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タイより帰国しました!

ただいまーー!
こんにちは、竜子です。だいぶご無沙汰してしまいました。こんなに更新がないブログにもかかわらず、ランキングクリックしてくださったみなさま、感謝です。ありがとうございました!

バンコク

さて。タイ! 面白い国でした。9月の頭だったこともあって学生さんが多く、私も楽しい旅行ができました。歳を重ねると、若い人たちとカジュアルにお話する機会もだんだんと薄れてきますが、旅先というのはいろんな意味でみんなが開放的になるようで、若い学生さんたちとたくさんコミュニケーションをとったような気がしています(実際にはひとりでウロチョロしている、謎のオバハンを気遣ってコミュニケーションを”とってくれた”のかも!)。

でね。行く前に、旅程の下調べを何もしてないと告白しましたが、バンコクへは、身ひとつで行っても、わりとどーにでもなることがよくわかりました。治安もそれほど悪くないし。まずは物価が安いのでどうにでもなる。それから外国人・日本人向けサービスが充実している(値段は相応)! あと、電車・タクシーの使い勝手が良かった(大雨の時のタクシーはややこしい)。これは人気のはずですね!

たとえば、滞在したのはバンコクで一番高い(high=建物の高さが)というホテル。ロビーが18階、朝食&夕食は82 or 78階。部屋は広いが、現地の人が経営するホテルチェーンなので値段は格安です。そのホテルのおそらく半分近くが日本人観光客と思われ、ロビー階にはコンビニ(ファミリー・マート)、当日参加できる現地ツアーのカウンターがいくつか、うち1つはHISの日本人向け現地ツアーのカウンターです。現地ツアーは価格も安いし、メニューも豊富で超便利です。日本人向けフリーペーパーも情報満載でけっこう使えました。現地ツアーには他にも送迎だけというのもあるし、食事付もあるし、業者も様々、値段も様々で、チョイスできるのがいいですよね。それからホテルには”優秀で良心的な”日本人スタッフが男女いて(あんまり夜遅いと居ないけど)、日本人料理人もほぼ常駐、食事も文句なし。「バンコクで一番高い」となるとすわ六本木か?! って思いますが、立地は至って庶民的な場所で値段相応のホテルです。それでもとても便利だったのでけっこう快適な日々を送ることが出来ました。「このホテルにして良かった!」と心底思いました。

バイヨーク・スカイ・ホテルというところ。たぶん、この建物だと思う。

バイヨーク・スカイ・ホテル

こんな景色のホテルなら、たいていはラグジュアリーホテルなんですが、このホテルの場合は至って値段相応のホテルですので、過度な期待は禁物(Expediaで朝食付1泊6000円位です)。竜子は満足です。

バイヨーク・スカイ・ホテル

朝食はぐるっと一周バイキング。

バイヨーク・スカイ・ホテル

夕食どころもビュッフェ形式で、目の前で調理してくれたり、こんな風にバルーンアートをサーブしてくれたり。よく見かけるお客さんは日本人、ロシア人、中国人、インド人…多国籍です。ロシア人スタッフも常駐でした。

バイヨーク・スカイ・ホテル

ただ、最初困ったのは…。「パソコンもってくし、どーにでもなる」と踏んでたのが、通信速度がどうにもならなかった点。てか、速度以前に、Wi-Fiが途切れ途切れ! そそ、前回の記事で1日600バーツと言ってたのは間違いだったようで、1日400Bで使い放題でした。あと、1時間チケットが200Bだったのでこの1時間チケットをまずは購入したのですが…。パソコンを持って出掛ける方はご存知だと思いますが、この1時間チケットというのは「ログイン」「ログアウト」間だけの時間がカウントされていく仕組み(のはず)で、24時間以内であれば、20分ずつ3回使ったり出来るのが魅力です。だから、ページ間の読み込みが終わったら、ログアウトすれば、けっこう1時間チケットでも使えるはず(コメントやメールのレスに最適)。通信速度さえまともならば。

で、これが本当に使えなかった…。だいたい回線が切れるうえ、通信速度も遅い(回線が細い)ので「ログイン/ログアウト」ページになかなかアクセスできないし…。一度繋がればラッキーで、そのまま時間切れまで自動的に消えるのを待つのみ。ネットに繋ぐだけでもストレスがたまるので、途中でネットのことは忘れることにしました。逆にそのおかげで、現地満喫。ちょいちょい観光しに出掛けてきました。あと、ゆっくりと本を読む時間も持てました。

そして。おもいっきり風邪をひいて帰ってきました(涙目)。
体がガチガチ、ロボットのようです。でも、そろそろ起きないと、本当にヤバイ!
遅くなりましたが、とりあえずご挨拶まで。

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福建省・福建土楼

アモイ空港から4時間半ほどの距離に、福建省の山岳地帯に入って世界遺産にも指定されている、福建土楼(客家(ハッカ)の集合住宅=”客”さん一族の家)に遊びにいくことができます。ホテルから参加できる日帰りツアーなどもあるし、市内からもバスが出ているそうです。

福建省には、2万以上の土楼がありますが、この中でも「福建土楼」と言えるものは3000ほど。山岳地帯の木造住宅で、山賊や他の地域からの襲撃を防衛できる機能を持った集合住宅を「福建土楼」というのだとか。
福建土楼

こちらは「二宜楼」。この壁が外的を守るためのもの。1770年に建てられました。
ここまでは、カートみたいなもので運んでくれます。標高があるというのに、灼熱地獄なので、散歩がてら山登りするのはちょっとキツいかも。

福建土楼
福建土楼

近所はこんな感じで、農家が多い。
福建土楼のある場所

土とわらと木造。
福建土楼

今も人が住んでいます。一応、国からは支援金が降りていてこの中で商売をしてはいけないことになっているそうですが、でも普通にお商売されていました。お土産とか、お茶とか。でも、ここで見たのは、お茶の葉が切り刻まれた屑茶だったのですが、そばでお茶を淹れるおばさんのところから屑茶とは思えないような香りがぷ〜んとしてきました。そしてごちそうになったところ、このウーロン茶が結構おいしい。香りは台湾茶の阿里山にも似た清涼さのある匂い。けれども見た目はまるっこくはなくって、まるで調味料のドライ・バジルや乾燥パセリのように粉々…。悩みましたが、超破格値だったので買ってみました。自家製です。さすがに台湾茶ほどではありませんが、市販のウーロン茶葉よりもよっぽど、ずっと美味しかったです。さすがは、福建省。

