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航空科学博物館へ行こう!(1)西棟・B747と世界最大動く模型

成田航空科学博物館

こんにちわ!
竜子です。

今日お届けするのは、航空ファンにお勧めしたいスポット、成田空港近くにある航空科学博物館です。
紹介ポイントがいくつもあるので、回を分けて紹介します。予定は下記の通りです。ぜひおつき合いください!

1回目:航空科学博物館・西棟(この回)
2回目:中央棟と飛行機撮影スポット
3回目:東棟・企画展示、屋外展示場、アクセス

では、行ってみましょう。西棟。上の写真の左側が、西棟になります。
ちなみに施設はこのようになっています。地図の上がちょうど成田空港で、左端に半分だけ機影が書いてありますが、そこがRWY34エンドです。

成田航空科学博物館

これはセスナ195、朝日新聞社の朝風号。昭和22年に生産が始まった5人乗りの軽飛行機です。
入館料は大人ひとり500円。この航空科学博物館の分館というのでしょうか? ミュージアムショップが成田空港内にあって、私はそこで割引券をいただきました。確か…2割引のチケットで400円だったように記憶しています。入館口の券売機でチケットを購入していざ入館、ですが、各種割引チケットがある方は、直接係員さんのところへ行きます。

成田航空科学博物館

順路の1から回ってみることにしますが、その前にぜひ入手していただきたいのが、パスポート?! です。パスポートといっても、実はスタンプ帳。館内入ってすぐの正面売店で販売しています。1部100円です。デザインがなかなかかわいいですよ。

成田航空科学博物館スタンプラリー

全部集めると達成感?! けっこうそれらしいデザインのスタンプが多くて、トキメキますねぇ。こうやってパスポートぎっしりにスタンプを埋めるのがずっと憧れでした〜。

成田航空科学博物館スタンプラリー

スタンプが置いてあるところの目印はこの青と白のパネル。空港ごとの解説が書かれていて、スタンプを集めながらだとなかなか勉強になります。全て集めると14個。そのうち最初のスタンプはパスポートを購入した時点で「航空科学博物館」のオリジナルスタンプが捺印済です。そして、最後の1スペースが空いちゃってるけど、どこにあるか分からない?! と思いきや、最後のスタンプはまた玄関口の売店で押してもらう必要があります。ちなみに、全部スタンプを集めると売店で記念品がもらえます。
「子供向けのおもちゃしかなくって申し訳ないんのですが…」と、係員の方。
「こちらこそ、子供でもないのにすみません…」(実際のやりとり)

成田航空科学博物館

さて。中に入ってきました!
円形ホールのようになっていて、上を見上げるとジャンボ機の模型!! この正体はまたあとで紹介するとして…。

成田航空科学博物館

西棟入ってすぐはB777コーナーになっています。

成田航空科学博物館

このパネルは、ボーイングB747の開発責任者・ジョーサッター氏が1999年に来日した際に寄贈した写真とのことですが、なんだか版画のようにザラザラしたB747初号機の写真でした。

成田航空科学博物館

大きさを比較できるものがないのでスケール感が分かりにくいのですが、窓ガラス1枚とっても大きいし、分厚い!

成田航空科学博物館

この航空科学博物館のよいところは、見て触って体感して楽しむところにあります。
このモックアップ(実物?!)も中に入れるんですよ〜。

成田航空科学博物館

一部の計器にはアクリルカバーがされていますが、この計器類を見るだけでも圧巻のコックピット!

成田航空科学博物館

お約束ですね。ここまで来たらぜひ座っちゃいましょ。
「I have control!」

成田航空科学博物館
成田航空科学博物館

そしてこちらはプラット&ホイットニー社製のJT-9Dエンジン。
こんなおっきくて重そうなのを4つも付けても空を飛ぶんだから凄いよなぁ〜。と感心しましたけど、逆にこんなの4つだけで400人も500人も人を乗せて運ぶことが、想像しがたいほど凄いことですよね…。

成田航空科学博物館

横から見ると小槌のようです。こんな風になってたのかぁ…。もう、これは絶対に写真じゃ伝わりませんよね。
近くでよく見ても、なにがどんな働きをしてパワーを出しているのか、全く分からないんです。部品のひとつひとつを見ても、ナンのこっちゃ。けど、理屈はなんだかよくわからないけど、構造美というか…、美しささえ感じてきました。

成田航空科学博物館

このタイヤはDC-8です。最初に大きなB747を見たのもあって「アレ、ちっちゃくない?」って思いました。が…。ジェット機時代を牽引したダグラスDC-8の脚だと思うと、パンパンッ、と肩を叩くように撫でたくなります。「おつかれさま」と。

成田航空科学博物館

これはDC-8とYS-11の胴体を比較した断面です。内側がYS-11、外側がDC-8!

成田航空科学博物館

客室乗務員の制服。華やかな女性の制服って感じですね。1960年代に着用されていたユナイテット航空のユニフォーム。左のオレンジの制服は今でも十分かわいいです。

成田航空科学博物館

制服の系譜は、バービー人形や一部だけジェニーちゃん(リカちゃんかな?)でお楽しみください。
もしかしたら、この日本人的な顔立ちのお人形さんは、タカラバービー時代のものかもしれませんね。1982年〜89年までの6年間、タカラとマテル社が業務提携して「タカラバービー」(ジェニーちゃんの前身)を発売していましたが、この提携解除で産まれたのが「ジェニーちゃん」なんです。もし、詳しいことを知っている方がいたら、ぜひコメントで教えてください。

成田航空科学博物館

たくさんお人形さんが並べられてはいるのだけれども、どれが何かはよくわかりませんでした。スーツケースなどのロゴから察するに、ほとんどユナイテッドだとは思うのですが…。
乱雑に並べられている感じがありますが、右端の座り込んでいるバービーがなんだかしっくり来る…。

成田航空科学博物館

こちらは「人形に見る客室乗務員」の展示。こっちは明らかにジェニーちゃん(3段目右)、リカちゃん(3段目左)、バービーちゃん(2段目右)、と揃っているほか、フィギュア(上段)もあります。
ANAなどの機内販売で発売されたリカちゃん他、ミールセットなどもあります。

成田航空科学博物館

もちろん客室業務員だけでなく、パイロットの制服展示もあります。

成田航空科学博物館

このパネル展示で知ったのですが、帽章の羽の数は資格によってまちまちなんですね! 知らなかったです。

成田航空科学博物館

お〜。世界最大のブリヂストンタイヤ! ブリヂストンの前身・日本足袋タイヤ部に日本で初めてタイヤをつくリ、そしてブリッヂストンタイヤ時代に一式戦闘機「隼」で採用され、さらに近年はミシュランを抜いて世界最大のタイヤメーカーに登り詰めるとは!
ちなみに、ブリヂストンでは1931年(昭和6年)から自動車タイヤを製造し、1936年(昭和11年)に航空タイヤの製造をはじめました。

成田航空科学博物館

この円形ホールの一画に、B747の客室を満喫できるところがあります。照明も程よく暗くて、歩きくたびれた方たちがくつろいでいました。ひとりで1列独り占めできるくらいです。
ちょうどコックピットから、ファースト、ビジネスまでくらいの大きさでしょうかね。この座席の後方にはギャレイがあるのです。

成田航空科学博物館

実際よりも広い場所にレイアウトされていますが、これがまたパッタンパッタンと触れて面白い。
こんなに重いんだ! とか。結構しっかりしてるんだな、とか。ストッパーも各位置に備わっていて、さすが機内の備品だなぁ、という感じです。写真では省きましたが、ラバトリーもちゃんとあります。

成田航空科学博物館

そして、日本が誇るJAMCO! 羽田へ行くとビルなんかに威風堂々と掲げられた「JAMCO」という文字を見ては、カッコいい! とときめくんですね…。もともとは(今も)整備業者として、整備や装備品の修理改造を行っていましたが、1970年(昭和45年)、全日空のB727とB737のギャレイ製造の受注がきっかけとなり、このように機内の内装品メーカーとしても発展したのだそうです。
ラバトリーに関しては、世界シェア50%を誇るのだとか。
ジャムコって、もう響きがカッコいいですよね〜。「New Japan Aircraft Maintenance Co」の略だそうです。

成田航空科学博物館

はいっ。では、ここはCAさんになった気分で、背筋を伸ばして前方のコックピットに行きましょう。コックピットクルーの皆さんに、お茶とコーヒーを運ぶのです。
「トントントン♪ フォワード・センターの竜子です。お茶を持ってまいりました♪」
………。(ま、スルーで)
で、このコックピットは、映画ハッピーフライト」の撮影で使われたものらしく、室内には出演者のサインだらけになっています。どれが誰かは不明です。

成田航空科学博物館

東京国際空港(羽田空港)開港50周年の優待乗車券のチケットだとか…、

成田航空科学博物館

各種航空会社の年代物の時刻表だとか…(左端はブラニフ航空)、

成田航空科学博物館

その時代時代で活躍していたデザイナーのものであろうパンフレットだとか…、

成田航空科学博物館

記念グッズやタグの数々だとか…、

成田航空科学博物館

BOACの記念品に…、

成田航空科学博物館

贅沢のアイコンでもあったフライト・バッグの数々。
こうしたものの移り変わりを見るだけでも、時代のうねりを感じられてとても興味深いです。

成田航空科学博物館

さて、冒頭でチラッとご紹介した、円形ホールを入ってすぐに見上げた模型。
これを上から見るとこんな感じになっています。

成田航空科学博物館

あれっ!? 同じ場所からの写真なのに、動いてるのは分かりましたか??
これは、なんとB747の1/8スケール模型!! 稼働する模型としては世界最大サイズなんだそうです。

成田航空科学博物館

実際にコックピットから操縦する体験も出来ます(各回整理券制)。
ほら。人がいますよね?!
ちゃんと教官が指導してくれます。

成田航空科学博物館

操縦体験室はこのようになっていて、計器類もしっかり。なかなか本格的。

成田航空科学博物館

一心同体!!

