成田空港でJK萌え〜

成田空港でJK萌え

この時のお気に入り写真は、コレ。
成田空港にいた女子校生がかわいすぎ…。

JK萌えの男子じゃなくても、萌えますね…。胸キュンです。
なに喋ってるんだろ。まどろんでいますね。
ちょうどこの日、出発ロビーで同じ制服の女の子たちが集合しているのを見かけたんですが、夏休みを使って2、3ヶ月短期留学といったところでしょうか? でも、だとしたら、教員ひどいよね。制服で飛行機乗せるって…。おまけに革ローファーに指定カバン。
そんなこんなで、彼女たち、お見送りかな?
うーん。謎だけど、ホント胸がキュンとなった…。

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成田空港って素敵だよね。

空の玄関口の、さらに玄関口。

成田空港

普段目にしない人種、民族が集まるのも国際空港ならでは。
この人は敬虔なユダヤ教徒なのかな??

成田空港

管制塔も要塞みたいでカッコいいし。

成田空港

パタパタ表示ではないけど、電光掲示板もトキメキスポット!

成田空港

パイロットのかばん。

成田空港

旅行者のかばん。

成田空港
成田空港
成田空港
成田空港
成田空港
成田空港
成田空港
成田空港
成田空港

こんにちは。ぜんぜん暑くなかったのに、暑気払いという名目が続いた竜子です!

docomo携帯が壊れた結果、1年目にしてようやくiPhoneを使いこなすようになりました…。この1年、iPhoneといえばアプリの動作確認だとか、スタバ検索、ゲーム機(飛行機とかね!)程度にしか使っていなかったように思います。あ、あと、羽田のお手洗いで水没させてしまったRICOHコンデジ代わりにも。でもってそのdocomo携帯が壊れている間、iPhoneで撮った写真をチラチラ見ては、購入時にインストールしたものの、全く使ってなかったソフトを試したりしてました。中でも「Instagram」っていうアプリや「myFilm」ってアプリで写真を加工して遊ぶのは、楽しかった! Instagramが面白いのは、Flickr、Tumblrっていう画像投稿サイトと連携できるのはもちろん、twitter、facebookでも連携できる点です。そして、画像加工がワンタッチで出来てしまうという優れもの。いくつかの加工パターンから、ちょい、ちょい、ってタップして終わりです。なにせフォトショとか凄すぎて、カジュアルじゃないんですよね…。その点、Instagramは超お気軽。私のような適当、おおざっぱ性格にはこれくらいのインチキさがちょうどいい!
なので、ココ数日ブログを更新してないのに、Twitterではなんか叫んでいる、ってのはそのInstagramの連携です。

でもって。悲しいかな、わたくしなんぞの写真は見るに耐えない…、ということで、ブログではやらないつもりでいたのですが、これがホントに楽しい!! なんで楽しいのかよくわかんないけど、なんとなくノスタルジックで色あせた感じが飛行機とピッタリ! かな?(疑問形)、って思うのと、ピンぼけ、手ぶれ、センスなし、の写真がその加工のおかげで、うっすらごまかせちゃう! かな?(疑問形)っていうのがその理由…かな??(ホント疑問)

ってなわけで、ちょいと変な写真が続きますが、お許しを乞いたいと思います。
2年半ぶり? そらごと劇場も少しだけ復帰。
では!

ちなみに、Instagramは無料アプリですので、iPhone、iPod_touchユーザーのみなさんはぜひ。
知ってるか(^^;


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B747コックピット「ヨーロッパ飛行」第11回

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ヨーロッパ飛行画像(haruhikon提供)

「北海からコペンハーゲンへ下降」

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★「ヨーロッパ飛行」挿入11

※「▶」の再生ボタンをクリックすると航空サウンドが流れます

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412便はバルト海上空を下降し続ける。バルト海は琥珀の産地で有名である。まもなく空港進入を管制するコペンハーゲン・アプローチ管制に入る。相変わらず他機の交信が飛び交い、コックピットは一時も静寂することはない。
コペンハーゲン・コントロールの管制官がスイス航空854便を呼び出した。
「スイスエア854 コンタクト マルメ 127.75」(スイス航空854便へ。以後はマルメ・コントロール管制127.75メガヘルツに交信して下さい)
「127.75 854」(127.75メガヘルツで交信します。スイス航空854便)
スイス航空854便は今の管制域を離れ、次のマルメ・コントロール管制域に入った。立て続けにコペンハーゲン・コントロールの管制官が日本航空412便に交信してきた。