当時の生活の様子も、蝋人形?! で再現されています。
どの部屋も風通しが良くて、とても快適に過ごせそう。
福建土楼の生活を再現

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ピアノの島・コロンス島

廈門島からはフェリーが出ていて、「ピアノの島」と呼ばれるコロンス島へもかんたんに渡れます。
コロンス島のフェリー

しばしアモイの街ともお別れ。
アモイの街

アヘン戦争当時にイギリスによって占領され、その後返還されたものの、その後もイギリスやドイツの租界地となったため赤レンガの屋根の洋館が多く建ち並んでいます。ブルジョワな雰囲気の情緒ある島です。その昔、列強の領事館や病院、学校も建てられていたことから文化水準も高い。坂道のいたるところにコ洒落た喫茶店もホテルもちょこちょこあって、イタリアンやフレンチなんかも気兼ねなく楽しめそうです。お昼は人が多いのですが、夜になるととても静かで、入ってくる風もとても気持がいい。各地の観光客はもちろん日本人観光客も多いものの、坂道を上ったり下ったりの散歩をしながら、入り組んだ路地を入ると、一体どこの国に来たのか分からなくなるほど。けれども、また路地を入ってゆくと、ちょこちょこ土地の人の生活感も味わえる。けれども中国の繁華街特有の喧噪がどこにもない優雅な街でした。周りが海に囲まれているので、魚介類も豊富。水産加工物のお土産屋さんも沢山あります。

街角では島の人にリヤカーで魚売り。こんな風に、まだ生きているうちに各家庭にわたっていくのかな?
コロンス島の生活

乗船代は往復で10元もしないほどだったと思う。切符売り場でトークンを購入すればOK。5分ほどで到着です。5分〜10分に1本くらいのペースで出ているので、廈門へ行った際にはぜひコロンス島でゆっくりと。さらに、船から降りてすぐのところに、カートがあるので、それに乗ると、島のてっぺんまで連れて行ってもらえます。島には日光岩という、まさに島のてっぺんに立てる展望台もあって、そこからは近代的なアモイの街を見渡すことができます。オルガン博物館やピアノ博物館、私邸の庭を開放した庭園・菽荘花園など、小規模なギャラリーも多いので、そういう施設にも寄りたい方には、共通入場券もありましたよ。
もしもっと時間があるなら、島内にはコテージ風のホテルも多いのでぜひぜひ滞在してみてください。

島のてっぺんにみえるのが日光岩。
コロンス島・日光岩

私が行ったときは、青いサッカー選手?らしき人たちがコロンス島で合宿?! していました。島内はゴルフカートのロングバージョンみたいな車(トローリーって言うんでしょうか?)で移動できるのですが、やけに日焼けした中国人とは思えぬアカ抜けた集団が背後から流れてきて、満面の笑顔のラモスさんが「わ、日本人だ〜!」って大声でケタケタ笑ってました。こっちも「あ! ラモスさんだ〜!」と。その集団は「見つかった〜〜」とかいいながら走り去ってゆきました。
この選手たち、ビーチサッカーの日本代表だったのだそうです。日本代表×中国代表との練習試合が行われていたようです(結果は日本の圧勝)。

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アモイへ行ってきました。

「廈門」と書いて「アモイ」と読みます。年間を通して温暖気候なので中国の高級リゾート地と親しまれています。中国大陸南東のお茶で有名な福建省にある南の島です。ちょうど台湾の金門島のとなりにあって、日本からはANAが定期便で結んでいます。また、知名度は低いけれども中国に進出する企業に向けて、関税や所得税の優遇措置がはかられている、5大経済特区でもあります。
近隣にもコロンス島やをはじめ、山水画のような世界観の武夷山・九曲渓下りができたりと観光資源も多いので日本人にも人気のスポットです。
廈門の町はこんな感じです。
廈門の町並み

廈門は一見、上海や香港のような都会的なきらびやかさはないのですが、かといって田舎の土臭さもない、きれいに整備された都市です。廈門の経済成長率は高く、海沿いには高層ビル、工場、商船が集り、おおぶりなつくり。かと思えば、少し車を走らせると、こぎれいなリゾートホテルが立ち並んでいたり…。また年間を通じて温暖な気候で、10月でしたがけっこう暖かかったです。中国国内の富裕層に向けたリゾート開発もいまも続けられていますし、海外へ出て行った華僑のふるさとにもなっているそうです。

南普陀寺。
アモイ南普陀寺

これがあの世のお金なんだそうで、これを燃やして供養してました。
アモイ南普陀寺のお金

お聖人と少年。
お聖人と坊や

南普陀寺名物の菓子店だそうで、地元の人たちで行列ができていました。周りはこのお菓子の箱を何箱も紐で結わいても誓える人ばかり。
中国人の行列ができるお菓子

胡里山砲台という公園に行ったら、たまたまパレードが始まりました。
胡里山砲台

あ〜。THE・のどかな中国の隠居生活だ。
アモイの隠居生活

アモイの中心地からタクシーで3〜40分の場所に、「集美学村」という学園村のようなものがあるのですが、ここがなかなか。集美村の出身の華僑が全私財をかけて、華僑のための学校を作ったのがこのエリアの学校。これらの立派な施設が「全て子供のための環境」というところが素晴らしい。この建物は中学校で、数ある学校群の一棟でしかありません。小学校などもあるし、本館、別館、新館…などなど、本当に充実した施設ばかりでした。水辺の景色ですが、中のほうに入っていくと、緑も多くただただ素晴らしい環境。
集美学村

子供たちは、アーミー柄のTシャツにアーミーパンツが制服のようでした。
集美学村の子供たち

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旅が終わる瞬間とは?!

楽しいことも悲しいことも、旅の思い出というのは、1日経つごとに記憶の隅に追いやられてしまう。というか…そもそも日本に降り立った瞬間、脳みその倉庫にしまわれてしまうんだな。

そんなことを思いながら、火曜日のドーハ空港レポートを書きました。

ちなみに、眠るのって凄く気持ちがいいですよね…。
「あぁ、だめ…いまは寝ちゃダメ…」と思いながら頭は完全にぼーっとした状態へ。
「うわぁ…ちょっとだけ寝てもいいかな?」と自分に問いかけながら、完全に睡魔という悪魔に体を乗っ取られ、
「どうせ眠るなら、布団に入って3時間ばかり…」と布団へ。そして、
「あぁ、なんだか空想に入ってきた…も、も、もうすこしで…ゆめに、と、と、と・つ・にゅ・う…」
真綿の布団にすっぽり包まり、眠りに入る間際のこの瞬間が、この世でいちばん気持ちがよいのです。
そして寝起きは一転、私の快楽を奪われたイライラと、自分の意志に反して寝過ぎたことへの苛立で、毎朝竜子は超不機嫌で誰も手を付けることができないのです…。

はい、前置きが長くなりました。
というか…言い訳が長くなりました。
今日の羽田空港の特集、そんなこんなで、まだ書き終わっておりませんっ!
これからちょっと予定があるので、もう少し時間を頂くとして、睡眠の真逆、旅が終わってしまう哀愁というのは一体いつ訪れるのでしょうか? 
暇な時にそんなことを考えていました。

