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映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト601便「パリ空港の人々」

「パリ空港の人々」 OMBES DU CIEL (1993/フランス)

【スタッフ】
監督 フィリップ・リオレ
製作 ジル・ルグラン/フレドリック・ブリリョン
脚本 フィリップ・リオレ
撮影 ティエリー・アルボガスト
音楽 ジェフ・コーエン

【キャスト】
ジャン・ロシュフォール/マリサ・パレデス/ティッキー・オルガド/ラウラ・デル・ソル/ソティギ・クヤテ/イスマイラ・メイテ

無効旅券を持っていたためシャルル・ドゴール(パリ)空港のトランジット・ゾーンに暮らすことになったイラン人の実話をもとに作られている。トランジット・ゾーンは治外法権とまではいかないまでも国家が直接に権力を行使したくない外国人居留区画といったほうが良いようだ。したがい管理責任は空港長にあり、かれもまた空港内の規則を優先して事務的に処理をすることになる。

日本国の発行する旅券に守られた日本人が経験することはまずない世界を主人公に置き換えて経験できるのも映画です。

物語は深夜に到着するボーイング747のクローズアップではじまる。主人公はフランスとカナダの二重国籍で、居住地はイタリア、妻はスペイン人という複雑な身のうえの図像学者のアルチュロ。モントリオール空港でパスポートや財布の入った鞄と靴を盗まれたのだがとりあえず残された搭乗券で飛行機に乗った。どうもシャルル・ド・ゴール空港で待つ約束の妻に頭が上がらぬらしい。

運がわるいことに日曜日で12月30日の深夜ということで本人を証明する写真が入手できずパリの入国管理局で足止めを食らい靴下のままの情けない姿でトランジット・ゾーンに戻される。

そこには1週間以上も入国が認められず、父親が迎えに来るのを待っている黒人少年ゾラ。国外追放となり国籍を剥奪されたラテン・アメリカ系の女性アンジェラ。何処へ行っても滞在を拒否される虚言癖の自称元軍人のセルジュ。そしてどこの国の言語か分からない言葉を話す黒人の通称ナック。彼らはもう何ヵ月もここで放置されたまま各々の居場所をつくり擬似家族のような生活をしていた。

ゾラに連れられトランジット・ゾーンをさまようアルチュロは人気のなくなった空港内を右往左往する細君と締め切られたガラス越しに遭遇するが会話がかみ合わず細君はヒステリーをおこしてしまいファースト・クラスという無人のカプセルホテルに泊り設備に八つ当たりをはじめる。

翌31日になってもアルチュロの国籍証明は得られずさらにもう一日と引き伸ばされる。そうして彼らが空港内でどうやって生活するのかを学んでいく。

大晦日のどさくさにまぎれてゾラが故郷で夢見ていたセーヌ川の船を見るつかの間のパリ見物のシーンがやるせない。そしてアルチュロは元旦にカナダ大使館から写真が届いて入国できることになるが…。

登場するのはマグダネル・ダグラスDC-10、ロッキードL-1011 トライスター、ボーイング747で初代ジャンボ機の揃い踏みが見られます。ちなみに“ジャンボ”は客室通路が2本以上ある広胴機を指しており747の代名詞ではありません。したがいエアバスA380はスーパージャンボと呼ばれます。

パリ空港の人々

その他、鶴丸印の-400や737が遠景に出てきます。いずれもロケによる実写です。

この話のモデルとなった、サー・アルフレッド・メヘランは「ターミナルマン」(バジリコ)という著書を出している。また、おなじ実話からスティーヴン・スピルバーグが監督してトム・ハンクスが主演した「ターミナル“TERMINAL”(2004)」がある。こちらの空港シーンは全部セットで撮影されたそうだ。それもあってかよくもわるくもアメリカ映画で主人公とストーリィの展開は軽い。とはいえ主人公にかかわる空港で働くアメリカ移民にのしかかる世知辛さはでている。飛行機は747のノーズがでてくる。とするとこの飛行機も大道具かCGか?