成田航空科学博物館

次回に続く!

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航空祈願の成田山新勝寺

成田山新勝寺

こんにちわ!
竜子です。

今日お届けするのは、飛行機ファンのみなさんには機会があったときにぜひ行って欲しい、成田山新勝寺です。
成田空港の近く(といっても歩いていける距離ではないです)に位置するこの成田山新勝寺は、新年を迎えると多くの参拝客が訪れ、三が日だけでもその数はなんと298万人(2010年)。全国第1位の明治神宮(320万人)に次ぐ初詣人気スポットであります。

また、節分になるとお相撲さん、芸能人らが集まって恒例の節分会(せつぶんえ)がが行われ、時間を分けてまめまきを披露するので、テレビでその姿を見る方も多いのではないでしょうか。それから、歌舞伎役者の市川宗家(…宗家ってなんじゃ)がなにかってときに登場しますね。昨年は連日話題となっていた市川海老蔵さんですが、その海老蔵さんらは屋号を「成田屋」と名乗っていて、それもこの成田山新勝寺に由来しています。
というのは、子供に恵まれなかった初代・市川團十郎が、成田山で子宝祈願をしたら翌年、2代目を授かったんだそうで、その感謝を込めて初代・團十郎が「成田不動明王山」という演目を披露したら、これが大当たり。「成田屋っ!」なんてかけ声がかかったりしたことから、屋号が「成田屋」と決まったといいます。大衆からは絶大な人気を誇る市川團十郎のこの演目、どんなものだったんでしょうね? そしてこの「成田不動明王山」のヒットを受け、続いて「成田分身不動」の演目を披露。こちらも瞬く間に江戸っ子の間で大流行し、成田山界隈におおきな経済効果をもたらしたというから、成田屋にとっても成田山にとっても相乗効果。この縁があって、今もなおギブアンドテイクの関係で繋がっているようですね。
2011年3月28日まで、「成田屋・江戸人と成田不動展」という特別展示が成田山平和大塔霊光殿内で開催中ですので、興味のある方はこちらも。

さてさて。この成田山新勝寺を紹介する本懐は、航空祈願の方ですねっ。多くの方がご存知の通り成田山新勝寺は交通祈願でおなじみのお寺さん。航空業界や防衛方面の多くは神道にのっとって祈祷がされることが多いですが、成田空港で毎年執り行われる航空安全祈願祭では、成田山のお聖人がやってきて祈願をし、安全法楽と、成田空港に乗り入れている航空会社の護摩札授与、鏡開きが行われています。

宗派は真言宗智山派。本尊は不動明王。「のーまくさんまんだー ばーざらだんー…なんちゃらかんちゃら」ってヤツですかね??

参道はこんな感じになっていて、近くの沼でとれるうなぎがちょっとした名物になっています。
昔、この界隈には遊郭が多かったそうで、建物の造りを見ながらの散歩もちょっと面白いですよ。

成田山新勝寺

開山は940(天慶3)年。天慶3年がどの辺りが、私にはさっぱりわかりませんが、日本では平安時代の朱雀天皇とか村上天皇の頃らしいです。
2008年の開基1070年を記念して、総門が新設されました。

成田山新勝寺

ここで御護摩の申し込みをして、奥の受付へ進みます。
2年くらい前だったかな。3000円という木札が突如なくなってしまって、実質値上がりしてしまいました…。今は、最低でも5000円、10,000円、15,000円とかだったかな? 30,000円とかも。けっこう躊躇するお納め額になってしまいました。去年から「週刊 飛行機ダイスキ!」でもらおうもらおうと思いつつ、やっぱりやめました。でも、新年にいただいたコメントを出力して持って行きましたよ!

成田山新勝寺

お願いごとの種類はざっとこんな感じです。
家内安全、商売繁盛…といった見慣れた祈願から、工事安全、工場安全、大漁満足、海上安全。そして、旅行安全、航空安全、とあります。

成田山新勝寺

本尊に行く途中の橋に、左右にこうした池があります。

成田山新勝寺

よくみると、亀に似ていますよね。時折、ここに本物の亀がやってきて、寝そべっていたりします。多いときには、ちょっと気持悪いくらい大量にいるときがありあす。
が、この岩のような亀に向かって、お金を放ります。見事、この亀の上にお金が乗ったら、願い事が叶うのだとか。私は2回チャレンジして成功。去年は、なんどもなんども挑戦しました。

成田山新勝寺

こちらが本堂。中では厳かに祈祷がおこなわれています。

成田山新勝寺

これは、お守りの種類。わたしは緑色の学業成就のお札を。そして、車のお守りは、今年からこの1000円のお守りに格下げです。守ってくれるのは「値段じゃないんだ」と自分にいい聞かせながら。
真ん中にある白の「御守」は身代わり札で、成田山にある仁王門の竣工時に大工さんが足場から落ちてしまったときに、このお札が身代わりとなって割れただけで、本人は怪我がなかったという言い伝えから、戦前に「鉄砲玉から身を守る」としてこのお札が流行したそうです。当時は海軍に「成田山号」が、陸軍に「新勝号」という戦闘機が献納されたそうです。

成田山新勝寺

ほかにもいろいろあります。…こういうご本尊って、写真に撮っていいものなのかな。よくわかりませんが。

成田山新勝寺
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ボーイング777コックピット「続・機長席」第6回

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この作品は過去、ベストセラーを記録した航空ドキュメンタリーの傑作CDブックを電子書籍化したものである。
新千歳空港を折り返したボーイング777は東京・羽田 空港へ向かう。折しも、羽田上空は九州、大阪、沖縄から飛来した航空機と北から下ってくる航空機が一緒になって夕べの空のラッシュアワーだ。それら数十機の航空機をまるでオーケストラの指揮者のように鮮やかにさばいて羽田空港に着陸させる管制官の仕事には息を呑む緊迫感と感動がある。東京湾上空のスリリングな舞台裏をあますところなく描いたクライマックスは、この作品最大の読みどころであり聴きどころである。

第3章 クルージング_2

 114便は五番目の通過点CANNA(北緯37度56分6 東経140度41分5)をフライオーバーして航空路Y10を茨城県の大子に向かって飛行している。
あと8分ほどで114便は降下を始めるのであった。
それに先立ち、コックピットクルーは羽田空港の最新のインフォメーションを知る必要がある。電送又は音声で空港情報ATIS(アティス)を入手する。

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★「続・機長席」挿入06atis.

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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トウキョウインターナショナル エアポート インフオメーション I(インデア)
0900 VOR/DME アプローチ ランディングランウェイ16レフト ディパーチャー ランウェイ 16ライト ディパーチャーフリクエンシー126デシマル0
ウィンド 200ディグリー 19ノット マキシマム29ノット ミニマム13ノット ビジビリティ30キロメーター ブロークン ハイトアンノーン テンパラチャー14 デューポイントー1(マイナス・ワン) A3018インチ アドバイス ユー ハブ インフォメーション インデア

(東京国際空港の9時(日本時間18時)のインフオメーションI(インデア)です。
空港への進入方式はVOR/DMEアプローチで、着陸滑走路は16レフト。離陸滑走路は16ライトを使用しています。出発管制の周波数は126.0メガヘルツです。
風は200度方向(ほぼ南南西)より19ノット吹いています。最大風速が29ノット、最小が13ノットです。視界は良好で30キロメートル。雲はありません。
気温は摂氏14度で露点温度はマイナス2度、気圧3018インチです。
インフォメーションI(インデア)を受信したことを通報してください)

