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JAL搭乗記/JL3911 伊丹〜新千歳

文=桃田素晶

 午前7時30分。気温29度。伊丹空港北ターミナル。ここはJAL専用のターミナルで、毎日多くの便が全国各地に向けて飛んで行く。夏場ともなると、季節運航便が設定され、大小さまざまな飛行機が、スポットに駐機し出発準備を進めている。一機スポットから離れれば、沖留めされていた飛行機がトーイングカーにひかれて来たりなど、空港エプロンは喧騒の様相を見せている。空港スタッフを始め、航空会社スタッフも、あちこちと駆け回り、出発準備に追われている。
 搭乗カウンターには大きなカバンを持つ多くの乗客が列を成し、今か今かと順番が来るのを待っている。夏休みということもあり、子供連れの家族が目に付く。ビジネスマンの姿も見られ、慣れた手つきで自動チェックインを済ませ、足早に手荷物検査場に颯爽と向かっている。手荷物検査場も搭乗カウンター同様、喧騒そのもので、隙を縫って検査場に入っていくビジネスマンはカッコ良く見える。手荷物検査をパスすると、搭乗口が何処になるのか迷っている乗客が、空港の警察官に聞いたり、電光掲示板を眺めたりと、手荷物検査場の混雑の原因は、これであろうと思えるくらいである。
 搭乗口22番。新千歳空港行きのJAL3911便の出発点である。夏季限定の運航で機種はB767-300。シップナンバーはJA8980。1997年9月に登録された国際線使用のB767-300の4号機であり、現在はONE WORLD カラーを身にまとっている。

RJOO:JA8980

 8時5分。搭乗アナウンスが館内に響き、搭乗口を見渡すと思いの他、乗客が少ないのが気になった。早朝便ということもあるのだろうと思いつつ、PBBを通って機内に入った。キャビンアテンダントの6名が笑顔で乗客を迎えている。座席は43H。機体後方の左側である。久し振りのB767とあって、ウキウキワクワクと心を躍らされる。
 コックピットでは既にテイクオフ・ブリーフィングが終わり、乗客のボーディング中に副操縦士は大阪デリバリー管制118.8メガヘルツに周波数を合わせて交信を始めている。新千歳までの飛行許可を承認してもらう交信である。

▼RJOO:MINAC ONE DEPARTURE
RJOO:MINAC ONE DEPARTURE

▼RJOO:GUJYO TRANSITION
RJOO:GUJYO TRANSITION

 3911便の伊丹空港のSID(出発方式)は「MINAC ONE DEPARTURE」の「GUJYO TRANSITION」である。出発のクリアランスで「〜DEPARTURE」の後に、「〜TRANSITION」と付される場合がある。TRANSITIONはSIDの離陸方式から航空路に行くまでの経由する地点、つまりは航空路の入口みたいなものである。今回のMINAC ONE DEPARTUREには、NAGOYA、GUJYOの各地点が設けられている。滑走路32レフトを離陸後、500フィート以上に上昇し、左旋回をする。その際、滑走路末端から4NM、または大阪のVOR/DMEから5DME以内に旋回上昇し、機首を方位76度に向けてMINACの地点まで飛行し、そこから岐阜県のGUJYOの地点まで飛行するが その間は2万フィート以上で飛行しなければならない。GUJYOから航空路Y13に入り、新千歳空港(CHE)に向かうことになる。

▼RJOO:AIRPORT
RJOO:AIRPORT

 8時24分。プッシュバック。トーイングカーに押され、機体はR-6上に停止した。トーイングカーが切り離されて滑走路32Lに向かってタキシングに入った。E5、A2を通過後、A1から滑走路32Rを横断しB3の間はS字のようになっている。その間に操舵系の確認であるエルロン、エレベーター、ラダーの確認をしている。誘導路B2からW2に入り、そのままクリア・ライン・アップで、ローリング・テイクオフを開始した。CF6-80C2B4Fのエンジンが甲高い音を奏で、機体は一気に加速。V1、VR、V2の副操縦士のコールで機体は急上昇した。離陸時刻は8時37分。離陸後、左旋回し一路出発方式の名を関しているMINACのポイントに向かって飛行する。

 伊丹空港は街の中に設置された空港であるので、近隣への騒音軽減策(運航方式)が取られている。離陸は急上昇方式となり、伊丹から飛行機に乗られた方は分かると思うが、離陸後、フワッと体が浮いた感じになる。着陸はディレイド・フラップ進入方式及び低フラップ角着陸方式で、19時から21時までリバースはアイドルまでに制限されている。

 例年に無い猛暑に襲われている街並みに霞が掛かっていた。3911便は上昇し続け、霞を突き抜けると、右手に入道雲が幾つもそびえ立っていた。気流も穏やかでスムーズな飛行を続けていた。シートベルトの着用サインが消えると、キャビンアテンダントは直ぐ様、シートベルトを外し、各々の担当ギャレーに行き、エプロンを身に纏い、機内サービスのドリンクの準備を始めた。乗客も安堵したのか、フーッと息を付くのが聞こえる。乗り慣れている人は離陸前に寝ている姿を目にすると、大した根性だと思うのは私だけだろうか。

 MINAC地点で左旋回を終えると、窓から体を突き刺す、ジリジリと身を焦がしていくように太陽の光が差し込む。外を見れば入道雲がくっきりとそびえる姿が、そして空を見れば蒼い空、気流は安定。この上ないコンディションである。3911便は2万フィートを通過し、トランジション・ポイントのGUJYOを目指して上昇している。キャビンアテンダントは手早く機内サービスを進めている時、軽い乱気流で機体が揺れたが、10秒ほどで収まった。そして、それから数分後、頭上のスピーカーから機長のキャビン・アナウンスが聞こえた。飛行高度3万7000フィート、約1万1300メートル。対地速度毎時900キロメートル。上空の気流は安定。新千歳空港には定刻の10時10分。約15分後には秋田県上空に到達。北海道は低気圧に覆われているので下降中に揺れると、明るくハキハキとした口調で、非常に聞き易かった。アナウンス中、速度の説明をする際、「新幹線の約3倍のスピードで飛行しています。」と、子供がたくさん乗っていたこともあって、機長の心遣いに関心した。私の後ろに座っていた小学生の男の子が「メッチャ速いやん」と、お父さんと話しているのが、何とも微笑ましかった。富山県上空を通過すると、日本海上空に出ると左には佐渡島が見えた。揺れもなく、順調に高高度で飛行を続けている。そうこうしている内に、AKITA VOR/DMEを通過すると、一面雲海が広がる。これから新千歳に向かってこの雲を突き抜けなければならない。奥に目を転じれば入道雲が連なり、揺れの不安に駆られる。

 コックピットでは下降準備が始まっているのだろうと考えながらも、機内サービスのスープを啜る。機内誌を見て、外を見ると雲が下に見えた。下降中と思っていると機長の機内アナウンスが聞こえた。「当便は新千歳空港への進入が始まり、揺れがあるので、2分後にシートベルト着用サインを点灯させます。客室乗務員も2分後には自席に着席して下さい。なお、揺れましても運航には何ら支障ございませんので、ご安心下さいませ。本日のご搭乗、誠にありがとうございます。」飛行機が好きな方でも雲中飛行すれば揺れると分かっていても、機長から「支障ない」と言われれば安心する。機長の言葉は重いと改めて思う。

▼RJCC:STAR for RWY19L/19R
RJCC:STAR for RWY19L/19R

 3911便の着陸滑走路は19R、STAR(到着経路)は「NASEL ARRIVAL」である。NASELはCHITOSEのVOR/DMEから方位210度、35マイルの地点にあるポイントである。NASELを通過後、方位30度に右旋回しMUKAWA VOR/DMEから240度の放射角度(R-240)乗ったら方位60度に更に右旋回する。MUKAWAに到達後、方位360度に左旋回しMUKAWAから13マイルの地点で1万2000フィート以上、25マイルの地点で7000フィート以下、30マイルの地点を5000フィート以上で飛行し、その地点を通過したら方位240度に左旋回し、KAORY、SHINEのポイントを通過し、滑走路進入口であるNAGANUMA NDBに向かう。その時高度は3000フィート以上で飛行しなければならない。

 先日の大雨の影響で、道央、道南地方は雨に覆われている。次第に雲の中に入り揺れが激しくなってきた。少しずつ雲の切れ間から緑に覆われている北の大地が見え始め、雨が窓を叩きつけている。フラップは降下の段階ごとに下に降ろし、その姿は目一杯翼を広げた鳥のようである。雲の下を抜け、地上が目の前に迫っている。ギア・ダウンの音が足元から響き、同時に風を切る轟音が機内に聞こえる。

