羽田空港情報:新国際線で歴史あるハワイ航路もリニューアル

こんにちわ、竜子です。

今月21日にいよいよ新国際線ターミナルがオープンします。
テレビなんかでも羽田空港についての報道が多くなったり、新聞や週刊誌などでも羽田空港にまつわる記事をみるようになりました週刊ダイヤモンドでも「エアライン vs JR」というのをやっていましたね。
なかなか見応えがありましたが、エアラインかJRかといったら、単純に距離ですよね。私の場合は、大阪より南は無条件で飛行機ですね…。それよりも、羽田 vs 成田をもっと見たいですね。
リニューアルまであと2週間。まだまだ盛り上がりは続きそうです。

さて。2009年9月24日にはじまったこの羽田空港情報も、ほぼ1周年。
第1回は「羽田空港のはじまり」という記事でした。その起点にもどって、「羽田空港のはじまり」を少し抜粋しますね。

羽田空港のはじまりは、1931年(昭和6年)8月25日。大正時代からあった羽田運動場などの場所に、民間機のための初の国営飛行場として「羽田飛行場」として開港した。それまでは立川飛行場で陸軍の施設としてあったものが、民間用に切り離されたのだ。今でこそ全長2500m、3000m級の長さを持つ滑走路が3本もあるけれど、当時の滑走路は全長300m×幅15mの滑走路が1本。私たちの想像する「滑走路」とは全く違って、「飛行場」という名前ではあるけれども、そこはただの野原の真ん中に大きな格納庫がふたつあるだけのものだ。

当時羽田飛行場から飛び立っていたのは、昭和3年に設立された日本航空輸送株式会社の飛行機。中島飛行機がフォッカーからライセンス生産をしているスーパーユニバーサルという6人乗り旅客機。定期便は、東京、大阪、福岡、京城(現ソウル)、大連だ。
一応は「羽田飛行場」は国際空港であったけれども、朝鮮の京城は日本の統治下、大連(中国)も関東州だったわけだから、開港後間もなくの間は国内空港みたいなもんだ。

羽田空港情報「羽田空港のはじまり」

それから太平洋戦争の局面では羽田空港は軍事的にも活用され、挙句の果て米軍に接収されるに至り、終戦からしばらくの間、日本の空は日本人の手から離れました。その後、1951年(昭和26年)に日本航空の前身がようやく発足し、1954年(昭和29年)になって戦後はじめて羽田から飛び立った海外便。その便は、羽田からハワイ・ホノルルを経由してサンフランシスコを結びました。

それからというもの、「ハワイ」といえば日本人のいだく「バカンス」「トコ夏」の代名詞となったのはご周知の通り。「夢のハワイ」はクイズ番組の豪華景品として、新婚旅行の定番スポットとしてながらく君臨してきた地でもあります。
また、「ホノルルマラソン」は「JALホノルルマラソン」として1985年より日本航空が協賛したり、NTTドコモなどの日本企業がスポンサーに入ったりと、じわじわと生活に根付いてきました。

そのホノルルは、19世紀末までハワイ王朝の王族の保養地として親しまれました。
私の年代では、NHKの「みんなのうた」で流れていた「ハメハメハ〜♪ ハメハメハ〜♪ ハメハメハメハメハ〜♪」でなじみ深い(?!)カメハメハ大王は、ハワイ諸島をハワイ王朝として建国した偉大な国王。「南の島のハメハメハ大王」というタイトルで、亜土ちゃんが歌っていましたよね。ゆったり気な空気に魅せられ、昨夜から頭で口ずさんでいます。

さて。今月から新設される、羽田空港の国際線ターミナルからは、この11月からハワイアン航空が毎日1往復就航することになりました。また、日本航空も成田発着便を羽田発着へ切り替えることを表明しています。

日本からホノルルまでの所要時間は往復の片道でだいたい7時間ほどと、9時間ほど(気流による時間差)。
時差や、成田の運用時間の関係で、これまでの成田発着のホノルル便は、たいてい夜遅くに出発し現地着が早朝。帰着は午前中やお昼の早い時間の便で、というものが多かったのですが、この羽田からの便によって、現地夕方発が可能になり、滞在時間が大幅にアップしました。