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★「続・機長席」挿入06

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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エアシステム羽田ディスパッチルームが羽田周辺の天気情報を電送でアップリンクしてきた。
コミニュケーション」と森田機長が液晶ディスプレイを確認しながら下降(ディセント)のフリーフィングを始めた。
東京アプローチのインフォメーションです
副操縦士もメモを取りながら聞き入る。
アバーブ24000でライトタービランス。イクスペクテッド 関東エリア。ビロー 24000 スムーズ エクスペクテッド あとビロー 7000 オケージョナリー ライトマイナスタービランス
(24000フィート以上で軽いタービランス(乱気流)があります。関東エリアです。そして24000フィート以下はスムーズに下降できます。あと7000フィート以下で場合によっては軽い乱気流が予測されています)
キャンセルメッセージ」と機長が言って次の項目へ進もうとした時、ナビケーション・ディスプレイのレーダー画面に対向してくる飛行機の機影が映った。
トラフィック。ワンオクロック ハイ」(飛行機が上空一時の方向にいます)
木村副操縦士がコールする。
イン・サイト
森田機長が目視して確認する。パイロットが目視で他の飛行機を探知可能な距離は約20マイル(約36キロ)前後の範囲である。
エア・ドゥ15 ラジャ ナウ クライム フォア 410
羽田空港を17時25分に離陸し高度39000フィートで新千歳空港にむかっているエア・ドゥ15便、ボーイング767ー300が乱気流のため高度41000フィートに上昇する許可を東京コントロールに貰う交信を傍受する。
41000!
114便の右前方彼方を飛ぶエア・ドゥ機に、森田機長が感嘆の声を上げた。41000フィートの高高度飛行を飛行できる機種はそう多くない。ボーイング777でも重量が重いと上がれない時もある。
再びATISを電送で取って、木村副操縦士が羽田空港の情報を再確認する。
東京はVOR/DME。16のレフト。200の17ノットですね
(東京のアプローチはVOR/DME(これをボルデメと発音する)方式で、滑走路は16レフトを使用。滑走路上の風は200度方向から17ノットですね)
了解
確認して森田機長は下降のブリーフィングを再開した。
それではフラップス30。オートブレーキ2(着陸時のフラップは30度、オートブレーキは2の位置です)」
ディセント・プリパレーション
森田機長が降下に関しての打合せの指示を出した。
スポット(羽田空港到着時のゲート)は2番です。滑走路16レフトの場合は特に大きなノータム(空港の情報)はありませんので。マイサイド ディセントプリパレーション コンプリーテッド(完了です)」
木村副操縦士は自分側の各種の準備を終えて言った。
旅客機の場合は、下降、進入、着陸、そして着陸が出来ない場合の着陸やりなおし(コーアラウンド)の手順などを下降開始前に打ち合わせてしまう。下降や進入に入ると時間がないからだ。
ユー ハブ コントロール
アイ ハブ コントロール
森田機長は副操縦士と操縦を交代して、手元のデーターを見ながらいろいろなセットを行い着陸時の打合せを始めた。
ランディング ブリーフィング。シップ、OK。ノータム了解しました。とくになし。(使用滑走路は)ランウェイは16レフト。(滑走路上の風は)200度17ノット。ライト、クロスですね
羽田空港の着陸時は滑走路右側からの横風(クロスウィンド)になることを確認して森田機長はブリーフィングを続けた。
天気は良好。ノーシーリング。14度の2度 3019
今日の羽田空港の天気は良好だが風は強い。雲はなく視界は良い(ノーシーリング)。気温は摂氏14度。露点温度は2度、気圧は3019インチと高気圧であった。
シーリングとは雲底高度、すなはち地上から見た雲の高さのことで、もし羽田空港のシーリングが1000フィート以下では、このVOR/DME16レフトの進入方式では着陸することが難しいのである。
ボルデメ(VOR/DME)16レフト。レーダーベクター(レーダー誘導)」
打合せは空港への進入方法に移った。
羽田空港には何種類かの進入方法があり、そのときの風や雲の状態を見て空港管制官が決める。
今日の羽田空港のアプローチ方法は、VOR/DME16レフトと呼ばれる方法で、九州や大阪など南から飛来した飛行機は千葉県の御宿上空で左旋回し、機首方向320度で房総半島を横断して東京湾に出て、東京湾の真中に設定されたポイント、ジョーナン、湾岸にある江東VORをえて羽田空港滑走路16レフトに着陸する。
114便のように北から進入する飛行機は、霞ヶ浦の西にある阿見VOR上空から千葉市の東を通り、右旋回して南の飛行機と合流して機首方向320度でジョーナンに至る。ジョーナンから南の飛行機と同様に羽田空港滑走路16レフトに着陸する。
南北どちらにしても、ほとんどの場合、羽田空港の進入は管制アプローチコントロールによるレーダーで最終進入コースまで誘導される。
MDAが1000ですね。江東(VOR)へはインバウンド320度。コンストレインはさっき言った通りです。LーNAVでファイナルコースへ飛行します。江東(VOR)以北(東京の市街地)は、騒音関係であまり北に行かずに早めに曲がりますから
江東VORから北は東京の市街地が広がっているので、飛行には細かい騒音規制があるのだ。
次に森田機長は着陸やりなおしの場合を想定した打合せをおこなった。
最後はフライパス・ベクターはマイサイドでアプローチします。ゴーアラウンドは、アイ コール ゴーアラウンド・フラップ。ポジティブ・クライムでギヤアップ。ミスアプローチコースに沿って浦賀、舘山方向に飛行します。高度は4500(フィート)上昇。早めにコンタクトしてもらって再度、(レーダー)ベクター(誘導)を受けます
最後に機長は滑走路への着陸と着陸あとの事柄にふれた。
ヴァーチカルに関しては、VNAVパスで。多分ダウンウィンド1500くらいまではいきますから。ランディングフラップスは30。VTGはプラス6で130を予定しています。オートブレーキ2。一応降りたら(着陸したら誘導路は)チャーリー(C)4、ジュリエット(J)3を考えています。スポットは2番予定ね。何かありますか?
ありません」木村副操縦士が答えて進入、着陸時の打合せが終わった。
アイ ハブ コントロール
ユー ハブ コントロール
ふたりはコールし合って操縦を交代する。114便は降下(ディセント)準備が完了した。降下ポイントまであと30マイルである。

武田一男

ボーイング777コックピット「続・機長席」/全9回
録音・解説:武田一男 (C)Director’s House

【著作について】「続・機長席」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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ボーイング777コックピット「続・機長席」第5回

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この作品は過去、ベストセラーを記録した航空ドキュメンタリーの傑作CDブックを電子書籍化したものである。
新千歳空港を折り返したボーイング777は東京・羽田 空港へ向かう。折しも、羽田上空は九州、大阪、沖縄から飛来した航空機と北から下ってくる航空機が一緒になって夕べの空のラッシュアワーだ。それら数十機の航空機をまるでオーケストラの指揮者のように鮮やかにさばいて羽田空港に着陸させる管制官の仕事には息を呑む緊迫感と感動がある。東京湾上空のスリリングな舞台裏をあますところなく描いたクライマックスは、この作品最大の読みどころであり聴きどころである。

第3章 クルージング

 現在、114便は盛岡市の北北東、北緯40度00分2 東経141度19分2にある四番目の通過地点PANSYを過ぎて、岩手県の花巻に向かって飛行をしている。
飛行高度は39000フィート。離陸して25分になる。
先ほどから気流の乱れで少し揺れが続いていた。