はい。片付けられてしまう瞬間というのは、果たしていつなのか?
とある三十路半ばの女性、竜子の場合…。

(1)飛行機が成田空港に到着する >セーフ
(2)飛行機から出てボーディングブリッジを通る >セーフ
(3)地上職員の「お帰りなさいませ」のねぎらい >セーフ
(4)乗ってきた飛行機をガラス越しに見て別れを惜しむ >感傷に浸りながらもセーフ
(5)動く歩道にのって入国審査へ向かう >気候の違いに心打たれながらもセーフ
(6)入国審査の人と対面する >ん〜…。セーフ
(7)押された入国スタンプをチラ見する >セーフ
(8)バゲージへ向かう >かろうじてセーフ
(9)荷物を受け取る >ガッカリ感を味わいつつもかろうじてセーフ
(10)税関で荷物検査を受ける >ややアウトながらも…セ、セーフ
(11)ドアの外に出て、送迎の人が並ぶ出口へと出る >アウト
(12)1杯スタバのラッテが飲みたいなと思う >ダブルプレーのアウト
(13)荷物からSuicaを探す >ゲーム終了

すみませんが、よく分かってないんです、野球のルール。
しかし、旅が完全に終わるのはやっぱり税関を抜けた瞬間。
完全にとはいわないまでも、現地で飛行機に乗り、日本人を多く見かけた瞬間に旅は終わっちゃうんだけどね…。
飛行機って…。
飛行機って何を載せて運んでるんだろうね。
飛行機って一体何ものなんだろう?

夜にもう一回更新しますね、羽田空港。

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イタリアから帰国!

あ…。いよいよ出発の日がやってきた。到着空港はローマ、出発空港はミラノです。夜の便なのでまだまだ時間がある。
ローマに到着して、ローマから帰国と思いきやミラノ発だった…。失敗。しかし気が緩んだせいか、色々と勘違いが多い旅行だったなぁ。
荷物が膨らむと、人の財布をいぶかるおばちゃんが登場するわけですねー。そういうおばちゃんは、「親の金で旅行なんかしちゃって」って思い込んでいる。だから同行の父、母、叔母にひとりずつ娘のくいっぷちを聴取するわけだけど…。誰がなんといっても自分の空想の赴くまま、というか自分の想像から外れた事実は受け入れないので、買い物まで親に買ってもらってると信じ込んじゃってる。おばちゃんよ! 本人に聞け! 明日をも見えない毎日の中でせっせと働き、チビリチビリ貯めたなけなしの貯金じゃ! うちはシャンプー1本でも母親と割り勘だ。ドアホ!

イタリアでは、蝶々夫人が大人気なんだと。

ひぃぃぃぃ〜〜〜〜〜(化けて出てやるぞぉ…みたいな)。
蝶々夫人

というわけで、帰ってきたのですが。
毎日ヘトヘトで、ベッドの中で寝たのは最終日前夜だけでした。またノートパソコンをそのままベッドに寝そべりながら使うものだから、日記を書きながら果ててしまうのですね。

それにしても…終わってますね、JALの機内食。あそこまで経費削減するならいっそのこと出さない、というのもアリだと思うし、有料化するのも選択肢のひとつだな。マシになるのならの話だけど。だって、国内線ならさ「空弁」とかいって、凄くおいしそうなのあるでしょ、成田でアレをやればいいじゃん。それでもスプーン、フォーク、ナイフがステンレスだったのは何の演出だ? 謎だよ。あれが給仕されるコックピットクルーも不幸だと思った。
帰りの便は、B747のしっぽ、3席のうち1席を潰した65K/Hと66K/H、の4席を確保。これで窓側に居ながらにしてお手洗いにも立てる。足下もちょっと広く感じるしね。おかげでたっぷり寝れてあっという間の12時間でした!

じゃぁね。
ロシア上空
成田到着

ってゆーか!
イタリアをかけ足でまわるなんて、超もったいないよぉ…(><
また来れることを願って、トレビの泉でジェラード食べながらコイン投げてきました!

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旅行には双眼鏡を携帯すべし!

女の日記ってのは買い物話や食の話が多いものだけども、やっぱり…イタリアへ来たら靴か鞄、ガラス製品に生地だよね(笑) またローマやフィレンツェの街を歩く女性自体が、広告塔そのもので「ああいうブーツ欲しいなぁ」だとかって思わせちゃうんだよ。というわけで、ブーツを色違いで購入しました。
またもやネットが使えないそうだ…。本当かなぁ。使えないようなホテルじゃないと思うんだけれども…。

でもって、フィレンツェに行ってきた。ここには友人が住んでいるけど、なぜかこういうときに限って日本に戻ってきてるんだなぁ〜。
イタリアという国は、よそのどの国よりも遺産に恵まれたラッキーな国だな。
そのスケールも大きすぎて、寺院なんかを巡るにはカメラよりも双眼鏡が大活躍だった! 旅行には双眼鏡をぜひ携帯すべし。

武田さんがモーレツにオススメしてくれたサンマルコ寺院のフレスコ画は本当に素晴らしかった。ビザンティン建築の代表格ともいわれていますが、下から眺めてもその優美で繊細な輝きに圧倒されるばかりだったけれど、双眼鏡で覗くとリアル万華鏡の世界! 万華鏡だよ!

よそで見たフレスコ画は壁と壁のつぎはぎ部分(…つぎはぎというのかな、壁と天井の境だったり四方の角だったり、そういうところね)が木造だったり、装飾を施した大理石だったりで、それはそれでもちろんきれいなのだけど、サンマルコ寺院のフレスコ画を見ちゃうと、それが手抜きに見えてしまうほどなんだ(もちろんこれは言い過ぎだけれども)。サンマルコ寺院の壁と壁の境界部分はそういう目隠し効果のある装飾は使わずに、角にあたるべきところまでモザイクで埋めたときた。よって角張った部分がなくて曲線状に、波が流れるようにモザイクが敷き詰められているもんだから双眼鏡で覗いたまま目線を移すと、モザイク画が目にへばりついたような錯覚になる。万華鏡が目にくっついちゃて離れない状態。また、この装飾も宇宙っぽいんだよね!
いやぁ、本当に万華鏡だよ、万華鏡。

外からの写真しかないけれども。
サンマルコ寺院

ベネチアも買い物が楽しかった…。ウィンドウショッピングだけでも過ごせそうだけど、あんまり自由時間つくってくれると買い物しちゃうよ。
うー、今日もネットが使えない。
それに…ダメだ、眠い。寝る。

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ピサの斜塔はやっぱり斜めってた!