「ジャパンエア412 コンタクト コペンハーゲン・アプローチ 119.1」(日本航空412便へ。以後はコペンハーゲン・コントロール管制119.1メガヘルツに交信して下さい)
「119.1 ジャパンエア412 グッデイ」(119.1メガヘルツに交信します。さようなら)
チューリッヒ空港を離陸してから、チューリッヒ、ライン、マーストリヒ、コペンハーゲンの各コントロール管制に引き継がれてきた。412便はカストラップ空港の進入を管制するコペンハーゲン・アプローチに移管された。岸田副操縦士は無線機の周波数を119.1メガヘルツにセットし、交信を始めた。
「コペンハーゲン・アプローチ ジャパンエア412 ディセンド トゥ 70」(コペンハーゲン・コントロール管制へ。日本航空412便です。7000フィートに降下中です)
「ジャパンエア412 レーダー コンタクト … ILS 22レフト ウィ  ハブ インフォメーション ブラボー」(日本航空412便へ。レーダーで捕捉しています。ILS 22レフトに誘導します。空港情報はブラボーを入手して下さい)
空港情報がB(ブラボー)に変わった。

「インフォメーション ブラボー、ちょっと聴いておいてくれます?」
鈴木機長は空港情報を再度聞くよう指示を出した。
「ディス イズ カストラップ アライバル インフォメーション ブラボー ランウェイ ユース ランディング 22レフト ウェザー リポート 1220 220 ディクリーズ 8ノット ビジビリティ 25キロメートル 4オクターズ 2500フィート テンプラチャー 11 デューポイント 41 QNH1019 ノーシグ トランジション レベル 40 インフォメーション ブラボー」(カストラップ空港への着陸情報ブラボーです。着陸滑走路は22レフト、世界標準時12時20分現在です。風は220度から8ノット吹いています。視程は25キロメートル、上空2500フィートに雲があります。気温は11度、露点は41度。気圧は1019ヘクトパスカル。トランジッション・レベルは4000フィート、空港情報ブラボーです)
空港情報Aとあまり変化はなく、着陸には差し障りは無い。因みに先ほどの空港情報A(アルファ)では、風速は10ノット、2000フィート上空に雲、気温は12度、露点は5度であった。少しでも計測値が変わると次々と新しい情報を流す。アプローチ管制域に進入する飛行機は、管制官にいつの空港情報を聞いたかを知らせなければならない。

「じゃあ、そっちは暫くそのまま残して、マイサイドILS」
鈴木機長はCODANの周波数を残したまま、別のVHFにカストラップ空港のILSの周波数109.59メガヘルツにセットした。
「ILS 22レフト アイデンティファイ オーケーです」
ILSの周波数をセットすると、電波をキャッチしたことを岸田副操縦士が確認のコールをした。
「1万フィート、お願いします」
鈴木機長は飯田航空機関士に高度1万フィートを通過したことを告げた。
これを受けて飯田航空機関士は機内無線でパーサーに「コックピットです。1万フィート通過しました。お願いします」と伝えた。
パーサーは機体が最終着陸態勢に入ったことを機内アナウンスで知らせた。
「皆様にご案内致します。この飛行機は、まもなく着陸致します。どうぞお座席のベルトを、しっかりとお閉めおき下さいませ。また、お座席の背、お使いになりましたテーブルを、元のまっすぐな位置まで、お戻し下さい」
「重ねて、ご案内申し上げます。ご通過のお客様は、次の出発まで機内でお待ち下さい。その間のおタバコは、ご遠慮下さいますよう、お願い申し上げます」

乗客はシートベルトを締め直したり、慌ててタバコの火を消したりと着陸に備え始め、機内は慌しくなってきた。
着陸するカストラップ空港は、コペンハーゲン市の東南に位置するアマー島にあるカストラップに設置されており、正式にはコペンハーゲン空港という。
ヨーロッパ内のハブ空港の一つとして機能しており、北欧の大手航空会社 スカンジナビア航空の拠点でもある。スイス・インターナショナルと同様、成田線に週7日のデイリー運航をしている。日本航空も就航していたが、冷戦終結と同時に全廃した北極圏ルートの廃止に併せて、撤退している。
日本航空412便は、まもなくウエイポイントのCODANに到達する。