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★「続・機長席」挿入05

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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 エアシステム137便東京発釧路行きのMDー90が、宮古上空を北に向かう交信を聞きながら木村副操縦士が言った。
これ以上、揺れが強くなるなら(高度)41000(フィートの飛行)を考慮したほうがいいと思います
39000フィートの上を飛行するとなれば、磁方位202度で飛行しているので高度43000フィートでの飛行となるが、北行きの高度41000フィートも許可されることもあるのだ。すれ違う航空機の衝突やニヤミスを避けるために、航路上では磁方位が180度から359度までの航空機は奇数の高度設定。
0度から176度の航空機は偶数の高度と定まっている。そしてそれぞれ1000フィートの高度差を取る。高高度29000フィート以上では2000フィート毎に決められている。
西の空に太陽が沈んだ。
それでも39000フィートという高高度ではまだ明るさが残っているが、地上はすっかり暗くなり、残雪を抱いた山々が薄い闇を透して青白く浮きだして見えている。
サッポロコントロール。オールニッポン780。フライトレベル390
17時15分、114便の前に千歳空港を離陸した全日空780便大阪行きの747が、39000フィートに上昇してきた。35000フィートの飛行は気流が悪く39000フィートの巡航高度に変更した様子である。
下界には雲もなく気持良く澄み渡っているので、見た目にはとても気流が悪いとは思えないが、予報通りに20000フィート前後と35000フィートから37000フィートにかけて晴天乱気流(キャット)がある様子で、飛行機が続々と高高度に集まってくる。
オールニッポン780。ラジャ
つづいて管制官は日本航空846便へ札幌コントロールから東京コントロールへ移管する交信を入れた。
ジャパンエア846 コンタクト トウキョウコントロール 118.9 ジャパンエア846 コレクション トウキョウコントロール 124.1、124.1 」(日本航空846便へ。以後は東京コントロール 118.9メガヘルツへ連絡して下さい。日本航空846便へ。訂正します。東京コントロール124.1、124.1です)
124.1 ジャパンエア846」(124.1。日本航空846便了解しました)
サッポロコントロール。オールニッポン66。リービイング153。クライミング350」(サッポロコントロールへ。全日空66便です。高度15300フィートを高度35000フィートに向かって上昇中です)
オールニッポン66。サッポロコントロール。ラジャ
アンド リクエスト 390?」(それから、39000フィートの飛行許可を貰えますか?)
航空路上で同一高度の飛行機間のインターバルは20マイルなので、その距離が取れるスペースが高度39000フィートにあるかぎり管制官は許可を与える。
オールニッポン66 ラジャ。クライム アンド メインテイン 390
(全日空66便へ。39000フィートの飛行。了解しました)
サンキュー クライム 390 オールニッポン66
全日空66便、17時30分千歳空港を離陸して114便のあとを羽田空港に向かうボーイング747ー400の交信を聞きながら森田機長が呟く。
みんな39000(フィート)だね
35(35000フィート)あたりに(晴天乱気流)があるんですね」と木村副操縦士。35000フィート付近での気流の乱れを確認するように言った。
114便は盛岡市のすぐ東にさしかかった。
今は丁度、花巻の北だな。(花巻まで)40マイルあたりか・・
森田機長がナビゲーションデスプレイに表示された近隣の空港の位置を見ながら言う。
そこに栗駒山がありますね
青白く雪がのった岩手県の栗駒国定公園の山々が、くっきりと、まるで箱庭に作ったの山のようにディテールを見せている。まだ100マイル(約185キロ)以上先だが、この高度からであると「そこ」に思えるほど、すぐ下に真近に見えるのだ。
鳥海山はあれか・・
機長が今度は栗駒山の右手、少し遠くを指差した。
成層圏から見ると日本は驚くほど狭い。太平洋と日本海が僅かに首を回すだけで一望できる。高度39000フィートのクルージングは、コックピットの機窓に素晴らしいパノラマ風景を映しだしている。このパノラマだけは、絶対に客室では味わえないここ操縦室だけのものなのだ。
あの辺は岩手山ですね
副操縦士も右窓に顔を寄せて飛行機の真下を見ながら言った。
岩手山の右の方に山に筋が沢山あるところは、あれは安比のスキー場ですね
777ではエンルートの観光説明が機長のマニュアルからなくなった。日本エアシステムのレインボー7の全座席には液晶モニターテレビが装備され、機外の景色や刻々と変わる飛行位置を日本地図の上で確認出来るキャビン・インフォメーション・システムが乗客サービスとして加わったので、機長アナウンスも挨拶程度に簡素化され、乗客はゆっくりと好みのビデオ番組や飛行情報などを楽しめる配慮がなされている。
サッポロコントロールが114便を呼んできた。東京コントロールへ管制エリアが変わるのだ。
エアシステム114。コンタクト トウキョウコントロール124.1
続いて全日空744便にも同じ交信をした。木村副操縦士が周波数を124.1に変えるとキャセイ航空883便が120.5周波数の東京コントロール中部セクターに出て行く交信を傍受する。
124.1?
一瞬、森田機長が小首を傾げる。
普通、新千歳空港から羽田空港に飛行する場合、北のサッポロコントロールから東京コントロールへ引き継がれると、まず、東京コントロールの東北セクター118.9メガヘルツにコンタクトする。そして東京に近づくと茨城県付近で関東北セクターに引き継がれる。その周波数が124.1メガヘルツなのである。
だが、今日の管制は東北セクターをとばして関東北セクターへ引き継いだのである。
いきなり飛んでしまったみたいですね。トラフィック(航空機)が少ないのですかね?」 木村副操縦士も怪訝な顔をした。
トウキョウコントロール エアシステム114 レベル390」副操縦士に代わって機長が管制官呼び掛けた。
エアシステム114。ラジャ
交信は簡単に終わった。114便は東京コントロールのエリアを南南東にクルージングを続けた。

武田一男

ボーイング777コックピット「続・機長席」/全9回
録音・解説:武田一男 (C)Director’s House

【著作について】「続・機長席」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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「空と宇宙展」レポート(3)

まだまだ紹介したいものはいっぱいあるのですが、そろそろ。
でもって、出口付近には未来チックなガチャガチャ(ガチャポンというの?)。よく見たらスーパーボールで、宇宙飛行士だとかスペースシャトルが埋め込まれたスーパーボールでした。

空と宇宙展

お土産のおすすめはこれかなぁ〜。

空と宇宙展

はい。YS-11のプラモデルです。国立科学博物館が所蔵している、YS-11量産初号機のプラモですっ! 買いました。が…組み立てていません! 普段の展覧会であれば図録もお勧めしたいところですが、展覧会の内容と図録の目的がちょっとかけ離れているような気もするのと、コストパフォーマンスがなぁ。でも、歴代の飛行機が一同に集結していて、展覧会とはまた別の意味合いで資料的価値はあります。

空と宇宙展

ほかにも、紙でつくるグライダーなどもあります。300円で手軽ですが、どこでも売ってるといえば売っています^^;

空と宇宙展

さてさて。「空と宇宙展」はここで終了なのですが、特筆すべきは「空と宇宙展」会場の外で行われていた、展示会ではないでしょうか。記憶が定かではないのですが、たしか航空ジャーナリスト協会主催の展示会だったような気がします。
こうした模型展示も見応えがあるのですが…、

空と宇宙展

パンフレットや時刻表の歴史、を個人の方のコレクションをパネル展示していたりしています。

空と宇宙展

BOACとか…。大型旅客機時代の幕開け的観点から、

空と宇宙展

はたまた、戦前・戦中の資料まで。
こちらは「模型で見る戦前・戦中・戦後」といったテーマを定めたパネル作りをされていました。

空と宇宙展

さらには、こうした手書きイラストで綴られた「航空」もあります。

空と宇宙展

日本で曲芸飛行を行い、一大センセーションを巻き起こしたアートスミスの絵はがき。これは1916〜1917年(大正5〜6年)当時の貴重な絵はがきです。

空と宇宙展

こちらにも切手のほか、当時の訪欧飛行の様子や、大衆レベルでどれほど盛り上がったイベントだったのかが伺い知れるような貴重な資料の数々です。
空と宇宙展

日本の航空郵便が開始された際のチラシがあったり、彩色された満州航空のハガキが見えたりしますよね。右下にグラーフ・ツェッペリン号が見えますが、これは1928年に製作されたもので、全長235m、航続距離がなんと1万kmというスペック!

空と宇宙展

こっちの展示、すっごく面白かった!!
以上です〜〜!

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「空と宇宙展」レポート(2)

広い会場を見上げると、なにやらたいそうな模型が?!

空と宇宙展

いやいや、これ、模型じゃないんです。「電建号」といって、戦後初の国産グライダー。初めて見ました。
今も人影があるように見えませんか? なんだか、生き生きしているような! 当時のここからの眺め、さぞかし気持よかったでしょうね!

空と宇宙展

たま〜に、手で触って遊べるものもありますよ。これは月の砂と地球の砂の比較。月の砂って、ベビーパウダーみたいに粒子が細かかったよ(宇宙の話題になっちゃった^^;)。

空と宇宙展

これはJAXAをはじめとした研究チームが構想中の、次世代超音速飛行機の模型。静音性、燃費向上、快適性などの観点から研究を進めているようです。この模型から察するに、スペースシャトルみたいですね。

空と宇宙展

こちらは新明和のPS-1/US-1飛行艇。これは対潜哨戒機で、領海を見張ったりしています。
「空白の7年」といわれる敗戦後の日本は、戦闘機の開発だけでなく、航空分野の一切が解体され、その後独自の発展を遂げるようになったといいます。

空と宇宙展

代表的なのがこうした特殊飛行艇。これは新明和のUS-2で、新明和工業のUS-1の後継機としてUS-2が生まれ、遭難救助機として自衛隊で採用されています。

空と宇宙展

いわずもがなYS-11たちなのですが。
さて、これらの模型の多くは、先の木村秀政先生が選出し、田中祥一氏が製作した「日本の名機百選」の数々です。愛知県所蔵のものなどが一同に集まり、見応えがあります。いやはやじつに精巧。近くで覗き込んでいたらいつの間にか時間が足りなくなっていたほどです。田中祥一氏は模型飛行機の世界で超有名なお方で、この「空と宇宙展」にも多くの模型作品のほか、所蔵品を提供しています。

空と宇宙展

これは、「栄21型・ハ-115エンジン」。いわゆる「ゼロ戦」に搭載されていたエンジンで、第2次世界大戦中に中島飛行機が開発したレシプロエンジンです。下に鏡ががあって反射させてくれるのです。なんだか機械のことはよくわかんないけれど「すごい!」と思った!

空と宇宙展

これも、ゼロ戦に搭載されていたもの。どちらも田中祥一氏が所蔵されているものだそうで、タイヤが思ったよりも「小さいな」という印象です。それもそのはずで、昭和10年頃になると固定脚から引き込み式の脚に変わり、タイヤの直径も小さくなったのだそう(直径60cm/幅15cm)。タイヤがつるつるですが、走り込んだわけではなくって初期のものはタイヤに溝がないんだって。
下の鉄はおそらく、タイヤを固定してたギア部分。

空と宇宙展

こちらは「ロレーン水冷V型12気筒400馬力エンジン」。正直なところエンジンの型番を聞いても、わたしにはナンのこっちゃ、ってかんじですが、なんと「初風」に搭載されたエンジンです。
1920年(大正9年)に行われたイタリアからの訪日飛行の答礼飛行のため、朝日新聞社がフランスからブレゲー機(仏製ブレゲー19A2型機2機)を購入しました。それが「初風」と「東風」(こちかぜ)です。1925年(大正14年)7月に飛び立った両機はモスクワ〜ベルリン〜ロンドン〜ローマと訪欧飛行を成功。その実物が、国立科学博物館に寄贈され、ここに展示されているという…凄さ!!

