カテゴリー ‘ DC-3特集

【航空100年】DC-3特集 DC-3プロフィール

こんにちは! 竜子です。
これまでこの航空100年キャンペーンの一環としてお送りしているDC-3特集では、武田一男さんの貴重な資料やエッセイでお届けしてまいりましたが、最後にDC-3のプロフィールを補足させていただきますね。未熟者ですが、おつきあいくださいっ。これまで配信したDC-3特集は、下記からどうぞ。

▶ DC-3特集_第1回 DC-3の記念映画「a Lady Remembered」
▶ DC-3特集_第2回 DC-3のコックピット録音
▶ DC-3特集_第3回 DC-3が登場する航空冒険小説
▶ DC-3特集_第4回 DC-3空撮映像とグレンミラー・スウィング・ミュージック

さて。
ダグラスDC-3は、ダグラス・エアクラフト社の開発した双発のプロペラ機で、全長約20m、翼を含めた幅が約29mの機体に、3列シートで20人程度を、4列シートで30人程度の旅客を運んでいました。

「旅客機」そのものの出現は、1914年〜1918年にかけておこった第1次世界大戦後でしたが、1930年に入っても、軍事用に作られたものを、改良したものがほとんどでした。だから座席数も10席未満という時代が10年以上も続きました。でもそれでもヨーロッパでは定期便が華やぎ始めていたのに、アメリカではいまだ郵便飛行機が飛んでいる程度。1927年のリンドバーグのニューヨーク〜パリ横断成功で活気づいたアメリカでも、空で活躍していたのはオランダのフォッカー社でした。もちろん、この活気のなかアメリカはフォード社の飛行機が飛んでいました。当時の飛行機の翼は木製構造。しかしフォード社は全金属製を誇り、大量生産を狙ってはいたのですが、1929年頃からの不況を受けて、原材料高のわりに値下げをあおられるは…のさんざんな世の中で撤退を決めてしまうのです。

そんななか登場し、頭角を現したのがボーイング247と、ダグラスDC-2でした。
DC-2の巡航速度は時速300km以上。3回か4回ほど着陸して燃料補給しながらも、アメリカ大陸横断は17時間ほどに短縮されました。ちなみにそれまでの巡航速度は時速200kmくらいで10回以上着陸しながら、まる1日以上は要するのがあたりまえだったから、この速度アップは凄いことですよね。
このDC-2の速度アップ。どうやって実現したのかというと、フラップを取り入れたり、可変ピッチプロペラにしたり。それから、空気抵抗についてきちんと考えたところがポイントです。機体を流線型にし、ギアを収納させるようにしたのです。いまでは当たり前のことなのですが、当時はさぞ画期的なことだったでしょうね…。

で、このDC-2の胴体を広げたのが、DC-3になります。
政府の郵便飛行路線の拡充方針などもあって、アメリカでは航空熱が巻き起こっている1930年代。ユナイテッドやトランスワールド、アメリカン航空、と航空会社もにぎわいを見せていました。しかし前出の通り、アメリカ横断をするには、いくら短縮されたといっても最短でも17時間もかかるわけです。各社、旅客を引き込むために何をしたらいいか策を練るのです。アメリカン航空では寝台を取り付けて、座り続けての移動をラクにしようと考えます。現にカーチス・コンドルIIの運行では寝台をつけて好評となり、アメリカン航空は寝台型の飛行機に手応えを感じていました。
思惑通りの機体を作ってくれる会社がないか…。DC-2ならちょっと改良するだけでOKじゃないか? なんて考えてダグラス社に申し入れをします。それがDC-2からDC-3の誕生へと繋がるのです。

提案を受けたダグラス社。もちろん、彼らにしてはそんな簡単にいくとは到底思えません。だいいち寝台飛行機といわれても本当にそんなものが必要かどうかだって微妙だし、そもそも販売的にも堅調な軍用機を地味にコツコツ作っているだけでも中小企業としては成功しているわけですから、DC-2での成功で工場や従業員の整備であたふたしつつも、これはほんのラッキーにすぎないのでは? と、どこか冷静に考えていたことだと思います。それでもアメリカン航空から20機買う、と約束されたダグラス社はなくなく受注を受けることになります。