▼RJCC:ILS Z RWY 19R
RJCC:ILS Z RWY 19R

 機体は下降し続け、NAGANUMA NDBが近付いてきた。着陸方式は「ILS Z 19R」。NAGANUMAの辺りから機種を方位182度に左旋回し、ILSの電波を捕捉する。ILSの電波に乗りながら風の影響で微かに上下左右に揺れている。進入ポイントのWHITEを通過。機体は下降し続けている。最終進入フィックスであるLOVERを通過、滑走路が迫ってきた。コックピットではランディング・チェックリストを終えている。機体は滑走路に近付いている。右手には新しく完成した国際線ターミナルが見え、その奥には航空自衛隊機が整然と並んでいるのが見える。滑走路末端(スレッシュ・ホールド)通過し、エンジンの音が静かになった。エンジンパワーを最小限に絞り、揚力だけで宙に浮いている。

▼RJCC:AIRPORT
RJCC:AIRPORT

 10時5分。滑走路に着地後、エンジン・リバース(逆噴射)が掛けたが、すぐさま解除され、誘導路A7に入った。鋭角に機体を左旋回し、誘導路Dを走行した。フラップは主翼に格納されてた。窓から外を見れば曇り、雨が降っている。前日、小樽では豪雨だったと後で聞いた。その雨がまだ残っているようである。機体は速度を減速させ、H5に入り、10時10分、予定時刻に14番スポットで静かに停止した。エンジンが切られ、乗客は席を起ち、機外へと出て行った。

RJCC:JA8980

桃田素晶

本記事は、「機長席」「雨中飛行」の解説でおなじみの桃田素晶さんからの寄稿です。
ご自身の搭乗された伊丹〜新千歳の搭乗記を書いてくださいました。(竜子)

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「高度一万メートルの再会」(武田一男)

「高度一万メートルの再会」

 個人的な話で恐縮ですが、僕にとって今年の5月は懐かしい友や珍しいひとに逢うことが出来るラッキーな月のようです。
以前、アップル・ハウスという学生のフォークグループのレコーディング・ディレクターをする機会に恵まれました。優秀なグループで当時、権威のあった「東京音楽祭」に入賞するなど学生グループでは群をぬいた人達でした。3人編成のグループですが、僕が彼等を好きになったのはエレキに走る若い人が多い中で、徹底してアコースティックにこだわるとても繊細な響きを持っていたグループだったからです。
 何枚かのレコードをリリースしどれもオリコンのベスト10に入る作品を彼等は作ったのですが、大学を卒業するとグループを解散し彼等はそれぞれ自分の道を進んだのです。レコード関係者の多大な賛辞をうけながらもプロの道を進むことなく、最初にきめた通り、惜しげもなく自分の道に向かう彼等のいさぎよさも僕は好きでした。

 それから30年以上、彼等と会っていません。唯、15年前にそのグループで作曲を担当していた平川君(そのときは土木建築の設計をしていました)が脳腫瘍のために亡くなったときにお葬式で会っただけで、昨日までお互いに多忙にまぎれて音信が途絶えていました。 ところが、メンバーのひとりでボーカルを担当していた百塚君がこの「週刊飛行機ダイスキ」のブログを見て、編集者の竜子さんに連絡をとり、僕の家に訪ねてきてくれました。それはブログが取り持つ30年来の再会でした。

 実は僕も彼等に会いたくて半年ほど前に彼等が作った「高度一万メートル」という曲を、このブログのテーマソングとして使ってもらい、アップルハウスのメンバーの誰かが聴いてくれたら、このブログに連絡があるだろう、と編集者の竜子さんにお願いしてオンエアーしてもらっていたのですが、やっと念願がかなって、このブログを見て百塚君が連絡をくれたというわけです。唯、百塚君との再会は嬉しかったのですが、彼は同時につらい知らせも持ってきました。一年半ほど前に、メンバーで作詞をしていた渡辺君が脳溢血で倒れ、現在、病院でリハビリをしているというのです。渡辺君はちょっとシニカルでしたが、その裏に溢れるような人間愛を持った人で、病気になる前はコピーライターとして活躍していたそうです。作曲の平川君と作詞の渡辺君が今、音楽作品を作っていたらきっとヒットメーカーになっていただろうと思います。そのくらいセンスある人達です。一日も早く病魔に勝って復帰してもらいたいと祈っています。渡辺君の復帰を願って、竜子さんにお願いして再度、「高度一万メートル」をフル画面で流してもらうことにしました。彼等の暖かい歌を聴いてあげて下さい。

 百塚君は六本木で創立50年という老舗のやきとり店をお父様から受け継いで二代目のオーナーとして頑張っています。土地柄、有名人も沢山来るお店ですが、百塚君のポリシーとして廉価でリーゾナブルなプライスで”日本一の味” のやきとりをサーブしているのだそうです。皆様もぜひ、六本木に行くことがあったら、百塚君の「アコースティックなこだわりある、やきとり」をぜひ味わって下さい。お店は「味の店 八ちゃん」。六本木の交差点を溜池に向かってくだった左側で通りに面しています。電話番号は03- 3583-6459。飛行機のブログで見たよ、と言って頂ければ彼は喜んでサービスしてくれると思いますよ。

 話は変わりますが、桃田素晶さんをご存じですか? このブログでYSコックピット・ドキュメンタリー「雨中航路」を書いている人です。僕の録音した音をベースに書かれたドキュメンタリーですが、唯、音を聴くだけよりはるかに現実感があって面白く、僕も毎週楽しみにしているコンテンツです。そんな仕事を一緒にしている彼と、実は僕は会ったことがないのです。メールでは長い歳月やりとりして、旧知の間柄のように感じていますが、まだ、一度も本人とは会ったことがない。インターネットというものは不思議な人間関係を作るものなのですね。その桃田素晶さんが在住している大阪から所用で東京に行くので5月27日にお会いしたいというメールを頂きました。桃田さんといい、百塚君といい、僕にとって楽しい出逢いがつづく5月です。
 とりとめのない私事でおつきあい願ったこと感謝します。

武田一男

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まだまだ許さんJAL再建案、わてはふたたびもの申す!

この前、「沈まぬ太陽」見て来た。見応えタップリ! あっ、という間やった。見はった人らは、主人公の人間像に共感しはるみたいやけど確かに共感したし、あんな人間になれたらって思た。

が! わてはそこがポイントやない。言うまでも無く、架空の「NAL」たる会社の体質を問うた社会的ムービー。腐敗し陰湿な会社の体質、これを良しとしてきた社会そのものの責任やと感じた。まぁ、そういう世の中やったのもあると思うけど、結果的に見たら、そないなことになったんちゃいますかね。わてら国民がどーこー出来るものやないでっけど…。

それでや、この映画、まるで今の世の中を予見したかの如く、今のJALの根本を見たなぁ(…って、その通りやねんけど。敢えて言うてみた)。神さまって、居てはるんやね〜。でも、エエ機会ちゃいまっか? 今のこの時期にとことん徹底的に全てを白日の下に晒すことが、JALの為になると思いますわ。それより、何でJALはこの作品を悪の権化みたいに社内報誌に載せるんやろね?

相も変わらず、よーわからん会社やな。

この前、JAL経営陣が企業年金削減の説明会をしはった。OBは3割減、現役は5割減。キツイやろな…その説明会の中で、OBの一人がこんなこと、言うとった。「JAL創世記を作り上げたのは、我々だ! 納得できない!」とか「2階席には発言権がないのか?」など…。聞いてて呆れた…。創世記を作り上げたって、何を? どんな? って聞きたいわ。創世記ってエラそうに言うてるけど、バリバリの悪しき労組時代やん。今の状況を作り上げたんは、あんたらやん。根源はアンタたらやん。

わて、最初この削減案を聞いて、「キツイなぁ」って思た。けど! わての周り奴らは違うた。「OBなんて全額削減ちゃうんか!」「こいつら、どこまで喰うたらエエじゃ!」ってな声が、実は多数を占めていたのにはビックリした。生活がバラバラになるって言うてはったOBさんがいはったけど、そもそもバラバラになったのは、労組の存在そのものちゃいまっか? 前も書いたけど、創世記を作り上げたか築き上げたか、どっちでもエエけど、そこまでプライドがあるんやったら、何とかしてやろって思わんか?「わしらには非が無い」みたいに、完全に他人事になって、どないすんの?
「わしらも年金が無かったら辛い…、けど協力せんとわしらが作ってきた会社は、元もこうも無くなる。何とかせなアカン…」って普通…思うんちゃうんか!
それが人間ちゃうんか!
何をエラそうに、他人事みたいに言うてんねん!
元はと言えば、自ら起こした過ちやろ!
まだ、そんなこと言うてんのか!
どこまで喰い尽くしたら気が済むねんっ!
どこまで欲を満たすつもりやっ!
何が作り上げたや!
笑わせんなっ!
あんたらが作り上げたのは、会社やない!
負の財産や!
負債を作り上げたんや!

