映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト702便「紅の翼」

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「紅の翼」 CRIMSON WINGS (1958/日活)

【スタッフ】
企画 水の江滝子
原作 菊村到
脚本 中平康/松尾昭典
監督 中平康
撮影 山崎善弘
美術 松山崇
音楽 佐藤勝
編集 辻井正則

【キャスト】
石原裕次郎/芦川いづみ/中原早苗/滝沢修/二谷英明/峯品子/西村晃/安部徹/芦田伸介/深江章喜/近藤宏/小沢昭一/下条正巳/葵真木子/山岡久乃/清水まゆみ/大阪志郎/岡田真澄/東恵美子/相馬幸子/菊村到

公開は1958年となっているが、暮れも押しつまった12月28日なので1959年の正月映画です。設定も58年12月24日から25日にかけてです。敗戦から13年半となりましたが中原早苗から「汚れているわね」といわれる裕次郎が首に巻く白い絹のマフラーは戦死した兄貴の形見だと答えています。

戦後の民間航空の幕開けは1951年8月、航空大学校の設置は1954年でした。若手の先輩も居るようなので裕次郎は第ニ期生だったのかな? ということで機長の芦田伸介や年配のパイロットたちは皆、軍隊帰りとなります。ちなみに裕次郎の実年齢は24歳だった。

航空会社は日本遊覧航空がタイアップしています。会社としては1952年青木航空として設立-1956年日本遊覧航空-1961年藤田航空と変遷し、1963年に全日本空輸に吸収されています。主な路線は遊覧飛行のほかに映画のような伊豆諸島への定期便やチャーター便を運行していました。

一番評価できるのは廃棄するとはいえ尾輪式のセスナ170を実際に壊して撮影しているところでしょう。170型シリーズの生産は1948-1956年の8年間に5000機以上生産されました。日本では小型機はみなセスナとなった因縁のある機種です。原型は翼を支える支柱がV字型で翼も金属の骨組みに布張りだった170型(1948)から始まり、エンジンを強化して支柱が一本の全金属製になった170A型(1949)、170B型(1952)と発展しました。170B型への変更箇所は翼型やフラップの形式など多岐に亘るようですが外観上は翼に上反角があるかどうかで判断できます。ちなみに映画の機体は170A型のようですがカウリングの下回りのフレアは170型に見えます。米国の工業製品らしくシリーズ内の互換性を保っていました。いろんな組み合わせの改造が行なわれています。また他のシリーズから拝借して首輪式に改造することもできたようです。

映画は170Aの飛行シーンを使ったタイトルロールのあと、エレベーターから降りる一人称カメラで始まり、船会社の社長・安部徹を射殺して螺旋階段を使い (ここから引きの三人称カメラに変わって) 逃走します。ハードボイルド小説では普通ですが、一人称カメラで通した映画ができるのかというとアメリカであったようです。主人公が姿を見せるのは鏡を見るときだけですから、顔がウリのスターなら出たがる人がいないのも当然です、この技法はすたれてしまいましたが、今でもサスペンスやホラー映画では部分的に使われています。

この映画でも犯人が鏡でチラッと顔を見て、いつばれるかのサスペンスにつなげるくらいの遊びがあってもよかったように感じます。どうせ隠しても観客は分かっているのですからね。

この犯人が逃亡するときに乗った車が女の子を撥ねますが、その少女の手からはなれた黄色い風船が空に昇るシークエンスから、上空を飛ぶ裕次郎と芦田伸介が操縦する遊覧飛行中の双発760HPのデハビランド DH-104 “ダブ”に変わりスチュワーデスの峯品子が「右下に見えるのが日活国際会館でございます」などと抜け目なく案内しています。

