第31回「労使のハザマで」(3/5)

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管理職の不当労働行為で組合から追及される

私が管理職になったのは1993年末でした。
1994年の1月17日午前4時31分、ロサンゼルスで大規模な地震が発生しました。当時、私は関西空港支店に勤務していたので、翌年の4月には成田空港に戻る予定でした。
ところが、1995年1月17日午前5時46分、淡路島北淡町野島断層を震源とするマグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が発生しました。1923年の関東大震災以来の死者6,434人、重軽傷者者43,792人という甚大な被害をもたらせました。その結果、被災した乗務員の世話もしなければいけなくて、成田空港への復帰は1年延びたのでした。

4年振りの成田空港に戻った私が直面したのは労労間、つまり反会社的な客乗組合と会社の分裂工作で出来た御用組合と呼ばれていた全労組合との間の軋轢というか、相互敵視の凄まじさでした。パイロットの組合員と客乗組合員は全員が制服の胸に「差別撤回!」と印刷された赤いバッジを着けていました。おまけに、私の配下の5チームのチーフパーサー・グループのうち4つが客乗組合に所属していたのです。

さらに、私の直属に客乗組合の委員長以下3人の執行委員も配属されていたのでした。
当然、この余りにもいびつな配属に対し私は上司に強く異を唱えたのですが、
「君なら上手く彼等を管理できると考えたので・・・・頼むよ」という型通りの答えでした。

生来の正義感・青臭さでこれまで是々非々で相手構わず自論を声高に述べてきたので、上司や人事部は「毒を持って毒を制す」の管理手法でこんな配属を私に押し付けてきたのだと思いました。当然、私が以前に2つの組合の統一を試みたことも知っていたことも関係しているので、上手く利用しようとしているのだなと思ったものです。当時の直属の上司である室長は以前は温厚な客乗組合員だったのですが、組合分裂工作で、いち早く全労組合に移籍して昇格した人物でした。

毎月、自分の室所属の客乗組合員を何名脱退させるかに精力的でした。
彼の机の引き出しには脱退させた乗務員が胸に付けていた赤い組合バッジを誇らしげに入れていたほどです。当然、配下の我々管理職にも毎週脱退工作を強要していました。

私は組合差別はしなくて、本来業務の乗務や勤務態度に是々非々で60名の配下乗務員と対応することを信条にして、部下の人事考課や昇格会議でもそのやり方で2年間実践したのでした。

当初、申し合わせたように「私はアナタには協力できません!」と初対面の時に言っていた3名の客乗組合のチーフパーサーも2年目には協力してくれるようになったのでした。客乗組合の委員長は、それまで自宅の電話番号を会社に登録するのを一貫して拒絶していたのですが、私の説得で3ヶ月後に登録してくれました。その時は、管理部や上司までもが「アイツとどんな裏取引をやったのか?」としつこく私に聞いてきたものでした(笑)

ただ、私はこの時、もはや労使問題は限界点に来てると感じたものでした。お互いが疑心暗鬼の範囲を超えて、不信と憎悪に化していると思ったのです。そして、経営トップが本気で労務問題を解決する気がないと再認識したのです。

私の直属の部下に客乗組合員のスチュワーデスのN子がいました。
彼女は既婚者で精神的にも安定感・信頼感があり、業務全般に能力を発揮し英語も平均以上のレベルで将来有望な人材だと考えたので、そのためには半年間の地上研修を体験させるのが、次の昇格ステップにも有利だと考えて彼女をある研修先の責任者と上司に推薦したのでした。

両者の意見は「彼女は優秀だとは思うが、客乗組合所属で、しかも彼女の父親は元航空機関士でやはり過激な組合員だったので、どうもね・・・」という返事でした。
私は、「彼女は良識もあり、仕事と組合所属は明確に区別しているので、研修先で問題を起こすようなことはないと保証します!」と、押し切って他の候補者15名中3名の枠に入れることが出来たのでした。
私はまるで自分のことのように喜びました。勿論、当の本人は「組合所属があるので難しいと思ってましたが、本当にチャンスをいただき、ありがとうございます」と嬉しがっていました。

4ヶ月の研修の間、私は毎日その研修先に顔を出して、彼女を励ましたり、上司に彼女の研修振りを確認して報告したりしていました。研修先の責任者の評価も上々で、残り2週間で彼女の研修が終る頃、私は上司から「彼女なら大丈夫だから、君が組合を脱退するようにアプローチしてくれ」と言われたのでした。
私が即答しないので、彼は「次回の昇格候補として充分だと思うが、組合を脱退してもらわないと彼女の昇格は無理だぞ!」と追い討ちをかけるような言葉を私に投げかけたのでした。

私が管理職の不当労働行為で組合から追及された一部始終

成田空港に戻り、3年目を迎えて、私の配下の5チームは120チームの中で、最初の1年間はいろんな実績競争(JALカード獲得数、機内販売売り上げ、勤怠、英語資格取得者数、チケット販売実績・・・等)の最下位でしたが、2年目で中位の上、3年目でなんとトップクラスにランクインするまでになったのでした。ただし、私の組合脱退工作の実績は管理職のなかでは下位のほうでした。

4ヶ月の地上研修を終えた彼女の研修先の責任者からの報告書の内容は満足のいくものでした。
これなら、次回のN子の昇格は間違いないという自信があったのですが、現実はどうしても組合所属が障害になっていたのです。
上司の「組合を脱退しない限り昇格は無理だぞ!」の言葉もあり、悩んだ末に私は正直な気持ちを彼女に伝えることにしたのでした。