もうJALは、ちゃんと潰さなアカンって。懇情を与える必要もあらへん。キツイ言い方やけど、足腰立たんように潰さなアカン。日本の空から白と赤のコントラストは、いっぺん消えなアカン。
でもそこで、働いてる人をどないするか…会社が悪いって言うても、働いてはる人にも労働の義務があるし、生活がある。家族を路頭に迷わすことは出来ん。

ある雑誌にこんな提案があった。「JALをJR東日本に買収させる。買収させる為に最終的にすることは、JALをキチンと潰すこと」とあった。思い切ったこと、言うてはる。斬新ですわ。でも、何か「しっくり」来るのは何でなんやろ? アメリカンかデルタか知らんが、JALの為に救済するんやない。あくまで航空連合の為にするのであって、JALを助ける為とちゃう。いつまでアメリカに隷属したらエエの? それに関連してオープンスカイとか言うてるみたいやけど、そんなもんは後回し。先にするのは、JALを救済するんやろ? それやったら、キチンとJALを潰してからの話ちゃうか? 潰して政府は困るんか? 困るとは思えんなぁ…。

そこで、さっきの雑誌に戻るけど、JR東日本に買収させる。その下で再建なり、新規なりどっちでもエエ。昔の労組みたいにならんかったらエエ。なってしもたら、それこそ終わりや。いつまでも空と陸で争ってる時代やない。確かにライバルではあるけど、互いに互いを利用したらエエ。JALは電車に負けたんや。これは現実や。いつまでも意地張ってたらアカン。電車も飛行機も共通するところは同じ。お客さんが一番!お客さんの利便性を図ること。敢えてここで言わんかったって分かってはるやろうけど、これに尽きる。たくさん選択肢があるも良し、たくさん無くても効率的に利用できるも良し。どうすればいいかを、根本から考える。

ズブの素人がエラそうに妄想する再建計画を考えてみた。さーっと読み流してもろても結構。先ず、JR東日本に買収されることを大前提とするので、その点は悪しからず…。

(1)新たに貨物専用会社を設立。
(2)その会社に、ジャンボやMD・機齢の高い機材を移管させる。
(3)その機体を貨物機に順次改修する。
(4)この会社はJALとは何ら関係の無い会社であって、NCAとの経営統合とは全く一切関係なし。
(5)JR東日本の傘下の会社であるが、宅配業者が出資し株主とする。
(6)貨物機に改修した機材で地方空港間を飛ばす。

では、何でこんなことを思いついたか? 一言で言うなら「物流」ですわ。今の時代、ネットで買物をするのが当たり前になってきたんで、物流が会社にとっての生命線と言っても過言やないと思います。であれば迅速に荷物を届けるには、遠ければ遠いほど飛行機ほど適した交通機関はあらへん。それやったら利用せん手はないと思た。
ほんだら、何で地方空港の間を飛ばすんか? 地方空港は疲弊しててJALの経営危機で、より一層疲弊してきた。元はと言えば国が訳の分からん理由で作らせたもんやけど実際に存在してる以上、何か考えんとアカン。そこで、旅客便やのうて貨物便を飛ばして、ビビたるもんになるか分からんけど収入はあると思う。でもそれだけでは貨物便は飛ばへん。飛ばす為には何か「箱」を作らんとアカン。そこで広大な敷地を有する空港内に、国が出資して物流センターを設置する。わざわざ高い賃貸料払う都市部でするよりも地方で在庫や荷分けした方が金額的には安いと思う。その物流センターの使用料も空港に入ってくる。何処もかしこも地方空港という訳にはいかんやろうから、センターを設置出来ない空港に関しては、国が空港を一括管理をする。では、その費用はどこで賄うか? 素人で申し訳ないんやけど、空港特別会計なんかで何とかなるかな…。と思うねんけど、どないやろ?

少しでも疲弊を和らげる為に、原則として地方空港の間を飛ばすことに特化する航空貨物会社にする。基幹空港の利用もあると思うので、もちろん妨げる理由もないけど、例えば、佐賀県から長野県に荷物を運ぶ時、佐賀空港から羽田か関空まで空輸して、あとは電車かトラックで運ぶ。でも空港間(佐賀→信州まつもと空港)であれば、時間的・人的制約があると思うけど、直接空輸する方が効率的やし送料も多少は安くなるんかな? と思う。

移管される機体も全部と言う訳にもいかんやろうし、ジャンボは無いやろな。MD(貨物機に改修できるんか?)が妥当なんかな…、宅配業者を株主とするのは、単純に貨物専門の航空会社やし今でもJALやANAに委託してる会社は山ほどある。委託せんでも「自分らの会社」という気持ちがあれば、物流も活性化しそうな気がする。出来るだけ機材を廻して、少しでも多くの地方空港を助ける為、それと新生JALの足掛かりになったらエエと思たんですわ。
拙いズブの素人の考えなんで、具体性に欠けるのは勘弁して下さい。でも、みなさん、どない思いはります?

JALさんよ、市場は間違いなく他社に奪われる。奪われんとアカン。屈辱を十分に味わんとアカン。他の民間会社は大概、辛い思いしながら頑張ってはる。自力で知恵を蓄えて、知恵を絞って、他に頼るんやのうて、全てを自力でする会社にせなアカン。粛々と謙虚にならんとアカン。国民に不信感を抱かせるような会社になったらアカン。

いつもの様なトーンにならへんかったんが、わてはチョッと残念…。(B777)

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ANAで頑張るボーイングのヒコーキ達

「週刊 飛行機ダイスキ!」をご覧の皆さん、こんにちは。
ブログ「高度30000フィート」を運営しております、管理人のAkioです。
前回に続いて、僕の事を紹介しておきます。

歳は、15。
この歳にして、アメリカへ3回。中国に6回の渡航歴を持ってます。。。
ちなみに、パスポートは3冊。

趣味には写真。
300mmと600mmの望遠レンズで飛行機を追ってます。
カメラはオリンパスのE-500を使用。

というわけで皆様、お久しぶりですね!
さて、今回はANAで頑張ってるボーイングの飛行機に焦点を
あててみました。

現在活躍しているボーイングのヒコーキ達は15種類です
今回は大雑把に、737、747、767、777の4種類を紹介。。。

まずは、チビッコから大人までファンが多いBoeing747から!
今年40周年を迎えるということですが、数が減ってきているのが現状です
ANAボーイング747

次は、747の跡継ぎである?Boeing777です。
これからどのように活躍するか注目です。
ANAボーイング777

次は、中型機であるBoeing767
特別塗装機が多いですよね。。。
結構、初心者からは「B777とどう違うの?」という声が多いです。
ANAボーインフ767

そして、最後に小型機のBoeing737
機種によっては、「ゴマちゃん」「青(金)シャチ」等の愛称で
多くのファンから親しまれています。

ゴマちゃんはエンジンに
イルカが描かれています。
ANAボーイング737

シャチは-800と-700の総称らしいです
ちなみに737NGでもok!
ANAボーイング737NG

これらの中に、皆さんのお気に入りのヒコーキはいましたか?

Akio

B777とB767の見分け方

私の住まいの上空は、伊丹から東方面に飛行するルートになっています。
朝7時30分前後には、離陸の一番機が通ります(ANAかJALの羽田行き)
機種によって、エンジンの音も違いますが、一番ウルサイのがMD。
かなりの爆音で通り過ぎていきます。
その点、ボーイング777はエンジンが大きいのに静かです。

天候が荒れている時は、なかなか上昇出来ないのか、低空で通り過ぎます。
その時は、工事現場の音が静かに思えるぐらい、モノスゴイ音です。
しかし、利点もあります。
低空で飛んでいるので、マジマジと飛行機の「お腹」を見ることが出来ます。
これが迫力満点!!!
すごい貴重な映像、ショットです。

さて、真上を通るので、もちろん飛行機の「お腹」しか見えません。
そんな中でも、ボーイング767、ボーイング777を見分けることができます。
通常、地上にいる時では一見すると見分けし難いですが、見分ける方法は幾つかあります。

判別箇所 ボーイング777 ボーイング767
主輪(胴体の中心) 6つ 4つ
APU 平べったい ボールペンの先
機首部分 上品な鋭角 ウォンバット似
エンジン デカイ 小さい

他にもあるのですが上級者向けですので、ここでは省略します。
大雑把に書いているつもりはありませんよ。
この方が分かりやすいと思います。
一番分かりやすいのは、主輪の数です。

