ボーイング777コックピット「続・機長席」第4回

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この作品は過去、ベストセラーを記録した航空ドキュメンタリーの傑作CDブックを電子書籍化したものである。
新千歳空港を折り返したボーイング777は東京・羽田 空港へ向かう。折しも、羽田上空は九州、大阪、沖縄から飛来した航空機と北から下ってくる航空機が一緒になって夕べの空のラッシュアワーだ。それら数十機の航空機をまるでオーケストラの指揮者のように鮮やかにさばいて羽田空港に着陸させる管制官の仕事には息を呑む緊迫感と感動がある。東京湾上空のスリリングな舞台裏をあますところなく描いたクライマックスは、この作品最大の読みどころであり聴きどころである。

第2章 津軽海峡上昇

 114便は高度16000フィートを通過して高度39000フィートの空へ上昇を続けている。
離陸して7分後にウェイ・ポイントのトビーを過ぎた。そして航空路V10に入り、三番目のウェイ・ポイント、LARCH(ラーチ)上空に向かって約40ノットの追い風を受けて飛んでいる。LARCH(ラーチ)は、北緯41度32分2 東経141度47分9の青森県下北半島の東の洋上にある通過ポイントだ。

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★「続・機長席」挿入04

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ユー ハブ コントロール
森田機長は飛行機の操縦を木村副操縦士に代わった。
アイ ハブ コントロール」木村副操縦士が椅子を前方に動かして操縦桿を握る。
ジーっと油圧で動く椅子の音が、コックピットの風の音に混じって響く。
ふたりのパイロットは、飛行途中に何度か操縦を代わるが、操縦桿を渡すパイロットは必ず、YOU HAVE CONTROLL、操縦桿をするパイロットは、I HAVE CONTROLLと連呼しあうのが決まりである。
操縦をするパイロット(PF。パイロット・フライング)と操縦をしていないパイロット(PNF。パイロット、ノット、フライング)はそれぞれの役割分担がはっきりと定められている。その区分を明確にしてそれぞれの業務を確実に行うことが二名乗務で運航する航空機の最も重要なことのひとつである。
ユー ハブ ATC」(管制交信をお願いします)と森田機長。
アイ ハブ ATC」(了解しました)と副操縦士。
森田機長は飛行データーを眺めながら、これから行う機長アナウンスの内容を作り始めた。
エアシステム114 コンタクト サッポロコントロール 124.5
(エアシステム114便へ。以後の連絡はサッポロコントロール124.5メガヘルツにしてください)
エアシステム114。サッポロ 124.5
114便をレーダーでコントロールしていた千歳ディパーチャーから、管制区が航空路管制(ACC)に移管された。木村副操縦士は無線周波数を124.5メガヘルツ札幌コントロールに変えた。

そのとき、機内電話のコールがピンポンと響く。
もしもし、(114便が)巡航(水平飛行)になるのは41分(5時41分)ね。降下開始は次の時間(6時)の06分を予定しています」と機長が話す。
ハイ」と電話の向こうで関谷チーフパーサーが答える。
気流はところどころ、軽い揺れはありますが大旨良好です。これから定刻着で機長アナウンスをします
はい。了解しました」と関谷チーフパーサー。この機内通話はすべてのキャビンアテンダントが同時に聴いている。
アフターも了解いたしました」と後部の客室を担当するキャビン・アテンダントも答えた。その間に、木村副操縦士はサッポロコントロールと最初の交信を行っていた。
サッポロコントロール。エアシステム114。リービング178。クライム トゥ 390
(サッポロコントロールへ。こちらエアシステム114便です。現在17800フィート(約5400メートル)を過ぎました。高度39000フィートへ上昇中です)
エアシステム114。サッポロコントロール ラジャ」(サッポロコントロール。了解) ロシアの管制官を思わせる太い声が返ってきた。