MattariさんとAirmanさんの記事が更新されているかな? 気になるけど連泊中のこのホテルでは、クレジットカードのインターネットしか使えないという説明の末、そのホテルのパソコンすらダウンしたらしく(おいおい本当か?! 面倒なだけじゃないの? イタリア人!)、チェッと思いながら部屋へ。

今日は三越へ行った。ローマにあるんですね。ミッソーニの素敵なマフラーっての? ストールっての? とにかく素敵なニットの大判襟巻きを見つけた。なにがいいって、いわゆるミッソーニ柄ではないカシミアニット。2色あってこれが凄く良く似合っちゃうんですね…。どっちの色味にしようかな、とフィッティング。それを見つけた叔母。「竜子ちゃん、それおばちゃんが買ってあげる!」
おいおい、そういうわけにはいかない。母親も参上して「おねえさんやめて!」の押し問答の末、逃げるように三越を出たわけだけども、あのストール本当に欲しかった…。そして現地価格と特別割引と免税のおかげで、けっこう手頃な値段だったんですよね。叔母さえ来なければ! 滞在中にもう一度ショッピングできる機会があって似たようなのを見つけられたら、買って帰るんだ! でも…柄の配分が決め手のニットはフィーリングだからなぁ。ずっと惜しんだまま日本に帰るんだろうな…。

ところで、イタリアに来てからものすごい数の飛行機雲を見るんだ。バス移動が長いのでずっと空を見ているからかなぁ。ともかくものすごい数。そしてとんでもない飛行機雲を見てしまった。真直線に、急上昇する飛行機雲! イタリア空軍かなんかの飛行機だろうか? 端から眺めると異常な上昇率…。
あまりに飛行機雲が多くて、そのほんの一部を写真におさめてきたんだけど、それでも1本分の記事になるかも…ってことで、これは後日あらためます。

バスのドライバーがセクハラ兄ちゃんだ。どうして海外のバスの運転手さんてお手つきするのかね? 今までに何度も日本人女性でオイシイ思いをしててクセになってるんだろねぇ。何日も一緒に回るからか? 海外旅行七不思議のひとつに決定だな。イタリアのバスの運転手さんは適当だ。これ、メモ。
しかし、イケメンなんだよね。しかし、イタリア人は苦手だ。が、しかし、憎めないのがイタリア人だ。

ピサの斜塔に登ってきた。肺がゼェゼェいったよ。
ピサの斜塔

入場は予約制で時間ごとに人数が決まっている。斜塔に入った瞬間から平衡感覚を失い、クラクラ、ヨタヨタしながら勢い良く踏み出したら、途中で甲冑を身にまとってるかのように、一歩を踏み出すのがキツくなった。呼吸を整えて次の一歩。これ以降は思いのほかラクチンで、あっという間に頂上へ出た。こういうときの景色や空気ってのは、とてつもなく美しくて、おいしいね。
こんなときも頂上では、飛行機雲が出迎えてくれた!
ピサの斜塔から

とにもかくにも私のイタリアの話なんかより、この本こそイタリアの決定版。
ヘタリア Axis Powers

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カプリ島の青野洞窟がやばいのなんの!

カプリ島へ行った。カプリ島は「青の洞窟」があることで有名。しかしこの時期の「青の洞窟」入場率は10%以下、昨対比6%(ガイド談)とのことなので、ほぼ入洞は無理に違いない。ダメなときはカプリ島の散策と、そのぶんポンペイ観光が長くなるので、そっちに期待だな。
いずれにしても入洞できるかどうかは、カプリ島までフェリーに乗って行かなければ分からない。さらに、カプリ島からでる船に乗って、青の洞窟の前まで行かなければ分からない。そこでもしOKならさらに小さな小舟に乗って入洞、つまり3つの船を乗り継ぐ、という算段。そこまで行って入れない、コレ、けっこうな時間のロスだよ…おい。
カプリ島までは問題なく到着。そこから…5〜60人乗りの船に乗って岸壁へ。これにも乗れた。そして…岸壁の前には何艘かの小舟。
目の前の船の出入り口から、船頭さんの私を呼ぶ声が。そして…。

乗れたっ! 片足を乗せただけで今にも沈没してしまいそうな、矢切の渡しの何分の1かのサイズの小さな小舟。4人が限界だ。あまりに揺れるのが怖くて両手でしかっかり船のふちを持っていたが、船頭さんに手を中に入れろとしかられる。
そもそも青の洞窟は期待していなかったこともあって、「青の洞窟って何?」「沖縄にもあるじゃん!」ってな具合で、この船がどこへ行くのか、どこの方向へ向かっていくのか、まるで見当もつかなかったし興味も持たなかったけれど、いやはやビックリ。

舟なんか通れそうにない、50cmくらいのちょっと大きなおむすびの穴に向かって付き進んでゆく。50cmにも満たない、というと語弊がありそうだけど、本当の話。母はその穴が30cmもないほどだという。とにかく見た目にはサッカーボールくらいの大きさにしか見えなくって、波がひいたときだけ、幅1mくらいに穴が広がるんだ。まさか、だよ。ようやく意味を理解できた私はとにもかくにも急いで必死に体を寝そべらせる。

穴の直前で船頭さんが波のタイミングを計りだした。んで「いーち、にーの、さーーーーん」の呼吸で、鎖を引っ張ってなかに小舟を押し込むんだ。その瞬間船頭さんも忍者のような素早さで体を舟の中に仰向けに寝そべらせる。アクロバティックだよ。
慌ただしさと恐怖とでその瞬間は何が起ったかまるで分からなかった。目の前をかするような岸壁が顔をさすって血みどろになりそうで、顔面を手で覆いたかったけれど手を顔に持ってくる余地すら起こさせなかったんだ。だってね、中型船から小舟に乗ったの、私たちが一番最初だったんだもん。要領もわかんないけど、どこに洞窟があるのかすらわかんなかった。

で、私と叔母と両親の「ギヤァァァーーー!」の大きな悲鳴が一斉に鳴り響いたのが、真っ暗な洞窟の中。興奮冷めやらぬ中、顔を上げるとそこは静寂の海…ではなく船頭さんのオーソレミオののど自慢が鳴り響く青い海。これが幻想的でですね、青よりも深い、エメラルドよりも輝く緑。「エェェェェェェェー!」と雄叫びを上げてしまいました。
一気に疲れが吹っ飛んだ。
「青の洞窟」がこんなにスリリングさを伴うものとはいささかビックリ。
チップの”増額”をねだられた。船頭さんいわく「のどを披露したでしょ!」。でもさ、洞窟でなんて誰が歌ってもよく聞こえるんだよ…。その証拠に私も歌った。
難しいよね、どうしても。日本人の心を持つものとしては、このチップの増額要求。本当はこんなアクロバティックな技で船頭されて、確かに増額したいわ、と心は揺らいだんだけど、何せポッケにお金を1枚しか入れてこなかったんだ…(手荷物不可)。

カプリ島
青の洞窟

ただ、海外へ出るとお金の価値に不安を覚える。物乞いとかね。イスラムの国では現地の人は普通に「分け与える」感覚でお金を渡していた。日本で物乞いにお金を渡すなんてことは「その人のためにならない」で速攻却下だけども。さも貧しそうな子供がらみの物乞いだとか…お遍路さんに寄付するのと何が違うのかってさ。考えちゃう。

ポンペイの遺跡はもちろん興味深いものが多いな。全冊読破とはいかないけれど、塩野七生さんのローマの話がですね、とても面白くって。「ローマ人の物語」シリーズも良いのですが、「ローマから日本が見える」といったエッセイも面白いー。
ポンペイとヴェスヴィオ火山