キネマ航空CEO

ターミナルマン

▼ターミナル(スピルバーグ監督/トムハンクス主演)

キネマ航空CEO

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
©キネマ航空CEO

【著作について】「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」 はキネマ航空CEOの執筆によるものです。一般的な「引用」の範囲を超える紹介など詳細については当ブログ info@airjapon.com(管理人:竜子)、またはキネマ航空CEOまでお問い合わせください。

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映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト703便「747 エア・ターゲット」

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「747 エア・ターゲット」 RAPID EXCHANGE (2003/アメリカ)

【スタッフ】
監督 ジョン・ウィンストン
製作 ジェフ・ビーチ/フィリップ・ロス
製作総指揮 ジェームス・ホレンスタイナー/ーマス・J・ニーダーマイヤー・Jr
原作 ジョシュア・ルービン
脚本 トリップ・リード/サム・ウェルズ
撮影 ハワード・ワード
音楽 アーネスト・タイラー

【キャスト】
ランス・ヘンリクセン/ロレンツォ・ラマス/マット・オトゥール/アビバ・ゲール/ブッチ・ハメット/ウェイン・ペレ

アクション映画に理屈を求めていては楽しめないことは事実です。その上でこの作品は理屈の通った映画とはいえないが理屈の部分は小説なら十分書き込めそうに思え、全体の印象は編集か脚色の手抜きのように見えます。残念ながら比較しようにも翻訳はないようです。そんな作品をここで上映する理由はまずほとんどの撮影はヨーロッパで行なわれているようで空気が澄んでいる画面がよいこと。自分がプロデューサーならこう直させるという余地があるのがよい。

ストーリーはレバノンにあるベッカー渓谷に1988年にレバノン政府が設置した紙幣印刷機を使い印刷された精巧なドル紙幣をシリアもかんで大量に流通させた。この対策としてアメリカ政府は、月一回数億ドルの真券紙幣をジュネーブに送り、交換していた。この輸送には墜落の衝撃にも耐えられる金庫を搭載したボーイング 747 – 400 の改造機が作られていて、海兵隊の警護のもとに行なわれていた。悪党どもが吸血コウモリのように相手に気づかれずこの金庫の中身を空中で奪取しようというお話です。なお表カバーのようなシーンは出てきません。やり方は(DVDパッケージの裏のほうにあるように)空中で乗り移る方法を含めて、そうは上手くはいかないだろうと思わせながらも軽快に進みます。結末を一寸だけあかすとアラン・ドロンとジャン・ギャバンが組んだ「地下室のメロディー “M?lodie en sous-sol” 1963 」の結末をさらに派手にした画が見られます。さらにひねりがあるのですがもう一工夫あればさらによかった。

こちらにはスターはいませんが一癖ある俳優がそろっています。主役は冷静沈着な兄ブルークスと陽気で活動的な弟ケッチャムの兄弟。これにスポンサー(元締め)のニューキャッスル(ランス・ヘンリクセン)。ブルークスとは肌の合わないダルトリー、その妹のソフィー。加えてダルトリーの息のかかったビリー、ウィンクラー、パイロットのハビエルのグループ。それぞれが腹に一物をもって「お勤め」に取り掛かる。

ところで 747 専用機の巡航高度から人間が与圧無しで活動できる高度 3000mにまで降下させるためにトロイの木馬として改造されたケータリング・カートの中にはいるソフィが「P- したい」というのにビリーが「時間がない」とすげなく押し込めます。この手の映画ではストーリイの破綻よりもこちらの方が気になります。
ソフィはカートから抜け出たあと「寒い」と震えていました。機内トイレは使えないだろうしなー。長時間緊張の続く犯罪映画でも生理現象の処理はあんまり出てきませんね。アクション映画の細部のリアリティに厳しい人もこのあたりはテキトーに納得しているようです(でも観客の礼儀としてくれぐれも上映中はトイレにお立ちにならないように)。

さて彼らが使うのは大西洋を横断できる高速の小型機ということで後部3発エンジンのビジネス・ジェット ダッソー ファルコン 50 ですが映画の中ではちょっとややこしい。

まずは顔見せ。

「おー、ファルコンだ!」
「747 エア・ターゲット」キャプチャ

「えっ? これかい?!」

「747 エア・ターゲット」キャプチャ

「いーから、出発だ!」

「747 エア・ターゲット」キャプチャ

…ちょっとショボイが…滑走路進入前に大変身ーン!!