映画は斬新さより定番のほうが面白いといえる快調な滑り出しです。

このダブの右マグネットが不調のようで洋上300kmの八丈島へのチャーター便には代替機の145HP単発のセスナ170となるのですが平行して島の少年が破傷風にかかり血清の輸送も頼まれます。チャーターしたのは二谷英明、同乗して血清輸送を美談記事にしようと張り切る新米記者の中原早苗、そして峯品子に「父親が出てきた」とデートをキャンセルされた裕次郎がパイロットを務めることになります。

見所は脚本や監督が随所に施した大芝居、小芝居を楽しむところでしょう。峯品子や芦川いずみが画面の背後にいるときにもご注目。小沢昭一と絡む滝沢修の当時のインテリ風台詞回しや西村晃の肘を広げない海軍式の敬礼(実際に海軍飛行予備学生だった)などはその時代を知らないと理解できないかもしれません。
また今の女優さんたちには見られない昭和中期の各世代の女性たちの言葉遣いや所作、銀座や八丈島の生活風景などDVDならでは楽しみ方ができます。

ダブはラウンジの本棚にある「本番台本」にも登場しています。エンジンは自社製でシュラウドで囲われた空冷直列6気筒9Lの倒立型のジプシー・クイーンでした。開発は1938年に始まりRAFを下支えした多様な航空機に搭載されていました。

そのほか当時の東京(羽田)空港の在籍機の殆ど、そのほか自衛隊や米軍の救難機が実写の背景でみられる。模型ではJALのDC-6C、USAFのC-124 グローブマスターⅡが登場します。

ヤクザによる海運会社社長の襲撃は1958年6月に実際に起こっており、事件から半年足らずで小説から映画の公開までこぎつけて一定の水準をクリアしています。当時の日本映画の勢いが分かりますね。

ヒットを受けて製作された「天と地を駆ける男 (1959)」も裕次郎と二谷の競演で日本遊覧航空が舞台となっています。旧陸軍の飛行機乗りが興した会社で航空機や航空管制に関する描写はどちらも当時としては緻密なアドバイスで描かれていました。

キネマ航空CEO

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
©キネマ航空CEO

【著作について】「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」 はキネマ航空CEOの執筆によるものです。一般的な「引用」の範囲を超える紹介など詳細については当ブログ info@airjapon.com(管理人:竜子)、またはキネマ航空CEOまでお問い合わせください。

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    • SportsKite
    • 2011年 6月29日 2:45pm

    こんんちは。
    面白そうなDVDですね。
    TSUTAYAなんかで借りられるのかな。
    今入院中なので退院したら探してみます。

    • 竜子
    • 2011年 6月30日 1:23am

    ■SportsKiteさん
    入院中とは!! ビックリしました…。
    SportsKiteさんは、日活映画世代ですか?
    私は、この当時の映画は好きです。この「紅の翼」はみたことがありませんが、キネマ航空CEOの評の通り、この時代の言葉づかいをきくだけでも、「おっ!」と思います。
    中平康監督は、石原慎太郎の「狂った果実」、加賀まりこの愛らしさがまぶしい「月曜日のユカ」の監督です。ぜひ!
    お大事にしてください(><

    • キネマ航空CEO
    • 2011年 6月30日 9:43pm

    竜子さん、
    掲載ありがとうございます。「紅の翼」も見てくださいね。
    SportsKiteさん、
    ぜひDVDでお楽しみ下さい。冒頭のタイトルロールには裕次郎の同名の主題歌が重なります。
    裕次郎の歌の中ではあまり知られていませんが作曲の佐藤勝は黒澤映画の「用心棒」などを手がけています。西洋ノコを叩いて出すような変わった音響が付いた軽快な歌です。
    http://www.youtube.com/watch?v=2_3KdRVttIgv=WXqpn7CMdgY
    急に熱くなりました。まずはお大事に!

    • 竜子
    • 2011年 7月1日 7:10am

    ■キネマ航空CEO
    こちらこそありがとうございます。遅くなってしまいました。
    「紅の翼」はTSUTAYAにもあるようですね。
    でも、在庫は店舗によりけりかも…。TSUTAYAディスカスならありました。

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