このように、地上にいる時は判別が容易なのですが、グングンと上昇している飛行機を判別するのは、難しいです。
APUは小さ過ぎて見えない、ギアは格納している、機首部分やエンジンなんかどちらかわからない、など…。
 
しかし、慣れですね。
(1)胴体の大きさ
(2)エンジンの大きさ
(3)主翼の大きさ

あと上記以外に、様々な視点から見分けたり、各々の機体シルエット見るのも面白いと思います。
先ず正面からですと、ボーイング777は太い胴体から左右にピンと伸びた主翼、それにぶら下がっているエンジンの大きさに驚きます。ボーイング767は機首部分が尖がって見えて、スマートでそれに比例するようにエンジンも小さいです。(但し、正面から見られる場所はそれ程ないと思います。)
私の好きな視点は、機体を正面にして右斜め前からで、両機種とも機体全体の大きさがよく分かると思います。これの方がボーイング777のエンジンの大きさが良く分かると思います。
同じく機体後方右斜めから見ると、ボーイング777なんかは、お尻が大きい感じに見えます。ボーイング767と揃って駐機していると、777がお母さん、767が子供に見えます。
但し、前方右斜め前と後方右斜めからの視点は、自分が地上にいる時の目線です。展望デッキでは少し分かりづらいかも知れません。

これらを全て頭の中で勘案しながらバランスをとって判別します。
「そんなこと、出来るわけないっ!」と思っている方、見ていたらイヤでも出来ます。

その為には大前提があります。
純粋に、こよなく飛行機が好きであること、夢中になっていることです。

今日も空には、多くの飛行機が夢を乗せて飛んでいるのです。

Akio

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羽田空港ハブ化問題にもの申す!

「成田よ、お前はどうしたいのか…、羽田よ、お前は…」

前原はんにモノ申す。-『羽田ハブ化』編

成田と羽田の一体化と言うのは今イチ、ピンとけーへん。何を一体化するの? 空港の経営? 国際線は成田、国内線は羽田の棲み分け?
森田知事はんは、熱血と情熱だけで言うてはるみたいやし、深いとこまで考えてはれへんのんちゃうかな。まぁ、関空と伊丹も同じようなこと、言えるわな。と言うか、そもそも棲み分けせなアカンのか。競争したらエエんちゃうの。「今まで、こんだけ金が掛かった」だの、「国の施策」がどうだの言うたって始まらんし、水掛け論になって、ナアナアになって何が変わったんか、よーわからんまま、続いて行くんちゃうか。
前原はん、お茶濁してるやろ? どっちつかずの感覚ちゃうか? わてには「中を取って、この辺りで落ち着くのはどうでしょうか?」みたいな両者にペコペコと頭下げてるみたいに見えるで。まぁ政治家らしいけど…ってアホかっ! 無駄な時間と無駄なカネと無駄な労力を使うなっ! 棲み分けなんて無駄なことせんと、ハッキリせな。切るとこは遠慮無しにバッサリ切らなアカン。あんたの言葉一つ。あんたは腐っても政治家。「政治家は言葉が命」ってこの前言うたで。「成田はハブ空港ではない、羽田はハブ空港」とハッキリ言うたらエエねん。スッキリするがな。森田知事はんとか他の人にとやかく言われても、「そんなもん知らん!羽田がハブや!文句あるかっ?」とは言われへんやろうけど、それぐらいの気迫で行かんかいや!

前原はんにモノ申す。-『成田を考える』編

成田もやっ………とこさ、滑走路延長して、と・り・あ・え・ず、何とかなったけど、国際空港としての体裁は整ってる、と言うのは嘘や。発着回数が増えた言うても数年後にはまた、飽和状態に陥って、もがくことになるんちゃうか。言うたら悪いけど、無駄な延長工事としか言いようがない。こういう公共工事こそ、ヤメんとアカン。「取り敢えず作っとけ」が基本やからな。その先のことなんか、な〜んにも考えとらんし、「作ってんから文句言うな」みたいなとこがあるからな。そやから我が利害のことしか考えとらんから、こういうお粗末なことになるねん。そもそもあそこに作った意味がわからん。何で何かが分からん。都市部から遠いわ、便利は悪いわ、悪いことの詰め合わせセットやん。地元の同意もクソもないやん。それと空港が出来て人口も増えたって言うやん。人が増えるっちゅうことは、空港に働いている人も要れば、土地が安いから買ったとか、それなりに空港の存在意義があったと見てエエんちゃうの。それでもまだ、騒音がどうのこうのと言うてるけど、まぁ言うたら悪いけど、そろそろ区切りつけなアカンで。とやかく言うてる方達も。こんな状況が続くんやったら成田の国際線特化なんて、ムチャクチャやん。あんなとこに作らんと羽田を拡張して行ったら良かったんちゃうの? まぁ、当時拡張工事の技術だの、港湾関係との兼ね合いだの、漁もあったと思うけど、早々にクリア出来たんちゃうか。それと「成田の路線を羽田に移すことはない」って前原はん、そりゃ無理ちゃうか。近距離国際線(韓国、中国、東南アジア各国)は全便、羽田に移管したらエエやん。長距離路線は成田でエエやん。成田から移管したって日本に来たい国や地域はまだまだおんねんで。近距離路線が無くなったって、日本から遠い国や地域の人にとっては日本に馴染みが少ないねんから、ビジット・ジャパン・キャンペーン「YOKOSO! JAPAN」のスローガンが、し易くならへんか。そっちの方がキャンペーンの展開も簡単やろうし、インパクトあるとおもうねんけど、どないや?
今更ながらこんなこと言うのも、お!そ!い!けど、ハブ(成田)はマングース(羽田)に、どないしたって、勝たらへんって。

『空港作り』が好きな国にモノ申す。

とにかく、国の航空施策が間違ったて言うてしもたら終わり。意味あらへん。国なんてお粗末なだけや。まっ…たく話にならん。アホみたいに空港作って全国にぎょーさん作って、異常としか言いようがない。「都道府県に一空港を作ろう!」というドアホなキャンペーンを展開した国の考えなんか、アホとかボケとかそんな話やない。ハコもの作ったら経済は発展するみたいな単純明快な単細胞的な発想のツケが回ってきた。そりゃ地方は地域発展の為やったら「こりゃオイシイ話や」言うて飛びつくよ。ウマい話持ち掛けて出来てしもたら知らん顔しよる。悪代官みたいに影で「おぬしも、悪よの〜」って言うてたんちゃうの。国民のこと全く考えんと。国民の為、生活の為って言うて、どんだけ貢献した?地方空港なんて疲弊してしもて存続さえ危ういとこが、これからドンドン増えるいくやろな。どないすんの? 赤字運営してる空港は都道府県民税と市民税で負担すんねんやろ。またまた、国民の血税を無駄に払わされるわけや。金の使い方を知らんね〜。ましてや不況下にこの時代に一層の負担を強いるわけや。エエ根性しとるやんけ。この国は社会主義か? テレビでこんなこと、言うてはる人がおったな。『日本は「社会民主主義」って』ほんまにそうやな。優しい顔して、ヤルことエゲツナイわ。

前原はんにモノ申す。-『羽田ハブ化』編(ふたたび!)

前原はん、もう簡単明瞭に考えよう。
成田はハブ空港として足り得ない。国際空港として中途半端。
羽田はハブ空港として足り得ている。国際空港として機能できる。
羽田を国のメイン空港として、成田はその補完的機能を持たせる。
そんで落ち着いたら、関空を西のハブとして機能させて、国内線は伊丹と競争させたらエエやん。羽田・成田 ←→ 関空・伊丹の国内シャトル路線を充実させて勿論、乗り継ぎの利便性は確保するんやで。これを作り上げたら、仁川からハブ機能を奪還できるし、地方空港も今よりかはマシになるんちゃうか? 素人の考えやけど。
それと言い忘れた。前原はんは「JALもANAも残ってもらう」とか「JALの国内線は維持する」みたいなこと言うてはったけど、JALは無理ちゃうか。お粗末な醜態を晒した結果、国に頭下げて「助けてくれ〜。わてら元国営企業やったから、何とかしてや」だの特別立法だの何だのって新聞に載ってたけど、血税が使われることには変わらん。JALの話も色々書いてても疲れるだけやから簡単明瞭に…「驕れる者は久しからず」。時代に淘汰された。ついでのついでに。ある雑誌にこんな記事が載ってた。「羽田をハブ化するなら、横田を取り返してみせろ」と。メッチャ、的を得てるで。有識者会で航空自由化とか議論して来年の6月に纏めるそうやけど、自由化って言うんやったら、横田を返してもらわんと自由化にならへんで。アメリカさんは何かと難癖つけてくるやろうけど。要は言いたいのは、明確に分かり易いシステムを作り上げること。要らん公共事業に金を注がんと、こういうことに注がなアカン。勿論、空港だけやないで。それを連絡する道路整備、列車との接続。いつまでも飛行機と電車が過剰なライバル心を燃やさんと、そんな力があるんやったら、競争しつつも互いに互いのエエとこを利用したら利用率は上るんちゃうか。リニアなんて、まだ夢物語にしか過ぎひんで橋下知事さん。伊丹廃止論を唱えてたって大阪の為にはならんで。ウマいこと活用せな。

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JAL問題にひと言もの申す!