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ツアーでイタリアへ

いやぁ…いまローマ、火曜日の24:00。日本では水曜日の8:00頃ですかね。
1時間5ユーロでネットにつなげられましたが、行く先々でホテルでのこのWiFi接続料課金制というのにあたるたびに、日本て本当に素晴らしい国だなって思います。

成田から直行でローマまで12時間。機材はB747-400。めずらしく通路側を指定しましたが…正直、疲れました。もう744には乗りたくないなって思うくらい。ビジネスクラスに僅かに空席を残し、エコノミーは満席です。目一杯のシート設定ですね。とにかくお尻が痛い。こんなに狭かったっけ? って思いました。
フィリピンもJAL744でしたが、2Fデッキを潰した運航のうえ空席も多かったので、おしゃべりなフィリピン妻にヘトヘトにはなったものの、距離も短かったのでこんなに疲労はしなかった。

オイルの恩恵なのか、最近延ばしているカタール航空、エミレーツ航空に乗った後だとですね…機内食の目おとりといったらそれはそれは凄いですね。あ、パンもバターもなかったぞ…。ま、これはたまたまにしても塩・胡椒ですらありませんでした。ANAではありましたけどね。
こういうところで、どこかのスタッフが経費削減するのに血眼になっている傍らで、とんでもない額の年金だとかへんなお金だとか、そんなので塩・胡椒がどれだけ買えるんだろう? なんて旅先の機内で、とんでもなくどうでも良いことを考えてしまった。いま、JALはなにしても矢面に立たされるので、損だよね。満席だったけど。

なんだか疲れて空港の写真もろくに撮らなかった。ツアーだし探検もできなかった。
今晩寝るだけのこのホテルの名前は「アメリカン・ホテル」、でも朝食はコンチネンタル・ブレックファスト。このごちゃ混ぜセンスは中国風だけどもここはイタリア。

ローマ空港
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イタリアへ行きます

昨日書き忘れました。いよいよ次週に突入しますが、そのまえにひとつご報告です。
あさっての17日(火曜日)より、イタリアへ行ってきます。
パソコンは持ってゆきます。電源なども手持ちでゆきます。
ポチッ! の更新は私がやるつもりでおりますが、モロッコ同様に念のためMattariさんにもお願いしております。ですので、ほぼ毎日更新いたしますが羽田空港特集はお休みいたします。

今回は両親とツアーで行ってきます。当然お金はそれぞれが自己負担なので、双方に希望が強いものです。ましてや肉親、この争いというのはどうして遠慮がないのですかね。我ながら不思議でたまりません。
じつはトルコへ行ったときも、母と父が相乗りしてきたんです。「わたしたちも行くー」って。いままでに母と旅行へ行ったことはあっても、両親と旅行なんかしことがなかったので、たじろぎましたが、せっかくなのでまぁいいかと思って進めてたんですね。

そしたら中高年パワーというのは凄いもので、母の友達だとかなんとか、参加人数が勝手にふくれたんです。
こっちはたまったもんじゃありません。個性的な母親の友達といえばこれまた個性的な面々。添乗員状態…というかイライラするのは目に見えてますから。母は旅程にうるさく、父は私の言動にうるさい。なんでなけなしの金を払ってまで、海外でそんな想いをしなくちゃいけないのかと、私が一抜けしました。そしてみなさんにはJTBツアー組へと回ってもらいました。まぁ、ケンカ別れみたいなものですけど、やっぱり、そこそこお金を使う「旅行」なんですから、私もゆっくり、自由に過ごしたい。どうしてもこれだけは譲れません!!
でも、ちょっと大人げなかったかなと、心残りはありました…。

でもひとつ愚痴をこぼさせてください。
今回のイタリア旅行、ほんとうは「わたし、スペイン行ってくるから!」だったのです。で、スペインからモロッコへ下って…ゆっくりめの旅行、そんな予定でいました。そしたら案の定、母は「私も行くーーー!」となる。でも、「アフリカは遠いからイヤ!」という。それなら好きに行っておいでよ! と思うのですけど、前回のこともあったので、それならモロッコは別で行くからいいよ、と先月わたしだけモロッコへ行ってきたんですね。

それが何故イタリアになったのか? 私もいまだに意味が分かりません。
ある日家に帰ったら母がこういうのです。
「イタリアでいい旅行見つけたから予約しといたよ」と。
「へ〜」と私。
「オプションのピサの斜塔もつけといたけど、行きたいでしょう?」と母。
「え!? それ、私のこと???」
「うん、こないだ言ってた旅行よ♪」
「スペインでしょ、それ…」
「あらぁ、イタリアは何度行っても面白いのよ。いいじゃない」
「いあいあ、スペイン行くって言ったでしょ…」
「スペインよりイタリアの方が面白いんだって! 行ったことないからアナタは分からないのよ! 見たこともないくせに」(逆ギレ!)
————- 以下、ケンカにつき省略 ————-

母は私がときどきやる個人旅行(もしくは、ハイブリット旅行=後日説明します)を嫌うんですね。お金はかかるが足はない、そのうえ添乗員もいなければ、言葉も通じない。それなら日本の旅行代理店のツアーのほうが安くてたくさん回れるじゃない、と。凄くよく分かるし場所によってはその方が断然効率的にまわれるのはよく分かってるんです。
けれども、たとえばJTBのツアーだとかで探しても一人参加の場合は、追加料金がかかる上、自由に見て回る時間が少ないしホテルも毎日とっかえひっかえで多忙なんですね…。ゆっくり過ごすということはできないのです。世代の問題も大きいかもしれません。母の場合は「アレみたい、コレもみたい、アソコも行ってみたい」こんな感じで数をこなすのを好む傾向にあって、行くことに目的があると思う。旅行会社のパンフレットを見ても、そうしたスケジュールぎっしりの企画が盛りだくさんだ。団塊の父親は「女が行きたいならついてってやってもいいが」程度で特に旅行には興味がなさそう。
けれどわたしたちの世代は「あそこの雰囲気を味わっていたい」=「過ごしたい」というような目的にシフトしてきてるように思う。たぶん、海外に対してのプライオリティが低くなってきてるんだな。そうじゃないですかね?!(確信はないけど)

思えばわたしたちの世代は、海外留学の経験者はさほど珍しいことではありませんし海外留学の制度がしっかりと確立されていました(少数派ではありますけど、学校や地域をあげての大イベントというわけではないという意味で)。公立私立によらず高校の修学旅行はアジア、アメリカも珍しくありませんでした。夏休みから秋にかけてはホームステイで語学研修、姉妹校制度というプログラムもしっかりとありましたし、経済的な事情をのぞけば、環境的には(首都圏の私立高校では一般的)そういう下地があったわけです。
少し上のバブル世代ではOLさんがスキーやスキューバダイビングを国内で楽しむのと同列で海外旅行がありましたし、買い物目的でヨーロッパへいっていました。
そこから私たちの世代になると…フランスへ行きたい、イタリアへ行きたい、といった「行きたい」という願望が少し薄れていて、それよりも「プラハでゆっくり過ごしながら音楽も愉しみたい」というような「過ごしたい」の方が願望としては強くあるように思います。
さらに若い世代になると、海外へ行きたいという願望すらなくなってきてるそうです。それはそれで、なんだかなぁ〜って感じですが。