いざ受注したはいいもの、そんな簡単に改良できるかといえば、やっぱり難しい…。列車では昼間に座って、夜になると天井からベッドを引き出してセッティングする、という風にしているけれど、それをDC-2の機体でやるとすると胴体幅が足らない。胴体幅を伸ばせば、主翼も大きくしなければ…とあちらをたたけばこっちが出っ張り、といった具合に、「DC-2の改良でいいじゃん」のはずが、ほとんど新設計になってしまった寝台型旅客機「Douglas Sleeper Transport」(DST)を、1年足らずで誕生させました。1935年の中頃に開発を始め、同年の12月には初飛行。DC-2がベースになっているとはいえ、この短さ、今じゃ考えられません。当時の規模のダグラス社ならでは、そして破れかぶれの気迫を感じさせますよね。座席数は14席でキッチンまで搭載し、さらに、どーせならということでDC-2での改良点を盛り込んだ結果、アメリカ大陸を1回の着陸だけで横断できるようになったのです。

アメリカン航空は鼻高々。先のダグラス社の映像にもあった通り、憧れの空で、それもベッドで寝れて、客室ではお給仕さんがホットミールを出してくれるという豪華さで、本当に夢にまでみた世界が登場したのです。アメリカン航空はこの看板機によって、ユナイテッド航空やトランスワールド航空から、一歩リード。
ダグラス社にとっても、努力の甲斐あって想像以上の効果をもたらしました。寝台のために胴体幅を広げましたが、これまで窓側に1席ずつの、計2列しか配置できなかったシートが、寝台を外せば3列にすることが出来るのです。14名の客席を21人に増やせ、さらには4列にすることだって可能。そうすれば最大で32人分ものシートが置ける…。

時代も後押ししていました。いまだ冷めやらぬ広いアメリカでの旅客航空熱は、少しでも多く人を運べる機体を求めていたのです。DSTの完成から間もなく、寝台を取り払った全座席型の飛行機をリリース。これがDC-3なのです。DC-2の1.5倍の定員で、飛行コストがDC-2とあまり変わらない、当時としては低コストの旅客機として、1936年から1945年の9年間の間に1万機以上製造されるという、大大大ヒットとなったのです。

1950年代に入ると、ジェットエンジンの出現によってさらに旅客機は大型化してゆきますが、1970年代においてもローカル路線として活躍し、長い間親しまれることになりました。1936年から70年以上経った今でも、わずかながら観光飛行を行ったりスカイスポーツなどで使用されているそうです。

また、1939年から1945年の第2次世界大戦では、C-47という名前の輸送機としても運用されました。DC-3が登場する航空冒険小説でも紹介がありますが、DC-3の愛称として知られる「ダコタ」「スカイトレイン」とは、軍用機としてのC-47の制式名称です。また皆さんの方が詳しいことと思いますが、中島飛行機でもライセンス生産を行っていました。ワールドカップの行われている南アフリカでは、C-47を海軍で対潜哨戒機として、オリジナルのレシプロエンジンからターボプロップに改造したC-47-TPを運用しているそうです。

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【航空100年】DC-3空撮映像とグレンミラー・スウィング・ミュージック

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【航空100年】DC-3特集_第4回
DC-3空撮映像とグレンミラー・スウィング・ミュージック
武田一男

 DC-3の特集はこれまで3回配信しましたが、楽しんで頂いていますか? 特集の最後はアメリカの空撮の名手でパイロットの、クレー・レーシーがダグラス社の依頼で撮影したDC-3の空撮映像です。

 空撮は特殊なカメラを装填した小型ジェット機で撮影するのですが、ダグラス社の広報の話によると、DC-3を空撮するのは大型ジェット旅客機を撮影するより、はるかに難しいそうです。なぜなら、小型ジェット機のスピードをプロペラ機に合わせて遅く飛ぶので、しかも、その状態で飛行機とカメラを同時にパイロットが操って撮影する、それが至難の業ということでした。

 それにしても、50周記念飛行のために新しく塗装されたダコタの姿はほんとに美しい。 それで映像にはP&Wのエンジン音とこれまたDC-3と同じ時代に流行したオールドファッションなグレンミラースタイルのビッグバンドスウイングを入れて編集しました。あわせてお楽しみ下さい。
 曲目は「インザムード」「アメリカンパトロール」「ムーンライト・セレナーデ」の3曲です。



【航空100年】DC-3特集
解説 武田一男 ©Director’s House
【著作について】本ページで公開している映像・音楽の公開権利、また本作品の著作権利は武田一男、及びディレクターズハウスが保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。
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【航空100年】DC-3特集 DC-3が舞台の冒険小説特選集