森田機長がアナウンスを始めた。
ご搭乗の皆様、こんにちは。今日も日本エアシステムの東京行きレインボーセブンをご利用頂きましてありがとうございます。機長の森田です。副操縦士、木村とともに当機を担当しております。当便は定刻若干前に出発し現在、順調に飛行を続けております。えー上昇しておりますが、飛行高度39000フィート、11900メートルで東京、羽田空港に向かいます。現在のところ羽田空港到着予定時刻は定刻の18時45分、午後6時45分を予定しております。天候は良好です。航路上の気流も安定しております。ごゆっくりお寛ぎください。東京地方、現在南の風、10メートル。晴れ。気温は摂氏15度と報じられております。途中、何かご用の節はご遠慮なく客室乗務員にお申し出ください。ご搭乗ありがとうございます
アナウンス中に、114便のすぐあとを飛行している全日空712便がサッポロコントロールへ移管する交信が聞こえた。コックピットのNDデスプレイには、全日空機の機影が20数マイル後方に映っている。
777には衝突防止装置TCASが装備されている。他の航空機が近ずくと警報が鳴りデスプレイの表示の色が変わり注意を喚起するようになっている。
機体が気流に捕まり、小さい揺れが続いく。

アイ ハブ ATC
森田機長が管制交信を聞く意志を副操縦士に伝えた。
管制官との交信は操縦を担当していないパイロット(PNF)が行うが、その内容は操縦を担当しているパイロット(PF)も同時に聴いて何かあれば、その都度、指示を出すのがコックピットワークである。トイレに行ったり、今みたいにアナウンスをするときなどは、ATC(エアー トラフィック コントロール)の交信を聴くことができないので、アナウンスが終わったあと「アイ ハブ ATC」とコールし通常の担当に戻るのである。
ユー ハブ ATC」木村副操縦士が答えて、管制エリアが変わったことを報告した。
サッポロコントロールにハンドオフされました
サッポロコントロール。オールニッポン426。リービング383 トゥ 390
(サッポロコントロールへ。全日空426です。現在38300メートルを過ぎて39000フィートに上昇中です)
この全日空426便は新千歳空港を15時45分に離陸したボーイング767で広島に向かって飛んでいる。
オールニッポン426。サッポロコントロール ラジャ
空の色が変わってきた。
機首方向左の東の空は夜が訪れ、太平洋の水平線は暗い空と海が渾然と混じりあって闇に溶け込んでいた。西の空は薄い雲がかかり、今までオレンジ色に輝いていた雲も灰色を増し、太陽が雲海の上に最後の残光を残している。
日没は6時15分ぐらいかな?
森田機長は西の空に今にも隠れそうな太陽を見ながら言った。
そうですね。10分から15分くらいです
日没まえの空はまるで印象派の絵のように美しい。
オレンジ、灰色、紺、深いブルー、そして黒色が斑模様に混ざりあう。その空の中を目には見えない無線電波が飛びかっている。そんな風景をパイロットのサン・テクジュペリはこう表現する。
『長いのや、短いのや、早すぎる三連譜・・・ただ何もないと思っていた空間に、何とおびただしい声が隠れていることか』(南方郵便機より 堀口大学訳)
ジヤパンエアー556。サッポロコントロール。スタンバイ。レーダーピックアップ
(日本航空556便へ。こちらサッポロコントロール管制です。まもなくレーダー誘導します。待って下さい)
サッホロコントロール。エアシステム404。フライトレベル310
(こちらエアシステム404便です。高度31000フィートです)
エアシステム404 サッポロコントロール ラジャ
森田機長が窓に映る風景に目をやって少し緊張を解いて言った。
夕焼けが見れそうです
この時間の風景を見なれた筈のパイロットたちにも一息つかせたくなるような美しい景色が、大きなスクリーンでパノラマ映画を見るように、コックピットの窓いっぱいを覆う。