前原国交省大臣にもの申す。

 やっ…と政権交代して、次々とマニフェストが実行されていってる中で、矢継ぎ早に政策を実行してはる。あんたはエエ大臣や。バッサバッサと切り込んで、スピード感があって、よう注目されてる政治家や。ほんま。
 わてはな、改革することに異論はあらへん。切るとこはドンドン切っていったらエエ。その為の政権交代やねんから。ただやで! 国幹会議と空港整備特別会計の改革を今、せなアカンのか? 
 JALは瀕死やで。虫の息やで。
 再生タスクフォースで考えてもらうんは、かまわへんけど、外資が入ってくるのだけはアカンで。デルタ、アメリカン、エールフランスといつの間にか増えてるけど、要は航空連合(アライアンス)の争奪戦やん。よう言えば、よう言えばやで! JALっちゅうのは魅了ある会社と言うことやけど、普通に考えたら単なる買収やないか。JALがどこのアライアンスに加盟してようが、どーでもエエ話。乗る人間にはな〜んにも関係のない話。気になるんは、ひょっとしたら「ジャパンエア」というコールサインが無くなるんちゃうか? と思うねんけどな。
 それと、どっかの外国のカラーに塗り替えられて、日本の空を飛ぶっちゅうことやって無きにしも非ずや。
 わてはそれだけはイヤやな。ホンマにイヤやや。屈辱やん! そない思わへんか? なんで海外の会社が日本の空に国内線として飛ばなアカンねん。戦後のGHQみたいに占領されてるみたいで気分悪いわ。そんなもん誰も乗らんわ! JALさんには酷なことやけど、自主再建してくれることを祈るだけや…。そやろー、大臣はんかてそう思いはるやろ! とにかく、この問題が国の将来の行く先に影響する可能性は大いにあるっちゅうことは間違いないで。
 それとあんたも人間やから間違いもあるやろうけど、あんたは政治家やで。言葉が命やで。国内の航空会社は2社でしていかなアカンみたいなこと言うてたけど、2社以外に他もあるんやで。SKY、ADO、SNA、SFJ、AMX、FDA(何のことか分かる? )なんかノケもんにしてるやん。気悪いやないか。少なからず、みんな世界に飛び立とう! って言うて、頭絞って、汗水垂らして、寝不足になりながらも頑張ってんねんで。いくらなんでも、それはないやろ。たぶん、そんな意味で言うたんとちゃうやろうけど、言葉は選ばなアカンで。何を先にせんとアカンか、今これをせんかったら、エライことになるという感覚は政治家には絶対不可欠な要素やと言うことを忘れたらアカン。JALが自力再建するか、縮小するか、あんたが売国奴になるか、あんたの判断一つやで。仕事の優先順位間違うたら、国の行く末は狂うで。
 ついでやから言うけど、占領の話の続きやけど、これは政府にお願いしたいことやねん。横田空域なる占領政策を早いことヤメさせてくれへんかな。日本の飛行機が日本の領空を好きに飛ばれへんって、どう考えてオカシイで。もうエエ加減にアメリカにヘコヘコすんのんヤメようや。大和魂があらへんやん。情けないと思わんかな…。

JALの労働組合さんにもの申す。

 わしはJALの社長さんはエライと思うで。通勤はバス、昼メシは社員食堂、給与も大幅カット。トップがそないしてたら、下のもんはそれ以上に頑張るのが当たり前ちゃうんか! 「我が我が…」ってJALは自営業の連合か? 個人商店の組合か? 
 社長が身を削ってんねん。世間に晒されてんねん。恥かいてプライドを傷つけられてんねん。終いにはノイローゼになんで。そうなったら、どないすんの? 知らん顔するんか。社員一丸となってプライド捨てて身を削って組織を守らんかったら、あんたらが職失って路頭に迷うだけや。

 社会人として組織の人間としてやることもロクにせんと法律ばっかり持ち出すわ、権利ばっかり主張するわって、世間は「よーやった! 」とは言わんで。冷ややかに見られるだけやん。権利を主張する前、やることあるやろ。「義務」や。あんたらの義務は何や? 会社を支える縁の下の力持ちやで。その縁の下の力持ちが下におらんと、外に出てワァワァ言うてるねん。それで会社が成り立つんか? 儲かるんか? どこの会社だって労働する上で権利を主張したいよ。でも、そんなことやってる会社、どんだけある? みんな我慢して堪えてんねんで。身を削る思いをしながら、家族養ってんねんで。あんたらのやってることを褒める人なんて一握りおるかおらんかぐらいや。それだけ冷ややかに見てんねん。とってもやないけど、褒められることやないわ。

 わしはそんな奴ら軽蔑する。わしは今までJAL機に4回乗った。メッチャ! イヤやったけど、仕事なんかで乗らなしゃーなかったからな。ハッキリ言うて乗った気せんかった。信頼してへんもん。高飛車な会社なんか利用しとないしな。
 これ、誰に言うてるか、わかる? JALそのものに言うてるんとちゃうで。労組さんよ〜! あんたらやで。
 国民が一生懸命働いて稼いだ給料から、わしらの生活がよーなる為に払てる税金、血税や! け・つ・ぜ・い!
 その血税を喰いもんにしてる、それ、あんたらやで。元国営企業の社員であり誰もが羨む公務員と自ら勘違いしてた、あんたらやで。
 「金! 金! 」ばっかり言うてたって、金がない会社に言うて何になるん? 会社潰す気か。望んだかどうか知らんが、JALに入ったんやろ、そしたら会社の為に前向きに活動せーや! 踏ん張ってやらなアカンがな。
 それに何でそこまで金にこだわんの? 他の会社の給料に比べたら、ようさんもうてると思うねんけど、なんでなん? なんでなん! なんでなん!! 教えてーや! その辺が見えてこーへんねん。

 これは定かやないねんけど、ある話を聞いたことがあるねん。「いつも危険に晒されていて、いつも死と隣り合わせの仕事やから、それ相当のもん、もらわんとやってられへん」って、これってほんまなん? もし! もしやで! 仮にこれがほんまやったら、お前ら絶対に許さんへんぞっ! そんな仕事、この世にある仕事はみんなそうや! いつどんな時にどうなるかわからへんねん。

 法律を盾にして訳の分からんことばっかり言うてたらアカンで。権利だけを主張するんやったら、結果でるだけの仕事をせーや。
 それとあんたらは、腐っても「航空マン」やで。腐って匂うてもやで。空に対して物凄いプライドを持ってなアカンねん。今まで見てる限りやったら、そんな欠片もあらへんやん。単なる金の亡者やん。ウルトラマンに出てくるカネゴンやん。カネばっかり食うて。(でも、カネゴンの方がまだ純粋な正しい気持ちを持ってるな)国民はな、きっちし、これっぽっちも逃がさんと見てんで。そりゃそうやわな、自分の税金が使われてんねんから。あんたらは政治家でもあらへんし公務員でもあらへん。一般民間企業人の一人。こんな状態になったJALでもな〜、やっぱりナショナル・フラッグ・キャリアやねん。海外に行ったら、やっぱりJALやねん。そんだけJALって親しまれてるんやで。愛されてんねんやで。今のナショナル・フラッグ・キャリアは、まっちがいなく! 全日空さんや。自分の会社が失墜したら会社よりも労組さん、あんたらのせいやで。あんたらが、会社を潰したことになるんやで! 空を愛する純粋な航空マンのプライドだけは捨てたらアカン。早いこと信頼してもらえるよう、確固たる信頼を築きあげなアカンで。
もう、アホなことはヤメや。

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飛行機への好奇心

いきなりですが、私は6年前まで飛行機が大嫌いでした。「何で、金属の塊がガソリン積んで飛んでんの?」「何かあったら、どないすんの?」こんなことを日常思い、飛行機に対して異常なほど嫌悪感を持っていました(私は大阪人なので関西弁で表現しています)。