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 DC-3ダコタは航空冒険小説にしばしば血湧き肉躍る場面に登場します。それらの冒険小説を簡単にご紹介しましょう。
前回同様、ハワイで録音したDC-3の音を聞きながらお楽しみください。

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★「DC-3」挿入:dc3_cockpit.mp3

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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ちがった空」ギャビン・ライアル
(松谷健二 訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)
ちがった空

 以前、このブログのブックレビューでもご紹介しましたが、英国冒険作家の第一人者、ギャビン・ライアルのデビュー小説です。僕はこの本に出逢いDC-3ダコタを知りそのファンになってしまいました。だから、この DC-3の特集が書けるのも、まさにギャビン・ライアルの「ちがった空」のおかげです。内容はエーゲ海を舞台にした冒険小説ですが、くわしくは、恐れ入りますが僕のブックレビューをご検索下さい。

 僕はこの本を再読するたびに DC-3のサウンドをイヤホーンで聴きながら読むことにしています。それはまさに忘我の世界ですよ。
 さてDC-3は第一次大戦と第二次大戦の間に開発された飛行機なので世界のいろいろな国で使用され、また、ライセンス生産をされました。ですから、第1回のDC-3特集でご覧になったDC-3の記念映画「a Lady Remembered」で紹介されたように各国で呼び名がちがいます。日本軍は零式輸送機とよび、アメリカではスカイトレイン、そして英国ではダコタです。航空冒険小説の名作のほとんどがイギリス人作家によって書かれた本が多いし、彼等が好んでDC-3を小説の中に登場させたので、DC-3、イクオール、ダコタになったのだと思われます。次に紹介する作品も英国冒険小説です。

鷲は舞い降りた」ジャック・ヒギンズ著
(菊池 光 訳/ハヤカワミステリィ文庫)
鷲は舞い降りた

 英国の作家ジャック・ヒギンズを世界的に知らしめたベストセラーの冒険小説ですね。 内容は第二次大戦ノ最中、ヒットラーの命を受け、ドイツ軍の尖鋭、クルトシュタイナー中佐とアイルランドの愛国者、リーアム・デヴリンが16名の部下と一緒にイギリスヘ落下傘下降しイギリスのチャーチル首相を誘拐する話ですが、全編にロマンの香気溢れる人間の高貴なる精神をうたいあげた冒険小説で、人間として忘れてはいけない気高さ、を思い出させてくれることが、この本の絶えられない魅力となっています。ともかくお奨めです。まだ、お読みでない方は、だまされた、と思って読んでみて下さい。 
 DC-3、活躍しますよ。イギリスに向かうシュタイナー中佐らを運ぶドイツ人パイロットのペイター・ゲーりケ大尉がダコタに逢うシーン。「そーっと手を伸ばして翼に触り、いかにも優しい声で言った。「久しぶりだなあ、おい」。余談になりますが、アメリカの航空小説はどちらかと言えば、事故パニック小説や謀略がからんだ航空もの、それにハイジャックをテーマにしたものが多い。日本の航空小説もその影響を受けていますが、イギリスはちがいますね。主人公が単身、僻地で困難に挑むチャレンジの中で物語が展開する内容が多いですから、まさに血肉躍る航空冒険小説になっています。だから、僻地で難行苦行を強いられる冒険者にはダコタが最も似合うのでしょうね。

クメールからの帰還」ウィルバー・ライト著
(染田屋 茂 訳/角川文庫)
クメールからの帰還

 これもイギリスの冒険小説です。内容がわかりやすいので文庫の裏表紙にある概説をそのまま引用します。「名機ダコタは恐怖から飛び立つ! カンボジアの奥深い谷に旅客機ボーイング707が墜落、炎上する。生存者は4人。元英国空軍パイロットのドナルド・カーターと16才の少年と14才の少女、そして美貌のカンボジア人のキャビンアテンダント 。彼等はモンスーンのジャングルを彷徨い失われたクメール王朝の秘密に遭遇する。だが、四方を切り立つ崖に囲まれたこの谷から帰還するためには米軍が放置していったダコタDC-3を修理して飛ぶ以外にない。秘境に投げ出された人間の恐怖と葛藤、甦る名機ダコタを描く待望の傑作冒険小説」なんといいますか、深さや感銘はないのですが、流れるような活劇はあります。出張のおり、新幹線の中で気楽に楽しむ冒険小説ですね。それにしても、著者の名前、ライト兄弟の兄と同姓同名。きっと著者はペンネームをつけるとき、元空軍のパイロットだったこともありライト兄弟にこだわったのでしょうね。飛行機がたまらなく好きというのがよくわかります。

