「空と宇宙展」レポート(1)

こんにちわ!
竜子です。

昨年、報告いたしました「空と宇宙」展ですが、今週末でいよいよ閉幕となります。
この展覧会は、国立科学博物館と日経新聞社さんの主催で行っているもので、1910年(明治43年)12月のわが国最初の動力飛行の成功から100年を記念して開催されました。奇跡的ともいえるはやぶさの帰還で、「航空100年」としての記念すべき2010年がさらに華やかにいろどられました。閉幕までは明日、あさってとありますので、お時間ある方はぜひ。

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でもって、行けない方にも。
会期も残りわずかとなりましたが、私のレポートをお届けします。
「空と宇宙展」は、その名の通り、国内における動力飛行の歴史を振り返りつつ、未来への宇宙計画が一通り眺められるようになっておりますが、ここでは「空と飛行機」を中心的に紹介したいと思います。

それでは、日本で初めて動力飛行を成功させたおふたりの紹介から。
ライト兄妹が「世界で初めての動力飛行」を成功させてから、7年後にあたる明治43年12月19日。現在の代々木公園である・代々木練兵場で、徳川好敏氏がアンリ・ファルマン機で、日野熊蔵氏はハンス・グラーデ機で「飛行」させることに成功しました。初飛行のエピソードについては諸説ありますが、現在はこの日をもって「初飛行」としているようです。
空と宇宙展

会場自体がちょっと狭めなせいか(決して狭くはないのですが、展示物が多いのでそう感じてしまうのです)、現物が展示されていなくっても、こんな風にパネル展示してあって、これもなかなかの見物です。
空と宇宙展

実は私が行ったときは、まだ展示ケースのアクリル板に被膜がかかっていてちょっと見づらいのですが、写真左上にあるのがすごろく。子供向けに発売されていたようで、潜水艦のイラスト、旭日旗と一緒に飛行機が描かれています。
下の冊子は、国立科学博物館のある上野の森のそば、不忍池でのイラストです。明治後期から戦前にかけて、この不忍池付近で多くの航空イベント(気球の打ち上げだとか、自動車に牽引させたグライダーの飛行だとか、舶来の曲芸飛行だとか)を行っていました。いまは渋谷や銀座、新宿や六本木に比べると、さびれた感の漂う、上野ではありますが、当時は最先端の街で、1853年(嘉永6年?!)に開業した日本最古の遊園地・浅草花やしきも近所にありました(ちなみ上野と浅草は目と鼻の先です)。また、日本最初の地下鉄は1927年(昭和2年)に開通した上野〜浅草間(2.2km)で、こうした街で航空イベントが開かれるのは必然。いかに上野・浅草界隈が最先端のハイテクな街だったかが分かります。
空と宇宙展

これは、パチンコゲームみたいなものでしょうかね。玉をはじいて都市ごとの穴に玉を入れるような。木製で、家庭用のおもちゃとしては立派なつくりでした。ピンぼけすみません。
空と宇宙展

右側に見える旗は、「神風号」の凱旋の際に振られたものでしょうね。赤の旗のイメージですけど神風特攻ではないですよ。「神風号」は朝日新聞社が所有していたもので、1937年(昭和12年)に東京の立川飛行場からロンドンまでの各地をなんと94時間17分という短時間で親善飛行をしました。ちなみに、このスピードで世界新記録を樹立しています。
さらにこの神風号は、陸軍から払い下げられた「九七式司令部偵察機」の試作機だったのですが、この機体(九七式司令部偵察機)は世界初となる戦略偵察機でもあり、のちに三菱重工から500機近くが生産されました。
空と宇宙展

男性ものの和服(羽織)には、富士山と飛行機、日本(当時の統治領も含めた)をはじめとするアジア一円の世界地図が描かれています。
空と宇宙展

飛行機の研究は、こうした図解の書物になって発行されていたようです。
空と宇宙展

こちらは、当時の日本の航空の栄華を代表する「航研機」についての展示。現在の東大にあたる東京帝国大学航空研究所の試作飛行機です。
航研機とは「航空研究所試作長距離機」。長距離機とあるように長距離を飛ぶのですが、この航研長距離機。1938年(昭和13年)木更津から、銚子〜太田〜平塚〜木更津を結ぶコースを29周し、約1万1000kmを飛行して、周回航続距離の国際記録を樹立。また、186.192km/hで平均時速においても、国際記録の二冠を達成しました。
写真の右側にチラッと見える青の折り畳まれた紙はこの航研機の設計図で、展開したものが巨大パネルになって展示されています。
空と宇宙展