歳もそれなりにとり、結婚が決まると新婚旅行に行くことになり、私は、ゆっくりと電車の旅を楽しんで北海道でのんびりと思ったのですが、嫁さんはオーストラリアに行きたいと言い出しました。言うまでもなく、私は「何時間も飛行機に乗られへんから、勘弁してくれ!」と猛反対しました。それでも「海外に!」と迫られ、そこに私の母も参戦し結果的に押し切られてしまいました。そこで私は「妥協したから、ビジネスクラスにしてくれ」と言う前に、もう既に時遅し嫁さんは手配を終えていました。

言うことを聞くしかなかった…。
諦めるしかなかった…。

それならば、飛行機に対しての嫌悪感や恐怖感を少しでも拭おうと思い仕事の帰りに本屋へ行き、それに類する本を探し読みました。とにかく本屋に通い詰めて探すのですが、乗り物酔いを治す方法だの、服装は体を締め付けないものにするだの、時差ボケを治す方法など、私の目的に合う本はありませんでした。乗り物酔いは心配する必要はありませんでしたし、締め付けない服装と云ってもどんなものなのか分かりませんし(服などお洒落には全く感心がない)、時差ボケも海外に行ったことがないのでピンと来ない、如何にして飛行機に対する恐怖心を払拭するかが、私の目的であり課題でした。しかしどれを読んでも感触がありません。このまま飛行機に乗って何時間も座ったままで、食事も喉を通らずソワソワして寝るに眠れず、着いた途端に疲れがドーッと出て、「あそこ行きたい! ここ行きたい!」と嫁さんの要望も聞き入れられず、挙句の果てケンカしてハネムーンどころではない、下手すれば「関空離婚」にもなりかねない、最悪の状況が手に取るように見えました。

諦めかけていた時に、ある本に目が止まりました。その本にはCDが付録に付いていて、それを聴きながら本を読むというスタイルに「変わった本やけど何か面白そう」と、当初の目的はすっかり頭にはなく、そのままレジに向かいました。家に帰り、CDプレイヤーにセットし本を開き、何も考えずCDの進行にしたがい本をめくりました。聴き終わった時の衝撃は今でも忘れません。飛行機を飛ばすのに、事前に詳細に亘り打ち合わせを行ない、計器類、飛行プランなどありとあらゆる事項に付いてチェックの連続、引っ切り無しにパイロットと管制官が交信し合っている様子は、全く想像したことがない世界であり、飛行機への無知さを強烈に感じました。それからというもの、仕事から帰って来てはヘッドフォンを掛けて本を開く日々が続きました。

その本のあとがきには、このように書かれています。

(中略)カメラでどんなにうまく撮影された映像よりも、人が頭の中でイメージする映像の方が遥かに優れたものである。例えば、趣味や経験による個人差はあるにしても、文字で物語を追いながら個々の脳裏に浮かぶ映像は、完璧なアングルと理想的な構図を持っているものです。これは人間が持つ「イメージする能力」の素晴らしさ故で当然のことなのですが、今回、操縦席の現場を伝えるにあたって、カメラで撮影した映像ではなく、文字と音という手段による方法が、現場の状況を理想的かつ効果的な「映像」として読者の脳裏に直接メッセージすることができるのでは、と考えました。とくに音は、あたかも料理に調味料を加えるごとく脳裏に浮かんだ映像に「音」を加えることで、よりリアルに臨場感溢れるものに変わりました。

「機長席」武田一男

とあります。本当にその通りでした。今思うと副操縦士の席の視点で聴いていました。ハイテク機であっても副操縦士はロードワークが多いので、副操縦士の声を聴いていても、その時間が多く聴こえます。後々分かる話ですが、ボーイング747クラシック、DC-8のロードワークには驚愕しました。

それ以来、飛行機の面白さ、素晴らしさ、何よりも広大な空へロマンを感じることができ、今に至っています。読者の皆様は既にお分かりでしょう。その本は「機長席」。作者は武田一男さん。私に飛行機の魅力を教えてくれた方です。今でも飽きることなく飛行機を好きで居られるのは、武田さんのお陰です。

本ブログで「機長席」が順次公開されます。
既に新千歳〜羽田の114便は書籍「機長席」で発表されて久しいですが、羽田〜新千歳の115便は本邦初公開!(実際は携帯の着メロやPCゲームのサウンドトラックには一部収録されています)パイロットだけではなく、飛行機を的確にさばいている管制官の雄姿を感じることが出来る、一級の作品です。

皆さんもそれぞれが頭の中でイメージし、自分がパイロットとしてイメージするも良し、操縦席の後ろに座っているイメージでも良し、管制官となるも良し、それぞれのアングルでお楽しみ頂けます。一人でも多くの方に飛行機の魅力を感じて頂けたら、良いと思います。

B777

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<B777さんプロフィール>
とにかく飛行機がダイスキな二児のパパ。
取り止めもなく思いつくまま書いています。
わからないことだらけなので、皆さんから色々と教えて下さい。
よろしくお願いします。

火曜日

このページは9月22日(火曜日)より配信開始です。

Good Speed Always 2【武田一男さんからの寄稿】

日本航空もく星号事故の明暗

「私はね、忘れもしない昭和27年の4月9日の朝、福岡へ帰ろうと思って羽田空港に行ったの、雨が降って寒い朝だったわ」当時母は福岡と東京にお店を持ち、月に2,3度飛行機で往復していました。母は日本航空の常連客でだったらしく、ほとんど航空券は予約せず搭乗する際に空港のカウンターで買っていたので、その朝もカウンターに直接行ったそうですが、何となく気がおもくなり、それに東京でやり残した用事を思い出したこともあり、そのまま、空港からタクシーで東京の家に帰ったそうです。その飛行機が朝7時34分発大阪経由福岡行きの日本航空「もく星号」でした。

「もく星号事故」の詳細は松本清張さんの「日本の黒い霧 上」にくわしく綴られているのでそれを引用します。「昭和二十七年四月九日午前七時三十四分、日航機定期旅客便福岡板付行「もく星号」は羽田飛行場を出発した。折柄、空には密雲垂れこめ、風雨があった。この機は離陸後館山上空を通過したのち、離陸後二十分後に消息を絶った。・・中略・・マーチン202型双発機、全員三十七名の他郵便物214キロ、燃料1000キロを積んでいた」
当時、羽田から大阪、福岡に向かう出発方式は羽田を離陸し館山上空で高度2000フィート、それから大島に向かい大島上空6000フィートをチェックして静岡に向かう、というものでした。ところが、もく星号は館山通過後、雲中飛行の末、大島の三原山に激突し乗員乗客37名が全員死亡。三原山の高度は2400 フィート。何故、機長が館山通過後に高度を上げなかったか、米軍管制の謎、乗客として乗っていた日本の財界人暗殺疑惑・・などなど、その墜落原因は今もって謎につつまれています。

この「もく星号」の話には後日談があって、二年前、孫のテニスの試合の応援に有明のテニスの森に行ったとき、彼のテニス友達のお母さんと話す機会がありました。何かの話題から「もく星号」の話になり、そのお母さんのお祖父様がその事故で亡くなられたことを知りました。亡くなられたお祖父様は当時、八幡製鉄の社長をされていたそうです。

そのとき想ったのは母のことでした。多分、57年前の肌寒い朝、羽田の日本航空ロビーで母はそのお祖父様と一緒の場所にいたのでしょう。そして母はタクシー乗り場へ。そのお祖父様は搭乗ゲートへ・・・。人間に「運」が存在することはわかっています。「運」は生まれたときに授かるものなのか、絶対的な第三者がその都度、その都度、ひとに「運」を授けるものなのか、そのどちらにしても言えることは、悲しいほど不平等に存在することです。
僕が航空界で尊敬するひとりに千葉明義さんというひとがいます。千葉さんと知り合ったのは東亜国内航空で彼が広報課長をしているときでした。A300の空輸でヨーロッパから羽田まで一緒に苦労した想い出があります。その後、彼は要職を重ね日本エアシステムの北海道空港支店長から新千歳空港の重役まで上り詰めました。とても心暖かいひとです。その千葉さんが日本エアシステムの晩年に行ったキャンペーンがあります。「Good Speed Always」というキャンペーンです。

彼は言いました。「マイレージとか、夏の沖縄集客とか、航空会社には必要なキャンペーンがあるけど、僕は航空会社が利用されるお客様ひとりひとりの”幸運”を願うキャンペーンもあって良いと思う」と。心優しい彼ならではの発想だと感動したのを覚えています。それ以来、僕には「Good Speed Always」 がとても大切な言葉になりました。

竜子さん、竜子さんのブログ、それにコメントを寄せる「まったり」さんや「Airman」さんはじめいろいろな人達が「強い運」に恵まれますように。
「 Good Speed Always」