「747 エア・ターゲット」キャプチャ

どうやら実物のファルコンは見るだけで借用ができず、同じ後部3発エンジンのヤコフレフ Yak-40 で代用。あとはCGファルコンで何とかなるさという割切りかたもいいではありませんか。

スタンド・インをつとめる Yak-40 は、大きさに関していえば自重と全高を除いて若干大きいようです。また航続距離では 1800km でファルコン 50 の 6400㎞ の足元にも及びません。Yak-40 の主翼は写真では判別できませんが後退翼ではありません。直線翼、ボトムリンクサスペンションの単輪タイヤ、T尾翼の手堅い設計で使い勝手はよかったようす。短距離旅客機として800機ほど生産されています。

ファルコン 50 のベースとなった双発の機体はファルコン 20 と名付けられていたため、アメリカ空軍は F-15 の「イーグル (ワシ) 」に続いて F-16 は「ファルコン (ハヤブサ) 」としてハイロー・ミックスの調達を図りたかったのですが、断念して「ファイティング・ファルコン」にしたそうです。二音節ではしまりがありません。そこで「バイパー (クサリヘビ) 」なども使われているようです。こうした名前は結構大切で F-22 ではファルコンも含まれる「ラプター (猛禽類) 」にしました。

お騒がせの元のファルコン 20 は、パン・アメリカン航空が大量に発注するなどのアメリカでの成功を梃子に世界でも「ダッソー・ファルコン」の知名度を上げます。確かに同年代の小型ビジネス・ジェットに比べると格段に垢抜けている外観です。名前についてはアメリカが嫌がったのかフランスが邪魔をしたのか定かではありませんが米仏間にはいろいろありますね。

このほかに登場する機体はニューカッスルの格納庫にアントノフ An-2 、ヤク Yak-18T など。ほかにはドイツあたりの空港の実写らしくセスナ サイテーションや路線就航機がいろいろ出てきます。

娯楽映画にも背景があります。国家レベルの紙幣偽造による経済かく乱は、ナチスのポンドや日本の中華民国紙幣の工作が知られているが、この映画の背景は1990年代にあった北朝鮮の関与と目されるスーパーKやスーパーXがモデルです。ちなみに印刷所があるとされたベッカー渓谷はイスラエルの北の国、レバノンにある肥沃な土地ですがレバノン内戦(1976-2005)のあいだには北のシリアが進駐しその情報機関の拠点があり、反イスラエルの軍事組織のキャンプがあった。日本赤軍の残党が逃げ込んだのも近くのベッカー高原でした。

「747 エア・ターゲット」キャプチャ

お宝を積んだ 747 の離陸直後のタイミングでファルコンを離陸させるべく空港職員(左)と交渉中のブルークス(右)とダルトリー(中央)。彼らの後ろに主脚の間隔(トレッド)が開いた低翼で上反角のない機体が見えます。