桃田素晶

「B747Cockpit ヨーロッパ飛行」
解説:桃田素晶/録音:武田一男 ©Director’s House

【著作について】「B747Cockpit ヨーロッパ飛行」で収録している音声、音源等は武田一男、及びディレクターズハウスが著作権を保有しています。商用、非商用に関わらず無断転載、複製の一切を禁止いたします。また、解説は桃田素晶、表紙写真はharuhikonに著作があります。詳細については当ブログ管理人までお問い合わせください。

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映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト601便「パリ空港の人々」

「パリ空港の人々」 OMBES DU CIEL (1993/フランス)

【スタッフ】
監督 フィリップ・リオレ
製作 ジル・ルグラン/フレドリック・ブリリョン
脚本 フィリップ・リオレ
撮影 ティエリー・アルボガスト
音楽 ジェフ・コーエン

【キャスト】
ジャン・ロシュフォール/マリサ・パレデス/ティッキー・オルガド/ラウラ・デル・ソル/ソティギ・クヤテ/イスマイラ・メイテ

無効旅券を持っていたためシャルル・ドゴール(パリ)空港のトランジット・ゾーンに暮らすことになったイラン人の実話をもとに作られている。トランジット・ゾーンは治外法権とまではいかないまでも国家が直接に権力を行使したくない外国人居留区画といったほうが良いようだ。したがい管理責任は空港長にあり、かれもまた空港内の規則を優先して事務的に処理をすることになる。

日本国の発行する旅券に守られた日本人が経験することはまずない世界を主人公に置き換えて経験できるのも映画です。

物語は深夜に到着するボーイング747のクローズアップではじまる。主人公はフランスとカナダの二重国籍で、居住地はイタリア、妻はスペイン人という複雑な身のうえの図像学者のアルチュロ。モントリオール空港でパスポートや財布の入った鞄と靴を盗まれたのだがとりあえず残された搭乗券で飛行機に乗った。どうもシャルル・ド・ゴール空港で待つ約束の妻に頭が上がらぬらしい。

運がわるいことに日曜日で12月30日の深夜ということで本人を証明する写真が入手できずパリの入国管理局で足止めを食らい靴下のままの情けない姿でトランジット・ゾーンに戻される。

そこには1週間以上も入国が認められず、父親が迎えに来るのを待っている黒人少年ゾラ。国外追放となり国籍を剥奪されたラテン・アメリカ系の女性アンジェラ。何処へ行っても滞在を拒否される虚言癖の自称元軍人のセルジュ。そしてどこの国の言語か分からない言葉を話す黒人の通称ナック。彼らはもう何ヵ月もここで放置されたまま各々の居場所をつくり擬似家族のような生活をしていた。

ゾラに連れられトランジット・ゾーンをさまようアルチュロは人気のなくなった空港内を右往左往する細君と締め切られたガラス越しに遭遇するが会話がかみ合わず細君はヒステリーをおこしてしまいファースト・クラスという無人のカプセルホテルに泊り設備に八つ当たりをはじめる。

翌31日になってもアルチュロの国籍証明は得られずさらにもう一日と引き伸ばされる。そうして彼らが空港内でどうやって生活するのかを学んでいく。

大晦日のどさくさにまぎれてゾラが故郷で夢見ていたセーヌ川の船を見るつかの間のパリ見物のシーンがやるせない。そしてアルチュロは元旦にカナダ大使館から写真が届いて入国できることになるが…。

登場するのはマグダネル・ダグラスDC-10、ロッキードL-1011 トライスター、ボーイング747で初代ジャンボ機の揃い踏みが見られます。ちなみに“ジャンボ”は客室通路が2本以上ある広胴機を指しており747の代名詞ではありません。したがいエアバスA380はスーパージャンボと呼ばれます。

パリ空港の人々

その他、鶴丸印の-400や737が遠景に出てきます。いずれもロケによる実写です。

この話のモデルとなった、サー・アルフレッド・メヘランは「ターミナルマン」(バジリコ)という著書を出している。また、おなじ実話からスティーヴン・スピルバーグが監督してトム・ハンクスが主演した「ターミナル“TERMINAL”(2004)」がある。こちらの空港シーンは全部セットで撮影されたそうだ。それもあってかよくもわるくもアメリカ映画で主人公とストーリィの展開は軽い。とはいえ主人公にかかわる空港で働くアメリカ移民にのしかかる世知辛さはでている。飛行機は747のノーズがでてくる。とするとこの飛行機も大道具かCGか?