例えば、JALの便では、成田到着では実現しなかった22:00以降の出発が羽田からは可能になり、「こんな早朝に到着してもやることないや!」なんていう無駄な時間を過ごさずにすむし、「ホテルのチェックイン時間までどうしたらいいんだ!?」というのも、多少改善されるかと思います。現地出発も羽田への便が出ることで、ホノルル発17:55→羽田着22:00というスケジュールが組めるようになったのです。これであれば、多少飛行機が遅れてもきちんと目的の空港へ降りることができますね(成田の場合は運用時間に制限があるので…)。

また、ハワイアン航空の便の場合は、羽田を23:59発の設定。日本とハワイの間には日付変更線があるわけで…、時差が19時間ある(日本が19時間早い)ので、日本を夜に出発した場合、現地には時計を逆にまわしてその日の朝に到着する、ということになります。そのため時差ボケにならずに、現地滞在時間を快適に過ごすには、飛行機に乗り込んだら一刻も早く寝付くこと、が必須課題なんですよね…。正直言って、20:00の便ですぐに寝れるかといったら、寝れるわけがありません。飛行時間は7時間ほどなのですから、ヘタしたら、現地に到着するまで(日本時間で深夜3時)起きっぱなし、ということだってあり得ます。それで早朝に到着したところで、ヘトヘトの状態で1日を過ごす、というのはからだを休めにきたつもりが、体力的に過酷な事態に陥ってしまいます。
そこでこの23:59発(ほぼ深夜0:00!)が威力を発揮するんです。これだけ遅ければ、寝入るのもラク。多少睡眠時間が普段よりも少なくなるのは、ママOKでしょう。さらに、帰着の便も夕方18:00発。羽田到着は22:00過ぎになります。都心に住んでいる方や、車で羽田に向かえる方なら、現地滞在時間を最大限に活用できる、満足のいくスケジュールではないでしょうか(翌日、仕事の場合は逆にキツいですが)。

同様にANAの場合も、00:30羽田発、現地着12:40という便が出る予定です。帰りの便も現地を18:15出発で、羽田着が22:30ですので、もろもろの時間を考えると、首都圏に住んでいる方が対象になりそうですが、組み合わせ次第ではいかようにもなりそうです。

地方からハワイへ出かけた方は、日本の入国審査などの時間を考えると、少しでも到着が遅れた場合に、帰りの終電が厳しいなんてこともあるかもしれませんので、依然成田をお勧めしますが…。
しかし、ホノルル滞在ならまだしも、マウイ島など、ハワイ諸島滞在の方は、乗り継ぎのためのホノルル入りがあるため、早朝にチェックアウトをしなければなりませんでしたが、これも羽田への夕方の便が出ることで、帰着日にゆとりのあるスケジュールが組めることになります。

さてさて。
新しくなる国際線ターミナルから、みなさんどこへ出かけますでしょうか。
旅のスケジュールがお決まりの方がいらっしゃったら、ぜひお知らせください。

なお、日本と海外における空の歴史について、武田一男さんの「最後の飛行」の各章に詳細が綴られております。なかでも「太平洋航路開発、日本航空の挑戦(太平洋の空の歴史5)」では、昭和26年に日本航空株式会社に入社したディスパッチャーの証言とともに、紹介しております。興味のある方はご参照ください。

▶航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第6回 三宅島上空へ
「日本の民間航空の歩み」

▶航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第9回 ハーレクイン機、太平洋洋上へ
「太平洋へチャレンジフライト(太平洋の空の歴史1)」
「昭和六年は日本でも太平洋横断ブームの年(太平洋の空の歴史2)」

▶航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第10回 夜間飛行
「太平洋へ民間定期路線就航 パンナムの時代(太平洋の空の歴史3)」

▶航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第11回 夜の洋上管制、東京コントロール133.6
「パンナム、太平洋へ大型飛行艇就航(太平洋の空の歴史4)」

▶航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第13回 太平洋航路開発、日本航空の挑戦(太平洋の空の歴史5)

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