ツポレフ Tu-134 後部双発エンジンで低翼の小型ジェット・ライナーです。ツポレフは戦闘機から爆撃機、旅客機、超音速旅客機まで多彩な設計を手がけていました。Tu-134 の主脚の格納方法は長い脚の支柱を後方にたたみ、主翼の後縁からはみ出す部分をポッドで覆うという手法です。現在でも世界最速のプロペラ(二重反転式のターボ・プロップ)機であるツポレフ Tu-95 を含め Tu-16 、Tu-22 などのジェット爆撃機で経験した主脚の設計を引き継いでいます。Tu-134 を一回り大きくした後部3発のジェット・ライナー Tu-154 (1968) も同じ構造です。 Tu-204 (1989) でようやく抱え込むように動く方式になりました。地味なメカニズムの概念設計はなかなか変えられないようですね。さすがにこの機体のような主脚の格納を行なう西側のジェット・ライナーはないようです。ただ、主脚を収容するわけではありませんが、ジェット・ライナーの創成期 707 や DC-8 の時代に遅れて参入を計った コンベア CV-990 は、エリア・ルールによる空力改善で、巡航速度で優越させようと似たような4本のポッド(スピード・カプセル)を主翼につけた例があります。残念ながら計画した速度は出せませんでしたし、わずか39機の販売でコンベア社の幕引役となりました。
とはいえ、 CV-990 は頑丈で信頼性もあり航空会社でもそれなりに使われたようです。乗客を乗せなければ最速のジェット・ライナーだったようで緩降下すれば、音速を超えることのできる大型チェイサーとして NASA では ツポレフ Tu-144(コンコルドスキー)に交替するまで重宝されていました(やっとツポレフに話がつながったところで閑話休題)。

さて、ソビエト時代にはこの Tu-134 に見られる低翼でありながら主翼に上反角の無いむしろ下反角に見える機体がいくつかあります。上反角はロール方向の静安定に効果があるとされますが、安定を損ねる方向の設計意図はなぜでしょう。
以下は推定ですが、ロシアの設計法は低速時のヨー方向の安定のために垂直尾翼大きくする傾向があったようです。エルロンを使ったロール時に垂直尾翼が回転することで、合成されて斜めに流れる気流のために垂直尾翼に迎え角が生じて、面積に比例した揚力による大きな復元モーメントになってロール方向の操縦性を損ねる傾向が出ます。加えて、後退角には速度の二乗に比例してロールの復元性を向上させる効果があることなどから、高速で過大になるロール安定性を減らし操縦性を向上させる目的と思われます。西側ではこうしたロール安定性を減らし操縦性を向上させる下反角は(戦闘機を除き)低翼機では見かけません。しかしロール安定の強い大型の高翼機では下反角が定石になっています。ロシアも現在ではこの方向に収斂しています。

キネマ航空CEO

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
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映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト702便「紅の翼」

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「紅の翼」 CRIMSON WINGS (1958/日活)

【スタッフ】
企画 水の江滝子
原作 菊村到
脚本 中平康/松尾昭典
監督 中平康
撮影 山崎善弘
美術 松山崇
音楽 佐藤勝
編集 辻井正則

【キャスト】
石原裕次郎/芦川いづみ/中原早苗/滝沢修/二谷英明/峯品子/西村晃/安部徹/芦田伸介/深江章喜/近藤宏/小沢昭一/下条正巳/葵真木子/山岡久乃/清水まゆみ/大阪志郎/岡田真澄/東恵美子/相馬幸子/菊村到

公開は1958年となっているが、暮れも押しつまった12月28日なので1959年の正月映画です。設定も58年12月24日から25日にかけてです。敗戦から13年半となりましたが中原早苗から「汚れているわね」といわれる裕次郎が首に巻く白い絹のマフラーは戦死した兄貴の形見だと答えています。

戦後の民間航空の幕開けは1951年8月、航空大学校の設置は1954年でした。若手の先輩も居るようなので裕次郎は第ニ期生だったのかな? ということで機長の芦田伸介や年配のパイロットたちは皆、軍隊帰りとなります。ちなみに裕次郎の実年齢は24歳だった。

航空会社は日本遊覧航空がタイアップしています。会社としては1952年青木航空として設立-1956年日本遊覧航空-1961年藤田航空と変遷し、1963年に全日本空輸に吸収されています。主な路線は遊覧飛行のほかに映画のような伊豆諸島への定期便やチャーター便を運行していました。