いろんな贅沢が手に届く場所に置かれて入るけれど、それを懐に入れられるかどうかはお金と時間次第、ということになってきました。国は豊かになったけれど、その恩恵をすべての人が享けられるわけではない。
それならいっそのこと、みんなが行けない時代の方がよかったのか、あるいはそんな環境でも自分だけは手にするんだと頑張る精神が面白いのか、正直よくわかりません。
けれどみんなが享受できるに越したことはないし、その可能性をこれ以上狭めるようなことだけはしてはいけないんだと思います。でも…そのためにわたしたちのような末端の庶民ひとりひとりができることってなんなんでしょうね?
ワークシェアリングで、ワークライフバランスとかですか?(笑)
そんなことを最近よく考えちゃいますね…。

話がどんどん横にそれていきますが、そんなこんなで、スペインに行く予定だったはずのイタリア旅行は、私の他に母が同行、数日後には父の姉(わたしの叔母)の参加が決まり…、つい最近になって父まで来ることになりました。入院をひかえてるのに。
トルコ事件で一抜けした時に、凄い剣幕で怒号をあびせた父。実はこれがいちばんブルーです(娘さんをお持ちのお父様、申し訳ないです)。これがいちばんやっかいで、胃を痛くさせるのです。

そこまで海外旅行に対して価値観が違う者同志が楽しめるのだろうか。
実は、今回の旅行はいまからちょっと陰鬱な気分にさせるのです。なんだかお金が勿体ない気がして。
なけなしの金ですよ…。これが休職生活最後の海外旅行になるかもしれないというのに。このお金でどこへ行けたかな…。ネパールにメキシコにアルゼンチン、イランにマリ、チュニジア。まだまだ行きたいところはたくさんあったのにな。

飛行機は、日本航空です…。

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モロッコから帰国しました

こんにちわ、竜子です。
えぇと、今日は羽田空港特集の日ですが、おとといの晩に帰国いたしまして僭越ながら無事に帰ってきたご報告を。

まずは、更新予定だった火曜日のB777さんの記事を落としてしまい、申し訳ありませんでした。連絡を十分に出来てなかったことなど、わたしの準備不足がたたった結果となってしまいました。
それからパソコンの電源やらカードリーダーやらをなくしてしまい、関係者のみなさんにご心配とご迷惑をおかけしたことを、この場を借りてお詫びします。

さて。
今回は羽田空港からANAのコードシェア便にて関空へ、そこからの深夜便でカタール航空の本拠地はドーハ空港へ。ドーハ空港からは同じくカタール航空にて、リビアはトリポリ空港を経由(機内待機)してカサブランカ・モハメド5世空港着、という飛行機ファンにとってはウハウハの、それでもけっこうハードなフライトでした。

そして予想外の出来事といえば、やはり物をなくしてしまったこと、それから旅行初なのですが…お腹を壊したことと、ラクダに乗って熱が出たことです。はい、中盤以降体調がボロボロ(笑)。サハラ砂漠ときたらラクダに乗らねば、なんて欲をかいたわけですが(ラクダに乗らなければ日の出の鑑賞スポットまで、徒歩50分! 砂漠の足下の悪い丘陵コースをえっこら…しかも寝ぼけ眼でですよ? これはラクダに乗る以外選択肢はありません)、少し気にはなったんです。というのも犬や猫に触ると、次の日必ず風邪をひくので。でも、自分の体力を過信し過ぎてました。それまで絶好調だったので、どーしても知りたかったんですねぇ、ラクダの毛の手触りを。
その辺りから鼻はムズムズするし、目は重いし。砂漠の砂で花粉症かっ?! と思っていたんですが、案の定その日の晩から高熱にうなされ、おもいっきりアレルギー症状が出てしまいました。んー。やはり日本でしないことは最新の注意を払わないといけないですね。サハラ砂漠の砂は淡い赤褐色のレンガ色でした。

サハラ砂漠へは四駆で川を渡り…でもってキャラバン・サライ!
サハラ砂漠には四駆で
サハラ砂漠でキャラバン・サライ?

お腹を壊したのは…お水が悪いってわけでもなさそうだし、原因がよく分からないのですが、まぁ…熱が出た次の日の晩に調子に乗って、生野菜をガッツリと食べてしまったからでしょうか? メインもスープもパンも食べずに、生野菜だけをペロリと3皿も平らげまして…。今思えば、お腹をくだしたのはその次の日でしたね。
さいわい後半はゆったりとマラケシュに連泊していたので、特に焦ることはなかったのですが、マラケシュでは写真をとる気力が全くなくて撮ってないとですよ(笑)

でもってモロッコですが、それはそれは魅惑的な国でした。
どこへ行ってもフランスの風が吹いているのです。まるでサガンの世界なんです。サガンが描くフランスの独特なブルジョワ階級の世界。別に町自体がフランスのつくりをしているわけじゃないんですけど…。んー。なんていうかなぁ。
たとえば、フェズの迷路の町を歩くでしょ。ロバが売り物の織物を乗せてたり、強烈な糞尿の臭いを放つ革製品を乗せていたり。道幅はロバの荷馬車が1台通るのがやっとだから、荷馬車が通るときは小さなお店にみんなが身を屈めながら、都内の満員電車顔負けのギュウギュウさで荷馬車を通すわけです。臭いはアメ横、御徒町の高架下の生鮮品屋さんの香りに、香辛料をたくさんふりかけたような…。そういうところにアフリカ社会だとか、イスラム社会のあるようでないような、ないようであるような秩序だとか、ともかくわけの分からない混沌とした活況があって、それがモロッコらしさなのかもしれないと感じながら、蠅のたかる肉屋や、またまたぎっしり詰まったナッツと思いきや蠅で埋め尽くされたヌガー屋さんなんかの通りを抜けて広場へ出る。それも小さな小さな通りが交差しただけの小さいところなんだけど。
そこから続く石畳の坂道をふと見上げるでしょ。すると、ここはモンマルトルの坂道なんじゃないか?! ってな気分になるのです。

フェズの小径と商店街
フェズの小径
フェズの商店

あんまり天気がいいのでホテルの中庭でフレッシュオレンジジュースを飲むでしょ。中央のプールでフランス人の老夫婦が泳いでいるでしょ。まわりではフランス人の子供たちがプールの監視員のお兄さんと遊んでる。そんな姿なんかを見てると、飲んでるオレンジジュースに、プロヴァンスの風が吹くんですねー。
アンチアトラス山脈を目の前にピレネー山脈を感じ、エルジャジーダの浜辺を見てニースの海岸を想い描き、マラケシュの町を彩る屋根をみて、マルセイユの町並みを想う…。夜のホテルの中庭でモンパルナスのアーティストが集うカフェなんかを想像したり。モロッコには失礼しちゃう話だけども、どこへ行ってもサガンが描いていた「ヴァカンス」の世界なんだ。そしてその気になれば、あら不思議。いつだってロマンスに巡り会えちゃう気になってくるんだよね。
はい、フランスに行ったことがありません!(笑)