空と宇宙展

これは「サルムソン9Z水冷星形9気筒230馬力エンジン」。またもやナンのこっちゃ、ですが…。これも歴史的には凄い!!
こちらは、1919年(大正8年)に来日したフランスのフォール大佐率いる航空教育団が教材として持ち込んだサルムソン2A2機のエンジン部分。このエンジンは1918年に開発されたばかりの、当時としては最新鋭のエンジンなわけですが、これは後に川崎や陸軍でライセンス生産されました。この実物は、陸軍東京砲兵工廠で製造されたもの。

空と宇宙展

でもってこの青いの。これは「ANZANI」って書いてありますね。「アンザニー空冷星形3気筒25馬力エンジン」です。

空と宇宙展

つづく

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「空と宇宙展」レポート(1)

こんにちわ!
竜子です。

昨年、報告いたしました「空と宇宙」展ですが、今週末でいよいよ閉幕となります。
この展覧会は、国立科学博物館と日経新聞社さんの主催で行っているもので、1910年(明治43年)12月のわが国最初の動力飛行の成功から100年を記念して開催されました。奇跡的ともいえるはやぶさの帰還で、「航空100年」としての記念すべき2010年がさらに華やかにいろどられました。閉幕までは明日、あさってとありますので、お時間ある方はぜひ。

空と宇宙展概要サイトへ

でもって、行けない方にも。
会期も残りわずかとなりましたが、私のレポートをお届けします。
「空と宇宙展」は、その名の通り、国内における動力飛行の歴史を振り返りつつ、未来への宇宙計画が一通り眺められるようになっておりますが、ここでは「空と飛行機」を中心的に紹介したいと思います。

それでは、日本で初めて動力飛行を成功させたおふたりの紹介から。
ライト兄妹が「世界で初めての動力飛行」を成功させてから、7年後にあたる明治43年12月19日。現在の代々木公園である・代々木練兵場で、徳川好敏氏がアンリ・ファルマン機で、日野熊蔵氏はハンス・グラーデ機で「飛行」させることに成功しました。初飛行のエピソードについては諸説ありますが、現在はこの日をもって「初飛行」としているようです。
空と宇宙展

会場自体がちょっと狭めなせいか(決して狭くはないのですが、展示物が多いのでそう感じてしまうのです)、現物が展示されていなくっても、こんな風にパネル展示してあって、これもなかなかの見物です。
空と宇宙展

実は私が行ったときは、まだ展示ケースのアクリル板に被膜がかかっていてちょっと見づらいのですが、写真左上にあるのがすごろく。子供向けに発売されていたようで、潜水艦のイラスト、旭日旗と一緒に飛行機が描かれています。
下の冊子は、国立科学博物館のある上野の森のそば、不忍池でのイラストです。明治後期から戦前にかけて、この不忍池付近で多くの航空イベント(気球の打ち上げだとか、自動車に牽引させたグライダーの飛行だとか、舶来の曲芸飛行だとか)を行っていました。いまは渋谷や銀座、新宿や六本木に比べると、さびれた感の漂う、上野ではありますが、当時は最先端の街で、1853年(嘉永6年?!)に開業した日本最古の遊園地・浅草花やしきも近所にありました(ちなみ上野と浅草は目と鼻の先です)。また、日本最初の地下鉄は1927年(昭和2年)に開通した上野〜浅草間(2.2km)で、こうした街で航空イベントが開かれるのは必然。いかに上野・浅草界隈が最先端のハイテクな街だったかが分かります。
空と宇宙展

これは、パチンコゲームみたいなものでしょうかね。玉をはじいて都市ごとの穴に玉を入れるような。木製で、家庭用のおもちゃとしては立派なつくりでした。ピンぼけすみません。
空と宇宙展

右側に見える旗は、「神風号」の凱旋の際に振られたものでしょうね。赤の旗のイメージですけど神風特攻ではないですよ。「神風号」は朝日新聞社が所有していたもので、1937年(昭和12年)に東京の立川飛行場からロンドンまでの各地をなんと94時間17分という短時間で親善飛行をしました。ちなみに、このスピードで世界新記録を樹立しています。
さらにこの神風号は、陸軍から払い下げられた「九七式司令部偵察機」の試作機だったのですが、この機体(九七式司令部偵察機)は世界初となる戦略偵察機でもあり、のちに三菱重工から500機近くが生産されました。
空と宇宙展

男性ものの和服(羽織)には、富士山と飛行機、日本(当時の統治領も含めた)をはじめとするアジア一円の世界地図が描かれています。
空と宇宙展

飛行機の研究は、こうした図解の書物になって発行されていたようです。
空と宇宙展

こちらは、当時の日本の航空の栄華を代表する「航研機」についての展示。現在の東大にあたる東京帝国大学航空研究所の試作飛行機です。
航研機とは「航空研究所試作長距離機」。長距離機とあるように長距離を飛ぶのですが、この航研長距離機。1938年(昭和13年)木更津から、銚子〜太田〜平塚〜木更津を結ぶコースを29周し、約1万1000kmを飛行して、周回航続距離の国際記録を樹立。また、186.192km/hで平均時速においても、国際記録の二冠を達成しました。
写真の右側にチラッと見える青の折り畳まれた紙はこの航研機の設計図で、展開したものが巨大パネルになって展示されています。
空と宇宙展

こちらはその航研機に搭載されてたBMW V型水冷エンジン。
空と宇宙展

この航研機については、いろいろと資料が残されています(というか、最近になって発見されたのらしい)。
ちなみにこの航空研究所には、このブログで発表させていただいた「わが心のキティホーク」のアナウンス主・木村秀政先生がいたほか、「ゼロ戦」の設計主任となる堀越二郎氏や、土井武夫氏、さらには日本の宇宙開発の父とも称される糸川英夫氏を輩出しました(小惑星イトカワの土を「航空100年」の年にもって帰ってきたはやぶさとは…なんと奇妙な?!)。
空と宇宙展

中でも必見なのは、当時の実験レポート。
日本は初飛行を遂げた明治後期はむろん大正期においても、飛行機は舶来のものを飛ばしたり、改造しながら見よう見まねで飛行機を製作…でしかなかったのですが、当然欧米の理論的、科学的根拠に基づいた研究なしには、日本での「航空」の発展はないと考え、航空研究所が設立されました。ここに残っているのは名だたる研究者たちが当時学生時代だったときの直筆レポートで、風洞実験の様子などが記されています。中央にあるのは糸川先生のもので、とてもきれいな(教科書のような真面目さのある)筆記体で綴られたレポートを見て、ちょっと感動しました。鉛筆の筆圧、万年筆の運び具合が手に取るように分かります。
空と宇宙展

ほんとうにダメダメな写真ばかりで、ほんっと申し訳ないのですが、この額に飾られたイラストとも思えるものは、実は写真なんですね。それも明治43年〜昭和10年に撮影されたものです。
これは日本陸軍が戦前に国立科学博物館で展示したもので、1枚ずつモノクロ写真に色を付けていったものになります。カラー写真がない時代にこうして陸軍が彩色を施したものが、今の時代になってみれるというのはなんと素敵なことなんでしょうね。私としてはいちばんの見どころといっても過言ではありません。
空と宇宙展

さてこちらは、日本初となる国産旅客機YS-11の風洞実験用の木製模型です。逆向きになっていますが、左の模型を見ると、なんと2階建てになってる!?
空と宇宙展

でもって、こちらはそのYS-11初号機が最初に飛行したときのログブックなど。
空と宇宙展
空と宇宙展

こちらは翼ですね。
空と宇宙展

さてさて。このYS-11の初号機の行方、知っている方も多いかと思いますが、この国立科学博物館で所蔵されています。もちろん、上野の科学博物館の中にあるわけじゃないですよ! 羽田空港の格納庫で大事に保管されています。「大事に」というのは、定期的にエンジンをかけていて、いまも飛ぼうと思えばいつだって飛べる状態になっているということです。で、この初号機、実は事業仕分けの対象にも取り上げられたりで、それこそ知る人ぞ知るという感じですが、年間の維持費が900万円かかるというのを見ました。なかなかお目にかかれませんが(空の日フェスティバルで公開されていましたけどね)、この展示室内にも寄付金BOXがありましたので、気が向いた方はぜひ。