緑の地に眠れ」ダンカン・カイル著
(田村義進 訳/ハヤカワ文庫)
緑の地に眠れ

 この本と次にご紹介する本「DC-3の積荷」は類似点があり、ともに登場するダコタの飛行シーンはありません。ひとつは密林の中に、もうひとつは砂漠の中に墜落したダコタが核となって物語が展開する構成になっています。さて、「緑の地に眠れ」の著者ダンカン・カイルは英国冒険小説の雄、アリスティァ・マクリーンの後継者といわれる骨太い作風で知られる英国の作家です。余談ですが、アリスティァ・マクリーンの代表作「女王陛下のユーリシーズ号」という海洋小説を最初に読んだとき、僕はその荒れた海の描写に圧倒され、船酔いに似た気分になったことがあります。ダンカン・カイルもマクリーンの後継者、それだけに迫力ある描写でぐいぐいと引っ張ってくれます。軍人あがりの銀行家、トゥニクリフ(ちょっと、異色の主人公です) が、ある女宣教師がもたらした情報、元パイロットだったトゥニクリフの父親がインドネシアのボルネオ島(現、カリマンタン島)で墜落して死亡、そのときダコタに巨額のルビーが積まれていたという情報を聞き、女宣教師とその仲間と共にダコタ機を探しにボルネオの密林深く分け入ります。だが、彼等を待ち受けていたのは想像を超える苦難でした…。この本は新幹線の中ではなく、土曜日の夜、ウイスキーを飲みながら読む本ですね。ダンカン・カイルは「標的の空」という航空冒険小説も書いています。大西洋横断飛行を背景に展開する物語ですが、面白いので機会があればお読み下さい。

DC‐3の積荷(上)」グレイグ・トーマス著
DC‐3の積荷(下)
(田村源二 訳/新調文庫)
DC3の積荷

 この本は航空冒険小説でなく、スパイ小説です。作家、グレイグ・トーマスはケネス・オーブリーという英国情報部の長官が率いる英国秘密情報部の優秀なスパイ、パトリック・ハイドやトニー・ゴドウィンなどが活躍するスパイ・シリーズを書き続けていますが、この「DC-3の積荷」もそのひとつです。内容は亡命した元イギリスの警視庁長官が影で糸を引く大がかりな国際的密輸事件を捜査中の英国秘密情報部はアフリカに墜落したDC-3を発見する。その積荷をもとに物語は波瀾万丈のスリリングな展開をみせる。話が横道にそれますが、「スパイ小説はアメリカ人の発明より、イギリス人の発明である」という論があるように、イギリスには伝統的にスパイ小説が百花爛漫しています。古くはエリック・アンブラーからグレアム・グリーン、レイ・ディトンやジョン・ル・カレ、そして愛すべき007シリーズを書いたイアン・フレミングなどなど…、僕は航空小説を語るよりスパイ小説の話をする方が饒舌になる傾向があり、このブログの編集長竜子さんに「何を書いているのですか?」とお叱りを受けそうなので、今はやめますが、グレイグ・トーマスもその伝統ある英国スパイ小説流れをひいた作家のひとりです。
 しかし彼が世界的に名を知られたのは、スパイ小説ではなくて航空謀略小説といいましょうか、皆様よくご存じの「ファイヤー・フォックス」を発表してからです。クリント・イーストウッド主演で映画にもなりヒットもしましたね。ソビエトの超近代型戦闘機ミグ31を盗み出すという作戦を立てたアメリカとイギリスの諜報部が、アメリカ空軍のパイロット、ミッチェル・ガントを単身、モスクワに送り込みます。その潜入と脱出のドラマはまさにわくわくするような冒険航空小説でした。この「ファイヤー・フォックス」がヒットしてグレイグ・トーマスは続編として「ファイヤー・フォックス ダウン」も書きました。ダコタは登場しませんが、折りをみてこちらもご一読下さい。