彼女が乗務から帰着したある日、帰着後の業務が終了したのを確認して、彼女に「疲れてるのに悪いが20分ほど話がある」と伝えました。
そして、管理職の作業室で「知ってると思うが、昇格要件として組合所属が1つの要素になっているのが現実だ。この点につきジックリと考えて、次回の乗務出頭時までに返事をもらいたい」という主旨の話をしたのでした。
会話を交わしてる間の彼女は、いつも通りの表情でした。

ところが、翌日の午後5時のことです。
以前に書いた私の尊敬してた先輩で、現在、客乗組合の書記長のYさんがひょっこり私の所属室に顔を出して「オイ、ちょっと5分ほどいいかな?」と声を掛けてきたのでした。

私はそれまで職制と組合執行部という意味では、お互いに昔のよしみもあり、普通に良識的な会話はしていたので、同僚への当直シフト勤務の引継ぎも終っていたので、「いいですよ」と答えて彼の後について行ったのでした。
彼に「何の話ですか?」と聞いても、「いや、チョット人に聞かれるとマズイので・・・」と空いてる作業室で話そうということになったのですが、なぜか別の組合執行委員も同行してきたのです。3人で部屋に入り、彼が「実は俺とお前の仲なので、俺の独断でやることなんだが・・・」と前置きをして、彼は1枚の書類をテーブルの上に置いたのです。

“○○管理職の不当労働行為について”という大枠の表題が目に飛び込んできました。
私は一瞬、いったい、何のことだ? と思ったのです。
書き出しの1行目に「配下△△組合員に対する○○管理職の不当労働行為」とあり、私は愕然としたのでした。彼はそこで、通常はこのまま会社の担当部に申し立てをするのだが、2人の間柄なので、私に事実関係を確認したいという主旨だった。その時点で、N子は私と話した直後に組合事務所に直行したことを知ったのです。

「まさか、あの彼女が!何故!?」という思いで、気が動転した状態でした。しかし、現実は目の前にあるのですから、タバコを取り出して気を落ち着け、彼女に話した事実を正直に話し始めたのです。傍にいた女性の執行委員がそれをメモし始めたので、私がそれをとがめるとY先輩は「オイ、彼と私は特別なんだから、メモは止めろ!」と指示したのでした。

彼らは私が上司からの指示で、いわば組織ぐるみの脱退工作をしているという言質を私から引き出したかったのでしょうが、その点は私は断固否定して私の個人的な考えによるものだということで終始したのでした。結局、彼等から解放(?)されたのは2時間後でした。まるで、刑事の取調べみたいで、昔、学生運動で2度逮捕された時を思い出していました。そして、空虚な疲労感だけが残っていました。

翌日は休日だったので、昨日の疲れもあって昼近くまで寝てました。昼食後、会社の上司から「君も私もN子やられたな!」という電話がありました。

成田と羽田、そして当時の本社があった丸の内のオフィスの玄関で私の件が”配下組合員に対する○○管理職(私の実名)の不当労働行為”
のビラが配られたとの報告だったのです。こんなビラの配布は再三のことだったので、私も上司も直訴したN子さんには憤慨していたのですが、私はシャーナイと考えることにしたのでした。
妻は、この件に関して「あなたは部下を育てようと一生懸命になるのはわかるけど、少し甘いのじゃない・・・」と忠告されたのでした(笑)加えて、「あなたは人を信じすぎるところがあるし、思い込みが強すぎるところもあるので、これをいい薬にすることよね」との痛烈な言葉でした。

翌日、会社に出勤すると、部長や上司、同僚から「気にすんなよ!これでお前も一人前の管理職になったということだよ!」との声が掛かってきたのでした。複雑な心境でした・・・。

愕然とする事態が勃発

その2週間後に私が愕然とする事態が起こったのでした。

当時、経営陣と労組との間で定期的に「経営協議会」という会議体が開催されていました。6つの労働組合を一同に会すると経営陣にとって都合が悪いこともあって、それぞれ個別の組合と経営陣が話し合いをすることになっていました。ある種の個別組合ごとに回答内容に差をつける労務政策、裏取引みたいなことも委員長や書記長ともやっていたのです。この客乗組合との「経営協議会」の場で、何と私が昇格差別を認める発言の録音テープが流されたというのです。私が尊敬して、信頼してたY書記長が同席してた執行委員のメモを止めさせ、実は2時間に及ぶ私との会話の全てを隠し録音していたのでした。

その場に出席していた労務担当役員は返答に窮して、私の所属する客室本部に怒りの電話をしたようです。
本部長や管理部長が直接私を事情聴取することになり、記憶の限りY書記長とのやりとりの一部始終をその前に報告書にして提出しろとのことになったのです。

「隠し録音自体が違法行為じゃないですか!」と言ったのですが、「社長の前で流されてしまった以上、それは問題じゃない!」と私を非難する口調でした。私はA4の報告書に12枚におよぶ報告書を作成し、翌日、彼等の事情聴取を直属の部長、室長同席のもとで、これまた2時間ほど受けたのでした。彼等の聴取で主眼としたのは「組織ぐるみとか、私の上司の指示」という言質があったかどうかでした。
「それは絶対にありませんでした」と伝えると、彼等は安堵していたようで部長に対して「アイツラはこんな汚い手を使うので、管理職全員に注意するように徹底しといてくれ!」と本部長は厳命していました。

2日後、今度は本社の労務部の担当者が顧問弁護士を伴って私の事情聴取に成田のオフィスにやって来たのです。

風天マン

実録「ハチャメチャ乗務員の飛行日誌」
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