空と宇宙展

つづく

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ボーイング777コックピット「続・機長席」第4回

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この作品は過去、ベストセラーを記録した航空ドキュメンタリーの傑作CDブックを電子書籍化したものである。
新千歳空港を折り返したボーイング777は東京・羽田 空港へ向かう。折しも、羽田上空は九州、大阪、沖縄から飛来した航空機と北から下ってくる航空機が一緒になって夕べの空のラッシュアワーだ。それら数十機の航空機をまるでオーケストラの指揮者のように鮮やかにさばいて羽田空港に着陸させる管制官の仕事には息を呑む緊迫感と感動がある。東京湾上空のスリリングな舞台裏をあますところなく描いたクライマックスは、この作品最大の読みどころであり聴きどころである。

第2章 津軽海峡上昇

 114便は高度16000フィートを通過して高度39000フィートの空へ上昇を続けている。
離陸して7分後にウェイ・ポイントのトビーを過ぎた。そして航空路V10に入り、三番目のウェイ・ポイント、LARCH(ラーチ)上空に向かって約40ノットの追い風を受けて飛んでいる。LARCH(ラーチ)は、北緯41度32分2 東経141度47分9の青森県下北半島の東の洋上にある通過ポイントだ。

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★「続・機長席」挿入04

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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ユー ハブ コントロール
森田機長は飛行機の操縦を木村副操縦士に代わった。
アイ ハブ コントロール」木村副操縦士が椅子を前方に動かして操縦桿を握る。
ジーっと油圧で動く椅子の音が、コックピットの風の音に混じって響く。
ふたりのパイロットは、飛行途中に何度か操縦を代わるが、操縦桿を渡すパイロットは必ず、YOU HAVE CONTROLL、操縦桿をするパイロットは、I HAVE CONTROLLと連呼しあうのが決まりである。
操縦をするパイロット(PF。パイロット・フライング)と操縦をしていないパイロット(PNF。パイロット、ノット、フライング)はそれぞれの役割分担がはっきりと定められている。その区分を明確にしてそれぞれの業務を確実に行うことが二名乗務で運航する航空機の最も重要なことのひとつである。
ユー ハブ ATC」(管制交信をお願いします)と森田機長。
アイ ハブ ATC」(了解しました)と副操縦士。
森田機長は飛行データーを眺めながら、これから行う機長アナウンスの内容を作り始めた。
エアシステム114 コンタクト サッポロコントロール 124.5
(エアシステム114便へ。以後の連絡はサッポロコントロール124.5メガヘルツにしてください)
エアシステム114。サッポロ 124.5
114便をレーダーでコントロールしていた千歳ディパーチャーから、管制区が航空路管制(ACC)に移管された。木村副操縦士は無線周波数を124.5メガヘルツ札幌コントロールに変えた。

そのとき、機内電話のコールがピンポンと響く。
もしもし、(114便が)巡航(水平飛行)になるのは41分(5時41分)ね。降下開始は次の時間(6時)の06分を予定しています」と機長が話す。
ハイ」と電話の向こうで関谷チーフパーサーが答える。
気流はところどころ、軽い揺れはありますが大旨良好です。これから定刻着で機長アナウンスをします
はい。了解しました」と関谷チーフパーサー。この機内通話はすべてのキャビンアテンダントが同時に聴いている。
アフターも了解いたしました」と後部の客室を担当するキャビン・アテンダントも答えた。その間に、木村副操縦士はサッポロコントロールと最初の交信を行っていた。
サッポロコントロール。エアシステム114。リービング178。クライム トゥ 390
(サッポロコントロールへ。こちらエアシステム114便です。現在17800フィート(約5400メートル)を過ぎました。高度39000フィートへ上昇中です)
エアシステム114。サッポロコントロール ラジャ」(サッポロコントロール。了解) ロシアの管制官を思わせる太い声が返ってきた。

森田機長がアナウンスを始めた。
ご搭乗の皆様、こんにちは。今日も日本エアシステムの東京行きレインボーセブンをご利用頂きましてありがとうございます。機長の森田です。副操縦士、木村とともに当機を担当しております。当便は定刻若干前に出発し現在、順調に飛行を続けております。えー上昇しておりますが、飛行高度39000フィート、11900メートルで東京、羽田空港に向かいます。現在のところ羽田空港到着予定時刻は定刻の18時45分、午後6時45分を予定しております。天候は良好です。航路上の気流も安定しております。ごゆっくりお寛ぎください。東京地方、現在南の風、10メートル。晴れ。気温は摂氏15度と報じられております。途中、何かご用の節はご遠慮なく客室乗務員にお申し出ください。ご搭乗ありがとうございます
アナウンス中に、114便のすぐあとを飛行している全日空712便がサッポロコントロールへ移管する交信が聞こえた。コックピットのNDデスプレイには、全日空機の機影が20数マイル後方に映っている。
777には衝突防止装置TCASが装備されている。他の航空機が近ずくと警報が鳴りデスプレイの表示の色が変わり注意を喚起するようになっている。
機体が気流に捕まり、小さい揺れが続いく。

アイ ハブ ATC
森田機長が管制交信を聞く意志を副操縦士に伝えた。
管制官との交信は操縦を担当していないパイロット(PNF)が行うが、その内容は操縦を担当しているパイロット(PF)も同時に聴いて何かあれば、その都度、指示を出すのがコックピットワークである。トイレに行ったり、今みたいにアナウンスをするときなどは、ATC(エアー トラフィック コントロール)の交信を聴くことができないので、アナウンスが終わったあと「アイ ハブ ATC」とコールし通常の担当に戻るのである。
ユー ハブ ATC」木村副操縦士が答えて、管制エリアが変わったことを報告した。
サッポロコントロールにハンドオフされました
サッポロコントロール。オールニッポン426。リービング383 トゥ 390
(サッポロコントロールへ。全日空426です。現在38300メートルを過ぎて39000フィートに上昇中です)
この全日空426便は新千歳空港を15時45分に離陸したボーイング767で広島に向かって飛んでいる。
オールニッポン426。サッポロコントロール ラジャ
空の色が変わってきた。
機首方向左の東の空は夜が訪れ、太平洋の水平線は暗い空と海が渾然と混じりあって闇に溶け込んでいた。西の空は薄い雲がかかり、今までオレンジ色に輝いていた雲も灰色を増し、太陽が雲海の上に最後の残光を残している。
日没は6時15分ぐらいかな?
森田機長は西の空に今にも隠れそうな太陽を見ながら言った。
そうですね。10分から15分くらいです
日没まえの空はまるで印象派の絵のように美しい。
オレンジ、灰色、紺、深いブルー、そして黒色が斑模様に混ざりあう。その空の中を目には見えない無線電波が飛びかっている。そんな風景をパイロットのサン・テクジュペリはこう表現する。
『長いのや、短いのや、早すぎる三連譜・・・ただ何もないと思っていた空間に、何とおびただしい声が隠れていることか』(南方郵便機より 堀口大学訳)
ジヤパンエアー556。サッポロコントロール。スタンバイ。レーダーピックアップ
(日本航空556便へ。こちらサッポロコントロール管制です。まもなくレーダー誘導します。待って下さい)
サッホロコントロール。エアシステム404。フライトレベル310
(こちらエアシステム404便です。高度31000フィートです)
エアシステム404 サッポロコントロール ラジャ
森田機長が窓に映る風景に目をやって少し緊張を解いて言った。
夕焼けが見れそうです
この時間の風景を見なれた筈のパイロットたちにも一息つかせたくなるような美しい景色が、大きなスクリーンでパノラマ映画を見るように、コックピットの窓いっぱいを覆う。

▼新千歳空港から津軽海峡航空路図

新千歳空港から津軽海峡航空路図

※画像をクリックすると拡大します

今、丁度津軽海峡です
ジャパンエア596。コンタクト トウキョウコントロール 132.3 グッデイ
(日本航空596便へ。東京コントロール、周波数132.3メガヘルツへ連絡してください。さよなら)
函館発福岡行きの日本航空596便へ、サッポロコントロールから東京コントロールへの移管の交信である。
ジャパンエア596。133.3 グッデイ
フリクエンシー 132.3」(周波数は132.6です)
132.6。ジャパンエア596」(日本航空596便です。周波数132.6。確認しました)
あれが下北半島です」と木村副操縦士は窓の外を指差して、「逆様になっていますが」と、次はコックピットのレーダーに逆さまに写る下北半島を見て笑った。
114便はナビケーション・ログに記されている三番目のWP(通過点)LARCH(ラーチ)を過ぎて下北半島の沖で少し右に旋回を始めた。そして飛行方向202度に向け八戸上空に向かう。
この航空路Y10は北から南へ向かう空のハイウェイである。八戸で陸地に入り、花巻上空、仙台の西、福島市の東を通って茨城県の大子に向かう。大子VORで海沿いを通っていた航空路V22と一緒になって茨城県の霞ヶ浦にある阿見VORまで続く。
航空路V10に入ると飛行機(トラフィック)の数が増えた。サッポロコントロールと飛行機の絶えまない無線交信が聞こえてくる。
エアシステム712。サッポロコントロール フライトレベル280
(サッポロコントロールへ。エアシステム712便です。高度28000フィートを飛行しています)
釧路を16時50分に離陸したエアシステムのMDー90で、関西国際空港へ向かっている。
エアシステム712。サッポロコントロール ラジャ
ジャパンエア552。レーダーコンタクト クライム トゥ メインテイン240
(日本航空552便へレーダーで捕捉しました。24000フィートへ上昇してください) 秋田空港を離陸したばかりの日本航空552便、羽田行きのボーイング767に、管制官が24000フィートまでの上昇許可を与えた。
サッポロコントロール。オールニッポン744。ナウ、390
釧路を17時15分に出発した全日空744便、ボーイング767ー300が、巡航高度39000フィートに着いた報告である。
オールニッポン744 サッポロコントロール ラジャ」(サッポロコントロール 了解)
エアシステム216。フライヘディング190 ベクタ トゥ ヤマガタ リポート レシービング
(エアシステム216便へ。機首方向190度で山形に向かい山形VOR(の電波を)受信したら報告してください)
トロポを過ぎました」と木村副操縦士が報告した。
現在、高度は37000フィート通過。これまでトロポポーズ(対流圏と成層圏の間)を飛行していたので機体が小刻みに揺れていた。
しかし今は静止したように揺れがない。114便は成層圏に入ったのである。