キネマ航空CEO

ターミナルマン

▼ターミナル(スピルバーグ監督/トムハンクス主演)

キネマ航空CEO

「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」
©キネマ航空CEO

【著作について】「映画で巡る空の旅・キネマ航空フライト」 はキネマ航空CEOの執筆によるものです。一般的な「引用」の範囲を超える紹介など詳細については当ブログ info@airjapon.com(管理人:竜子)、またはキネマ航空CEOまでお問い合わせください。

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空港はそれぞれの物語があるから面白い!

こんにちわっ、竜子です。

しっかし、いつ赴いても空港って面白いですね!
駅ビル代わりに羽田空港へ行くのもしかり、送迎にいくのもしかり、旅行でつかうのにも!
周りを見渡しては、勝手に想像して楽しんでいます!

先日のカタール航空の話題で、ドーハ空港でのことを思い出しました。
コメントでもSportsKiteさんへのコメントで書きましたが、ドーハ空港では、ひとりはショーン・コネリーで、もひとりがジョージ・クルーニーという超かっこいい紳士2人(商船のキャプテン)に出会いました。トランジットの空き時間はたとえ3時間あったとしても、うち1時間はかけ足見学、そして身支度、そして1時間ほどは搭乗口までの移動と予備時間だったりして、案外すぐに終わってしまうもの。でも、このときは帰りの便を待つドーハ空港だったので、もう少し時間がありました。

2010年当時、大勢の人がいるわりにドーハ空港は思いのほか狭かったように思います。時間をつぶす場所もだいたいは限られていて同じ場所で2回顔を合わせ、ささいなことをきっかけにそのおふたりと時間をつぶすことになったのです。お喋りしてたっていっても、私は英語がペラペラに喋れるわけじゃぁ〜ありませんっ。けれど、不思議なもので、それ以外にコミュニケーション方法がないとなると、人ってのはちゃんと耳がピッと立つもので、なぜだかよく言葉が聞き取れるようになったり、自分でも「あれ?! なんで言えちゃってたんだ?!」みたいな細かいことをスラスラと言えてしまうもののような気がします。なんでかは謎だけど、英語の勉強している時のような長い文章じゃなくっても、瞬時に脳みそが、分かる範囲の短い文章に置き換えてくれるような…。おまけに相手の英語も勉強した英語というのが相まって、分からない言葉があったらお互いが素直に聞き直せることもあって、火事場のバカジカラを発揮するのでしょうねぇ。

また話が逸れだしましたが、空港でのこうした一度限りの人と思わぬ出合いというのもなかなか趣のあるものです。
イランといえば、イラン・イラク戦争。ですが…、カンフーってのは日本のスポーツで日本のイメージもチャイナ服、っていうノリと同じような感じで、サダム・フセインって、イランだっけ? イラクだっけ? いやそれは、湾岸戦争だろ、ってツッコミ入れるみたいな…。ともかくイランとイラクがごちゃ混ぜになって、私なんかの年代だと、どっちがどうだとか意識しないと分からなかったりする場所でもあります。さらに言うと15年とか20年ほど前までは、上野の路上で普通に手に入れることができた「偽造テレフォンカード」を販売していたのは、イラン人だっけ? イラク人だっけ? バングラデシュ人だっけ? はたまたパキスタン人だっけ? みたいな…。バブル景気に沸いていた20年〜25年ほどさかのぼってようやく「不法滞在のイラン人」みたいな悪いイメージで、でもハッキリと「イラン」という国の名前が私の頭に定着した。

小学校高学年の頃になるけど、駅のほうへ近づくにしたがって、数人のイラン人っぽい外国人を見かけるようになった。それまでは外国人=白人くらいの認識しかなかったし、そもそも今は普通に外国人が街を歩いていたり、インド人がカレー屋さんをしたり、コンビニのレジがベトナム人だったりということが日常になったけども(てか、今日本で生活してる外国人っていろんな意味で優秀だよね)、当時では物珍しかったので、一緒に住んでいた父方の祖母は「イラン人に気をつけなさい」といっつも言ってた。確かに、小麦色の皮膚とか、黒い皮膚の人とか、そういう人は誰かまわず(小学生の私にすら)ウィンクを送りながら「チッ、チッ」と舌打ちされたりしたので、おかしな人たちだと思ってたけれども、実際のところはナニジンだかよくわからない。それから、バブルに沸いて、人のやりたがらない3K(危険・汚い・きつい)職を、不法滞在者が従事することで、「本国に戻ると、家が1軒建つ」といったような話を聞くようになって、どんだけ貧しい国なんだろう、というイメージがこびりついた。