一番評価できるのは廃棄するとはいえ尾輪式のセスナ170を実際に壊して撮影しているところでしょう。170型シリーズの生産は1948-1956年の8年間に5000機以上生産されました。日本では小型機はみなセスナとなった因縁のある機種です。原型は翼を支える支柱がV字型で翼も金属の骨組みに布張りだった170型(1948)から始まり、エンジンを強化して支柱が一本の全金属製になった170A型(1949)、170B型(1952)と発展しました。170B型への変更箇所は翼型やフラップの形式など多岐に亘るようですが外観上は翼に上反角があるかどうかで判断できます。ちなみに映画の機体は170A型のようですがカウリングの下回りのフレアは170型に見えます。米国の工業製品らしくシリーズ内の互換性を保っていました。いろんな組み合わせの改造が行なわれています。また他のシリーズから拝借して首輪式に改造することもできたようです。

映画は170Aの飛行シーンを使ったタイトルロールのあと、エレベーターから降りる一人称カメラで始まり、船会社の社長・安部徹を射殺して螺旋階段を使い (ここから引きの三人称カメラに変わって) 逃走します。ハードボイルド小説では普通ですが、一人称カメラで通した映画ができるのかというとアメリカであったようです。主人公が姿を見せるのは鏡を見るときだけですから、顔がウリのスターなら出たがる人がいないのも当然です、この技法はすたれてしまいましたが、今でもサスペンスやホラー映画では部分的に使われています。

この映画でも犯人が鏡でチラッと顔を見て、いつばれるかのサスペンスにつなげるくらいの遊びがあってもよかったように感じます。どうせ隠しても観客は分かっているのですからね。

この犯人が逃亡するときに乗った車が女の子を撥ねますが、その少女の手からはなれた黄色い風船が空に昇るシークエンスから、上空を飛ぶ裕次郎と芦田伸介が操縦する遊覧飛行中の双発760HPのデハビランド DH-104 “ダブ”に変わりスチュワーデスの峯品子が「右下に見えるのが日活国際会館でございます」などと抜け目なく案内しています。

映画は斬新さより定番のほうが面白いといえる快調な滑り出しです。

このダブの右マグネットが不調のようで洋上300kmの八丈島へのチャーター便には代替機の145HP単発のセスナ170となるのですが平行して島の少年が破傷風にかかり血清の輸送も頼まれます。チャーターしたのは二谷英明、同乗して血清輸送を美談記事にしようと張り切る新米記者の中原早苗、そして峯品子に「父親が出てきた」とデートをキャンセルされた裕次郎がパイロットを務めることになります。

見所は脚本や監督が随所に施した大芝居、小芝居を楽しむところでしょう。峯品子や芦川いずみが画面の背後にいるときにもご注目。小沢昭一と絡む滝沢修の当時のインテリ風台詞回しや西村晃の肘を広げない海軍式の敬礼(実際に海軍飛行予備学生だった)などはその時代を知らないと理解できないかもしれません。
また今の女優さんたちには見られない昭和中期の各世代の女性たちの言葉遣いや所作、銀座や八丈島の生活風景などDVDならでは楽しみ方ができます。

ダブはラウンジの本棚にある「本番台本」にも登場しています。エンジンは自社製でシュラウドで囲われた空冷直列6気筒9Lの倒立型のジプシー・クイーンでした。開発は1938年に始まりRAFを下支えした多様な航空機に搭載されていました。

そのほか当時の東京(羽田)空港の在籍機の殆ど、そのほか自衛隊や米軍の救難機が実写の背景でみられる。模型ではJALのDC-6C、USAFのC-124 グローブマスターⅡが登場します。

ヤクザによる海運会社社長の襲撃は1958年6月に実際に起こっており、事件から半年足らずで小説から映画の公開までこぎつけて一定の水準をクリアしています。当時の日本映画の勢いが分かりますね。

ヒットを受けて製作された「天と地を駆ける男 (1959)」も裕次郎と二谷の競演で日本遊覧航空が舞台となっています。旧陸軍の飛行機乗りが興した会社で航空機や航空管制に関する描写はどちらも当時としては緻密なアドバイスで描かれていました。

キネマ航空CEO

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
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映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト701便「冒険者たち」