眼下に八戸の街灯がキラキラと光って見える。
このとき乱気流に遭遇した航空機からの交信が入った。
ジャパンエア846。リクエスト 200 タービランス
(日本航空846便です。乱気流です。20000フィートへの下降許可願います)
ジャパンエア846 ドゥ ユー リクエスト フライトレベル 200?
(高度20000フィートに飛行したいのですか?)
アファーマテイブ プリーズ」(そうです)
ジャパンエア846 ラジャ ディセント アンド メインテイン 200
(日本航空846便へ。了解しのした。20000フィートに下降を許可します)
サンキュー。リービング240 トゥ 200 ジャパンエア846
(ありがとう。24000フィートを離れて20000フィートに下降します)
1000 トゥ レベルオフ
森田機長が高度計を見てコールした。巡航高度まであと1000フィートになるとコールする決まりである。
ブザーがコックピットに響く。このブザーは、飛行高度が設定高度まで900フィート以内になると自動的に鳴り設定高度が近くなったことを知らせるのだ。
上昇角度が浅くなる。もうすぐトップだ。
114便は高度39000フィートに到着した。飛行プラン通りにLARCHを過ぎて60マイルの地点であった。
114便は岩手上空で水平飛行に移った。ボーイング777は夕日の空を南に向かって飛行を続けている。

武田一男

ボーイング777コックピット「続・機長席」/全9回
録音・解説:武田一男 (C)Director’s House

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B747コックピット「ヨーロッパ飛行」第5回

[title_europe]
ヨーロッパ飛行画像(haruhikon提供)

「離陸」

—————————————-
★「ヨーロッパ飛行」挿入05

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

—————————————-

前方機がエンジン・フルパワーで離陸滑走を始めた。その轟音がコックピットを震わせるほどである。滑走路28の進入口が目の前に迫って来た。岸田副操縦士はタワー管制へ交信を始めた。
「チューリッヒ・タワー ジャパンエア412 レディ フォア テイクオフ ランウェイ28」(チューリッヒ・タワー管制へ。日本航空412便です。滑走路28からの離陸準備は完了しています)
「ジャパンエア412 クリア ライン アップ ランウェイ28」(日本航空412便へ。滑走路28に進入して下さい)
「ジャパンエア412 イントゥ ポジション アンド ホールド」(日本航空412便です。滑走路内に進入し、待機します)
「はい、クリア ライン アップ」
「はい、クリア ライン アップ アンド ホールド」
空港に進入して来る航空機に着陸許可が出された。
岸田副操縦士は「イントゥ ポジション アンド ホールド(into the position and hold)」、タワー管制官は「クリア ライン アップ(clear line up)」と一見、違った言い方をしているが、意味は一緒である。最近まで日本国内では「(タクシー)イントゥ ポジション アンド ホールド」という用語であり、欧州では以前より「クリア ライン アップ(ウエイト)」であった。日本国内では平成18年(2006年)10月に管制方式基準の改正に伴い用語や言い回しは変更になった。この変更はアメリカのFAA(Federal Aviation Administration:連邦交通局)からICAO(International Civil Aviation Organization:国際民間航空機関)方式に倣ったものである。ちなみにFAAはアメリカ運輸省の下部組織で、航空輸送の安全維持を担当する部局で、航空機の開発などもFAAの承認が必要になる。ICAOは国際連合経済社会理事会の専門機関の一つである。(WHOやIMFも同じ専門機関)
JAL412便はタキシングの速度を落とし、ゆっくりと滑走路に進入を始める。進入口と滑走路のアスファルトの継ぎ目の段差を超える音が聞こえ、大空という聖なる世界へ飛び立つ境目を超えた気がする。

「ファイナル クリア」滑走路進入方向に進入機がないことを視認した。
キャビンに離陸する合図が鳴り、「みなさま、大変お待たせ致しました。ご搭乗機、まもなく離陸でございます。お座席のベルトをお締めかどうか、どうぞ今一度お確かめ下さいませ。」キャビンアテンダントが乗客にシートベルトを締めるよう促した。
機長はビフォア テイクオフ チェックリストの点線以下のアイテムを確認する指示をした。
その間、離陸した前方機に管制官よりディパーチャー管制に移管する交信が聞こえた。
「アフター ドット ライン」
「ウォーター ポンプ…ノット インストール」
「フュエル パネル…チェック」
「パック バルブ…クローズ」
「イグニッション…フライト スタート」
「プローブヒート…オン」
「DME アンド トランスポンダー…スタンバイ…」
「フラップス フライト コントロール ヨーダンパー…10 10 グリーン アンド チェック…エイト グリーン ライト」
「ボディギア ステアリング トゥ ゴーです」
「はい」

前輪が滑走路の中心線に合わせたと同時に、鈴木機長はスイッチをパチンと入れ、チェックリストの続きが行なわれた。
「…ボディギア ステアリング…はい、ディスアーム」
「オール ウォーニング ライト…チェック バイ サイド」
「ビフォア テイクオフ チェックリスト コンプリートです」
「はい」
これで全ての計器確認が終わり、管制官からの離陸許可を待つのみである。一時の沈黙がコックピットを支配する。緊張が一気に高まり始めた。滑走路の中央線にノーズギアをピタリと合わせ、JAL412便は滑走路の正面を見据え、遥かに広がる大空へ飛び立つ。管制官から交信が入った。
「ジャパンエア412 クリア フォア テイクオフ ウインド 200 ディグリーズ 2 ノット」(日本航空412便へ。離陸を許可します。風は200度の方向から2ノットです)
管制官の交信が終わる前に、鈴木機長は4本あるスラストレバーを前に押し出すと同時に4つのエンジンが勢いよく唸り始めた。

「ジャパンエア412 クリア フォア テイクオフ」岸田副操縦士は復唱した。
「クリア フォア テイクオフ!」鈴木機長は声高くコールした。
「スタビライズ!」勢いよく唸り始めたエンジンの出力が安定したことを全クルーが声に出し確認し、続けて離陸に必要なエンジンパワーにする為に、「マックス パワー!」「パワー セット」と力強くコールした。飯田航空機関士はそれに応じて、エンジンパワーを最大にセットした。獲物に狙いを定めた鷹の如く、急速に速度を上げる。
「80ノット!…チェック」離陸滑走80ノット(時速約150キロ)に達したことを岸田副操縦士がコールした。更に加速を増し、滑走路のセンターラインが後ろに飛び去っていく。滑走の振動と風の影響で機体が震える。
飯田副操縦士が「V1!」(時速210キロ)と離陸決定速度に達したことをコールした。この時点で何らかのトラブルがあったら、緊急停止を出来る速度である。
続いて「ローテーション!」(時速230キロ)とコールしたと同時に、鈴木機長がステアリングを手前に引き、機首を上げた。ノーズギアが地から離れた。
そして「V2!」(時速253キロ)のコールで機体が地上から離れ、安全に上昇できる速度になった。車輪の全てが地上から離れた音が機内に伝わる。
鈴木機長は「ギア アップ!」と岸田副操縦士に指示し、ギアレバーを上に持ち上げた。ゴトンと車輪が機体に収納される音がコックピットに響く。上昇角度を約17度にとって、上昇している。
「ノースモーキング オン」禁煙の合図がキャビンで鳴った。
次々と空港に向って来る航空機に、進入の継続や着陸許可の指示が出される。
「クライム パワー…ラジャ」離陸出力を僅かに下げて、上昇出力を上げるよう指示を出した。
通常、離陸後、タワー管制より離陸機を管制するディパーチャー管制にハンドオフ(交信の移管)の指示があるのだが、その交信が入ってこない。岸田副操縦士はタワー管制にディパーチャー管制へ交信しても良いか確認した。
「ジャパンエア412 コンタクト ディパーチャー?」(日本航空412便です。ディパーチャー管制へハンドオフしていいですか)
「412 ディパーチャー125.95 グッディ」(日本航空412便へ。ディパーチャー管制の周波数125.95メガヘルツに交信して下さい。さようなら)
「グッディ」(さようなら)
JAL412便は上昇を続ける。鈴木機長は廻りを見渡しながらも、両手で操縦桿を両足でラダーを操り機体が揺れないように集中している。眼下にスイスの風景が拡がっているが、そんな余裕は無い。睨みつけるように幾つもの計器に目を転じては、機外にもその視線を移す。岸田副操縦士は無線機に手を伸ばし、ディパーチャー管制の周波数をセットした。