 さてさて、お楽しみ頂けましたか?
 DC-3特集最後は、空撮の名カメラマン、アメリカのクレー・レーシーが撮影した美しいダコタの空撮映像を当時の音楽、グレンミラーのビッグバンド・スウィングにのせてお届けしましょう。ご期待下さい。では、また。

武田一男

【航空100年】DC3特集
著作・録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】本ページで使用している音源のすべては武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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【航空100年】DC-3特集 DC-3コックピットの録音

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 今日はDC-3のコックピットの音をお楽しみ下さい。
ハワイで録音したDC-3の音をこのブログ用に約8分の長さに編集したP&W星型エンジンです。

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★「DC-3」挿入:dc3_cockpit.mp3

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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 ニューヨークでの取材の帰り道、日本から来る家族と待ち合わせしていたホノルルで偶然、DC-3を録音する機会にめぐまれました。偶然、しかも念願の機会だったので小躍りして喜んだ記憶があります。今日は音と共にそのことをお話しします。

 今はどうかわかりませんが、ホノルル空港の2階に珍しい飛行機の本を置いている小さな本屋さんがありました。家族がアラモアナに買い物に行くというので、僕はひとりで空港にきてその本屋さんに行きました。本を漁っていると、本屋のご主人との会話になり、そのとき僕がDC-3とスーパーコンステレーションのコックピットの音を録音するチャンスを探している話をしました。すると、本屋の主人は、スーパーコンステレーションはハワイではもう飛んでいないが、DC-3なら今でも時々、飛行しているといい、知人がDC-3の機長をしているので頼んでくれるということになりました。そしてその場で電話してくれると、その機長が明日の朝、6時に空港のターミナルとは反対側の小型機専用のエリアまで来てくれと言っている、というのです。

 とてもうますぎる話の展開に僕は半信半疑で、ともかく録音機材を用意して、朝、タクシーでホテルを出て空港に向かいました。ハワイの離島にフライトする小型機のエリアは空港のはずれの運河の側にあり、運河に沿って小さな格納庫が並んでいます。その中のひとつの格納庫の前に、頭を少し空に向けて駐機しているDC-3がいました。

 それまでに、ホンコンの博物館で天井からつるされたDC-3や、フランクフルトの空港の屋上に展示されているDC-3を見ていましたが、生きたDC-3と逢うのは今回が初めてで、想像したより大きいのに驚きながら、無心にプロペラを触っていると、やっと逢えたな、という感慨か胸を満たしました。昔は美しい緑色だったと思われる機体上部の塗装も色あせて、ところどころが剥げ落ち下地の金属が見えています。機体下部の銀色もすっかり色を落とし風月にさらされた機年齢がひとめでわかるご老体でした。

 そのとき翼の向こうから30代と思われる金髪で長身の男性が出てきて「are you mr takeda?」と明るく手をさしのべて来ました。「私は機長のピーター・ドノバン。君のことはボブ(本屋の主人)から聞いている」と自己紹介をして今日のフライトの予定を話し始めました。その話を聞いて、昨日、頼んだ録音依頼が今日、すぐに可能となった”うますぎる話”のわけがわかったのです。機長の話によると、このDC-3はホノルルを中心にハワイの離島に荷物を運ぶ貨物便だそうで、今日はホテルの荷物をハワイ島とマウイ島に届ける仕事だ、と言うことでした。彼の言うとおり飛行機の反対側の駐機場には椅子やテーブル、洋服掛けなどの家具類からコーヒー豆の入った段ボール、シャンパンやワインなどお酒、庭の芝用の散水機などがうず高く積まれていました。

「君がダコタを録音しようが、写真を撮ろうが、俺は機長としてなんでも協力するよ。しかし条件がある」
「…条件?」怪訝な顔の僕に彼は荷物の山を指さして、「俺と一緒にあの荷物を飛行機に積み込んでくれ。実は労役に頼んだ男が急用で、これなくなった」そして彼は僕に今日のフライトに同行する足の悪い60過ぎの副操縦士と12才ぐらいのボーイと呼ばれている黒人の少年を紹介してくれました。うますぎる話のわけは僕を無給の労役として今日一日雇い入れることだったのです。

 最初に寄港するハワイ島行きの荷物を機体の後部に、次に飛行するマウイ島の荷物を前部に積み込むのに小一時間かかり、それからDC-3はホノルルの空に舞い上がりました。老副操縦士は僕の労役としての仕事ぶりにとても満足し親指を立ててGood、Goodを連発し、少年は大切にしているぼろぼろの漫画の本を見せてくれました。もちろん僕は妙なるP&W星形エンジンの音を思う存分、録音させてもらったことは言うまでもありません。

