カテゴリー ‘ DC-10コックピット「最後の飛行」

航空ドキュメンタリー「最後の飛行」第1回 関西国際空港

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 大阪湾にかかる春の霞が次第に黄昏色に変わる午後五時。長い橋を渡って空港に近づくと関西国際空港はまるで宇宙基地が海に浮かんでいるように見えた。
 シルエットになった管制塔が空へ飛び出すロケット塔のように聳え、それをとりまくターミナルビルや滑走路が放つ光の渦が、暮れかかる美しい空と海の狭間で人工的な別世界を造りだしている。

関西空港夕景 by H.Masui

 出発ロビーも別世界だった。チェッキングカウンターで搭乗手続きをするグループのざわめき。セキュリティ検査の警報ブザーの音。サンフランシスコやパリに向かう航空会社のファイナルコール。免税店のレジの音。迷子の呼び出し。ゲートへ走る靴の音…。
 旅立ちの華やかな旅情と興奮が金属とガラスでできた幾何学的な空間の中で喧騒となって渦巻いている。
 そのロビーからガラス張りのエレベーターで三階登った空港北ビルにある日本エアシステム運航課は、出発ロビーの喧騒が嘘のように静かであった。
 この時間は他に飛行する便も少なく、したがって乗員の姿もまばらで、ときどき自社の飛行機から入ってくる会社宛のカンパニー無線に運航課のスタッフが応答する声が聞こえるだけで、広い室内は図書館の中のような雰囲気であった。
 その右角のカウンターでホノルル空港へ向けて出発するハーレクインエアの飛行前の打合せが行われていた。
 プレスのきいた紺色の制服で包んだ三人のクルーが、テーブルに広げた飛行ルートや気象データーの一つ一つを手慣れた様子で確認し合っている。
 日焼けした精悍な顔に溢れる自信と威厳さえ感じさせる機長、長身を折り曲げるようにして端正に話す白人のアメリカ人パイロット、陽気な仕草で笑顔を絶さない南アメリカ出身の航空機関士、普段とは違いクルーの姿を遠巻きになぜか気遣うように眺めているディスパッチャーや運航部員達…。最後に機長が書類にもう一度、目を通し、二、三質問すると飛行プランに承認のサインをした。
 すべて手順通り、傍目には普段の日とは何も変わらない。
 一息入れて機長は飛行プランを立案したディスパッチャーに歩み寄って、いつもするように笑顔を見せてひと言、「ありがとう」と礼を言った。
 しかしそのひと言に機長の万感の想いが込められていることは、ディスパッチャー始め、部屋の中にいるすべての人たちにはわかっていたが、誰も特別な言葉を掛けようとはしなかった。
 その思いやりが無言のうちに機長の胸にしみた。
「シップは?」と機長が尋ねる。今日乗務する便は鹿児島発、関西空港経由でホノルルに向かうハーレクイン8673便でチャーターフライトであった。
 鹿児島からのクルーは関西空港で交代する。それで関西空港から新たに搭乗するコックピットクルーは客室乗務員の打合せ(ブリーフィング)を、ゲートに駐機する飛行機の中で行うことになっていた。
「ちょっと遅れましたが、もうゲートに入っています」と運航課員が答える。
「ではそろそろゲートへ行くか」
 テーブルの上に広げた飛行データーを集め、黒い皮のパイロットケースに納めながら、機長は今日一緒に飛ぶダウニング副操縦士とネイヤー航空機関士に声をかけた。
 これもいつもと変わらぬ出発前の風景であった。
 そのとき運航課の女性スタッフが遠慮がちに機長に小さな花束を差し出した。それを機会にフラッシュの光とシャッターの音が響き、運航部が一瞬場違いな雰囲気になった。
 ちょっと驚いた様子で機長は花束と女性部員を相互に眺めて少し淋し気な表情を見せ、改めて居並ぶ運航部の人たちに無言で軽く頭を下げた。
 三宅嘉光機長。ハーレクインエアの取締役オペーレーション本部長は、今月の二十八日、あと三日で満六十才の誕生日を迎える。その誕生日は還暦という人生の節である日と同時に彼にとっては特別な意味があった。
 会社の規定によると六十才の誕生日をもってパイロットは定年として現役の飛行業務から離れることになっている。その誕生日がこのハワイへのフライト乗務期間の途中に訪づれることから、今日が三宅機長の現役最後のフライトの日になっていた。
 ラストフライト。
 それはパイロットが長年慣れ親しんだ空を去る最後の飛行である。
「それでは…行ってきます」と三宅機長は過去、数十年繰り返したフライト前の厳しいパイロットの表情に戻って、もう一度、運航スタッフに目礼すると、すでに入り口で待機してるクルーと一緒に運航課を出た。
 制服に身を包んだ機長の左手に握られた小さな花束が、何故か不釣合で淋しく見えた。

