第14回 香港滞在ホテルの幽霊をついに捕獲!

[title_futenman]

映画「バック・ツー・ザ・フューチヤー」といった感じで、30年前の香港にタイムスリップしていただいて、話を始めることにします。

当時の空港は九竜半島にある啓徳(カイタク)空港でした。
ここは名だたる機長泣かせの空港で、海側から風が吹くので、山側から海に向かって空港に進入する高い操縦技術を要する進入コースとして有名でした。ところが、進入コースにあたる空港の直ぐ近くに5,6階建てのアパートが連立していて、しかもアパートの住人は洗濯物を干す場合、物干し竿を窓から中空に向かって突き出していました。そのアパート群の屋上スレスレを進入するので、少しでも進入高度が低いと、車輪に物干し竿を引っ掛けて着陸するほどでした。

逆に、離陸の場合は障害物が何もない海に向かってやるので、香港では着陸は機長がやり、離陸は副操縦士がやるのがほとんどでした。

我々の定宿は九竜半島(Kowloon)の商業・ショッピングの中心地チムサアチョイ地区(尖沙咀)にあるミラマーホテル(美麗華酒店)でした。今は立て直して、近代的なホテルになっていますが、当時は古くて由緒はあるが、何となくホテル全体が暗くて陰湿な感じでした。
部屋は作りつけの洋服ダンスと机、シングル・ベッドがあるだけで、特に地下1階の部屋は昼間でも暗く湿っぽくて「女中部屋」と呼ばれていました。

新米のスッチー達は宿泊費の安いその部屋に割り当てられることが多く、その部屋は戦時中、日本軍が占領していた当時、反日運動をしていた多くの民間人を拷問していたということで、何人も殺されたのだという話でした。
そんな背景もあって、いつしか夜中になるとうめき声が聞こえた。金縛りにあった。実際に幽霊が出た・・・などの噂が乗務員の間で流されていました。実際に金縛りにあったというスッチーは何人もいて、彼女達のなかには香港の泊まり便を拒否する人もいたようです。

実際、怖がりのスッチー達の多くは1人寝が怖いので、2人で寝ていたほどです。操縦士連中は「怖かったら、僕が一緒に添い寝してやろうか?」などと半分ふざけて、彼女達に声をかけていたものです。
また、このホテルでは部屋から持ち物が盗まれることも頻発しており、貴重品は外出の際は必ず携帯するように会社から通達も出されていました。

ホテルの1階の奥には大きなステージがあり、毎晩のように生バンドの演奏や京劇を催して、このホテルの呼び物になっていました。
私は何度かそのステージで生バンドでシャンソンや英語の歌をカッコつけて歌わせてもらったものです。
今考えると顔から火が出そうですが、当時は若気の至りというか、香港人を見下していたようなところもあったのだと思います。恥ずかしい限りです!
その夜は皆と広東料理と老酒で満喫して、部屋に戻り翌日が朝早い仕事だったので、夜の遊びはやめて、大人しく寝ることにしました。

夜中の1時頃、何となくよどんだ部屋の空気が動いた気配がして目覚めたのです。とりたてて勘がいいほうではないのですが、その時は一瞬イヤな気配を感じたのです。

私はベッドに起き上がった姿勢で、枕元の手元を照らす電気を点けて部屋を見渡したのですが、誰もいませんでした。そこで、気のせいかなと再び電気を暗くして眠りました。しばらくウトウトしてたのですが、今度は耳元で1度だけですが、フーッと人の息を吹き付けられたような気がしました。
そして背筋が一瞬ゾクゾクとしたのです。

例の噂のこともあって、気のせいに違いない、明日は早いので眠らなければと思いながら、どうしても気になって目覚めてしまったのです。
私は強ぶっていますが、生来は臆病だったので、精神的に強くなるために空手も修練していたのです。
恐怖心を取り除く為に、いったんベッドの上で、空手の「息吹」という腹式呼吸を繰り返して、「幽霊なんかいるはずはない!」と気持ちを落着かせ、今度はゆっくりと部屋を見渡しました。
部屋の片隅にスタンド式ライトが置いてあるのですが、そのあたりに黒い塊のようなモノがボンヤリ見えたような気がしました。

いったん目を閉じてしばらくして、目を開き、再びその方向に目を凝らしました。枕元のスタンドは枕元は照らすのですが、部屋全体が明るくなるわけではなかったので、部屋の隅は薄暗い状態でした。

ところが、さっきのボンヤリした塊が少し移動しているような気がしたのでした。
私は、眼鏡をかけ、素早くベッドから降りて入り口にある室内灯のスイッチを押したのでした。

そして、明るくなった部屋の片隅に小さくうずくまった黒い塊を確認しました。
注視すると、それは幽霊ではなく、黒い中国服の小柄な人間だったのです。
顔を伏せて、ちょうど猫がまるまった状態を想像してもらえばいいと思います。

「お前は何者だ!何をしてるのだ!」
と英語と北京語(香港は広東語なので通じない)でどなったのです!

私はその塊から目をそらさずに、ドアの施錠を確認しました。鍵はかかってる状態で、枕元の財布も大丈夫でした。

相手が突然襲いかかっても直ぐに対応できる体勢で、その人間に近づき、思い切って軽く蹴りを入れてみました。
「フエッ!」と奇妙な声をあげた主は、何と60歳はゆうに越えているであろうシワだらけの全身黒ずくめの現地の老婆でした。
直ぐにホテルの警備員が警察を呼び、それによって詳細が明らかになったのでした。

先ず不思議に思っていた侵入経路は部屋に備え付けの洋服ダンスの天井部分からでした。各階の天井部分は電気や電話配線があり、それを修理するための出入り口があるのです。
洋服ダンスの天井板は簡単に置いてあるだけの状態だったので、その老婆はスキを見て電気工事のために各階にある出入り口から天井にもぐりこみ、天井をつたって狙った部屋の洋服ダンスの天井板をずらして、部屋に侵入し、3年間もこの手口で、昔掃除人として働いていたホテルを主体に盗みを働いていた常習犯だったのです。

それにしても、実に身軽な老婆で、彼女の言では、これまで何度か寝ぼけまなこのスッチーに見られたとのことでしたが、そのたびに素早く洋服ダンスに身を隠して脱出したので、今まで捕まらずにいたらしいのです。
これでは、スッチー達に幽霊と思われたのもうなずけます。
「幽霊を捉えてみれば・・・」だったのです。
私の場合も、もしこれまでのように素早く洋服ダンスから脱出されていたとしたら、私もその後の香港では添い寝を願っていたかも知れません(笑)。

風天マン

実録「ハチャメチャ乗務員の飛行日誌」
© 風天マン
【著作について】実録「ハチャメチャ乗務員の飛行日誌」のすべては風天マンが著作権を保有しています。一般的な「引用」の範囲を超える紹介を除き、商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ info@airjapon.com(管理人:竜子)までお問い合わせください。

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
[ad_futenman]

  1. コメント 0

  1. トラックバック 0