桃田素晶

「B747Cockpit ヨーロッパ飛行」
解説:桃田素晶/録音:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「B747Cockpit ヨーロッパ飛行」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。また、解説は桃田素晶、表紙写真はharuhikonに著作があります。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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ボーイング777コックピット「続・機長席」第3回

[title_kichouseki114]

この作品は過去、ベストセラーを記録した航空ドキュメンタリーの傑作CDブックを電子書籍化したものである。
新千歳空港を折り返したボーイング777は東京・羽田 空港へ向かう。折しも、羽田上空は九州、大阪、沖縄から飛来した航空機と北から下ってくる航空機が一緒になって夕べの空のラッシュアワーだ。それら数十機の航空機をまるでオーケストラの指揮者のように鮮やかにさばいて羽田空港に着陸させる管制官の仕事には息を呑む緊迫感と感動がある。東京湾上空のスリリングな舞台裏をあますところなく描いたクライマックスは、この作品最大の読みどころであり聴きどころである。

第1章 千歳空港離陸_3

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★「続・機長席」挿入03

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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皆様、まもなく離陸いたします。お席のベルトをおたしかめください
客席では関谷チーフパーサーが乗客に離陸を知らせる。
いよいよ離陸である。

まず森田機長がスラストレバーを約50%N1までアドバンスして、エンジン計器の指示に異常がないことを確認した後、スラストレバーを離陸推力にセットするトガ・ボタンを押した。スラストレバー(自動車でいえばアクセル)は、するすると自動的に離陸位置に入る。
スラストレフ
木村副操縦士がオートスロットルのモードが変わるのを確認してコールする。
森田機長は右手をスラストレバー、左手で操縦桿を握り、両足をラダーペダルにかけて滑走路を凝視した。
キーン、と金属音を響かせながらエンジンパワーが急激に上がった。
まるで獲物を追う獣が、走る前に一瞬身震いするように機体が振動する。
パーキングブレーキが外されると、ボーイング777は脱兎のごとく滑走路の上を走りだした。
エイティ!
離陸速度をチェックしている副操縦士が、80ノットのスピードになったことをコールした。
加速が増す。機長は右からの風に対応してエルロンをやや右に傾け、操縦桿をしっかりと持ちながら滑走路を見つめている。
V1
コンピューターと木村副操縦士が同時にスピードをチェックしてコールした。
VR
森田機長がゆっくりと操縦桿を引き始めた。機首が上がる。
V2
ゴトンと音が響いてメインギヤが地上を離れる。機体が浮いた。それまで滑走路の路面を拾っていたタイヤのノイズがすっーと消える。114便は離陸した。
木村副操縦士はデスプレイにある昇降計の針が上を向き、気圧高度計の数字が下がり、飛行機が地上から上昇したことを示す電波高度計の動きを確認してコールした。
ポジティブ
ギャアップ!
車輪あげを命じる機長の声は、進め! と告げる武将のように凛と響き渡る。この声こそ、機長を象徴する音声であろう。
ギャアップ。LーNAVキャプチャー
副操縦士がギャ・レバーをあげる。LNAV(ラテラル・ナビゲーション)が作動を開始する。
スラストレフ、VNAVスピード
VーNAVが作動を開始する合図のモード変化の表示を確認して副操縦士がコールする。VーNAVとはバーチカルナビゲーションのことで、ラテラル(水平方向)に対して上下(ヴァーチカル)方向の、すなはち飛行時の縦方向をコントロールするナビゲーションのことである。
これで777の運航、航法コンピューターが完全に動きだして宇宙船に変わった。
ギャアップ
車輪が機体に完全に格納されたことをディスプレイでチェックして木村副操縦士が報告した。
空気抵抗が少なくなった114便は速度を増して上昇を続ける。
ライト。クリアー
114便は右旋回を始めた。空港の北西にある千歳VORへ向かうのだ。

千歳タワー管制から交信が入った。
エアシステム114。コンタクト デパーチャー
(エアシステム114便へ。千歳デパーチャーコントロールと連絡をしてください)
エアシステム114。デパーチャー」復唱して木村副操縦士は、千歳デパーチャーコントロールへ周波数を変えて交信を始めた。
チトセ デパーチャー。エアシステム114。リービイング1700 フォア 390」(千歳デパーチャーコントロールへ。こちらエアシステム114便です。現在、高度1700フィート。高度39000フィートへ上昇中です)
エアシステム114。チトセ・デパーチャー ラジャ。レーダーコンタクト。 11000 リストリクション イズ キャンセル クライム アンド メインテイン フライトレベル390
(エアシステム114便へ。こちら千歳デパーチャーコントロールです。了解しました。11000フィートの制限を解除します。高度39000フィートへ上昇してください)

前述の千歳空港のSID(出発方式)によけば、滑走路19ライトを離陸して千歳VORからトビーに向かって上昇するが、千歳VORから27マイル南にある27VORDMEまでは、高度11000フィート以下で飛行しなければならないという制限があった。(トビー5出発方式参照)今の交信でその制限が解除され、すぐに高度39000フィートへ上昇する許可が出たのである。
11000 リストリクション キャンセル クライム アンド メインテイン 390 エアシステム114
すぐに木村副操縦士が復唱する。機長がモードコントロールパネルの高度のセットを11000フィートから39000フィートに変え、ノブを一度押した。(ノブを一度押すことによりVーNAVに記憶されている制限高度をキャンセルする機能がある)
アルト(高度、アルティメーターの略)390。キャンセル 11000
ふたりのパイロットが確認した。
114便は薄暮から次第に夜の匂いが漂い始めた北の空を、一路南に向かって高度39000フィートを目指して上昇を続けていった。「セット オートパイロット」と機長が手動から自動操縦に切り替えたことを告げる。

▼新千歳空港から津軽海峡航空路図

新千歳空港から津軽海峡航空路図

フラップ・ワン
速度を確認して森田機長が主翼の下げ翼の位置を1にする指示を出す。エアースピードは200ノット(時速約380キロ)を越えた。
フラップス・ワン
確認のコールして木村副操縦士がセンターコンソールにあるフラップレバーを1の位置にした。レバーを操作する音がコックピットの中にカチャカチャと響く。客席からは油圧が働く独特の音がしてフラップが上がる様子が見えるが、コックピットではその様子は液晶デスプレイにモニターされて確認される。
フラップ アップ」続いて、機長がコールする。空気抵抗が少なくなった777はさらにスピードを増して上昇していった。それは鷹の飛翔を思わせた。
レフトサイド・クリアー
千歳VOR(CHE)で少し左へ旋回して機首を185度、ほぼ真南にして津軽海峡上空へ向かう。
エアシステム85便。千歳」とカンパニー無線が傍受される。
85便です。どうぞ
この無線はエアシステム千歳運航課と、17時25分に千歳空港を離陸するエアシステム85便ダグラスMD87が交わす交信である。管制との交信以外にも飛行機は自社の持つ周波数で運航部と逐次、交信しながら飛行情報を入手するのである。
アフターテイクオフ チェックリスト」森田機長が離陸後に行う点検を命じた。
木村副操縦士はディスプレイに表示されているエレクトリック・チェックリストを確認して素早く点検を終え、報告する。
アフターテイクオフ チェックリスト コンプリーテッド」(離陸後の計器点検、完了しました)
114便は薄い雲を抜けた。雲を透して津軽海峡が暗い夜の闇に沈んでゆく。
114便が向かっている次の通過点、TOBBY(トビー)は、北緯41度55分1 東経141度45分6の海の上にあるウェイ・ポイント(通過点)だ。
これから東京まで、飛行プランに定められたウェイ・ポイントを忠実に辿りながら777は飛行してゆく。
デパーチャー。オールニッポン712。パッシング 1900
(千歳出発管制へ。全日空712便です。離陸して1900フィートを過ぎました)
チトセデパーチャーコントロール
オールニッポン712。チトセデパーチャー レーダーコンタクト ベリファイアサインドアルティテュード フライトレベル390
(全日空712便へ。千歳出発管制です。貴機はレーダーに入りました。飛行制限をキャンセルし、高度39000フィートまで上昇してください)
114便のあとに離陸した全日空712便は、114便のすぐあとを上昇している。
ライト オフ」副操縦士が離陸のときに点灯していたランディングライトを消す。
現在、高度10000フィートを通過。明るい夕日が右前方の空をオレンジ色に染めている。114便は黄昏の津軽海峡上空を加速しながら上昇を続けた。

武田一男

ボーイング777コックピット「続・機長席」/全9回
録音・解説:武田一男 (C)Director’s House

【著作について】「続・機長席」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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