成田空港で空の日フェスティバル開催中です!

こんにちは、竜子です。

ええと…。過ぎてしまいましたが、9月20日は「空の日」でした。
昭和15年に制定された「航空日」がそもそものはじまりですが、親しみやすい名称を、と「空の日」になりました。なんでだろう…。とおもって、国土交通省のホームページに「なんで9月20日なんだろう?」というページがあったので見てみましたが、イマイチ良く分からず! ま、とにかく何かの記念日というわけでもなさそうで…、啓蒙のためにそういう日を作ってみた、という感じなのかな、と竜子は理解しました。

でも、第1回の航空日は、華やかそうです。昭和15年の第1回航空日は9月28日に決定され(この年のみで、以降は9月20日です)、航空大会やグライダー大会、航空功労者表彰式や講演会、展覧会に演劇、演奏会と、いろんな行事が催されたようです。飛行機ファンであっても、なんだか「空の日」なんて忘れてしまいそうな今とは大違いですよね(←そうでもない?)。それにその当時なら、熱心な航空少年も多かっただろうと想像するし、ドイツも日本も元気で航空業界も活況だっただろうな、と。

航空日でのイベントは昭和19年まで開催されましたが、太平洋戦争と、その後の航空活動の禁止令によってしばらく休止となりましたが、昭和28年になってようやく復活が決定しました。そして「航空日」が「空の日」になったのは平成4年のことです。

さて。今日、明日、あさってまでの間、空の日フェスティバルで、成田空港ではとても楽しいイベントが開催される予定です。毎年、この時期になるとテレビのニュースで見かけるのが、飛行機の綱引き大会。これも成田空港で行われるイベントで、今晩はきっとこの綱引き大会の模様がオンエアされることと思います。でもって、第2ターミナルの中央広場会場では、海賊戦隊ゴーカイジャーショーや、おさかなくんのトークショーが開かれたりします。

空の日フェスティバルの詳細

皆さんは、いかがお過ごしですか〜?
私は、う〜ん…。
晴れるといいね!

にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
    • ピーコックママ
    • 2011年 9月24日 1:51pm

    竜子さま また覗きにこさせてもらいました。
    昔、私の祖父は戦闘機の設計をしていました。
    子供の時に遊びにいくと、祖父が「この人だれだ?」
    と写真をみせ、固まったことを思い出しました。
    なんと「ヒットラー」が日本の戦闘機を見学に
    きている写真で祖父と並んで撮ってありました。
    怖かったのですが、今こんな話しをすると
    歳がバレテしまいますね。

    • 竜子
    • 2011年 9月24日 3:11pm

    ■ピーコックママさん
    こんにちは。おじいさま、立派な方なんですね!
    ヒットラー時代の日本はドイツと仲良しで、というのは本でこそ知り得ますが、こうしておじいさまとの記憶を直接聞くと、当時の様子が、私の頭にほんのり鮮やかに描かれます…。なんといったらいいのか…。
    ヒトラーは、日独伊の協定かなんかのときに、日本に来て工場を見学していますよね。その時の写真ですか?! 実はドイツと日本が仲良しだった時代のことを、ここに書いたのですが、結局消してしまったところで、ピーコックママさんのコメント。
    こんなこといっては危険ですが、結果こそ凄惨だけど、ヒットラー(の創造性)と、ひいてはドイツという国には惹かれちゃうんです、私。

    • 竜子
    • 2011年 9月25日 3:11pm

    ■ピーコックママさん
    すみません、訂正です。
    ヒットラーは日本に来ていないんですって。
    ヒトラー・ユーゲント(ナチス党内の青年団)でした。
    キネマ航空CEOに教えていただきましたー!

    • ピーコックママ
    • 2011年 9月25日 7:22pm

    そうなんですか!
    ありがとうございます。
    すごく私の人生である想いが
    かわりました。
    おじいちゃんにだまされていたんですんね!
    きっと今ごろあちらで笑っていることでしょう!!
    またまた更新楽しみにしています!

    • キネマ航空CEO
    • 2011年 9月25日 10:17pm

    ピーコックママ様、
    日本は開戦前にドイツから数機種の戦闘機を試験機として購入しています。おじい様のお歳はわかりませんが戦闘機の設計にたずさわっておられたとするとその調査に加わって訪独されておれば会ったことがあるかもしれません。
    まだ、だまされていたとは言えませんよ。
    その時のメモなどが残っていれば貴重な記録です。お手元に写真と一緒に残っておればいいですね。ファミリー・ヒストリーとして調べてみてはいかがでしょう。

    • 竜子
    • 2011年 9月25日 11:25pm

    ■ピーコックママさん
    ごめんなさいっ! 「私が”ヒトラーが日本に来た”と言ったこと」が間違いだといいたくって、ピーコックママさんのおじいさんがだましてたなんて思ってません! 言葉足らずでした!
    いずれにしてもピーコックママさんのおじいさまの記憶は素敵なエピソード。私は、ひとごとながらワクワクさせていただいたのです!
    実は今、前川正男さんの「中島飛行機物語」という技師さんのエッセイを読んでいるところです。これが面白くって。それから去年「空と宇宙」展でBMWのエンジンがモデルになっているという「ネ-20」というエンジンを見てきました。ナチス時代のドイツと、日本との間で潜水艦でやり取りされた設計図が元になっているのですが、そんなエピソードから考えても、技術者同士でも日本とドイツは交流が深かったはずだと思うと、ピーコックママさんのおじいさまの写真のエピソードに、今もときめいているんですよ!!
    キネマ航空CEOのおっしゃる通り、ファミリーヒストリーとして調べるのは面白いですよね! おじいさま、訪独しているかもしれないし、していないかもしれない。でも、してないにしても、その写真に写っている人は誰なのか、それも歴史ですよね!
    ぜひ、続きを聞かせてください!

    • ピーコックママ
    • 2011年 9月26日 8:23am

    竜子さん 色々なお話しありがとうございます。
    祖父は生きていれば110歳だと思います。
    すごい厳しい人だったようですが、
    孫には優しくて私たちは一度も怒られた
    ことはありません。
    伯父に聞いてまたお返事しますね。
    もしかしたら、ドイツに行ってた可能性
    もありますものね。
    おもしろいですね〜!ファミリーヒストリー!

    • 竜子
    • 2011年 9月26日 9:12am

    ■ピーコックママさん
    私は生まれた時から両親共に祖父という存在がなくって、祖母の話を思い出しては、ちょくちょく両親に聞いています。でも、両親の記憶もあやふやで…。
    ついこないだまで祖母が大連で生まれ育ったものと思っていたら、なんと青島だったことが最近分かったり…。家族揃って大連に想いを寄せていたのに(旅行を企てたり)そもそもの母の記憶が間違っている、なんてこともありました(祖母の兄妹に、私が聞いて発覚)。
    いままで興味がなかったのですが、生き証人があとどれくらいいるかというタイミングで、孫の代でようやく捜しにかかるという…。私も飛行機を通じて興味を持ちました。ファミリーヒストリー、面白いですね!

  1. トラックバック 0