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「冒険者たち」 LES AVANTURIERS (1967/フランス)

【スタッフ】
監督 ロベール・アンリコ
原作 ジョゼ・ジョヴァンニ
製作 ジェラール・ベイトウ
脚色 ロベール・アンリコ/ピエール・ペルグリ/ジョゼ・ジョヴァンニ
撮影 ジャン・ボフティ
音楽 フランソワ・ド・ルーベ

【キャスト】
アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス/セルジュ・レジアニ

この映画は、リノ・ヴァンチュラを見る映画である。
ヴァンチュラはもう若いとはいえぬようだが、廃車処理工場に住み込んで新しいエンジンの開発と事業化をもくろんで性能の実証実験車にするドラッグ・スターの試作に夢中になっているローランを演じている。そこへアール・モビル(モービル・アート)の個展に使う材料を探して芽の出ない芸術家のシムカス扮するレティシアがやってくる。ローランは強引にレティシアに手伝わせて、飛行機の操縦を教えて喰っている冒険飛行を志すマヌー(アラン・ドロン)を、ゲートくぐりの練習に巻き込む。

まずマヌーは飛行クラブの知人たちにエトワール凱旋門のアーチをくぐり抜ければ賞金がでるとそそのかされるが、実行当日は革命記念日のためアーチに大きな三色旗が垂らされてあえなく失敗。使用する飛行機はデ・ハビランド DH.82 タイガー・モス 翼幅は 8.94m です。一方の凱旋門のアーチの幅は 15m 弱、奥行き 22m ですからやってできなくはなさそうです。とは言え、失敗すれば当局の目は厳しい。市街地上空の危険飛行で飛行免許の永久取消処分を受け生活手段を奪われます。レティシアの個展も散々の酷評を受け、ローランに至っては2度の挑戦に失敗します。

マヌーはいかさまを仕掛けてきた相手から「コンゴの沖に墜落した飛行機に動乱時に脱出した植民地富豪の宝物がある」と聞かされ、レティシアとローランと3人で傷心と冒険の旅に出ます。コンゴと呼ばれる地域の歴史はフランスとベルギーの旧宗主権をめぐる争いも絡み現在でも安定しているとはいえない。その黒人の政権下で物乞い暮らしで生き延びる墜落機のパイロット レジアニが3人に絡みだして宝探しは現実性を帯びてきますが、同じ目的の(白人)組織も介入してきます。後半はレティシアの故郷で沖合いにドイツ軍の要塞があるアイクス島へ帰り、そこで暮らし始めるがそのままでは終わりそうにありません。

ほとんどのシーンが、しっとりとしたパリ郊外、陽光輝くコンゴの海、陰鬱なアイクスの島を舞台とするロケで撮影されています。この映画の美点である、フランソワ・ド・ルーベの音楽が哀愁と軽快さをない混ぜて盛り立てます。
フランスは空への夢をはぐくむ平坦で広大な国土、冒険をさそうピレネーやアルプスの山々、ドーバーや地中海の海峡と、初期の飛行機開発にとっては良い環境でした。日本では、(ダメな飛行機でも)英国機のファンは多いのですがフランス機となると評価の高い機種は少ないようです。しかし製造力では戦前戦後を通して航空大国でもありました。航空機産業では凋落してしまった英国に取って代わって欧州を糾合しエアバス社を創始してアメリカの大型民間機製造業を集約化させる一因を作ったのもフランスであります。

映画の中でローランやテスト走行のスタッフがきているツナギ服にマトラのロゴが入っています。マトラ Matra (Mecanique Aviation Traction) の自動車部門から支援を受けていたようです。マトラは第二次大戦後にフランスで設立された航空エンジンの製造から始まるコングロマリットの一つで航空宇宙・防衛産業を手がけ、片手間で自動車にも手を出していたが自動車部門は売却されてモータースポーツの歴史にのみ名が残っています。現在はアエロスパシャルを経てEADS(European Aeronautic Defence and Space Company 欧州航空宇宙防衛会社)へ集まる源流の一つ。エアバス社もこの傘下にあり、航空機ファンなら旅客機のエアバス以外に思い浮かべる名前も多いはず。