武田一男

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Good Speed Always 1【武田一男さんからの寄稿】

「ラマダン・フライト」

エールフランスのエアバスがスペイン上空からジブラルタル海峡を越えると風景が一変しました。眼下はそれまで続いていたイベリア半島の田園地帯が突如として荒涼とした肌色の砂漠の山野に変わり、それは右手に広がる濃紺の南太平洋まで延々と続いています。空と海と褐色の大地が織りなす壮大な北アフリカの風景、がそこにありました。

こんなパノラマを享受できるのは、パリ・オルリー空港を離陸し、アフリカ、モロッコのカサブランカ空港まで飛ぶこのエアバスのコックピットを録音するために操縦室に乗せてもらった役得だと思いました。

エアバスは北アフリカに入ると、海と砂、紺色と褐色を二分するモロッコの海岸線にそってケニトラ、ラバトの街を飛び越えカサブランカに近づくにつれて次第に高度を下げてゆきます。5000フィートぐらいから白いもやが出始めました。太平洋から吹く海風が砂漠の熱気に暖められ水蒸気となってもやが発生するのです。3000フィートを過ぎると完全に視界が閉ざされて、まるで雲中飛行をしている有様でした。飛行高度や方位は目の前にある計器を見れば分かりましたが、イベリア半島最南端のマラガまで英語で交信していたコックピットクルーも元フランス領のモロッコに引き継がれると管制交信をフランス語に変えたので、このとき僕は着陸方法やランウエイの状況などの情報がまったく理解できずにいました。ただわずか分かるのは、エールフランス機の前を飛んでカサブランカに着陸しようとしているサウジアラビア機318便が管制と交わすアラビアなまりの英語交信を傍受して、このエアバスもサウジアラビア機同様に滑走路17レフトにビジュアルアプローチをするのだろうということぐらいでした。もやの中からルフトハンザ381便に滑走路35ライトへ向かえという管制の英語の指示が聞こえました。

九月の強い日差しが容赦なく降り注ぎ、白いもやのあちこちで水滴が光り、まるで空中にダイヤモンドの粒を蒔いたようにキラキラ輝いています。2000フィートを過ぎるとギヤダウン、1500フィートで機長は自動操縦を手動に変えました。そのとき、フランス語でクリア ツウ ランドと思える管制指示とサウジアラビア318便が着陸してスポットへ向かう英語の交信が聞こえました。だが、その交信は途中からアラビア語にかわり怒鳴り合うように喋っています。一瞬、アラビア語の中に英語がまじり、すぐアラビア語に戻って交信が続きました。高度が600フィートを過ぎると突然、白いもやが消えて砂漠の太陽にぎらぎら照らされたランウエイが二本見えました。左のランウエイの末端に飛行機が斜めになって停まり、右のランウエイからは着陸体制に入ったエールフランス機に向かってまっすぐに一機のシェット旅客機が離陸するのが目に入りました。

そのときの機長の動作は素早かった。僕が呆然としている間にフルパワーに上げた出力で45度に迫る角度の右急旋回をすでに始めていました。その傾きで僕の左側を飛び抜けたであろう旅客機(ルフトハンザ 381便)の姿は見ることができなかったのですが、僕の右側、副操縦士の横の窓を見て僕の全身が凍り付いたのです。

窓いっぱいに見えたのは羊の群れでした。その群れが窓の中で左右に分かれて走り出したのです。このときの高度はわずか150メートル。僕は右側の主翼が羊がわかれたその真ん中の地面を切り裂くのだろう、と瞬間、観念しました。脚を出したまま高度150メートル上空で急旋回する大型旅客機の姿。下から見ていた羊飼いたちもきっと度肝をぬかれたでしょうね。だが、僕の予測とは違ってエアバスは徐々に高度を上げ始めました。そのとき耳をろうするエンジンの音の中にトランペットの美しい音色が聞こえたのです。僕の耳は無意識のうちに騒音を選り分けて必死に音楽を探していました。そして次第に硬直していた背中の筋肉がゆるむのがわかりました。あとで聴いた話ですが、このときフライトエンジニアが客室で流れている音楽を操縦室に流したのだそうです。「あのとき、俺たちに必要だったのはリラックスして自分を取り戻すことだった」。後にその音楽が「マホガニーのテーマ」という曲だったことが分かったのですがこの曲はその後ネスカフェのCMで使われて有名になり、僕はそのCMを見るたびに「左右に分かれて走る羊の姿」を思い起こしてぞっとしたものです。

エアバスはそのあと2000フィートまで上昇し右旋回しランウエイ17ライトに無事着陸しましたが、地上走行中に今度はモロッコ軍のハーキュリーズと誘導路で正面衝突しそうになり、ハーキュリーズが待避路に入って事なく終わるというシーンもありました。

カサブランカ空港のレストランで機長が話してくれたところによると、「ランウエイ17レフトに着陸したサウジアラビア318便が何故か誘導路の入り口で止まってしまったので管制官がエールフランス機に17ライトへの着陸を変更するように指示してきた。そして滑走路の反対側35ライトに誘導していたルフトハンザ381便に離陸許可を与えたのだ。多分そのとき我々の着陸を17ライトに変更したことを管制官は一瞬忘れたのだろう、そして318便と381便という便名も紛らわしかったであろうし、ランウエイが微風だったこともあり、本来なら17ライトで離陸させるルフトハンザ機を北向きに離陸させサービスをしたつもりだったのだろう」と。「しかし本当の原因は今日がラマダンの月だったからだ」と言い切りました。「ラマダンの月」。聡明な竜子さんはご存じとおもいますが、蛇足ながら説明しますと、ラマダンの月はイスラム教ビジュラ暦の第九の月でイスラム教徒はその一ヶ月間、毎日、日の出から日没まで飲食を断つのです。「カサブランカ空港の管制官もサウジアラビア機のクルーもハーキュリーズに乗っていたモロッコ兵もすべて断食をして眠かったのだろう}と機長は言ってこう付け加えました。「ラマダンの月は彼らは夜遅くまで昼間とれなかった飲食をして過ごす。だから、我々、ヨーロッパのクルーはこの時期にアラブ圏に飛ぶフライトを”ラマダン・フライト”と呼び、決して油断しない。管制官の指示さえ頭ごなしには信用しないように心がけている」

僕は東京に戻ってこの話をまだ当時健在だった母にしました。「あなたは私に似て運が強いのですね」とほっとしたように笑い「私も飛行機で九死に一生を得たことがありますよ」と母は自分の体験を語り始めました。

つづく

武田一男

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「ヨーロッパ-東京16,000キロエアバスA300大空輸作戦」

『8481がどうやってフェリーされてきたのか気になります!!』
とのまったりさんのコメントに対してのレスポンスです。

ANAフェリーのコックピットは、今のANAではとても考えられない別世界でした。歴史ですね。
東亜国内航空のA300はご指摘通り短距離機のB2です。だから大変でした。
フランスを出て二日目の寄港地アブダビまで飛ばねばならない、しかし航行距離が短いのでアラビア半島が越えられないのです。だからどこかで給油が必要。アテネで給油してレバノン、イラクを通るR-19ルートを使えばアブダビまで最短ルートですが、一週間まえから始まったイランとイラクの戦争のため飛行できない。エルサレムで給油すると以後のアラブの飛行許可が下りないのでこれは論外。となれば、カイロまで飛んで給油しそのままエジプトをナイル川にそって南下、ルクソールで左折しルートA-1に入りサウジアラビアとイラクの国境にそってアラビア半島を横断、バーレンからアラブ首長国に入る方法しかないのです。

唯、この場合距離がめっぽう長くなるので、高度33000フィート以上で飛べて強い向かえ風がなければという好条件で何とかアブダビまでとどくのです。が、途中、戦争による飛行制限がなどあって、高度をそれ以下に落として飛ぶように管制の指示が来ればカイロに戻るかサハラ砂漠に不時着してフェリーは終わり、というシビアーな状態でした。結局、何とかアブダビにはとどいたのですが、それはそれで途中、いろいろありました。

まず、カイロではエアバス発行給油カードが使えす(当時のエアバス社はまだ信用がなかったのでしょう。とくにアラブ世界では)約200万円の現金が必要になりその調達が大変でした。ともかく拝み倒して給油してもらいアラビア半島に入ると今度は通信不能…。戦争下のイラク国境上空ですから、国籍不明機に戦闘機が迎撃するかもしれないと、もうコックピットは大緊張状態。このとき前を飛行しているサウジアラビア機に VHFで通信代行をしてもらって国籍不明機ではなくなり、バーレン近くで通信も可能になってアブダビに無事着陸。