でも、多分入国管理局がしっかりと仕事してるのか、雇い入れる側の罰則も強化されたためか、どの人が不法滞在者かなんて分かんないし、最近は国籍も豊富になって不法滞在者=ナニジン、というようなくくりも出来ないようになった(むしろ配偶者ビザの売買が商売として成り立って、それで合法的に、…でも非合法な利益をあげられる仕事ができる方が問題!)。あと、実際にイラン人自体が減ったようです。
でも、そんなこんなで、イランは日本よりも貧しい国、くらいのイメージと、それからアラブとペルシャの対立と、うるおぼえのイランイラク戦争とで、ろくなことのないイメージしかなかったし、観光で行ける国とはこれっぽちも考えたことがなかった。

魔法に恋い焦がれる少女時代、母がたの祖母の家にあった、アラビアンナイトに出てきそうな空とぶ絨毯の上で眠っては、「今晩こそは飛べるかもしれない」と思ったものです。ペタッと薄くって、夏場はひんやりして昼寝にも最高なんですよね。それが「ペルシャ絨毯」といういうことを知って、この際、ペルシャだとかアラブだとかイスラム世界の分類のことはまずはおいといて、遠い異国「ペルシャ」の地に想いを馳せていたのです。
ドーハ空港でイランの話を聞く前にも、旅行者と話す中で、イランのイスファハンが必見、という話は聞いていたのだけれど、やっぱり、空港で聞く話ってのは、3割増どころか、300%増で響いてきてしまいます。ショーン・コネリーとジョージ・クルーニーとお話ししているうちに、頭の中は、もう”空とぶ”ペルシャ絨毯と、”魔法使いが飛び出してくる”寄木細工の箱、のある物語の世界に飛んでいました。

あぁ、こんなどうでもいいことを書いているうちに、結構なボリュームになってしまいました。
今日言いたかったのは、空港という場所は私にとってはやっぱりトキメキの場所で、思いもよらぬエピソードに出会ったりする場所だということ。そして、そのひとつひとつ、みんながそれぞれもっているよね、ってこと。

それから、思わぬエピソードの中には、切ないながらも心温まる話もあるよね、って。
次の更新で、キネマ航空CEOによる「パリ空港の人々」を紹介します。
「パリ空港の人々」は、それぞれの事情で空港で暮らしている(居座っている)人たちを描いたドラマです。
キネマ航空CEOのレビューの中にも触れられていますが、バジリコから刊行された書籍の「ターミナルマン」がモデルということになっています。以前、サラッと紹介しましたが、私もこの本は読んだものの、パッとしないというか、正直いって立ち読みで良かった、という印象だったのですが、この映画は大好きです。ちなみに、モデル、ということであって、「ターミナルマン」は原作ではありません。

私が高校生だった頃、フランス映画のブーム(第2次とかなんでしょうか??)がやってきました。当時はまだシネスイッチ銀座だとか「単館」なんていって「ミニシアター」なんて言いませんでした。先日廃刊となった「ぴあ」もまだ元気でしたし、私も街歩きのバイブルにしてました。そんな折に流行っていた「デリカテッセン」「ポンヌフの恋人」「トリコロール」シリーズだとかに並んで、「髪結いの亭主」は、当時は必見の映画でした。「パリ空港の人々」は、その「髪結いの亭主」でちょっと情けない役を演じたジャン・ロシュフォールが主演です。彼の演じる困った時の顔って、本当に胸がキュッとなります。奥さんの尻にひかれそうな顔です(とかいって、思い当たる方はすみません!)。

さて、本編の方はキネマ航空CEOにお任せするとして、

> 大晦日のどさくさにまぎれてゾラが故郷で夢見ていたセーヌ川の船を見るつかの間のパリ見物のシーンがやるせない。

この映画の面白さは、このシーンだとおもう。
けれども、空港にいる野ウサギを狩って、ジビエ料理に。知恵を出しながらお小遣いを稼いだりと、みんなのたくましさが、元気になる一作です。

キネマ航空フライト601便「パリ空港の人々」をお楽しみください。

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