のみでアナウンスをします」今日は日本人乗客だけなので英語のアナウンスは必要がなかった。三宅機長は宮嶋チーフパーサーに客室の状況を聞いてゆっくりとアナウンスを始めた。
「ご搭乗の皆様。今晩は。本日はハーレクインエア、ホノルルチャーターをご利用頂きまして誠に有難うございます。関西空港からクルーがチェンジしまして私が本日の機長、三宅でございます」
 この8673便は鹿児島発のホノルル行きである。鹿児島と関西空港の間は別のクルーによって運航されていた。
「また、副操縦士役をするのはダウニング機長。フライトエンジニアはネイヤー航空機関士でございます。関西空港を若干遅れて出発しておりまして、只今、左手、房総半島から東京の灯を見てこれから太平洋洋上に向かいます。只今の巡航高度は丁度一万メーター。現在、非常に強い西風を受けております。時速、大体280キロくらいの西風で、この飛行機の対地速度は1100キロ前後のスピードで飛行しております。これから日付変更線をホノルル時間の(午前)3時50分。ホノルル着陸予定は朝の6時33分の予定でございます。途中の天候でございますが、これからホノルルまでの間、約二個所ぐらい軽い揺れが予想されております。あと一時間ぐらいした所とまたホノルル着陸前の二時間ぐらいしたところに気流の乱れているところがございますが強い揺れはございません」
 一般的に機長が巡航中にコックピッでアナウンスする姿は傍目には頼りな気に映る。
 パーサーやキャビンアテンダントが客室で大勢の客を前にアナウンスをするときは、少なくともそれを聞く乗客と対座するのでアナウンスにも熱が入り、乗客の反応もわかる状態にあるが、機長がアナウンスする場合はコックピットの中で前方を向いて座り、目をときどきメモに移す他は、やり場なく視線を計器類や空に向けながら、まるで独り言を喋べっているように話さなければならないので、その姿はどことなく戸惑いの色が隠せない。
 三宅機長もこのとき客室にスピーカーを通じて流れている自分の最後のスピーチが乗客にどのように受け止められているのか皆目わからなかった。
 が、実際には、客室で機長の最後のアナウンスは歓声と拍手で迎えられていた。記念の機長サインを貰いたいとキャビンアテンダントに申し出る乗客も数多かった。
 そんな客室の状況も知らず、三宅機長は背を丸めて心もち淋し気にアナウンスを続けた。

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★「最後の飛行」挿入15

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「ハーレクインエアではこのDC-10型機を使いまして国際線チャーターを二年半やっております。残念ながら3月29日にホノルルから日本に返りましてこの飛行機もリタイヤいたします。売れ先はノースウエスト航空です」

 三宅機長が後日、今回のラストフライトで最も嬉しかったことをこう話している。
「この飛行機(DC-10の)の受け渡しの時期を私のラストフライトに合わせてくれたことを会社にはとても感謝しています。『三宅が三月までだから、三月までは(DC-10を)使おう』という気持があったのかもしれない。それは私にとってみれば会社から良いプレゼントを貰ったという気がしますね」
 そして、ラストフライトを終えて鹿児島空港のロビーで社員一同に迎えられたときも、
「私のラストフライトを憧れのハワイ航路にセットして頂いたことを深く感謝しております」
 これらもひとえに彼の業績を物語るものであった。三宅機長はその業績により平成11年11月15日には黄授褒章を受賞している。

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★「最後の飛行」挿入16

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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「私事になりますが」と三宅機長は一息ついてアナウンスを続けた。
「私事になりますけども、私もこの3月の28日、この旅行中でございますが60才の誕生日を迎えます。一応現役では定年ということになりまして、私の最後の現役でのフライトがこの飛行になります。さきほど最後の離陸をしましてホノルルで最後の着陸ということになります。この飛行のために私の家族や友人が搭乗してくれております。どうもありがとうございます」

 三宅機長夫人の由起子さんは東亜国内航空(現日本エアシステム)で約10年、スチュワーデス(現キャビンアテンダント)として空を飛んでいた。三宅機長との結婚を機に現役をリタイヤしたが、その由起子夫人も、長女の葉子さんと三宅機長の母親、三宅たけ子さん。それに由起子夫人のご両親ともどもこのフライトに同乗していた。
「主人は(三宅機長)はこのラストフライト(の日時)が決まったときから、母と私の両親を連れて行くつもりだったようです。私も娘も何度も主人のフライトには同乗しましたが、母も両親もこれが初めてだったものですから、とても感激しておりました」(三宅由起子夫人)

「ホノルルまでの間、本日は6時間37分という時間で飛行します。通常より早く到着いたします。途中、ご用の際はご遠慮無く客室乗務員までお申し出ください。本日はハーレクインエアのチャーターをご利用頂きましてありがとうございました」

 アナウンスの後、客席で拍手が鳴りやまぬ中、ご家族がハンカチで溢れる涙を押さえていたこともつゆ知らず、三宅機長は最後のアナウンスを終えて少し肩を落として紙コップに残っていた冷たいコーヒーを啜った。

つづく

武田一男

航空ドキュメンタリー「最後の飛行」
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「最後の飛行」収録している音声、音源は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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    • Mattari
    • 2010年 8月4日 8:34pm

    私は今まで200回を越えるフライトの搭乗経験が
    ありますが、こんな感極まるフライトに目の当たりに
    した事はないです。ハーレクィーンDC-10も
    こんなグレートキャプテンのラストフライトで迎えられて
    良かったのではないでしょうか。。
    私はDC-10-40で4回ほど国内外で乗っていますが
    あれほど自分の身体がシートに密着しちゃうほど。
    パワフルな加速に満ちた離陸を体験出来る飛行機は
    KLMのMD-11のみとなってしまいましたねぇ。。

    • siera
    • 2010年 8月5日 12:51pm

    じーーーん と来ました。
    アナウンス(声のトーン)に、三宅機長の人柄が出ているんでしょうね。
    客室の家族たちの想いまで伝わってくるようです。
    「生の音」の素晴らしさ、偉大さに感動しました。

    • SportsKite
    • 2010年 8月5日 7:54pm

    思わず涙が出そうになりました。偶然にもにも三宅機長と同じ誕生日です。
    以前、DC-10にてアラスカ経由にてニューヨークまで飛んだことがありました。また、NWのDC-10にてデトロイトからシアトルまで飛んだ時には、接続便が遅れ僕が機内に飛び込むとドアクローズとなったこともありました。席に着いたら隣の席のアメリカ人が、誰を待っているのかと思っていたと皮肉ぽく言われたのを思い出します。

    • 竜子
    • 2010年 8月7日 6:02pm

    ■Mattariさん
    この機内アナウンス凄いですよね。
    それから会社が三宅機長の引退と、DC-10の引退のタイミングを合わせる、という心意気に感動しますね。いまは企業にこうした余裕がないですよね。
    ■Sieraさん
    拍手がコックピットに届かなかったとは思いますが、家族にとってこんな嬉ことはないですよね。
    こうしたアナウンスが残っているということが素晴らしいです。
    ■SportsKiteさん
    この音声を初めて聞いたとき、あまりに感動して母親に聞かせました。飛行機にはこれといった思い入れのない母でも、ポロポロと涙をこぼしていました。
    接続便遅れは、じれったいですよね…。私も似たような経験があります。

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