夜、ホテルの中庭でキャッフェを飲んでみるが、あんまり美味しくなかった…、時間のたったエスプレッソの味(笑)
ホテルでキャッフェ

モロッコ自体は98%がムスリム(イスラム教徒)で女性もチャドラで身を包み、建築もイスラム独特のシンメトリックな文様柄の装飾で、文字もアラビア文字。それ自体にはヨーロッパの要素は特段ないし、洗練された町並みってわけでもない。それもこれも、どんな人たちでもみんながみんなフランス語を喋れて、どこへ行ってもフランス人が我が国のように歩いているからなんだけど(おまけに物価もそれなりに高いんです=少しでも外国人の出入りできるようなところは)、町を走るのはプジョーにシトロエンにオンボロだけどベンツのタクシー、さもリッチそうなフランス人ご夫婦はBMW。そういうどこへ行ってもおフランス、な国。
だけども町を外れてゆけどもゆけども礫漠、岩漠、土漠、砂漠…そのなかに現れるオアシスに実はアフリカ大陸だったんだ、と感じさせ、視殺されるんじゃないかってくらい、女性をガン見するあたりにイスラム圏を感じるのがモロッコだ。

くどいですが、フランスには行ったことがありません!
曜日に関係なく、ドーハ空港のレポートとカサブランカ空港のレポートをお届けしようと思っています。適宜差し込みますので、よろしくー。
でもって、羽田空港特集は日曜日にあらためます。

ご挨拶がてら近況報告まで。
ではでは。

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トルコ旅行:イスタンブルの人たちの生活

イスタンブルの魅力は、なんといってもそのエキゾチックさ。
日本とはまるで違う文化に包まれた街の生活を紹介します。

少し前まで地元のマーケットとして活況してたグランド・バザール。いまはお土産物がいっぱいで観光客がメイン。価格表示がないのが非常に困る。どうも身構えてしまって…。でも、これも文化のうちかぁ、と半ばあきらめて交渉、交渉。
グランド・バザール

グランド・バザールはどこもかしこも色彩豊か。これはイスラム文化特有のオイルランプ。これを買おうかどうしようか数日間迷ったけど、持って帰るには小さいのが良いし、部屋に置くには大きいのが良いし…、と。
グランド・バザール

右側の青い、カラスよけみたいなのが「ナザールボンジュウ」。魔除け、だそうです。ガラスでできています。
ナザールボンジュウ

この魔除けなんですが、タクシーに乗ってイスタンブルをブラブラしてみても、こんな風に普通に「ナザールボンジュウ」が飾ってありました。オーディオボタンにもひとつずつ。
ナザールボンジュウ

「ヴァレンス水道橋」。3世紀の東ローマ帝国時代に建てられ、オスマン帝国時代までイスタンブル旧市街の地下貯水池(地下宮殿)に水を通わせていたけど、今は幹線道路をつなぐ道路に。
ヴァレンス水道橋

タクシム広場の「共和国記念碑」。アタチュルクとその仲間たちの銅像。都市の各方面に水を送る分水器(タクシム)があって、現在はイスタンブルの中心地になっています。
イスタンブル

タクシム広場沿いの繁華街にある映画館。この辺りはイスタンブルの新市街。娯楽施設やファッション店が多く集まっているので、若い人も多かった。外国人が泊まるホテルの多くはこの近辺に集まっているので、単に日本びいきなのか客引きなのか謎な人も多い。
イスタンブル

イスタンブルの凄いのは、東京の一等地並みに高騰した物価、文化水準にまで発展を遂げつつも、その軌跡が古いまま温存されていること。京都みたいにマクドナルドも茶色…(笑)。
イスタンブルのマクドナルド

タクシム広場につながる路地はどれも飲食店や商店で賑わっている。どの路地も奥のほうまで連なっていて、何日もこの近辺で過ごせるよ!
タクシム広場

トルコの食料自給率は100%。野菜も果物も美味しかった…。ただ輸入品のバナナは高級果物なのだそう! フィリピンじゃ「家畜の餌」だと言ってたが…ところかわれば。
イスタンブル

あ、飛行機雲! チューリップはイスラム社会では神聖なお花。ちなみにチューリップの原産国はオランダではなくトルコなのだそう。国花もチューリップなので、チューリップを象ったものをとても良く見かけます。
イスタンブルの飛行機雲

右手にエジプシャン・バザール(スパイス・バザール)、左手に「イェニ・ジャミィ」(モスク)。エジプシャン・バザールってのは食品街です。バザールの中は香辛料や土産物などがメイン。
イスタンブル/イェニ・ジャミィ

エジプシャン・バザールの外の方は生鮮食料品が多く地元の人たちで活気があります。御徒町からアメ横って感じでしょうか。
イスタンブル

この人だかりはさくらんぼ売り。ちょうどさくらんぼの季節でした。一粒味見させてもらいましたが、果肉が固めですっぱさ満点。でも味が濃厚で美味しかった!
イスタンブル

トルコの買い物でとても困るのは、スーパーやデパート以外、価格が表示されていないこと。いちいち値段交渉するなんて面倒。…ってかほんっと馴染めない。これさえなきゃなぁ…。
イスタンブル

トウモロコシの露天はあちこちで見かけます。焼きと茹でがあって、焼きは不思議なことに醤油のこげた匂いがして食欲をそそられてしまうんです。でもこのトウモロシ、味が抜けててあんまりおいしくなかった!
イスタンブル

「イェニ・ジャミィ」は、メフメト3世の母のために建てられた。このお母さん、政治的指導力の欠落した息子の代わりに事実上帝国を統治しました。
イェニ・ジャミィ

あ! 飛行機雲!! モスクについてる鉛筆みたいな塔は「ミナレット」といいます。
イスタンブルの飛行機雲

イェニ・ジャミィやエジプシャンバザールがあるのはヨーロッパ側、写真のあっち側の町並みは、アジア側になります。
イェニ・ジャミィやエジプシャンバザール

エジプシャンバザールの周辺も凄い活気。昔からの町並みのまま現代の人が普通に生活してる。
エジプシャンバザール

変わった格好をしてたので、親御さんにお願いして写真をパチリ。帰国して調べたら、この子の格好はイスラム教の割礼儀式の衣装なのだそう。とても喜んで息子を差し出してくれたご両親なのでした…。
イスラム教、子供の割礼