でも、東亜国内航空のパイロットの腕は見事でしたね。トレーニングフライトでエアバス社の教官が絶賛していました。その頃の香港はまだカイタック空港でした。ご承知のように着陸が難しい空港。ビルの間をぬいながら下降し最後は九龍の山の絶壁ぶつかる寸前、絶壁に書かれた白と黒のフラッグを確認するやすぐ右旋回で着陸する難所も、初見、鼻歌で見事なランディング。そして彼らが最も感激したのは、台北の管制エリアが終わり、沖縄の那覇コントロールに移管されたときでしたね。やっと日本の空に帰ってきたとお互いに握手握手…。

ともかく手に汗握る3日間でした。

武田一男

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「ボーイング767コックピット ANAフェリーフライト」

今日は仕事のことを書きます。

ネット配信用航空サウンドの9月配信分を編集していますが、その中の一作品「ボーイング767コックピット ANAフェリーフライト」を今終えたところです。

これは全日空が購入した最初の767二機をシアトルからアンカレッジ経由で羽田まで空輸するドキュメンタリーですが、その途中、いろんなことがありました。カナダ上空でオートパイロットが故障したり、交信で「オールニッポン8481」とカナダやアメリカの管制に機番のコールをすると、「ジャパンエアー 8481」と返されてその都度、怒ったりがっかりしたり・・、慣れない通過ポイントの位置報告ができなかったり、これも慣れないHF交信が聞き取れずに、後から飛んでくる日本航空便に無線で通訳してもらったり・・今の全日空ではとても考えられない海外フライト「創世記」の姿が取材テープには残っているのです。当初、CDで発売したときは、それらをすべてカットしてノーマルな飛行をした767のイメージで編集していたのですが、今回は年月も経ったし全日空の、そして日本の航空歴史の一端として残すためにも、カットした部分も入れて再編集したのですが、聴き終えて前回よりとても人間的な暖かみが加わり微笑ましく納得出来る作品になりました。

コックピット録音中には実はいろいろなことがあって、たとえば「機長席」の取材のとき777が木更津の手前でジャンボ機の後流につっこみ、震度6強の直下型地震に遭遇したように上下に揺れパイロットも思わず声を出すシーンがありましたが、発売に際してはすべてカットしました。エールフランスのコックピット取材では、モロッコに着陸する寸前、離陸してきたルフトハンザ機と正面衝突しそうになったこともCDではカット。
でも、この767や「Man Without Woman」などは「直角な性格」で空に挑むパイロットの姿をそのまま描くのがむしろ良いのかもしれませんね。竜子さんが「台風飛行」のことをジャーナリズムの香りがすると過大に褒めてくれましたが、ジャーナリズムまではほど遠いにしても、聴く人の心に少しは触れることが出来るのかも、と感じています。
では、また。

武田一男

【竜子から】
武田さんの「機長席」(朝日ソノラマ)、これはずいぶん売れたようです。
ということは、この本を購入されたのは、飛行機ファンだけではないのでしょうか? そんな「機長席」をお持ちの方は必見の裏話ですね!

機長席(←Amazonの紹介ページへ)
武田 一男(朝日ソノラマ)
機長席(朝日ソノラマ)武田一男

台風飛行(←Amazonの紹介ページへ)
武田 一男(朝日ソノラマ)
台風飛行(朝日ソノラマ)武田一男

「Man Without Woman」、こちらはレコードです。
「Man Without Woman ヨーロッパ-東京16,000キロエアバスA300大空輸作戦」上巻/下巻(いずれも2枚組)
がタイトルです。竜子は下巻のみで、上巻は持っていません。
これは…なかなか手に入らないと思うので、今はオススメはしかねるのですが、おおざっぱにいってしまうと、「台風飛行」同様に「熱い」オトコのヒューマンドラマ。

東亜国内航空のA300第1号機の3日にわたるフェリーを追っています。全行程16,000キロで16カ国を通過・寄港しているのですが、当時の世界情勢ゆえの緊迫したドラマがあったり、いまではそんなにたいそうなことではないかもしれないけど、当時、日本人によって大型機を運ぶことがどれだけスケールの大きなオペレーションだったのかを思うだけでも胸が熱くなるのです。
そのうち配信があることを期待しましょう(笑)

私からの補足(蛇足)が長くなってしまいました。

【武田一男さんプロフィール】映像ディレクター・音楽ディレクター・航空サウンドディレクター。
「機長席」(朝日ソノラマ)、「台風飛行」(朝日ソノラマ)、「ラストフライト」(愛育社)などの航空ドキュメンタリーの著作をはじめ、雲の写真集「成層圏飛行」など数多くの執筆、著作がある。

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国際空港としてにぎわっていた羽田空港

最近竜子のブログがアツイ!と少しでもコメントをチェックしてらっしゃる方がいらしたら嬉しいです。
なんちゃって。

じつは、先日紹介した本の著者さんである、武田一男さんからコメントをいただいたりきました。
武田さんは、航空サウンドの第一人者であり、興味深いお話が生で聞けるなんて、竜子は幸せです。
みなさまにもおすそわけの気持ちを込めて、こちらに掲載しなおします。

 ブログを拝見していると羽田空港がお好きなんですね。僕も羽田にはいろいろな想い出があります。

 古い話をひとつ。たぶん、あなたがお生まれになる前か、幼少の頃と思いますが、その頃の羽田空港国際線ロビーは華やかでした。福岡へ帰る母を送って空港へ行くたびに国際線ロビーに立ち寄ってその華やかさを羨望の想いで眺めていたものです。

 当時は一部の人達だけが海外へ行ける時代で一般人には海外旅行なんてほど遠い存在でしたから、国際線ロビーには美しく着飾った送迎の人並みであふれ、それらの人達が広いロビーにいくつもの輪を作って、その中心に花束を抱いた旅行者がまるで新婚旅行に旅発つ新夫婦のように希望に満ちあふれた満面の笑顔をみせて立っていました。その様子は一流ホテルの結婚披露宴のロビーをそのまま羽田空港に移したかのようでした。

 やがてロビーにチャイムが流れます。「パンアメリカン航空、香港経由、世界一周便にご搭乗のお客様は出国手続きをお済ませの上、5番ゲートにお進み下さい」。それを聴くと周囲から一斉に起こる万歳の声・・・。それを眺めながら、俺もいつかきっと飛行機で外国に行ってやるぞ、とハングリーな気持ちを燃やしたものです。

 国際線ロビーの帰りに屋上の送迎デッキによく立ち寄りました。昔は送迎デッキでは独特のアナウンスがあったのです。ランディングライトを照らしてDC- 8が着陸します。「ただいま日本航空1便がサンフランシスコから到着いたしました。お客様は8番ゲートからお出になります」。そのアナウンスにどんなに旅情を感じたことか・・。その頃僕は学校を卒業してレコード会社に勤め駆け出しの音楽ディレクターをしていたので、ある日、ステラボックス(磁気テープのレコーダー)を国際線ロビーと送迎デッキに持ち込み、それらのアナウンスを録音して時々再生してはハングリー精神を燃やしていました。

 それから10年近く経って、羽田空港が開港50年を迎え、その記念式典の招待客にプレゼントする記念品用のレコードを作ることになり、そのディレクターを担当することになったのです。当初は音楽を中心にする企画でしたが、当時の空港長に10年前に僕が録音したアナウンスを聴いてもらい、レコードの内容を音楽にするより、羽田空港の航空音だけでまとめるプランを進言しました。そしてその案が通り、「羽田インターナショナルエアポート」というレコードが完成したのです。今、それを聴くと構成に稚拙さが残り赤面しますが、唯、作品に「勢い」がありました。演出する僕に思い入れがあったのですね。話は変わりますが、あなたがご指摘されたように僕の著作の中で「ラストフライト」は最も構成が悪い、そう僕も思います。でも、「機長席」や「台風飛行」に比べて勢いがあるとも僕は感じています。「ラストフライト」は他の作品より僕の思い入れが強いからでしょうね。飛行機を録音し始めて40年近くになりますが、その間にはいろんなエピソードがありました。それらをもし差し支えなかったら、今後もとはどき、あなたのブログに寄稿させて下さい。このブログが僕ら飛行機大好きの人間の中で「楽しめるもの」にぜひなって欲しいとおもいますから。

武田一男

【武田一男さんプロフィール】映像ディレクター・音楽ディレクター・航空サウンドディレクター。
著作には「機長席」(朝日ソノラマ)、「台風飛行」(朝日ソノラマ)、「ラストフライト」(愛育社)などの航空ドキュメンタリーの著作をはじめ、雲の写真集「成層圏飛行」などがある。

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