さて、出てくる航空機はマヌーがいた飛行クラブの駐機場や格納庫に ロバン DR400 や モラーヌ ソルニエ MS880 ラリ(Rallye) いずれもフランス製の小型機。それに パイパー カブ が見られます。モラーヌ ソルニエ MS880 ラリ(Rallye) (1959) は後方スライド式のキャノピーが出入口となっており、外形がよく似ている富士 FA-200 エアロスバル (1965) と比較してみると面白そうですが、今回は同じエンジンを採用し同時代に計画された機体を比べて見ましょう。

財宝を積んで植民地からの脱出に使われた機体はマックスオルスト・ブルザール MH1521 。そして、そのライバルはカナダ製のデ・ハビランド・ビーバー DHC-2 。

MH1521REAR
MH1521FRONT

外観上では ブルザール の方はかなり大きな双垂直尾翼が特徴になる。
双発機ではプロペラ後流の中へ双垂直尾翼を曝して機速より速い気流を利用して低速時の舵の利きを得る例が多い。しかし流れが捩れているためエンジン回転数でも利きが変わるなどそれなりの弊害もある。単発機で採用する理由は垂直尾翼容積が不足したためであろう。しかし機体の全長が長い ビーバー は垂直尾翼容積の面では多少有利ではあるがドーサル・フィンを使って一枚の垂直尾翼ですませている。

ドーサル・フィンとは垂直尾翼から前に延びる三角形の背びれのこと。垂直尾翼容積を増加させる効果もあるが、操舵時に操舵面を流れる空気の量を増やし操縦性も改善する。第二次大戦前から知られておりフランスでもファルマン社の単発輸送機では使用しており日本でも採用例があります。

垂直尾翼容積とは垂直尾翼の面積 (m2) に機体の重心から垂直尾翼の圧力中心までの距離 (m) を掛けた値のこと。実際はさらに垂直尾翼にかかる圧力 (kg/m2) をかけて風見鶏効果すなわち復元モーメント( kg・m )の大きさを求めるときの定数になる数値だが、その定数の次元が長さの三乗になるため容積 (m3) と表現している。

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マックスオルスト・ブルザール
MH1521

デ・ハビランド・ビーバー
DHC-2
年代 1952 1951
エンジン P&H R-985
空冷星型9気筒450HP
P&H R-985
空冷星型9気筒450HP
翼幅 13.75m 14.63m
全長 8.56m 9.22m
全高 3.65m 2.74m
翼面積 25.2m2 23.2m2
全備重量 1,530kg 1,466kg
最高速度 270km/h 255km/h
巡航速度 193km/h 230km/h
上昇限度 5,500m 5,486m
航続距離 1,200km 732km
乗員・乗客 6名 7名
積載重量 970kg 852kg
アスペクト比 7.5 9.2
翼面荷重
( )内は全備重量時
99.2(60.7)kg/m2 99.9(63.2)kg/m2

ドーサル・フィンは全般に進空後の試験結果による安定性や操縦性の向上の手法として使われていました。基本設計で採用する例はかなり遅れてアメリカで始まりました。 単発機を双垂直尾翼にしたブルザール の設計者の意図は分からないけれど、案外独自性へのこだわりだったのかもしれません。これをフランス人的天邪鬼と呼んでいるのですが・・・事実、前作の MH52 (1945) やMH152 (1951) はいずれも失敗作の単発機ですが双垂直尾翼でした。

ところが双発の MH260 スーパー・ブルザール (1959) になるとドーサル・フィン付きの単垂直尾翼になりました。ちなみに胴体後方の下部につける「ひれ」はベントラル・フィンと呼びます。双フロートを装着した水上機型の ビーバー では陸上機型にはないこの腹びれを追加しています。上の要目比較表はWeb上からかき集めており、航空機のデータは条件で大きく変わるため参考です。ブルザール は寸法上では小さいとはいえ搭載能力は若干大きいようです。ただし実用上の性能はほぼ同等と見てよい。