つづく

武田一男

航空ドキュメンタリー「最後の飛行」
解説 桃田素晶/録音 武田一男 ©Director’s House

【著作について】「最後の飛行」収録している音声、音源は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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航空ドキュメンタリー「最後の飛行」はじめに

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「最後の飛行」をスタートするにあたって

 今日から「航空100年」のキャンペーンにちなんで新しいコックピット・ドキュメンタリーを始めます。このコンテンツはハーレクイン航空のDC-10三宅嘉光機長が関西国際空港からハワイ・ホノルル国際空港に飛んだラストフライトを軸に、日本の民間航空の歩み、それと日本航空やパンアメリカン航空などが開拓した広大な太平洋の航空史をまじえて構成する大河的航空ドキュメンタリーです。
 以前、このコンテンツはCD付き単行本「ラストフライト」(愛育社)として発売したのですが、今回、その元原稿から余分な箇所を削り、必要な部分を加筆して、かつ、全編に航空サウンドが入るのでなく、要所、要所でサウンドが入るように分散し、サウンドの効果と文章の独立性を高めるための工夫を凝らすなど内容を一新しています。この構成は僕としては初めての試みでもあり、従来の航空ドキュメンタリー「機長席」や「ヒマラヤ飛行」などとは若干のテイストの違いもあるかもしれません。「違い」といえば、今までこのブログに作品を寄稿する場合、ほぼ、全体を完成させて編集長の竜子さんに送っていましたが、今回はまったく違ってオンエアーとほぼ同時に次の回の原稿制作をしている状態(たとえば今、第2回目の原稿を書いている状態)なので、期日に遅れる可能性が大であります。その点、謹んでかつ、前もってお詫び申し上げます。

 それから、僕からも読者の皆様にお願いがあります。そんなライブな状態ですので、皆様の読後感といいますか、ご批判をふくめてご意見を聞かせて欲しいのです。ライブ進行なので、その次の回にはすぐ訂正できますし、改良も可能です。要は完成終了したあかつきには(現在の状態では10回の連載になるか、8回で終わるのか、僕自身もわかっていませんが)、読者の方々には「ああ、面白かった」と言ってもらいたいし、著作制作者の僕としては「とても良い作品になった」と満足をしたいのです。真意をご理解の上、ご協力下さい。お願いします。
 でも、自画自賛みたいで恐縮ですが、僕の従来の作品の中でもダントツに面白い作品になると思っています。恐縮です。

武田一男

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Skybridge Annex

文中で使用している写真は、H.Masuiさんの作品をお借りさせていただきました。
美しくて見応えのある作品が多いです!

H.Masuiさんのブログ
Skybridge Annex

主に伊丹空港の作品を紹介されています。
関西空港夕景の写真は、他にもあります。
関西空港夕景の記事

H.Masuiさんのホームページ
Skybridge
伊丹空港を拠点に、関西空港、鹿児島空港、長崎空港、成田空港の写真が紹介されています!
その他、ユーモアあふれる「Landscape」の作品が、圧巻です。

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最後の飛行

「最後の飛行」は、
6月6日に初回、6月9日に第2回の予定です。

これまで、航空ドキュメンタリーに興味がなかった、あるいは乗り遅れちゃった、という方。
それから飛行機には興味を持っているけれど、これからは少しずつ知識も増やしていきたいという方。

そんな方々にお勧めです。
なぜなら、今回の「最後の飛行」はこれまでとはちょっと違う。
音声も、読み進めながら少しずつ聞いていけるよう、工夫しています。

DC-10の引退が迫る、ハーレクインエア。
さらには、自身の引退飛行となる三宅機長。
このふたつの「引退」というキーワードが織りなす物語、ここで航空サウンド聞かなかったら、どこでデビューするのか、という内容に仕上がると思います。
どうぞご期待ください。

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