▼新千歳空港から津軽海峡航空路図

新千歳空港から津軽海峡航空路図

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今、丁度津軽海峡です
ジャパンエア596。コンタクト トウキョウコントロール 132.3 グッデイ
(日本航空596便へ。東京コントロール、周波数132.3メガヘルツへ連絡してください。さよなら)
函館発福岡行きの日本航空596便へ、サッポロコントロールから東京コントロールへの移管の交信である。
ジャパンエア596。133.3 グッデイ
フリクエンシー 132.3」(周波数は132.6です)
132.6。ジャパンエア596」(日本航空596便です。周波数132.6。確認しました)
あれが下北半島です」と木村副操縦士は窓の外を指差して、「逆様になっていますが」と、次はコックピットのレーダーに逆さまに写る下北半島を見て笑った。
114便はナビケーション・ログに記されている三番目のWP(通過点)LARCH(ラーチ)を過ぎて下北半島の沖で少し右に旋回を始めた。そして飛行方向202度に向け八戸上空に向かう。
この航空路Y10は北から南へ向かう空のハイウェイである。八戸で陸地に入り、花巻上空、仙台の西、福島市の東を通って茨城県の大子に向かう。大子VORで海沿いを通っていた航空路V22と一緒になって茨城県の霞ヶ浦にある阿見VORまで続く。
航空路V10に入ると飛行機(トラフィック)の数が増えた。サッポロコントロールと飛行機の絶えまない無線交信が聞こえてくる。
エアシステム712。サッポロコントロール フライトレベル280
(サッポロコントロールへ。エアシステム712便です。高度28000フィートを飛行しています)
釧路を16時50分に離陸したエアシステムのMDー90で、関西国際空港へ向かっている。
エアシステム712。サッポロコントロール ラジャ
ジャパンエア552。レーダーコンタクト クライム トゥ メインテイン240
(日本航空552便へレーダーで捕捉しました。24000フィートへ上昇してください) 秋田空港を離陸したばかりの日本航空552便、羽田行きのボーイング767に、管制官が24000フィートまでの上昇許可を与えた。
サッポロコントロール。オールニッポン744。ナウ、390
釧路を17時15分に出発した全日空744便、ボーイング767ー300が、巡航高度39000フィートに着いた報告である。
オールニッポン744 サッポロコントロール ラジャ」(サッポロコントロール 了解)
エアシステム216。フライヘディング190 ベクタ トゥ ヤマガタ リポート レシービング
(エアシステム216便へ。機首方向190度で山形に向かい山形VOR(の電波を)受信したら報告してください)
トロポを過ぎました」と木村副操縦士が報告した。
現在、高度は37000フィート通過。これまでトロポポーズ(対流圏と成層圏の間)を飛行していたので機体が小刻みに揺れていた。
しかし今は静止したように揺れがない。114便は成層圏に入ったのである。

眼下に八戸の街灯がキラキラと光って見える。
このとき乱気流に遭遇した航空機からの交信が入った。
ジャパンエア846。リクエスト 200 タービランス
(日本航空846便です。乱気流です。20000フィートへの下降許可願います)
ジャパンエア846 ドゥ ユー リクエスト フライトレベル 200?
(高度20000フィートに飛行したいのですか?)
アファーマテイブ プリーズ」(そうです)
ジャパンエア846 ラジャ ディセント アンド メインテイン 200
(日本航空846便へ。了解しのした。20000フィートに下降を許可します)
サンキュー。リービング240 トゥ 200 ジャパンエア846
(ありがとう。24000フィートを離れて20000フィートに下降します)
1000 トゥ レベルオフ
森田機長が高度計を見てコールした。巡航高度まであと1000フィートになるとコールする決まりである。
ブザーがコックピットに響く。このブザーは、飛行高度が設定高度まで900フィート以内になると自動的に鳴り設定高度が近くなったことを知らせるのだ。
上昇角度が浅くなる。もうすぐトップだ。
114便は高度39000フィートに到着した。飛行プラン通りにLARCHを過ぎて60マイルの地点であった。
114便は岩手上空で水平飛行に移った。ボーイング777は夕日の空を南に向かって飛行を続けている。

武田一男

ボーイング777コックピット「続・機長席」/全9回
録音・解説:武田一男 (C)Director’s House

【著作について】「続・機長席」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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