翼面荷重からはほぼ同等と推測される最高速度が 6% も優れている点については、試験時の搭載重量等の差など試験条件が異なるのかもしれない。国や製造会社が異なる飛行機のスペックを較べるときに悩ましいところでもあります。同様に航続距離が大きいのは翼面積に比例していると思える翼内の燃料タンク容量の差ばかりでもなさそうです。設計思想では総重量での翼面荷重も同等で、大きく異なるのはアスペクト比です。このあたりが巡航速度の差として現れていると考えられます。

双子のような飛行機であっても生産機数では太刀打ちできずフランス軍の調達と国内の民間需要で終わりました。ブルザール(森の住人の意)はビーバー に周りの木を齧り倒されてしまいました。あえて外観上の差を見つければ ビーバー の主脚の太さかもしれません。翼型をしたブーツですがブッシュ・パイロットの目にはフランス美人の素足よりも魅力があったようです。しかし本国やアフリカで軍の就役が終わったブルザールは民間に放出され今も飛んでおり頑丈な働き者であることでは引けをとってはいません。

さて、この映画の結末は知っていても、映画の価値がなくなることなどないと思う。このものがたりの最後にただ一人残るのは最も年上のローランです。くどいようだがこの映画は、ローランを演じたリノ・ヴァンチュラを見る映画です。娯楽映画の筆頭にこの映画を持ってきたのは、 「人生はリセットできない」 ことをさりげなく教えてくれる映画も娯楽映画として存在していたし、特にフランス映画に色濃く出ていた時期があったことを知っていただきたいことが背景にあります。

最後に残る謎はローランの住む廃車置場に転がっていた飛行機の残骸は何だろう?! 映画のすじとは全く関係ありませんが。

ローランの住む廃車置場に転がっていた飛行機の残骸

キネマ航空CEO

急逝された武田一男さんに感謝を寄せて、今週は武田一男さんが撒いてくださった種子をいくつかお届けしたいと思います。

キネマ航空CEOとの提携を発表して以来、初回が遅くなったこと、まずはお詫びします。
「キネマ航空」はバーチャルエアラインとして、映画評を中心に配信している既に就航済の航空会社ですが、このブログの秘蔵っ子とも言うべきかな、将来的にも有望な資質を多く持っていて、この提携がきっと多大な利益がもらたすと思っており、気合いがかなり入っています。そのひとつ、ここ近年、飛行機が登場する映画を集めた書籍の刊行がなく、あちらこちらに情報だけが点在していること。キネマ航空とこのブログを通して映画評のコンテンツを集約することで、また新しい「飛行機の楽しみ方」を提案できるのではないかと楽しみにしているところです。

ところで、武田一男さんの本業は音楽プロデューサーで、副業が航空分野の音楽やコンテンツ製作でした。しかし実は本格的な映画ファンで007シリーズに至っては007研究家として、作品や功績を多く残しています。その武田さんが、ずっと言い続けていたのが「飛行機が出てくる映画を紹介したい」ということでした。体調や他のコンテンツを優先するにあたり、実現することはありませんでしたが、そこに現れたのがキネマ航空CEOです。キネマ航空CEOの登場には武田さんはとにかく大喜びでした。キネマ航空CEOからの武田さんとのコラボの提案も「それはもう喜んで」と言ってたのがつい数週間前。
また、キネマ航空CEOのキャラクターやフライトの演出は、人をワクワクさせるエッセンスに富んでいて、想像力を大いに刺激してくれます。今後キネマ航空CEOには映画評のみならず、多方向にわたって提携関係を結び、協力いただく予定でいます。今後ともぜひぜひご期待ください。

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
©キネマ航空CEO

【著作について】「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」 はキネマ航空CEOの執筆によるものです。一般的な「引用」の範囲を超える紹介など詳細については当ブログ info@airjapon.com(管理人:竜子)、またはキネマ航空CEOまでお問い合わせください。

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