こちらはその航研機に搭載されてたBMW V型水冷エンジン。
空と宇宙展

この航研機については、いろいろと資料が残されています(というか、最近になって発見されたのらしい)。
ちなみにこの航空研究所には、このブログで発表させていただいた「わが心のキティホーク」のアナウンス主・木村秀政先生がいたほか、「ゼロ戦」の設計主任となる堀越二郎氏や、土井武夫氏、さらには日本の宇宙開発の父とも称される糸川英夫氏を輩出しました(小惑星イトカワの土を「航空100年」の年にもって帰ってきたはやぶさとは…なんと奇妙な?!)。
空と宇宙展

中でも必見なのは、当時の実験レポート。
日本は初飛行を遂げた明治後期はむろん大正期においても、飛行機は舶来のものを飛ばしたり、改造しながら見よう見まねで飛行機を製作…でしかなかったのですが、当然欧米の理論的、科学的根拠に基づいた研究なしには、日本での「航空」の発展はないと考え、航空研究所が設立されました。ここに残っているのは名だたる研究者たちが当時学生時代だったときの直筆レポートで、風洞実験の様子などが記されています。中央にあるのは糸川先生のもので、とてもきれいな(教科書のような真面目さのある)筆記体で綴られたレポートを見て、ちょっと感動しました。鉛筆の筆圧、万年筆の運び具合が手に取るように分かります。
空と宇宙展

ほんとうにダメダメな写真ばかりで、ほんっと申し訳ないのですが、この額に飾られたイラストとも思えるものは、実は写真なんですね。それも明治43年〜昭和10年に撮影されたものです。
これは日本陸軍が戦前に国立科学博物館で展示したもので、1枚ずつモノクロ写真に色を付けていったものになります。カラー写真がない時代にこうして陸軍が彩色を施したものが、今の時代になってみれるというのはなんと素敵なことなんでしょうね。私としてはいちばんの見どころといっても過言ではありません。
空と宇宙展

さてこちらは、日本初となる国産旅客機YS-11の風洞実験用の木製模型です。逆向きになっていますが、左の模型を見ると、なんと2階建てになってる!?
空と宇宙展

でもって、こちらはそのYS-11初号機が最初に飛行したときのログブックなど。
空と宇宙展
空と宇宙展

こちらは翼ですね。
空と宇宙展

さてさて。このYS-11の初号機の行方、知っている方も多いかと思いますが、この国立科学博物館で所蔵されています。もちろん、上野の科学博物館の中にあるわけじゃないですよ! 羽田空港の格納庫で大事に保管されています。「大事に」というのは、定期的にエンジンをかけていて、いまも飛ぼうと思えばいつだって飛べる状態になっているということです。で、この初号機、実は事業仕分けの対象にも取り上げられたりで、それこそ知る人ぞ知るという感じですが、年間の維持費が900万円かかるというのを見ました。なかなかお目にかかれませんが(空の日フェスティバルで公開されていましたけどね)、この展示室内にも寄付金BOXがありましたので、気が向いた方はぜひ。

空と宇宙展

つづく

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    • B777
    • 2011年 2月4日 11:18pm

    こうやって見ると、日本の職人魂を感じます。
    いつの時代でも日本人は、果てない探究心と向上心があるのですね。戦中、アメリカが「ゼロ戦」を脅威と感じ、恐怖を覚えたのが分かります。
    そして、この数年の内にMRJが誕生することを考えると興奮します。

    • 竜子
    • 2011年 2月5日 1:54am

    ■B777さん
    いつの時代も職人魂ってカッコいいですよね。
    最初は真似るところから始まり、それ以上のものを作り出す日本人の魂。
    この時代(戦前)に国際記録を狙って、見事に樹立させてしまうのですから。
    「逝しき世の面影」(渡辺京二/平凡社)という本に、昔の日本人が西洋人の目にどのように映ったのかを教えてくれる本があります。
    向上心豊かで、ちょっとテンションが高めな日本人の姿があって、当時の航空の栄華と合わせて読むと、けっこう面白いです^^

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