イスタンブル郊外の駅前広場。駅の名前は…忘れた。ここにも銅像。
イスタンブル

夜になると国旗が光って浮き出すんでしょうね…。
イスタンブル

トルコが誇る鉄道。わりと繁華街なのですが駅は小さい。ノリ的には西武新宿線って感じかな…。
イスタンブル

線路も2本。トルコの人口の年齢ピラミッドは山型、少子化なんてなんのその。今年も人口が増え続ける。なかでもイスタンブルは東京同様に田舎から人が集まり、増殖し続けているけども、日本に比べると鉄道はまだ未発達。イスタンブルには地下鉄もありますが市街地の移動の主流は路面電車。
イスタンブル

あ、飛行機雲!!
イスタンブル

夕方まではどこも大渋滞です。
イスタンブル

ここはイスタンブル郊外にあるショッピングモール。何の目的もなく電車を乗り継いでみました。ショッピングモールは華やかですね。彩色豊かなメリーゴーランドがありました。
イスタンブルのショッピングモール

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トルコ旅行:イスタンブル市街、ボスポラス海峡

ボスポラス(ボスフォラス)海峡をクルーズしてきました。この海峡沿いの、なんの変哲もないマンションのお家賃、150万円なり。イスタンブルの物価は東京並み。中でも海峡沿は成功者のステータス。賃貸マンションでも海辺ではどれも六本木の高層マンションのように100万円は下らないお家賃だそうです。
この写真は金角湾。船が停泊しているあたりがガラタ橋。可動橋として稼働していたけどいまは動かないそう。ここには渋滞解消のため近々海底トンネルができる模様。これも大成建設や鹿島などなど、日本の土木技術が大活躍です。そして、地元のテレビで見ましたが(トルコ語でなに言ってるか分かりませんでしたが)、古代遺跡がいまもザクザク出てきているようです。
ガラタ橋
ガラタ橋

ルメリ・ヒサル、城塞です。ここを拠点にオスマン帝国のメフメト2世(オスマン帝国・第7代君主)が、東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープルを陥落させました。4ヶ月で完成させたそうです。
ルメリ・ヒサル城塞

ドルマバフチェ宮殿。コンスタンティノープルを陥落させたメフメト2世が造らせた庭園に、オスマン帝国の第31代君主がバロック様式と伝統のオスマン様式を折衷した豪華な宮殿を造らせる。オスマン帝国の後のトルコ建国時には執務所として使用されました。トルコの英雄・初代大統領のアタチュルクが亡くなったのもここ。
ドルマバフチェ宮殿

トルコの将校学校。
ボスポラス海峡の将校学校

おっと。アジア側の海峡沿いに住む富豪(たぶん)さんが、ボートでヨーロッパ側にご出勤。
ボスポラス海峡

ボスポラス海峡

トルコは日本と同じように地震の多い土地。ボスポラス海峡にかかるのは、2本の大橋。ボスポラス橋(ボアズィチ橋)とこの第2ボスポラス大橋(ファーティフ・スルタン・メフメト橋)は、鹿島、石川島播磨や三菱重工などが。
第2ボスポラス大橋

この旅の最後の日に乗る寝台特急「アンカラ・エクスプレス」が到着するハイダルパシャ駅。海底には1100本の木の杭を埋め込み基礎を作っている。三方が海に囲まれている珍しい駅。
イスタンブル・ハイダルパシャ駅

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アナトリア半島(西南トルコ)周遊:ベルガモン遺跡

紀元前3世紀半ばから2世紀に栄えた、ペルガモン王国の首都、ペルガモン(ベルガマ)遺跡。ヘレニズム時代の都市で、現在のチャナッカレにある。見晴らしがよく、街が一望できる。
トルコ・ベルガモン遺跡

アテネ神殿、ゼウスの大祭壇、アゴラ、図書館の遺跡(建造物の骨格のみ)が残っているが、残されていた宝物や壁画などの貴重品のほとんどは、ベルリンの「ベルガモン博物館」にて収蔵・復刻されている。これはトラヤヌス神殿の痕跡。
トルコ・ベルガモン遺跡

「骨!?」と、一瞬「歴史的な発見!」とおののいたが、動物の骨だろうな…。
トルコ・ベルガモン遺跡

武器庫となっていたところ。
トルコ・ベルガモン遺跡

劇場。写真じゃ分かってもらえないと思いますが、かなりの急斜面過ぎてさすがに足がすくむ。よくまぁこんなところに…。
トルコ・ベルガモン遺跡

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アナトリア半島(西南トルコ)周遊:クシャダス〜エフェソス

宿泊はクシャダスのエーゲ海沿いのホテル。エーゲ海っていっても日本海のような断崖絶壁だった。
トルコ・クシャダス

あ! 飛行機雲!!
クシャダスの飛行機雲

エーゲ海は夕日もひときわ美しく見える、ってことはないけどきれいな夕焼けでした。トルコはもちろん、ヨーロッパ中で名高いリゾート地。夜はみんなホテルの大型ディスコで、’80年代ソングで盛り上がっていた。もちろん入ってみましたよ、一人で。ナンパ目的じゃないよ(笑)。
トルコ・クシャダス

起きたら豪華客船が入港してた。そしてこんな砂浜のない海でも、泳いでる人がいるのが驚き!
クシャダスの海岸

ついに来た、エフェソス(エフェス)! ちなみに、世界遺産には指定されていませんが、ユネスコからの制限を受けずに研究をするためだそうです。ラッキー。紀元前11世紀の古代ギリシャ人都市。手前の茶色い管は配水管。水を操った古代人文明というのは本当に凄い! 今は相次ぐ地震と土砂崩れで港から遠ざかってしまったが、近くには地中海交易の盛んな港、それからアルテミス神殿があった。
トルコ・エフェソス

ニケ(ナイキ:Nike)像。これは「翼の女神」ですからね。バチバチ写真を撮りまくりました!! よく見ると、あらわになった片方のおっぱいをいろんな人が触りまくった痕跡が…。
トルコ・エフェソスのニケ像

この通りはメイン通り。このエフェソス周辺には25万人が住んでいたと見られています。
トルコ・エフェソス

大混雑…路地を抜けると何があるのでしょう?
トルコ・エフェソス

そこにあるのは…水洗式の公衆トイレです。やんちゃな女の子と男の子が撮って! とパチリ。
トルコ・エフェソス

トルコ・エフェソス

こんな風に、便座の下に水が流れているのです。
トルコ・エフェソス

これが見たかった…。「セルシウス(ケルスス)図書館」。こんな大昔に公共図書館を築くって凄いことだと思いませんか?! こんな風に残っているのも奇跡ですけど。12,000冊の蔵書があったとされるのですが、120年頃に12,000冊って、どういうこと?! ミラクル。
エフェソス・セルシウス図書館

知恵、運命、学問、美徳を表す4体の女神像がありますが、ここにあるのはレプリカで本物はドイツにあるそうです…。
エフェソス

2万4千人収容可能の円形劇場のステージの真ん中に立ってみる。
エフェソス・円形劇場

この先は港に通じる幹線通路。これだけの文明を築いたローマ人は、その発展ゆえ、むやみやたらな木の伐採をして土砂崩れを引き押したと地質学者が言っていた。水で栄え、水で滅ぶ、地中海交易の重要都市。
エフェソス

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