 ハワイ島に着いて機体後部の荷物を降ろすと僕たちを素晴らしい朝食が待っていました。 想像してみて下さい! ひとけのない朝のハワイ島の空港のはずれ。ダコタが一機停まっています。海風が心地よく吹き、椰子の木が葉音を立てています。夏の日差しが燦々と注ぎ、椰子とダコタの主翼がつくる日陰に使い込まれたアルミのテーブルと椅子を出し、テーブルの上には、かりかりに焼いたベーコンと卵、山盛りのドーナツとコヒーとミルク、それに新鮮なオレンジジュース。荷物の積み降ろしで汗をかいた上半身は裸、バスタオルを首に巻いて朝食をとります。蒼い空…。飛行機好きにとってこんな贅沢な朝食はありませんでした。僕今でもそのシーンと味をありありと思い出します。

 そのあとハワイ島からマウイ島に飛んで荷を降ろし、ホノルルに戻ったのは午後の遅い時間でした。ハワイカイに住んでいるという機長がワイキキは帰り道だというので車でホテルまで送ってもらいました。車の中で機長が話してくれたことによると、彼の奥さんはダウンタウンの病院に勤める女医さんだそうです。結婚3年目で子供なし。奥さんを乗せて空を飛ぶの? という僕の質問に彼はとても小さな声で答えました。
「彼女は飛行機が大嫌いなんだ。飛行機の中でも一番嫌いなのは、DC-3ダコタだってさ」

武田一男

【航空100年】DC3特集
著作・録音 武田一男 ©Director’s House

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DC-3の記念映画「a Lady Remembered」

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 ダグラスの名機DC-3旅客機は航空ファンにとっては忘れられない旅客機です。1935年に北米大陸横断をわずか1回の給油で飛行可能にした長距離機、 しかもブルマン式の寝台つき旅客機としてアメリカン航空の要請で開発されたダグラス・スリーパー・トランスポートを1936年に旅客用に改良したDC-3 はアメリカン航空、TWAなどの大手航空会社が競って就航させ、当時の旅客機の中心的存在になり、かつ、そのあとに勃発した第二次世界大戦で軍用輸送機と して世界中で使われたことはご承知のことと思います。それでここではDC-3のここでは詳細説明は省きますが、このDC-3をダグラス社自体が、どんなに慈しみ、その想い出を大切にしたかを知る貴重な映像がありますのでそれを今日はご紹介しましょう。

 ダグラス社は1986年、DC-3が誕生して50年目に「a Lady Remembered」という映画をDC-3の50年記念キャンペーンの目玉として制作しました。むろん彼らはこの映画をセールス目的のPR映画として 作ったのではありません。ダグラス社の礎をつくった小さな名機DC-3を心から追憶する意味で制作したのです。映画をご覧になればわかりますが、彼らはお 金をかけてつくっています。なかでも特筆すべきは、彼らは映画の中のわずか数カットの空撮シーンのために当時、現存した古いDC-3を金ぴかに磨き上げ、 新しい塗装をほどこし、空を飛ばし、かつ、その姿を当時、アメリカで空撮の名手とうたわれたクレー・レーシー(映画「トップガン」の撮影カメラマンとして も有名)とその仲間に撮影を依頼したことでも彼らの想いをご理解頂けると思います。

 説明はほどほどにしてDC-3の記念映画「a Lady Remembered」をご覧ください。



 尚、蛇足ですが、この映画の日本公開権利を当時、僕の会社がダグラス社から購入しました。残念ながら、字幕は入っていません。その点、見づらいところも あるかもしれませんがお許し下さい。それから、そのときクレーレーシーが撮影したDC-3の空撮映像の全カットのフッテージも合わせて購入しました。それを僕が編集した映像もありますのでこのブログでDC-3特集の最後の回にオンエアーしたいと思っています。こちらも、ぜひ、ご覧ください。

武田一男

【航空100年】DC-3特集
解説 武田一男 ©Director’s House

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【航空100年】DC-3特集

DC-3特集では、
マクドネル・ダグラス社の制作した映画や、貴重な空撮映像、ブックレビューなどをお届けする予定です!
どうぞお楽しみに!